1 / 30
1話:初手、実家からの追放
しおりを挟む
僕の足元には、この世界の勇者であり主人公が頭から血を流して倒れていた。
理由は簡単だ、彼が襲ってきたから僕が咄嗟に近くにあった置物で彼の頭を殴ったのだ。
どうして…どうしてこんなことになってしまったのか……。
話を遡ること十四年前、僕はこの世界に転生してきた。
転生してきたこの世界は【メメント・ユートピア】、現実世界にあったゲームの世界だ。
エッチな要素もあるRPGだったのだが、一部の界隈においてはとてつもない人気を誇っていた。
なにせエッチなゲームを販売しているサイトのダウンロード販売で三千円で売ってていいレベルじゃないほどの作りこみだったのだから。
エッチなイラスト目的で買った何人ものプレイヤーがその沼にハマっていき、僕もその沼に引きずり込まれた一人である。
間違ってもエッチなイラストだけを目的として買ったわけではない。
さて、そして僕は商家の長男として生まれ、しかも魔法使い…マジックユーザーとしての素養も持っていた。
この素質を持って生まれた子供は必ず魔法の扱いを勉強するアカデミーに入学しなければならない。
何故なら魔法を暴発させて大きな事故を起こすことを防ぐ為だ。
だから僕もこのマグヌス・アカデミーに入学したのだが、父さんに無理をいって一年早く編入させてもらった。
それは、ゲームの主人公レックスよりも早く入学する為である。
これからこの世界は大きな変革を迎える為、その流れの中で美味しい目を見るならば彼についていくべきだからだ。
なんなら原作知識を使えば彼の取り巻きとして重用されることだろう。
その時は、そう思っていたのだ…。
アカデミーで過ごして一年、僕は今年入学してきた主人公であるレックスの噂を集めてみた。
「あいつはヤバイ奴だよ、近づかない方がいい」
「俺の同級生があいつにズボンを脱がされて、変なイタズラをされたって…」
おかしい……確かにレックスはこれから先エッチな展開が多く用意されているものの、エッチ方面に目覚めるのはもっと後のはずだ。
ちなみに大人になったレックスがあまりにも性に奔放であった為、多くのプレイヤーがゲーム中にわざと痛めつける事もしばしば…。
ある界隈では、このレックスを最速のタイミングで殺す動画が投稿されていたりする。
早い人は青年期に入った瞬間にわざとバッドイベントを何度も引き起こして殺すのだが、その時は国そのものが滅ぶ厄災が発生する事になる。
つまり…それくらいの災害がなければ彼を殺せないということで、"やっぱレックスさんはすげぇや…!"と、逆に持ち上げる人達も出ていたりする。
今このアカデミーにいるレックスは僕の知る主人公像とはかなり食い違っていたのだが、色々な噂を聞いていく内に大きな情報を得ることに成功した。
「なんかアイツ、"この世界を救う俺に無礼な!"って言っててさ…」
今この時期のレックスがそんな事を言うはずがない…ならば、それは自分と同じ転生者のはずだ。
多分なのだが、あまりゲームをプレイしていない人が転生したんだと思う。
そうじゃないとあんな横柄な噂が流れるはずがない。
レックスはこのアカデミーの中にいる魔族というか敵に騙されて封印の剣を抜いてしまうのだがそのせいで十の宿神と二十二の呪いを解き放たれて世界中に災いが降り注がれてしまいその業を背負いながら封印の旅をしていくのだけれども魔族だけではなく人にも迫害されることで世界に救う価値はないと絶望することで十一番目の宿神となって世界を蹂躙しようとするも他の第六の宿神による権能が振り撒かれた地において人が家畜へと変貌する姿を見てそれと同じことをする事を良しとせず彼自身の理想郷の為に戦う事を選び困難な試練を乗り越えて人々の希望となり勇者へと目覚め――――。
おっと、つい得意分野になると急に饒舌になるムーブをかましてしまった。
……うん、つまりはいきなり俺様ムーブをするような人物ではないのだ。
なんにせよ、同じ転生者ならばメタい話も通じるはずだ。
どうも彼は夜に色々な生徒の部屋を訪ねるみたいなので、こっそりと隠れて待つことにした。
女子生徒の部屋の近くにある空き部屋で待っていると、大きな声が聞こえてきた。
扉からこっそりと顔を覗かせると、そこには女子生徒と言い争うレックスの姿が見えた。
髪色がまだ銀髪で、不幸のドン底に落ちて白髪になってないレックスだ!
