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~いちがっき!~厳冬のキリギリス

31話目:スリーピーウッドの獣狩り・中

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 獣は侮っていた。
 かつて≪ドルイド≫であった頃も無自覚にモンスターという相手を侮っていたように。

 事実、ダンジョンのモンスターは学習というものをしない。
 生物のようでありながらも、ソレは全く違う被造物。
 "生きている"のではなく、"在る"存在なのだから。

 忘れてはならない。
 獣が対峙しているモノは魂を持つモノであり……知恵という名の皮を被った悪魔であることを。

 眠りの森は薄暗く、月明りすら届かない暗所である。
 だからこそ異物<探索者>の持つ光は恰好の的であった。

 ゆっくりと近づいてくる光に狙いを定め、獣は蔦の鎌首を持ちあげる。
 瞬間――――光が突如として走り出したかのように左右に分かれた。

 獣は迷いながらも反射的に二つの光へ向け、蔦と棘で編まれた凶暴な爪を振り下ろす。
 獣の眼前が開かれた。

 正面から黒い影が、蛇のように這い獣の眼前へと迫った。
 蛇は黒い布を剥ぎ取り、わずかな光を照らす白刃を獣へと突き刺した。

『繧�□繧�□縺�◆縺�!?』

 獣の咆哮が眠りの森に響き渡る。
 まとわりついた蛇を追い払うように鋭い羽を振り回した。

 黒い影が裂けその隙間からは異物<探索者>が見えた。
 獣とは対照的に、血を滴らせながらも異物<探索者>は一切の声をあげない。

 声を出せば闇に紛れている意味がない。
 何があろうとただひたすらに獣の皮を剥ぎ、枝を折り、その心を削ごうと刃を振るい続ける。

 それに合わせて、道の奥から<色術>を使う異物<探索者>達も現れ加勢する。
 
「<青の釘>! <青の刃>!」

 光を出せば影が照らされる。
 さらに闇夜であれば<青>の系譜は黒に混じり不可視となる。
 故に、青の術の真価は夜にこそ発揮されるのであった。

 遠くの脅威、近くの脅威……どちらを対処するかを迷う間にも獣の身体は削がれていく。
 <青>の術は不可視なれど、<赤>よりも脅威は低い。
 そう判断した獣は近くの影を屠るべくありったけの蔦と棘で編んだ爪を縦横無尽に振り回す。

 見えないということは存在してないということと同義ではない。
 近くであるからこそ避けることは叶わず、二つの影は一振りの爪によって血をまき散らす。
 影に同化する為、鋼鉄の理を捨てたが故の弱点でもあった。

 残った脅威は遠くから<青>を唱える異物<探索者>だけとなり、獣はようやくその脅威に対処しようとした。
 ―――――しかし、振り下ろそうとした爪の根本が裂かれていた。

