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6話:治癒魔法の弊害

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「そういえば、フィル様はもう下宿先はお決まりなのですか?」
「えっと…この街についてまだよく分かってないので、これから調べようかと」

 ミラノさんからギルドの身分証明となるカードを受け取り、そう答える。
 貯えはそこまで多くないので、出来るだけ安い方がいいと思うのだが、安すぎたら何があるか分からないというジレンマがある。

「ハァ…ハァ…きみ、お金に困ってるんだろう?」
「おじさんと…一緒の部屋とか…どうだい……?」

 イモラさんとカルピさんが息を荒げながらこちらに迫ってくるので少し後ずさる。
 こんなことしてるから捕まってるのではなかろうか。

「お二人は本当に子供が好きなんですねぇ…」

 ミラノさんが辟易とした感じで言うが、二人はまったく意に介していない。

「ああ! 目に入れても痛くないぞ!」
「鼻とかケツにも入れられるくらいだ!」
「子供を鼻とかケツに入れないでもらえますかね!?」

 嫌だよ子供好きなおじさんが目と鼻とお尻に何か入れてるシーンとか!

「えっと、下宿先については予算の問題もあるので先ず仕事があればと思うんですけど」

 僕の言葉を聞きながら、ミラノさんが唸りながらいくつかの書類をパラパラとめくる。

「そうですねぇ…貯水タンクのお仕事も埋まりましたし、遠征ものばかり残ってますね」

 遠征ものというと、キャラバンに随伴したりする仕事か。
 父さんから聞いたのだが、遠征する際にマジックユーザーがいるとかなり便利だという話だ。
 なにせ飲み水を≪生成≫できるのでその分運ぶ荷物の量を増やせる。
 他にも強風による荷車の転倒防止、土の壁で周囲を囲んで寒さをしのぐなど、一人いるだけで快適な旅になるそうだ。

「それ、僕でも受けられますか?」
「実績がないことには、ご紹介するのは難しいですねぇ」

 まぁキャラバンに随伴するとなると信用が必要だから仕方がないだろう。
 けどなんだろう、この…実績を積んだ人じゃないと採用されないのに、どこも未経験を受け入れないせいで先細りしていく世知辛さを感じる。

「フフッ…それならば俺に任せてもらおうか」

 勢いよく扉が開けられたと思えば、そこにはエイブラハムさんがいた。
 ついさっき追い出されたのにもう来るのか。

「実は明日、緊急出発することになったキャラバンがあってな。俺がそこの随伴依頼を取ってきたんだが…お前も来るか?」

 どうしよう、この人が絡んでいるというだけでトラブルが約束されているのだろうけど、無収入のまま暮らせるほど僕に余裕はない。
 子供好きのイモラさんとカルピさんに頼めばなんとかなるかもしれないけど、それはそれで別の危険が危なくてデンジャーなので自力で解決したいところだ。

「エイブラハム様、ちなみにあなた魔法は使えませんでしたよね…?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない…何が出来るかではなく、何を成し遂げたかで人を見るべきだと思わないか?」
「≪生成≫・≪収束≫・≪増幅≫・≪収束≫……」

 やばい、ミラノさんの指先に物凄い熱エネルギーが凝縮されていくのが分かる!
 あれだけ圧縮されているともう大爆発するオチしか見えない!!

「わ、分かりました! 請けます! その仕事、僕も同行します!」
「……本気ですか? 断ってこいつに痛い目を見せてもいいんですよ?」

 ミラノさんの指先にあった熱エネルギーは霧散し、なんとかエイブラハムさんの遠まわしな自爆から逃れることができた。

「エイブラハム様の事ですから、魔法が使える貴方を利用する気しかないと思いますが」
「失礼な。他にも肌が綺麗だなとか、ちょっと可愛いなとか、頑張ればイケるなとか思ってるぞ」
「怖い怖い怖い怖い!!」

 ほんとなんなのこの人!
 レックス並に見境がないとかそういうレベルなの!?
 まぁ本気でそんなこと考えてるならわざわざ言うはずがないので冗談だと思う、たぶん…生粋の狂人とかじゃなければ。
 僕はひとつ咳払いをして、言葉を続ける。

「ほら、ここで僕が断ったら仕事を頼んだ人が可哀相じゃないですか」
「クッ、なんて良い子なんだ……投げ銭入れないと」

 イモラさんとカルピさんが財布袋からこちらにお金を押し付けてきたが、ここでそのお金を受け取ったら後に退けないような気がしたので、丁重に押し返す。

「それに未熟な子供を入れるっていう責任をエイブラハムさんが負ってくれるおかげで、僕は仕事の実績が手に入るわけですから、お互い様ですよ」
「ああ、任せておけ。ちゃんと責任はとってやる」