そうだよなぁ、あいつにもこういう時代があったんだよなぁ…と感慨にふけっている場合ではない。
僕は扉から出てレックスに声をかける。
「やぁ、レックス。僕は二年生のユーマだ。キミは…僕と同じ、転生者なんだろう?」
「あぁん?」
女子生徒の扉を無理やり開けようとするレックスに声をかけると、不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
その隙をつき、女子生徒は扉を勢いよく閉める。
「チッ、あとで後悔すっぞ!」
そう言ってレックスは閉められた扉を思いっきり蹴る。
なんというイキリヤクザだろうか。
「まぁまぁ、キミにはこれから沢山の出会いが待ってるじゃないか。その未来の為にも、少し僕とお話しないかい?」
「はぁ~……まぁいい、今日はコイツで我慢するか」
そう言ってレックスが僕の手首を掴み、空き部屋へと引っ張っていく。
そしてあろうことか、ズボンのベルトを外してチャックまで下ろしている。
「えっ…あの、何しようとしてるんすか……」
「そんなん決まってんだろ、スッキリする為だよ」
そのスッキリって、もしかして……こう…エッチな意味的な……?
いやいやいやいや!
それはおかしいでしょ!?
「待ってちょっと待ってそれ待ってお願い待って! 僕は男の子なんですけど!?」
「おう、気にすんな。むしろ男がそうやって泣き叫んでるのを押し倒すのも楽しいもんだ」
「いやああああああああ!!」
夫婦の契りというやつですか!?
男と男だから夫夫の契りではないでしょうか!?
いやどっちかっていうと義兄弟の契り!?
つまり三国志の劉備三兄弟もこんなことしてたってことなのか!?
戦国時代でも衆道がお盛んだったってことは、戦国武将はみんな義兄弟だった!?
いやいやそんなのどうでもいいよ!
確かに僕はレックス推しではあるけれど、推しに押し倒されるのが好きってわけじゃないよ!!
お願い誰か助けて!!!!
そして誰も僕を助けてくれなかった、その結果が今の惨状である
空き部屋には衣服とズボンが脱ぎ散らかされており、僕はかろうじてパンツだけは死守できた。
ただ…綺麗な身体とは言えなかった。
レックスの胸に手を置くも、そこから返ってくるはずの鼓動が無かったからだ。
それに反して自分の心臓は陸地にあげられた魚のように跳ね上がっている。
殺っちゃった…殺っちゃったよ……どうしよう。
物語の主人公を殺してしまったということは、誰も封印の剣を抜けないということである。
つまり、物語が始まらないのだ。
封印されていた宿神と呪いが散ることはないし、魔族を滅ぼすようなこともない。
大戦争だって起きないしわずかに生き残った人類が手と手を取り合うといったこともない。
何も始まらない世界となってしまう。
あれ…大多数の人にとっては、むしろそっちのほうがいいのでは?
だって存亡をかけた戦争や災害も起きないし、魔族の暗躍だって小さなものだし、平和なまま過ごせる気がする。
そうしてあれこれと考えていると、開いた扉の隙間から何人かの生徒の目と合ってしまった。
あぁ、おしまいだ…きっと僕はこれから罪人として処罰されるのだろう。
死刑だろうか、それとも無期懲役だろうか?