 見れば、血に沈んでいたはずの影が、息も絶え絶えの体で武器を握っていた。

「は……ははっ……! こんな……死んだフリも……見抜けねぇ……なんてなァ……!」

 死ねば消える。
 身体が見えないのであれば死んだはず。
 その先入観が仇となった。

 血と影に紛れた異物<探索者>は、獣の油断を見逃さず、その喉笛へと噛みついたのであった。

『!!!!!!』

 すぐさま獣はへばりついた汚れと共に影を潰し、遠くの脅威も叩き潰した。
 こうして獣の敵がまた一つ増えた。

 見える光、遠くの光、そして見えない影にすら脅威が及んでいる。
 もはやここは獣の領域にあらず。
 獣を殺す狩場へと変貌していた。

 これこそが知恵の悪魔の片鱗。
 本来ならば有利に働く獣の縄張りを……環境すらも、悪魔は殺す為の道具に仕立て上げてしまうのだ。

 これも偏に強いからではなく、弱いから。
 弱いからこそ、あらゆるモノに恐怖するからこそ、それを凶器に見立てられるのだ。

 獣への襲撃は止まらない。
 ある時は影から、またある時は幾重にも重ねられた鋼鉄が、術の理が獣を傷つけていく。

 それでも獣は己の優位を信じていた。

 故に、命を粗末に扱いすぎている異物<探索者>に勝てることを確信していた。

 ここはダンジョン、死んでも死なない可能性の入り口。
 死んだとしても、元の世界へと戻されるだけ。
 だが……再び入れるかどうかは別であった。

 疑似的な死というものは"魂"に大きな負担が掛かる。
 "魂"に負担が掛かるほどに肉体にもその影響が出る。
 文字通り、指一本動かすことができないほど。
 だが、その程度で済んでいるだけ、まだ"魂"の強度が高いとも言えるだろう。

 つまり獣は、負った傷に見合うだけの成果を……死を与えていたのだ。

 どれだけ驚異的な異物<探索者>であろうとも、一度殺してしまえば半日から一日は戻ってこられない。
 そしてレベル制限により、ダンジョンに入れる異物<探索者>の数にも限度がある。

 日の出まで耐えればダンジョンは閉じる、獣は逃げ切れる、揺り籠の中のモノも手に入れられる。
 一歩ずつながらも、獣は勝利を手繰り寄せていた。

 残る異物<探索者>の数は四、多くとも七。
 次の襲撃さえ凌げば獣は完璧な結果を得られるだろう。

 だからこそ、遠くから聞こえてきた旋律に対して警戒し、唸り声をあげる。

 やってきた、音を鳴らしてやってきた。
 異物<探索者>を統率していたものがやってきた。

 たった一人で皆を狂わせたモノが。
 見るもの聞くもの、あらゆるものを狂わせた、弦弾きの狂人がやってきた。

 獣が執着した光をも狂わせたものが来ると知りながらも、木々の隙間から漏れ聞こえる音色を無視した。

 あれは人を狂わせる。
 しかし、獣に正気などない。
 故に獣にとっては無力。

 音の力があろうとも、それはあまりにも微力。
 むしろ意識を割かせることが目的だろう。

 ならば無視して構わない。
 獣にとって脅威にならなければ、最後の最後に潰せばいい。
 たった一人で、無力な一人で何ができるのか。

 覚悟を決めた獣の前に立つは、同じく覚悟を持った二本角。
 両手に携えし白刃を向けられ……それでもなお、獣はその二本角を無視して後方へ潜むものへと爪を振るった。

 この中で一番の脅威が、沈黙の魔女。
 目の前の刃よりも、狂った統率者よりも、厄介な魔女を潰すことを選んだのだ。

 そしてそれは正解であった。
 魔女の放った巨大な赤い刃が獣の半身へと切り込まれる。
 これが何度も放たれれば獣とて息絶えることだったろう。

 しかし、犠牲を覚悟した蔦の爪による一撃は、魔女を引き裂き、この場から追い出すことに成功した。

 無論、その隙を二本角が見逃すはずがない。
 闇夜に走る剣戟が、獣の蔦と根を切り刻んでいる。

 既に幾多もの異物<探索者>の襲撃により、もはや本来の半分に満たない数しか残っていなかったが、それでも十分であった。

 束ねた蔦と棘の拳を正面から受けることは、角付きでも不可能。
 近しい距離で巻き起こる旋風を受け、二本角の肌には鮮血の赤が増えていく。

 それでもなお、二本角の剣戟に乱れはなく、これまでのどの異物<探索者>よりも正面から戦い続けていた。

 途中、木々の隙間より迸る小さな赤色が獣に当たるも、獣はこれを脅威と見なさなかった。
 獣はこの異物<探索者>達を知っている。

 脆い曲剣、仲間をも焼く種火、狂気の楽器に……小さく珍しいだけの羽虫。
 術を扱えども、その力はあまりにも非力で、何もせずとも何もできなくなる。

 飛べなくなった羽虫は地べたに落ち、大いなるものに踏み潰される最期なのだ。

 事実、二本角を援護するかのように奔っていた赤色の閃光の数も減っている。
 むしろ、狂気の音色の先から放たれることにより、居場所を教えてくれているようなものであった。