 エイブラハムさんが入り口でしつこいくらいにポーズをとっている。
 あの人は真っ直ぐに立てない呪いにでもかかっているのだろうか。

「ちなみにその責任ってどっちの意味ですか…?」
「フッ…責任の意味が二つしかないと思っているようじゃあ、まだまだお子ちゃまだな」

 ヤバイ、ヤバイ、ほんとヤバイよこの人。
 無収入じゃなかったら今すぐここから逃げてるよ。

「お前みたいなイキリオスガキに俺が責任ってやつを分からせてやる、覚悟しておけ!」

 どうしよう、やっぱり早まったかもしれない。
 助けを求めるようにミラノさんに視線を向けると、にこやかな顔をしてくれた。

「フィル様、もしもその害悪を道中で始末してくだされば、ボーナスをお支払いすることをお約束いたします」
「殺しの依頼はちょっと勘弁してくれないでしょうか!」

 もっと、こう…実害が出てるならまだしも、これくらいならまだ……。
 いや…よくよく考えるとここにいる人達はずっとエイブラハムさんに苦しめられているし、そこまで追い詰められているのかもしれない。

「契約は成立だな、それじゃあ誓いの握手でもしようか」
「は、はぁ…」

 エイブラハムさんが右手を差し出してきたので、こちらも手を差し出してガッシリとお互いの手を握り合う。

「フフッ…キミ、柔らかいね……」
「すいませんちょっと手ぇ離してくれませんか!?」

 握られた手を思いっきり振りほどこうとするが、まったく離れない!

「落ち着け、俺は味見なんてしない。ちょっとツマミ食いするだけだ」
「今の台詞に落ち着ける要素ありませんでしたよね!?」

 ほんとなんなのこの人!
 害悪どころか人が持つ根源的な恐怖が光り輝きながら踊ってるくらいに理解不能な頭してるんですけど!!

「む…お前、この包帯は……。フッ、カッコイイアピールだな?」
「違います! アマゾネスの人達から逃げる時にランプに触りながら光を≪収束≫してたから、ちょっと火傷しただけです!」

 包帯を巻いた程度でカッコイイアピールとか中学生か!
 いやまぁ僕もそういう時期があったことは否定しないけどさぁ!!

「怪我をしたままじゃあ仕事もしづらいだろう? 治療の為に教会に行くぞ」
「えっ、いや、ちょっと!」

 そう言ってエイブラハムさんが僕の手を握ったまま外へ連れ出そうとするので抵抗するのだが、まったく引き止めることができない。

「安心しな、坊や。治療費は俺が立て替えといてやる。なんなら身体で払ってくれてもいいんだぜ?」
「気持ち程度のお布施で恩を売ろうとするんじゃねぇよ」

 イモラさんが鋭い反応を返してくれているが、止めてはくれなかった。
 僕はどうしてなのかと目線を送るとカルピさんがそれに答えてくれた。

「せっかくの綺麗な肌だ、痕が残らないようにしっかり治してきてもらいな」

 他の人も同じような考えなのか、引き摺られていく僕を助けてくれる人はいなかった…。



 そうして僕とエイブラハムさんは生命創造と医術の神であるアシェラト・ミァハを崇める教会に到着した。
 この世界での宗教観は結構緩く、信奉する神の数だけ宗派が存在しており、互いの教会同士が共存している。
 小さな都市でも教会が二つ、隣同士にあることもしばしばある。
 ちなみに教会内に他の神へ祈る為の小部屋まで用意されてたりする、やはり神と本当に共存していた時代があった世界となると、こういったことは寛容されやすいのだろうか。
 まぁそれよりも大きな問題がひとつある。

「ところで、エイブラハムさん。どうして女装してるんですか?」

 そう、この人が何故かドレスを着て女装しているのだ。
 顔立ちそのものは整っているので女の人と見えなくはないのだが、いかんせん体がガッシリしすぎているせいでちょっとゴツい女の人に見える。

「フッ…アシェラト教会では同性が治療に当たるわ。つまり…女性の姿をしていれば女性が治療してくれるのよ」

 あの、僕は男だって知ってるから別に女言葉を使わなくてもいいと思うんですけど。

「そんなことしても、入り口でバレるんじゃ…」
「甘いわよ。あいつらチョロいから"信じてくれないの!?"って叫べばちゃんと通してくれるわ」

 まぁ治療するだけだし、変な意味もないから相手にしたくないんだろう。
 僕だって理由がなかったら…あっても相手したくないし。

 そうして教会の入り口にいる神父様に声をかける。

「失礼、神父様。あたしとこの子の治療をお願いするわぁ」

 猫なで声のはずだが、声の低さを抑えきれないせいでまるでライオンの唸り声のようだ。
 
「すいません、僕とこの人は無関係です」
「まぁ! あなた、誰が胸を痛めて産んだと思ってるのよ!!」
「胸を痛めるくらいなら最初から産まないでもらいたいんですけど」

 それを言うならお腹だろうと言いたい所だったが、子供が生まれる時に男が痛める場所なんて頭か胸くらいだろう。
 いや、財布もか……ないものは痛みようがないな、うん。

「おやおや、なかなかお元気そうですね。どのような治療でしょうか?」
「この人の頭を、無理なら怪我をお願いします」

 多分、治らないんだろうなぁ。
 これで治るくらい軽症だったらあそこまでカッ飛んだ事してないだろうし。

「この子は手の火傷を。あたしは身体にできたアザのお願いするわぁん」

 エイブラハムさんが肩を露出してアザの場所を見せつけるが、正直気持ち悪い。
 そんなのを見せられてもニコニコして対応している神父様は本当に人格者である。

「うっ…うぅ……あたし、主人以外の男の人に肌を見せたくないの。だから女の人をお願いするわね」

 あんた結婚できるのかという言葉を飲み込む。
 もしかしたらその主人というのは、奴隷の主人とかそういう意味なのかもしれない。
 ……この人を管理するとか、逆に同情してしまう。

「かしこまりました。それでは治療部屋の方に向かいましょうか」

 そうして神父様に教会の中へと案内される。
 いくつかの通路を通り抜けて奥へと向かうと大きな扉が二つあり、その横には目を隠した二人の修道士がいた。
 一人は小柄で僕よりも小さい子であった。
 そしてもう一人はとても大柄で、身長だけで二メートルはあるように思える。
 腕もごつく、ラリアットだけで首の骨を折れるんじゃないかと思えるくらいだ。
 そして一番の問題は……その人がスリットの入ったスカートをはいているということである。
 つまり、エイブラハムさんの相手は……。

「……ごめんあそばせ。やっぱり痛くなくなりましたからここで失礼させてもらいますわ」

 そう言って逃げようとするエイブラハムさんを超人シスターが後ろから捕え、身体を無理やり自分の方へと向かせて、全身をまじまじと見る。

「フン、おもしれー女」

 そう言ってスーパーシスターさんはエイブラハムさんに当身…というか鋭い掌底を叩き込んで気絶させた。
 そしてぐったりして倒れこもうとするその身体を抱きかかえ、右側の部屋に入っていった。
 流石に心配になったので、神父様に聞く。

「あの…あれ、大丈夫なんですか?」
「ええ、彼女はこの教会一の治療士ですからね」

 その教会一というのは、腕力とかぶっ殺した数とかそういうのじゃないですよね。

「さて、ディーバはこの御方の火傷を治療してください。いいですね?」
「はい! まだ見習いですが、精一杯頑張らせてもらいます」

 ディーバと呼ばれたその子は仰々しくこちらに頭を下げたので、こちらも負けじと大きく頭を下げてお互いに頭をぶつけてしまった。

「ご…ごめんなさい……」
「イタタ、お気になさらずに。それではどうぞこちらの部屋へ」

 僕とディーバくんは、神父様に見送られながら右側の部屋に入っていった。

「それでは少し準備をしてきますね」

 ディーバくんはパタパタと小走りで大きな部屋の中から様々な道具を持ち運ぶ。
 手伝おうと立ち上がったのだが、怪我をしてるのだから安静にしていてほしいということでまた椅子に座る。
 そういえば、どうにもここに来てから心拍数が安定しない。
 これが女の子と一緒であればドキマギしていたということで決まりなのだが、相手は僕よりも小さな男の子なのでそんなことはないはずだ。
 ……うん、そっち系の趣味は僕に生えてなかったはずだ。
 色々と考えるが原因が分からないので、軽く質問してみることにした。

「ここって綺麗な部屋だけど、あんまり人は来ないの?」
「そうですね、ちゃんと掃除しているというのもあるんですけど、やっぱり昔よりも来る人が減りましたからね」

 ふむ…来る人が減るというのはどうしてだろうか。
 怪我やらなにやらというのは減らそうと思って減らせるようなものでもない気がする。

「昔はシスターの治療士ばかりだったのですが、男性の方が緊張したりするので男の治療士も増やしてみたところ、落ち着いたといった感じでしょうか」

 あぁ…シスターさん目当てで来る人が多かったというわけか。

「んほおおおおおおおお!!」

 隣の部屋からエイブラハムさんの絶叫が聞こえてきた。
 そういえばあの筋肉モリモリシスターも女性だったっけ……あの人目当てってことはないよね?

「隣の部屋のソフィアさんは凄かったみたいですよ。何十人もの男の人を一瞬で静かにさせて治療していたので、神の手と呼ばれてたり」

 それは神っていうかそれは死神の手じゃないかな。
 ソフィアさんと相対した男の人に心の中で合掌する。

「準備できました! それでは火傷した箇所を見せてください」

 僕は手の平の包帯をとり、患部を見せる。

「これは…頑張り甲斐がありますね!」

 ディーバくんは桶に汲んだ聖水を僕の手にかけながら火傷の箇所をじっくりと見ている。
 そしてそれを見ている僕の心拍数が上っていく。
 あれ…確かに顔が隠れているせいでちょっと淫靡な空気がないわけではないけれど、それでも男の子に対して興奮する性癖は持っていなかったはずだ。

「あ、緊張されてますか? ご安心を、まだ見習いですがきっと治してみせますから!」

 ディーバくんがこちらに笑顔を向けてくるのだが、それでも僕の鼓動はおさまらない。
 おかしい…この鼓動は興奮じゃない、もっと別のものだ。

「ひぎいいいいいいいぐうううううううう!!」

 再び隣の部屋から断末魔のような叫び声が聞こえてきた。
 あの部屋で行われていることは本当に治療なのだろうか。
 治療……治癒魔法………あっ、思い出した。

 この世界での治癒魔法、回復魔法は純潔を保った女性しか使えなかった。
 ただそれではあまりにも使い手が少ないということで、創造と医術の権能を持つアシェラト・ミァハ神が一つの法則を追加して男も使えるようにしたのだ。
 元々女性しか使えない魔法を男性にも使えるようにする為に、その条件はかなりヤバイものだった。
 それは、同性を受け入れられること……早い話、相手に欲情できるかどうかというものであった。

「それでは治療を始めますね。力をゆっくりと抜いて、楽にしていてください」

 そう言ってディーバくんは聖水と吐息を手にかけながら、魔法を使う。
 そうすると徐々に僕の火傷した皮膚の跡が治っていったではないか。
 つまり……彼は、僕に欲情しているということである!
 なんてことだ、ここは治療部屋じゃなくて監禁部屋だったんだ!!
 急いで立ち上がって逃げようとするが、ディーバくんが手を掴んで離さない。

「ごめん急に怖くなったからやっぱ止めにしていいかな!!」
「どうしたんですか急に! 別に怖いことなんてありませんよ!?」

 キミが僕に対して欲情してるって事実が怖いんです!!
 今はなんとか取り繕っているけれども、これ指摘したら無理やり襲われるんじゃないかな!?

「もう大丈夫だから! 治ったから! だから僕を助けて!」
「まだ途中ですよ! ちゃんと助けますから、おとなしく―――」

 そこでついバランスを崩してしまい、二人でもみくちゃになって地面を転がってしまった。
 離れるどころか密着しているこの体勢、どう考えてもこの後大変な目に合うことが分かりきっていた。
 だって僕の腕が彼の股の間に挟まっていて、そこには虎視眈々と獲物を狩る牙を研いでいる凶悪なモノが………なかった。

「あれ…もしかして、ディーバくんって男の子じゃない……?」
「うぅ…バレてしまいましたか……」

 話を聞くと、男性の治療士は多くないのでこうやって女性が男性のフリをしていることが多いらしい。
 ということは、僕は男装した女の子ともみくちゃになったということで……。
 こんな事ならもっと激しく熱烈にもみくちゃしてればよかった!

「やっぱり同じ男の人じゃないとイヤですよね? ごめんなさい、いま神父様を呼んできますので…」
「いやいや! ディーバくんがいい! むしろこれからずっとディーバくんがいいかな!!」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」

 僕の言葉が嬉しかったのか、ディーバくん…というかディーバちゃんは笑顔で僕の治療を続けてくれた。
 いやぁ…エイブラハムさんみたいな事しなくてよかった、するつもりもなかったけど。
 女の人が男装して治療してくれるとか、逆に有りじゃなかろうか。
 これから怪我をしたら頻繁に通おうか……いや、待てよ?
 さっきディーバは神父様を呼ぼうとしていた…つまり、神父様は治癒魔法を使えるということだ。
 ということは、今までずっと僕とエイブラハムさんに笑顔で対応してくれた神父様は………。

「うわああああああああああ!!」

 僕は生涯、この話を忘れることはできないだろう。
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