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~いちがっき!~厳冬のキリギリス

33話目:魂なき被造物の物語

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 ダンジョンにて死亡した面々は動くことができず、全員が治療室へと運ばれる。
 幸か不幸か、夏休み期間であるおかげで利用する生徒がいないため、全員がベッドで休めることができた。

 とはいえ、運ぶだけでも大きな労力と時間を要する為、全ての作業を終えた頃には既に朝日は昇り、他の居残り生徒達も活動を始めた頃になっていた。

 皆の疲労はすでに極限にまで達しており、スグにでも眠りに落ちるところであった。

「では! これより! 処刑裁判を行うとする!」

 その静寂を打ち壊すのは、学園一の問題児を狙える音無 響。
 彼もまた疲労の限界を迎えようとしていたが、その前にやるべきことがあった。

「被告人はこの≪ドルイド≫! というかさっきまで殺し合ってた女子!」

 そう言って手押しベッドを使い、無理やり獣と化していた女子を立たせた。

 ダンジョンで殺されても本当に死ぬわけではない。
 しかし、その時に感じた痛みと、疑似的な死による魂への負荷は本物である。

 いくら自分達で彼女を助けると決めたとはいえ、思う所があるはず。
 だからこそ禊が必要なのだ。

「え~……それ、今しないとダメ?」
「もういいよ、疲れたよ……」
「頼むから寝かせてくれ」

 各所から非難が飛び交うも、音無 響の意志は固い。

「シャラーップ! こういうのはキッチリしておかないといけません! それで、どんな刑が相応しいと思う? 誰も提案しないなら、おじさんが決めちゃうぞぉ、うへへへへ」

 汚らしい表情を浮かべる彼であったが、女子の一人が億劫そうに挙手をする。

「はい、ナハルちゃん!」
「いや……アンタが変なこと言ったら<色術>を撃つ為に手をあげただけだから気にしないで」
「暴力的すぎない!? もうちょっと話し合おうよ! 話し合い!」
「だって、アタシは別にもう気にしてないし。皆もそうでしょ?」

 ナハルと呼ばれた女子の提案に、クラスメイトのほとんどが肯定の意志を示す。

「いいや! 俺は気にしてるね! 寝る時に天井のシミが顔に見えた時くらい気にしてるね!」
「それは気にしてるとかどうかじゃなくて、ただの恐怖体験ね……」
「というわけで、ワイが罰を考えます。ぐへへへ、どんな罰に――――すんません、冗談なんで皆さん手を下ろしてください」

 見れば、術を扱えるクラスメイトのほとんどが音無 響へと手を向けていた。
 かつて獣へと変貌し、皆を傷つけた彼女を疎む者はおらず、皆が仲間として受け入れた証拠であった。

「けど何も無しってのはダメだろ!? 取りあえず謝れ! 皆の前で一回謝って終わりだなんて楽なのは許さんぞ! 一人一人、名前を呼んで謝れ! それがスジってもんだ!」
「一人、一人……謝る……」

 妥当な提案だと判断する者がほとんどの中、その女子だけは首を振る。

「ごめん、なさい……ムリです……だって、わたし……知らないから………皆さんのお名前を……誰も……! ごめんなさい……ほんとうに、ごめん……なさい……!」

 彼女は……いや、≪ドルイド≫達は今までクラスメイトとの交流をほとんど行ってこなかった。
 今までクラスメイトという集団でしか見ておらず、個人として見ていなかった弊害である。

 嗚咽交じりの謝罪が、部屋の空気を支配してしまった。

「だからどうしたクソッタレぇー!」

 そしてその空気を、音無 響が怒声と頭に叩き込んだ手刀で粉砕してしまった。

「!?!?!?」

 突然の手刀に、彼女は目を白黒させながら狼狽える。
 音無 響は涙目になりながら混乱する彼女へさらに畳みかける。

「分からなきゃ聞けばいいだろ! できるかな? じゃねぇ! やるんだよ!」
「え、あ、へ? で、でも……どうしたらいいか――――」
「そんなことも分かんねぇのか!? じゃあ俺で練習すればいいだろ!」