いいや…この世界なら人体実験の素材とかそういうのにされる可能性も十分に考えられる。
全てを諦めて呆けていると、ゾロゾロと何人もの生徒が空き部屋に入ってきた。
そんなに人を集めなくったって、僕は抵抗しないよ…。
「その…大丈夫か?」
そして一人の男子生徒が散らばった衣服を片付け、僕に差し出してくれた。
なるほど…確かにこのまま半裸で捕まったら色々と情けないもんね。
シャバの最後でこんな優しさをかけてもらえるなんて、嬉しくて涙が出そうだ。
「うん…手遅れになる前に…手遅れにしちゃったからね……」
そう言って物言わぬレックスに目を向ける。
流石に半裸のままだとマズイと思ったのか、何人かの生徒が嫌そうな顔をして彼に衣服を着せている。
「そうか…それはよかった。俺は、間に合わなかったから…」
そして僕の服を手渡してくれた彼は、そっと自分のお尻に手を当てていた。
なんてことだ…レックスに転生した彼は、本当に見境がなかったようだ。
「それにしても、災難だったな。レックスが足を滑らせて死んだ場面を見てしまうだなんて…」
「えっ…?」
どういうことだろうか。
彼は間違いなく、僕が……。
「凄い音がして見てみたら、彼が血を流して倒れてたんだよね」
レックスにしつこく言い寄られていた彼女も言う。
これは、もしかすると……。
「ああ、ここにいる皆が見たんだ。疑いようもない」
何人もの女子、そして男子生徒が自分のお尻に手を当てていた。
彼は……本当にどうしようもない人だったようだ。
翌日、アカデミーで先生はレックスの事故死を発表し、僕は罪の意識から実家に戻った。
家に戻った時はすでに深夜だったのだが、父さんと母さんは温かく迎えてくれた。
そしてその温もりを裏切るかのように、僕は二人に自分の罪を告白した。
弟のトゥーンが寝ていたことが、微かな救いであった。
僕の告白を聞いた父さんは怒りに声を震わせていた。
「なんてことだ……この話が広まってしまえば、我が家はおしまいだ! お前を勘当する!!」
商家である父さんの両肩には多くの人の生活がかかっている。
むしろ勘当される程度ですんでよかったと思う。
「分かりました、今まで本当にお世話になりました。碌な親孝行もできなかった息子で、申し訳ありませんでした」
そう言って玄関の扉を開けようとすると、父さんに肩を掴まれてしまった。
「こんな夜更けにフラフラと出歩けば、何かあったと喧伝するようなものだろうが! 明日の朝にしろ!」
確かにその通りだ。
僕はこの家で過ごせる最後の時間をくれた父さんに感謝して、弟と…として母さんと一緒に眠った。
そして朝日が顔を覗かせた頃に起き上がり、我が家から発とうとする。
「待て!」
背中から父さんの呼び止める声が聞こえた。
嗚呼…やっぱりそのまま行かせてはくれないのか。
昨日の夜は母さんがいたから穏便にしていたけれど、やっぱり口封じをする為に……。
「手ぶらで出て行ってどうする。荷物を用意しておいた、これを持って行け」
と……父さん!!
「勘違いするなよ! お前がこの街の近くで野垂れ死んでみろ、こちらが迷惑なのだ」
「ありがとうございます、父さん。大事に使わせてもらいます」
「フン…お前はもう我が家の子ではない」
それでも、こうやって荷物を用意してくれたのだ。
僕は嬉しくて涙が零れてしまった。
そして玄関の扉を開けて外に出る。
「待て! お前はもう我々とは無関係のものだ。つまり…今の名前を名乗らせるわけにはいかない」
確かにその通りだ。
もしも僕がユーマという名前を外で名乗れば、邪推される恐れがある。
父さんは懐から紙を一枚取り出し、それを僕に見せてくれた。
そこには"フィル・グリム"と書かれていた。
「どこかの商家の男が持っていた古い姓と、もっと子供が生まれていた時につけようと思っていた名前だ。持っていけ」
と……父さん!!!!
