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1話:初手、実家からの追放

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 僕の足元には、この世界の勇者であり主人公が頭から血を流して倒れていた。
 理由は簡単だ、彼が襲ってきたから僕が咄嗟に近くにあった置物で彼の頭を殴ったのだ。
 どうして…どうしてこんなことになってしまったのか……。

 話を遡ること十四年前、僕はこの世界に転生してきた。
 転生してきたこの世界は【メメント・ユートピア】、現実世界にあったゲームの世界だ。
 エッチな要素もあるRPGだったのだが、一部の界隈においてはとてつもない人気を誇っていた。
 なにせエッチなゲームを販売しているサイトのダウンロード販売で三千円で売ってていいレベルじゃないほどの作りこみだったのだから。
 エッチなイラスト目的で買った何人ものプレイヤーがその沼にハマっていき、僕もその沼に引きずり込まれた一人である。
 間違ってもエッチなイラストだけを目的として買ったわけではない。

 さて、そして僕は商家の長男として生まれ、しかも魔法使い…マジックユーザーとしての素養も持っていた。
 この素質を持って生まれた子供は必ず魔法の扱いを勉強するアカデミーに入学しなければならない。
 何故なら魔法を暴発させて大きな事故を起こすことを防ぐ為だ。
 だから僕もこのマグヌス・アカデミーに入学したのだが、父さんに無理をいって一年早く編入させてもらった。
 それは、ゲームの主人公レックスよりも早く入学する為である。
 これからこの世界は大きな変革を迎える為、その流れの中で美味しい目を見るならば彼についていくべきだからだ。
 なんなら原作知識を使えば彼の取り巻きとして重用されることだろう。
 その時は、そう思っていたのだ…。

 アカデミーで過ごして一年、僕は今年入学してきた主人公であるレックスの噂を集めてみた。

「あいつはヤバイ奴だよ、近づかない方がいい」
「俺の同級生があいつにズボンを脱がされて、変なイタズラをされたって…」

 おかしい……確かにレックスはこれから先エッチな展開が多く用意されているものの、エッチ方面に目覚めるのはもっと後のはずだ。
 ちなみに大人になったレックスがあまりにも性に奔放であった為、多くのプレイヤーがゲーム中にわざと痛めつける事もしばしば…。
 ある界隈では、このレックスを最速のタイミングで殺す動画が投稿されていたりする。
 早い人は青年期に入った瞬間にわざとバッドイベントを何度も引き起こして殺すのだが、その時は国そのものが滅ぶ厄災が発生する事になる。
 つまり…それくらいの災害がなければ彼を殺せないということで、"やっぱレックスさんはすげぇや…!"と、逆に持ち上げる人達も出ていたりする。

 今このアカデミーにいるレックスは僕の知る主人公像とはかなり食い違っていたのだが、色々な噂を聞いていく内に大きな情報を得ることに成功した。

「なんかアイツ、"この世界を救う俺に無礼な!"って言っててさ…」

 今この時期のレックスがそんな事を言うはずがない…ならば、それは自分と同じ転生者のはずだ。
 多分なのだが、あまりゲームをプレイしていない人が転生したんだと思う。
 そうじゃないとあんな横柄な噂が流れるはずがない。

 レックスはこのアカデミーの中にいる魔族というか敵に騙されて封印の剣を抜いてしまうのだがそのせいで十の宿神と二十二の呪いを解き放たれて世界中に災いが降り注がれてしまいその業を背負いながら封印の旅をしていくのだけれども魔族だけではなく人にも迫害されることで世界に救う価値はないと絶望することで十一番目の宿神となって世界を蹂躙しようとするも他の第六の宿神による権能が振り撒かれた地において人が家畜へと変貌する姿を見てそれと同じことをする事を良しとせず彼自身の理想郷の為に戦う事を選び困難な試練を乗り越えて人々の希望となり勇者へと目覚め――――。

 おっと、つい得意分野になると急に饒舌になるムーブをかましてしまった。
 ……うん、つまりはいきなり俺様ムーブをするような人物ではないのだ。
 なんにせよ、同じ転生者ならばメタい話も通じるはずだ。
 どうも彼は夜に色々な生徒の部屋を訪ねるみたいなので、こっそりと隠れて待つことにした。