 そう言って音無 響は彼女をベッドから起き上がらせ、正面から見据える。

「はい! 初めまして!」
「え、あ、あの……は、初めまして……」
「ほら! 名前を言う!」
「えっと、その…………ムグ・バロートと申します!」
「はい! ご丁寧にどうも! 音無 響です! で、他に言うことは!?」
「えっと…………わたしの弱さのせいで、皆様をこのような目を合わせてしまい――――」

 しかし、喋っている最中に再び音無 響の手刀が炸裂した。

「!?!?!?」
「話が長い! 難しい! 謝れ!」
「は、えぅ、あ………では、どうやって謝罪すれば……?」
「ご・め・ん・な・さ・い! はい、リピートアフターミー!」
「ご……ごめんな、さい………?」

 しばしの沈黙、そして――――――。

「言えるじゃねぇかアホタレぇ!」

 三度、音無 響の手刀が炸裂。
 理不尽な扱いにより、ムグは涙目になりながら混乱の極みに陥っていた。

「そんな感じで謝ったりお礼を言ったりすればいいだけだよ。まったく、これだから最近の若い者は……」

 そう言い残し、音無 響は部屋の外へと出て行ってしまった。
 あとは彼女次第ということだ。

 しばらくは部屋は静寂に包まれていたが、そのままというわけにはいかない。
 彼女は震える身体と心を奮い立たせ、その静寂を破った。

「み、皆様……初めまして、わたしはムグ……ムグ・バロートと申します。しかし……わたしは、皆様のお名前を知りません……今まで、知ろうともしませんでした……」

「皆様に謝る為にも……どうか……どうか、皆様のお名前を……わたしに教えて頂けないでしょうか……伏して、お願い申し上げます……!」

 涙声で、まるで子供のように乞う。
 それを聞き、受け入れない者はこの場には誰一人いなかった。

「おう、初めましてムグちゃん!」
「え? いきなり"ちゃん"呼び? ちょっと距離近くない?」
「ちょっとー! 男子、うるさーい!」

 入学からおおよそ半年……あまりにも遅いが、それでも誰一人欠けることなく、本当の学園生活が始まろうとしていた。

 さて……まるで修学旅行の夜のようなイベントに参加しなかった者は、何をしているのだろうか?

「―――――ってな感じで、なんとかしてきました」

 場所は教師エトルリアの私室。
 今回の一件についての報告を終えたところだ。

「ふむ……そうか、なんとかなったか。うむ、うむ! 喜ばしいことである!」
「死ぬほど疲れましたけどね!」
「いや、本当にご苦労であった。最後で皆にスジを通させるところは、ワエ様がやってもよかったんじゃぞ? 嫌われ役なら慣れとるし」
「すんません、それは最後の手段にしたかったんで」

 もしも獣と化したムグに対して、「キミは悪くない」だの「許してあげようよ」とクラスメイトを宥めたとしよう。
 表向きは皆がそれを受け入れたであろうが、内心は不満を持つだろう。

 なにせ本気で命の奪い合いをしていたのだ。
 下手をすれば<遭難者>となり、二度とこの地に足を踏み入れることすらできなくなっていた。

 そこまでの危険を負ったというのに、なぁなぁの謝罪と処遇を言い渡されれば、納得できるはずがない。
 だからこそ、彼はあえてムグを極端に追い詰めるような立ち回りを行い、皆に彼女を守らせる……庇護の対象であるように刷り込みを行ったのであった。

「ほら、先生は最後に全部台無しにさせる役なんて。異世界版のクリーンな核兵器的なやつです」
「よく分からんが、絶対にロクでもないものに例えておるな?」
「アイター!」

 教師エトルリアのデコピンは、彼の眠気を吹き飛ばすほどの威力を有していた。

「はぁ~……で、これからどうなりますかねぇ」
「普通に話を聞いて終わりであろう。ダンジョンに飲まれることは事故であり、校則違反ではないからな。ただまぁ、学園からは去るであろうが」
「ですよねぇ~」