父さんからの最後の贈り物を貰っておきながらも、何も返せない自分の不甲斐無さのせいで目から涙が止まらない。
せめて最後に何か言おうとしたが、父さんはもうこちらに背を向けている。
気のせいか、鼻を啜るような音も聞こえる。
今、僕に出来ることは立派にここから旅立つことだけだ。
そうして主人公がいなくなった世界で、ユートピアを探す僕の旅が始まったのだった。
理由は簡単だ、彼が襲ってきたから僕が咄嗟に近くにあった置物で彼の頭を殴ったのだ。
どうして…どうしてこんなことになってしまったのか……。
話を遡ること十四年前、僕はこの世界に転生してきた。
転生してきたこの世界は【メメント・ユートピア】、現実世界にあったゲームの世界だ。
エッチな要素もあるRPGだったのだが、一部の界隈においてはとてつもない人気を誇っていた。
なにせエッチなゲームを販売しているサイトのダウンロード販売で三千円で売ってていいレベルじゃないほどの作りこみだったのだから。
エッチなイラスト目的で買った何人ものプレイヤーがその沼にハマっていき、僕もその沼に引きずり込まれた一人である。
間違ってもエッチなイラストだけを目的として買ったわけではない。
さて、そして僕は商家の長男として生まれ、しかも魔法使い…マジックユーザーとしての素養も持っていた。
この素質を持って生まれた子供は必ず魔法の扱いを勉強するアカデミーに入学しなければならない。
何故なら魔法を暴発させて大きな事故を起こすことを防ぐ為だ。
だから僕もこのマグヌス・アカデミーに入学したのだが、父さんに無理をいって一年早く編入させてもらった。
それは、ゲームの主人公レックスよりも早く入学する為である。
これからこの世界は大きな変革を迎える為、その流れの中で美味しい目を見るならば彼についていくべきだからだ。
なんなら原作知識を使えば彼の取り巻きとして重用されることだろう。
その時は、そう思っていたのだ…。
アカデミーで過ごして一年、僕は今年入学してきた主人公であるレックスの噂を集めてみた。
「あいつはヤバイ奴だよ、近づかない方がいい」
「俺の同級生があいつにズボンを脱がされて、変なイタズラをされたって…」
おかしい……確かにレックスはこれから先エッチな展開が多く用意されているものの、エッチ方面に目覚めるのはもっと後のはずだ。
ちなみに大人になったレックスがあまりにも性に奔放であった為、多くのプレイヤーがゲーム中にわざと痛めつける事もしばしば…。
ある界隈では、このレックスを最速のタイミングで殺す動画が投稿されていたりする。
早い人は青年期に入った瞬間にわざとバッドイベントを何度も引き起こして殺すのだが、その時は国そのものが滅ぶ厄災が発生する事になる。
つまり…それくらいの災害がなければ彼を殺せないということで、"やっぱレックスさんはすげぇや…!"と、逆に持ち上げる人達も出ていたりする。
今このアカデミーにいるレックスは僕の知る主人公像とはかなり食い違っていたのだが、色々な噂を聞いていく内に大きな情報を得ることに成功した。
「なんかアイツ、"この世界を救う俺に無礼な!"って言っててさ…」
今この時期のレックスがそんな事を言うはずがない…ならば、それは自分と同じ転生者のはずだ。
多分なのだが、あまりゲームをプレイしていない人が転生したんだと思う。
そうじゃないとあんな横柄な噂が流れるはずがない。
レックスはこのアカデミーの中にいる魔族というか敵に騙されて封印の剣を抜いてしまうのだがそのせいで十の宿神と二十二の呪いを解き放たれて世界中に災いが降り注がれてしまいその業を背負いながら封印の旅をしていくのだけれども魔族だけではなく人にも迫害されることで世界に救う価値はないと絶望することで十一番目の宿神となって世界を蹂躙しようとするも他の第六の宿神による権能が振り撒かれた地において人が家畜へと変貌する姿を見てそれと同じことをする事を良しとせず彼自身の理想郷の為に戦う事を選び困難な試練を乗り越えて人々の希望となり勇者へと目覚め――――。
おっと、つい得意分野になると急に饒舌になるムーブをかましてしまった。
……うん、つまりはいきなり俺様ムーブをするような人物ではないのだ。
なんにせよ、同じ転生者ならばメタい話も通じるはずだ。
どうも彼は夜に色々な生徒の部屋を訪ねるみたいなので、こっそりと隠れて待つことにした。
女子生徒の部屋の近くにある空き部屋で待っていると、大きな声が聞こえてきた。
扉からこっそりと顔を覗かせると、そこには女子生徒と言い争うレックスの姿が見えた。
髪色がまだ銀髪で、不幸のドン底に落ちて白髪になってないレックスだ!