 女子生徒の部屋の近くにある空き部屋で待っていると、大きな声が聞こえてきた。
 扉からこっそりと顔を覗かせると、そこには女子生徒と言い争うレックスの姿が見えた。
 髪色がまだ銀髪で、不幸のドン底に落ちて白髪になってないレックスだ!
 そうだよなぁ、あいつにもこういう時代があったんだよなぁ…と感慨にふけっている場合ではない。
 僕は扉から出てレックスに声をかける。

「やぁ、レックス。僕は二年生のユーマだ。キミは…僕と同じ、転生者なんだろう?」
「あぁん?」

 女子生徒の扉を無理やり開けようとするレックスに声をかけると、不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
 その隙をつき、女子生徒は扉を勢いよく閉める。

「チッ、あとで後悔すっぞ!」

 そう言ってレックスは閉められた扉を思いっきり蹴る。
 なんというイキリヤクザだろうか。

「まぁまぁ、キミにはこれから沢山の出会いが待ってるじゃないか。その未来の為にも、少し僕とお話しないかい?」
「はぁ~……まぁいい、今日はコイツで我慢するか」

 そう言ってレックスが僕の手首を掴み、空き部屋へと引っ張っていく。
 そしてあろうことか、ズボンのベルトを外してチャックまで下ろしている。

「えっ…あの、何しようとしてるんすか……」
「そんなん決まってんだろ、スッキリする為だよ」

 そのスッキリって、もしかして……こう…エッチな意味的な……?
 いやいやいやいや!
 それはおかしいでしょ!?

「待ってちょっと待ってそれ待ってお願い待って! 僕は男の子なんですけど!?」
「おう、気にすんな。むしろ男がそうやって泣き叫んでるのを押し倒すのも楽しいもんだ」
「いやああああああああ!!」

 夫婦の契りというやつですか!?
 男と男だから夫夫の契りではないでしょうか!?
 いやどっちかっていうと義兄弟の契り!?
 つまり三国志の劉備三兄弟もこんなことしてたってことなのか!?
 戦国時代でも衆道がお盛んだったってことは、戦国武将はみんな義兄弟だった!?

 いやいやそんなのどうでもいいよ!
 確かに僕はレックス推しではあるけれど、推しに押し倒されるのが好きってわけじゃないよ!!
 お願い誰か助けて!!!!


 そして誰も僕を助けてくれなかった、その結果が今の惨状である
 空き部屋には衣服とズボンが脱ぎ散らかされており、僕はかろうじてパンツだけは死守できた。
 ただ…綺麗な身体とは言えなかった。
 レックスの胸に手を置くも、そこから返ってくるはずの鼓動が無かったからだ。
 それに反して自分の心臓は陸地にあげられた魚のように跳ね上がっている。

 殺っちゃった…殺っちゃったよ……どうしよう。
 物語の主人公を殺してしまったということは、誰も封印の剣を抜けないということである。
 つまり、物語が始まらないのだ。

 封印されていた宿神と呪いが散ることはないし、魔族を滅ぼすようなこともない。
 大戦争だって起きないしわずかに生き残った人類が手と手を取り合うといったこともない。
 何も始まらない世界となってしまう。

 あれ…大多数の人にとっては、むしろそっちのほうがいいのでは?
 だって存亡をかけた戦争や災害も起きないし、魔族の暗躍だって小さなものだし、平和なまま過ごせる気がする。
 そうしてあれこれと考えていると、開いた扉の隙間から何人かの生徒の目と合ってしまった。
 あぁ、おしまいだ…きっと僕はこれから罪人として処罰されるのだろう。
 死刑だろうか、それとも無期懲役だろうか?
 いいや…この世界なら人体実験の素材とかそういうのにされる可能性も十分に考えられる。
 
 全てを諦めて呆けていると、ゾロゾロと何人もの生徒が空き部屋に入ってきた。
 そんなに人を集めなくったって、僕は抵抗しないよ…。

「その…大丈夫か?」

 そして一人の男子生徒が散らばった衣服を片付け、僕に差し出してくれた。
 なるほど…確かにこのまま半裸で捕まったら色々と情けないもんね。
 シャバの最後でこんな優しさをかけてもらえるなんて、嬉しくて涙が出そうだ。