 今回はクラスメイト全員の力と、音無 響という例外がいたことでなんとかなった。
 だが、もしも同じことが起こればまた解決できるとは限らない。
 それどころか、今回の一件を学習してしまった、最悪の獣が誕生する恐れすらある。

 少なくとも、もうダンジョンに潜ることは避けた方がいいだろうという認識であった。

「まぁそこらは皆が快復してからの話であろう。とにかく、ヒビキも休むと良い」
「うぃ~っす。徹夜はいいんすけど、流石に連続ダンジョンアタックはキツかったっす。んじゃ、おつかれっしたー!」

 だるそうにしながら、音無 響は教師エトルリアの私室から出ていった。

「………あやつ、なんでダンジョンで死んだというのに動けるのだ?」

 長く生きていた教師エトルリアであったが、その問題には首をかしげることしかできなかった。

 さて……ようやくこの一件の区切りがついたとお思いだろうが、まだ最後に大きな問題が残っていた。
 正確には、音無 響の部屋に在った。

「おかえりなさいませ、ヒビキ様」

 彼のベッドで、エメトが薄着で待ち構えていた。
 見れば近くには杖が立てかけられている。
 疑似的な死により"魂"に大きな負荷が掛かっていたにも関わらず、彼女は無理を押してここまで来たのであろう。

「…………なにしてんの?」
「この度は我々の命だけではなく、大切な者すらお救いくださいました。故に、お約束通り私の全てを捧げます。どうぞお受け取りください」

 そう言って、エメトは衣に手をかけ肌を露わにする。
 男であるならば、思わず喉を鳴らす光景だろう。

 それは彼にとっても例外ではない。

「それは……何でも言うことを聞くってことでいいんだよな?」
「はい、如何様なご命令でも。」

 それは既に覚悟している事であった。
 己の身一つで全てを救えたのだ、不満などあろうはずがない。

「そうか……じゃあさっそく一ついいか?」
「はい。貴方様の思うがまま、願うがままに」

 彼はゆっくりと彼女の肩に手をかけて力を込め――――――。

「そこは俺のベッドだ!!!!! どけ!!!!」

 無理やり退かし、ベッドへ頭からダイブした。
 あまりの奇行に、エメトは分かりやすいくらいに狼狽する。

「申し訳ありません。その……されないのですか?」

 ここで純潔を散らせることになる。
 彼女はそう確信していた。

「うるせぇ!! 疲れてんだ!! 寝かせろ!!!!」

 だというのに、あまりにもあんまりな対応にエメトは混乱していた。
 並の男ならば眠気など気にもせず手を出すほどの美女、それがエメトである。

 だというのに、この男はこの宝石よりも磨かれた肢体を前にして寝ることを優先した。

「……つまり、疲れているからまた別の日が良いと―――――」
「別の日でも手ぇ出さねぇよ! お前らに関わると面倒事ばっかりだ! もう放っておいてくれ!」

 ちなみに学園において一番厄介事をごとを起こしたり引き連れてくる生徒は音無 響であるとほとんどの生徒と教師が証言するだろう。
 しかし彼個人は、自分に対して一番関わりたくない厄介事を持ち込むのは≪ドルイド≫であると認識されている。

 つまるところ…………天敵なのだ。
 いかに好きにしてくれと言われようと、関わるだけで何かが起きるのだから手を出せない、出したくない。
 一番貸しを作っておきながら、その相手が天敵となっているとは、ままならないものである。

 そして、それで引き下がらないからこその≪ドルイド≫であった。

「お待ちください。あれだけの借りを、恩を施されながら何もしないなど許されるはずが――――」
「じゃあ俺から神様に言っとくよ! 許してやれって! だからもう寝かせてくれ! 頼むから!」

 エメトにとっては逆らえない相手だというのに、肝心の音無 響にとっても逆らえない関係。
 もはや懇願に近い叫びであった。

「せめて……せめて何か一つだけでも、させては頂けないでしょうか」

 短い付き合いながらも、こうなった≪ドルイド≫はテコでも動かないということを彼は学習していた。
 疲れてロクに動かない頭を働かせ、なんとか妥協案の一つを絞り出した。