そうだよなぁ、あいつにもこういう時代があったんだよなぁ…と感慨にふけっている場合ではない。
僕は扉から出てレックスに声をかける。
「やぁ、レックス。僕は二年生のユーマだ。キミは…僕と同じ、転生者なんだろう?」
「あぁん?」
女子生徒の扉を無理やり開けようとするレックスに声をかけると、不機嫌そうな顔をこちらに向けてきた。
その隙をつき、女子生徒は扉を勢いよく閉める。
「チッ、あとで後悔すっぞ!」
そう言ってレックスは閉められた扉を思いっきり蹴る。
なんというイキリヤクザだろうか。
「まぁまぁ、キミにはこれから沢山の出会いが待ってるじゃないか。その未来の為にも、少し僕とお話しないかい?」
「はぁ~……まぁいい、今日はコイツで我慢するか」
そう言ってレックスが僕の手首を掴み、空き部屋へと引っ張っていく。
そしてあろうことか、ズボンのベルトを外してチャックまで下ろしている。
「えっ…あの、何しようとしてるんすか……」
「そんなん決まってんだろ、スッキリする為だよ」
そのスッキリって、もしかして……こう…エッチな意味的な……?
いやいやいやいや!
それはおかしいでしょ!?
「待ってちょっと待ってそれ待ってお願い待って! 僕は男の子なんですけど!?」
「おう、気にすんな。むしろ男がそうやって泣き叫んでるのを押し倒すのも楽しいもんだ」
「いやああああああああ!!」
夫婦の契りというやつですか!?
男と男だから夫夫の契りではないでしょうか!?
いやどっちかっていうと義兄弟の契り!?
つまり三国志の劉備三兄弟もこんなことしてたってことなのか!?
戦国時代でも衆道がお盛んだったってことは、戦国武将はみんな義兄弟だった!?
いやいやそんなのどうでもいいよ!
確かに僕はレックス推しではあるけれど、推しに押し倒されるのが好きってわけじゃないよ!!
お願い誰か助けて!!!!
そして誰も僕を助けてくれなかった、その結果が今の惨状である
空き部屋には衣服とズボンが脱ぎ散らかされており、僕はかろうじてパンツだけは死守できた。
ただ…綺麗な身体とは言えなかった。
レックスの胸に手を置くも、そこから返ってくるはずの鼓動が無かったからだ。
それに反して自分の心臓は陸地にあげられた魚のように跳ね上がっている。
殺っちゃった…殺っちゃったよ……どうしよう。
物語の主人公を殺してしまったということは、誰も封印の剣を抜けないということである。
つまり、物語が始まらないのだ。
封印されていた宿神と呪いが散ることはないし、魔族を滅ぼすようなこともない。
大戦争だって起きないしわずかに生き残った人類が手と手を取り合うといったこともない。
何も始まらない世界となってしまう。
あれ…大多数の人にとっては、むしろそっちのほうがいいのでは?
だって存亡をかけた戦争や災害も起きないし、魔族の暗躍だって小さなものだし、平和なまま過ごせる気がする。
そうしてあれこれと考えていると、開いた扉の隙間から何人かの生徒の目と合ってしまった。
あぁ、おしまいだ…きっと僕はこれから罪人として処罰されるのだろう。
死刑だろうか、それとも無期懲役だろうか?
いいや…この世界なら人体実験の素材とかそういうのにされる可能性も十分に考えられる。
全てを諦めて呆けていると、ゾロゾロと何人もの生徒が空き部屋に入ってきた。
そんなに人を集めなくったって、僕は抵抗しないよ…。
「その…大丈夫か?」
そして一人の男子生徒が散らばった衣服を片付け、僕に差し出してくれた。
なるほど…確かにこのまま半裸で捕まったら色々と情けないもんね。
シャバの最後でこんな優しさをかけてもらえるなんて、嬉しくて涙が出そうだ。
「うん…手遅れになる前に…手遅れにしちゃったからね……」
そう言って物言わぬレックスに目を向ける。
流石に半裸のままだとマズイと思ったのか、何人かの生徒が嫌そうな顔をして彼に衣服を着せている。
「そうか…それはよかった。俺は、間に合わなかったから…」
そして僕の服を手渡してくれた彼は、そっと自分のお尻に手を当てていた。
なんてことだ…レックスに転生した彼は、本当に見境がなかったようだ。
「それにしても、災難だったな。レックスが足を滑らせて死んだ場面を見てしまうだなんて…」
「えっ…?」
どういうことだろうか。
彼は間違いなく、僕が……。