「うん…手遅れになる前に…手遅れにしちゃったからね……」

 そう言って物言わぬレックスに目を向ける。
 流石に半裸のままだとマズイと思ったのか、何人かの生徒が嫌そうな顔をして彼に衣服を着せている。

「そうか…それはよかった。俺は、間に合わなかったから…」

 そして僕の服を手渡してくれた彼は、そっと自分のお尻に手を当てていた。
 なんてことだ…レックスに転生した彼は、本当に見境がなかったようだ。

「それにしても、災難だったな。レックスが足を滑らせて死んだ場面を見てしまうだなんて…」
「えっ…?」

 どういうことだろうか。
 彼は間違いなく、僕が……。

「凄い音がして見てみたら、彼が血を流して倒れてたんだよね」

 レックスにしつこく言い寄られていた彼女も言う。
 これは、もしかすると……。

「ああ、ここにいる皆が見たんだ。疑いようもない」

 何人もの女子、そして男子生徒が自分のお尻に手を当てていた。
 彼は……本当にどうしようもない人だったようだ。
 翌日、アカデミーで先生はレックスの事故死を発表し、僕は罪の意識から実家に戻った。

 家に戻った時はすでに深夜だったのだが、父さんと母さんは温かく迎えてくれた。
 そしてその温もりを裏切るかのように、僕は二人に自分の罪を告白した。
 弟のトゥーンが寝ていたことが、微かな救いであった。
 
 僕の告白を聞いた父さんは怒りに声を震わせていた。

「なんてことだ……この話が広まってしまえば、我が家はおしまいだ! お前を勘当する!!」

 商家である父さんの両肩には多くの人の生活がかかっている。
 むしろ勘当される程度ですんでよかったと思う。

「分かりました、今まで本当にお世話になりました。碌な親孝行もできなかった息子で、申し訳ありませんでした」

 そう言って玄関の扉を開けようとすると、父さんに肩を掴まれてしまった。

「こんな夜更けにフラフラと出歩けば、何かあったと喧伝するようなものだろうが! 明日の朝にしろ!」

 確かにその通りだ。
 僕はこの家で過ごせる最後の時間をくれた父さんに感謝して、弟と…として母さんと一緒に眠った。

 そして朝日が顔を覗かせた頃に起き上がり、我が家から発とうとする。

「待て!」

 背中から父さんの呼び止める声が聞こえた。
 嗚呼…やっぱりそのまま行かせてはくれないのか。
 昨日の夜は母さんがいたから穏便にしていたけれど、やっぱり口封じをする為に……。

「手ぶらで出て行ってどうする。荷物を用意しておいた、これを持って行け」

 と……父さん!!

「勘違いするなよ! お前がこの街の近くで野垂れ死んでみろ、こちらが迷惑なのだ」
「ありがとうございます、父さん。大事に使わせてもらいます」
「フン…お前はもう我が家の子ではない」

 それでも、こうやって荷物を用意してくれたのだ。
 僕は嬉しくて涙が零れてしまった。
 そして玄関の扉を開けて外に出る。

「待て! お前はもう我々とは無関係のものだ。つまり…今の名前を名乗らせるわけにはいかない」

 確かにその通りだ。
 もしも僕がユーマという名前を外で名乗れば、邪推される恐れがある。
 父さんは懐から紙を一枚取り出し、それを僕に見せてくれた。
 そこには"フィル・グリム"と書かれていた。

「どこかの商家の男が持っていた古い姓と、もっと子供が生まれていた時につけようと思っていた名前だ。持っていけ」

 と……父さん!!!!
 父さんからの最後の贈り物を貰っておきながらも、何も返せない自分の不甲斐無さのせいで目から涙が止まらない。
 せめて最後に何か言おうとしたが、父さんはもうこちらに背を向けている。
 気のせいか、鼻を啜るような音も聞こえる。
 今、僕に出来ることは立派にここから旅立つことだけだ。

 そうして主人公がいなくなった世界で、ユートピアを探す僕の旅が始まったのだった。
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