「じゃ~……子守歌でも歌ってくれ……なんか良い夢見れる感じで……俺、夢とか見たこと……ねぇ、から……」

 そう言って、そのまま彼は子守歌を一フレーズを聞くことなく眠りに落ちてしまった。

 既に眠っている相手に子守歌など必要なのだろうか?
 そう思いながらも、命ぜられたのであれば果たさなければならないという生真面目さから、彼女は歌うことにした。

 どうか心安らかに眠れるように。
 良き夢を見られるようにという祈りを込めながら。
 
 それが通じたのか、彼は初めて夢のようなものを見た。

 正確には夢ではなく原初の記憶。

 ソレは双子であった。
 まだ観測されておらず、存在も確定されていなかった。

 胎の中において、双子は安らかに眠っていた。
 しかし、片方の赤子は無意識に自身の片割れを口に含んでしまった。

 それはまだ産まれ出ていない赤子にとって、極上の刺激であった。
 さらなる刺激を求め、赤子はさらに片割れを吸収しようとする。

 ここにきて、片割れは己の存在が奪われていることに気付く。
 しかし、既に半分以上を奪われていた。
 奪い返そうにも力関係は決定的であり、趨勢は決まっているようなものであった。

 片割れはどうすれば生きられるかを本能で探り……信じられない手段をとった。
 己の魂そのものを囮にしたのだ。

 まだ不確定な肉体と違い、その魂は赤子にとってあまりにも眩しく、それでいて美味に見えた。
 片割れの肉体を放置し、魂を吸収しようと躍起になる。
 それこそ……その隙に片割れの方が赤子の肉体を徐々に食い散らかしていることに気付かないほどに。

 そうして決着はついた。
 赤子は最後まで差し出された魂を諦められず、その肉体の全てを失った。
 だが、片割れも取り返しのつかない代償を支払うことになる。

 魂を消失してしまったのだ。

 無から魂を作り出すことはできない。
 そして消えた赤子の魂はあれど、それは片割れの魂ではない為、己のモノにすることもできない。

 こうして片割れは―――――魂を持たぬまま、産まれてしまったのだ。

 魂なくして創造なし。

 魂を持たぬ被造物は、一切の創造的行為を行うことができない。
 何かを作ろうとも、何かを生み出そうとも、それは出来の悪い模倣にしかならない。

 無論、魂を持つ被造物であっても才能や分野によって似たような出来になることはあるだろう。
 それでも、過去を超えるだけの何かを生み出す可能性はある。
 しかし、魂なき被造物には一切の可能性はない。
 
 だから夢という創造行為を行えない。
 だから夢を見ることが叶わぬのだ。

 これが彼がダンジョンで疑似的な死を体験しても動ける理由。
 魂を持たぬが故に、魂の摩耗がない。

 いや……正確には己の中に取り残された赤子の魂は疑似的な死により摩耗している。
 だがそれは己のモノではない。
 故に……どれだけ削れようとも、摩耗しようと、彼には一切の影響がない。

 何故なら、魂なき被造物なのだから。

 これが彼の罪であり、業である。
 産まれる前に殺されかけ、殺した罪。
 己が魂を差し出し、魂を失くし、二度と取り戻せない業。

 何者もこれを裁くこと能わず。
 既に沙汰は下されているのだから。

 彼は生涯、この過去を覆すことはできないだろう。

 ―――――だが、未来ならばどうだろうか?

 失ったモノに見合うだけの何かを手にする可能性。
 魂を凌駕する何かを手にする可能性。

 現代社会であれば絶対に手にすることのできない可能性が、ダンジョンの中に眠っているかもしれないのだから。

 しかして覚悟せよ、<探索者>よ。
 手を伸ばした先には、良き可能性も、悪しき可能性も存在している。

 願わくば、魂なき被造物に神ならざるモノの悪戯があらんことを。
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