 持久戦では勝ち目がない。
 二本角は決死の突撃を敢行し、獣の首へと剣の切っ先を迸らせた。

 地に根を這わせる獣には躱せない。
 故に束ねた蔦と骨で阻むも、両断されてしまった。

 獣の命に届くまであと一歩。
 ……その一歩へ踏み出す前に、獣の背に生える骨の翼が二本角を貫いていた。

 最後にもう一振り―――――そう願い振るおうとするも、二本角の手から剣は零れ落ち、そのまま消えてしまった。

 残った異物<探索者>は二つ。
 木々の隙間から聴こえていた旋律から、すでに居場所は漏れている。

 骨の翼が放射状に広がり、立ち塞がる木々ごと貫く。
 引き戻した骨に付着した血痕は二つ。
 耳障りでしかなかった音もない。

 これにて全ての障害は取り除かれ、あとは獣の時間となった。

 わずかな休息の後、足音と共に訪れたものは獣の憧れたもの。
 同胞<探索者>の三人。

 彼女達ならば、必ず来ると信じたかった。
 見捨てられるような人ではないと信じたかった。
 それが今、報われた。

 獣は歓喜の咆哮をあげる。
 対峙した同胞<探索者>達は決意を固めて獣へ挑む。

 ここで獣を殺せなければ全てを失う。
 それだけは認められぬ結末なのだから。

 そうして始まった最後の戦いは、意外にも拮抗していた。

 狂気の楽器の狙い通り、獣が消耗していたこともある。

 だが狂気の楽器は考えた。
 獣は同胞<探索者>に執着していると。
 ならば彼女らを殺し、この領域から追い出すことはないだろうと。

 それを踏まえ……命を的にした戦い方を選んだことが、一番の要因であろう。
 事実、獣は致死の攻撃を行わぬよう躊躇していた。

 だが獣にとって、それは大きな問題にならなかった。
 これ以上の異物<探索者>が入り込む余地はない。
 それだけの数を殺し、ここから排除したのだから。

 同胞<探索者>達の個々の力は強い、それは疑いようがない。
 それを一番知っているのが獣であり、それを見てきたのも獣である。

 致命的な一撃を避け、消極的な行動で時間を稼ぎ、心身ともに疲弊させる。
 このまま無為な時間を掛け続ければ日の出となる。

 このダンジョンは閉じ、中のものは全て可能性の海へと放り出され<遭難者>となる。
 それを理解しているからこそ、同胞<探索者>の光は決定的な隙を探していた。

 そして、そう考えていると分かっているからこそ―――――獣は、あえて決定的な隙を作った。

 例え罠だとしても、同胞<探索者>の光はそれに賭ける。
 否、賭けるしかなかった。

 防ぐことはも、避けることも適わぬ絶対の一撃。

『たす…け……エ……メト……さ、ま』

 獣に声は出せない、自ら捨てたからだ。
 しかしその音は……唇の動きは……そう聞こえるだけの説得力を持ってしまっていた。
 なにより同胞<探索者>の光が……まだ、その獣が同胞であるという思いを捨てきれなかった故に。

 同胞<探索者>の光は、信じたが故に獣の羽に射抜かれる。
 それを見た他の同胞<探索者>も、堕ちる光に目を奪われ、射抜かれた。

 死にはしない。
 ただ痛みがあるだけ。

 そしてその痛みも、じきに消える。
 未練と、可能性と、正気と共に。

 ここは獣が見た狂気の跡。
 あらゆるものを捨てた獣が叶えた、夢の楽園である。

 嗚呼、獣を祝福するような音律が聞こえる。
 明るく、軽快な口笛が眠りの森に響き渡る。

 獣が喜びの雄叫びをあげようと顔をあげ――――――黒い影が、刃と共に突き刺さる。

『縺イ縺弱>縺�>縺�>!!』

 痛みの雄叫びをあげながら、獣が首を激しく振る。
 刃と共に抜かれたその影は……殺したはずの、狂気の楽器であった。
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