「凄い音がして見てみたら、彼が血を流して倒れてたんだよね」
レックスにしつこく言い寄られていた彼女も言う。
これは、もしかすると……。
「ああ、ここにいる皆が見たんだ。疑いようもない」
何人もの女子、そして男子生徒が自分のお尻に手を当てていた。
彼は……本当にどうしようもない人だったようだ。
翌日、アカデミーで先生はレックスの事故死を発表し、僕は罪の意識から実家に戻った。
家に戻った時はすでに深夜だったのだが、父さんと母さんは温かく迎えてくれた。
そしてその温もりを裏切るかのように、僕は二人に自分の罪を告白した。
弟のトゥーンが寝ていたことが、微かな救いであった。
僕の告白を聞いた父さんは怒りに声を震わせていた。
「なんてことだ……この話が広まってしまえば、我が家はおしまいだ! お前を勘当する!!」
商家である父さんの両肩には多くの人の生活がかかっている。
むしろ勘当される程度ですんでよかったと思う。
「分かりました、今まで本当にお世話になりました。碌な親孝行もできなかった息子で、申し訳ありませんでした」
そう言って玄関の扉を開けようとすると、父さんに肩を掴まれてしまった。
「こんな夜更けにフラフラと出歩けば、何かあったと喧伝するようなものだろうが! 明日の朝にしろ!」
確かにその通りだ。
僕はこの家で過ごせる最後の時間をくれた父さんに感謝して、弟と…として母さんと一緒に眠った。
そして朝日が顔を覗かせた頃に起き上がり、我が家から発とうとする。
「待て!」
背中から父さんの呼び止める声が聞こえた。
嗚呼…やっぱりそのまま行かせてはくれないのか。
昨日の夜は母さんがいたから穏便にしていたけれど、やっぱり口封じをする為に……。
「手ぶらで出て行ってどうする。荷物を用意しておいた、これを持って行け」
と……父さん!!
「勘違いするなよ! お前がこの街の近くで野垂れ死んでみろ、こちらが迷惑なのだ」
「ありがとうございます、父さん。大事に使わせてもらいます」
「フン…お前はもう我が家の子ではない」
それでも、こうやって荷物を用意してくれたのだ。
僕は嬉しくて涙が零れてしまった。
そして玄関の扉を開けて外に出る。
「待て! お前はもう我々とは無関係のものだ。つまり…今の名前を名乗らせるわけにはいかない」
確かにその通りだ。
もしも僕がユーマという名前を外で名乗れば、邪推される恐れがある。
父さんは懐から紙を一枚取り出し、それを僕に見せてくれた。
そこには"フィル・グリム"と書かれていた。
「どこかの商家の男が持っていた古い姓と、もっと子供が生まれていた時につけようと思っていた名前だ。持っていけ」
と……父さん!!!!
父さんからの最後の贈り物を貰っておきながらも、何も返せない自分の不甲斐無さのせいで目から涙が止まらない。
せめて最後に何か言おうとしたが、父さんはもうこちらに背を向けている。
気のせいか、鼻を啜るような音も聞こえる。
今、僕に出来ることは立派にここから旅立つことだけだ。
そうして主人公がいなくなった世界で、ユートピアを探す僕の旅が始まったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
『異世界ガチャでユニークスキル全部乗せ!? ポンコツ神と俺の無自覚最強スローライフ』
チャチャ
ファンタジー
> 仕事帰りにファンタジー小説を買った帰り道、不運にも事故死した38歳の男。
気がつくと、目の前には“ポンコツ”と噂される神様がいた——。
「君、うっかり死んじゃったから、異世界に転生させてあげるよ♪」
「スキル? ステータス? もちろんガチャで決めるから!」
最初はブチギレ寸前だったが、引いたスキルはなんと全部ユニーク!
本人は気づいていないが、【超幸運】の持ち主だった!
「冒険? 魔王? いや、俺は村でのんびり暮らしたいんだけど……」
そんな願いとは裏腹に、次々とトラブルに巻き込まれ、無自覚に“最強伝説”を打ち立てていく!
神様のミスで始まった異世界生活。目指すはスローライフ、されど周囲は大騒ぎ!
◆ガチャ転生×最強×スローライフ!
無自覚チートな元おっさんが、今日も異世界でのんびり無双中!
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる