憑依者は王に君臨する

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二話 毒の食卓

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「……偉そうなお嬢様を演じられていたかしら。演技はあまり得意じゃないのだけれど…」

 芥溜のような溜息が淀んだ空気に零れ落ちた。計算したり、考えたり、この世界のキャラとして生きることには問題ないが、自分には演技力があるとは言えなかった。
 自分の部屋は壁が厚いため、外に聞こえはしないだろう。その為に独り言が多くなってしまう。

 頭痛がするような悩みに、ベッドへ倒れたくなってしまうが、何とか踏み止まる。

「あの男、おそらくもう戻ってくるわね」

 あの男が十九人倒すのにかかる時間はおよそ三分。筋肉の付け方、洞察力、気配、どれをとってもあの中で一番強いというのはわかっていた。
 それにしても、あの性格はあまり好めないなと、これまた悩みのタネが一つ増えていく。
壁に寄りかかろうとしたとき、壁は声に振動し、少し震えたことに気が付き何とか持ち堪えた。

 こんこんっとノックする音に、「どうぞ」と声をかけると、血まみれの男がたっていた。おそらく全て返り血だろう。
 顔は布で隠れていて見えないが、まさかその状態で戦っていたのではないかと目を疑った。

「お嬢様~!終わりましたーっ!」
「ご苦労ね」
「…俺のこと心配してくれてないんですか?」

 あまりにも軽い返事に度肝を抜かれたのか、まるで犬のように声をかけてくる。はぁ、と溜息がつきたくなるのを飲み込み、気持ちを切り替えた。

「それで死んだのなら、そこまでの男なだけよ」
「いいですねぇ!俺、そういうの大好きです」
「それじゃあ…」

 ーーー友達になれる!

 小さな淡い期待が、大きく光り輝いていくのを感じる。実際、仮目標みたいなものだったが、初めての手応えに内心目を輝かせた。
 だが、その期待は一瞬にして砕け散った。

「ですから、お嬢様も俺に似合わないと思った際には殺しちゃいますね!」
「…………当たり前よ。さっさと名を名乗りなさい」

 ーーーそう簡単には行かないわよね…

 大きな溜息をまた飲み込む。そもそも、友達とは状態の私がそんな簡単に作れるわけがなかったのだ。

 その布の下はおそらく満面の笑みであろうその姿に、これが俗に言うサイコパスかと冷静に分析してしまう。

「俺の名前はベール。よろしくお願いしますね、我が主様」
「えぇ、よろしく。私は……いえ、言うまでもないわね」

 賭けた。私が誰なのか、どの家系なのか、自分に対して全くの無知だった。
 ベールは一瞬頭にはてなを浮かべていたが、自分の中で自己完結したのか納得したような表情で言葉を紡いだ。

「はい、エレス・ダーテヘレス様」

 ーーーダーテヘレス?

 ダーテヘレス家、確かに候補者の一人にいた。だが、その子は男の子で割と隠し子的な存在だった気がする。
 けれど、私はどこからどう見ても女の子だ。一体どういうことだろうかと、脳がパンクを起こしそうだった。
 ベールはそんな私を気にせずに、明るく私に声をかけた。

「それじゃあさっそく、おめかし致しませんと!」
「…なにかあるの?」
「一ヶ月に一度お食事会というものがあるので、皆さん出席するんですよ」
「…全員?」
「えぇ、強制ですので」

 ふわりと浮く布の下には、不気味な笑みが姿を表した。その瞬間、私が今殺られてもおかしくない場所に立っていることに気がついた。
 だが、動揺を上手い具合に隠し、嘲笑で誤魔化した。

「…わかったわ。それと、わざとらしいわよ」
「…これはこれは、失礼致しました!」

 いつの間にか手のひらに隠されていたナイフが姿を見せた。わざとらしく手のひらをこちらに向ける姿は、まさにいつでも殺るからなと言われているようなのだった。
 うげぇ…と反吐が出そうになるが、気持ちを切り替えて食事会の事を思い出す。

 ーーー確か、最初の食事会では毒を入れられるのが鉄板なはず…

 小説では、王子以外の四人が食事会に主席し、そこで毒だったり何だったりで割とカオスな状況になる話だったはずだ。
 そこで問題なのが、ルチックだ。ルチックはすぐに他の候補者を殺そうと、寝込みを襲っていた。

 ーーーおそらく、今回もそのパターンね

 食事会で毒をもられ、死ななかったらルチックに殺されるだろうと予測をたて、それによる解決策も考えていく。

 ーーーさすがに殺したくはないけれど、初日から寝込みを襲われるのは勘弁してほしいわ

 何とか頭を捻りだし、持てる情報をまとめ出す。そこから最善策を見つけていくが、どうにも良い案が湧かない。
 どうしようかと頭を悩ませていると、電撃が走ったかのようにぐちゃぐちゃになっていた線がすべて結びついた。

「…ルチックにはデザートにルバーブの葉を入れて頂戴。ほんの少しね」
「……普通に食用ですよね?毒でも入れましょうよ」
「口答えをしないで。どんなに短くても貴方は今私の騎士ナイトなのよ?」

 明らかに不満そうな態度を隠さず見せるベールに、冷たい視線と殺気を送る。さすがに駄目だと気がついたのか、何も言わずにお辞儀をするのみだった。

「あぁ、それと、必ず私の食器は銀食器にすること、初めての命令よ。完璧に遂行しなさい」
「イエス・マイ・ロード」





 時間は早くすぎるもので、いつの間にか夕暮れへと変化していた。行きたくない、と思っていたが、ベールに引きづられるような感覚で案内されてしまった。 

「ベール、私の部屋に戻ってなさい」
「…何故ですか?」
「お出迎えが来ると思うから。そうね…デザートが出された時くらいには戻ってきなさい」

 念には念を、ということで、もし部屋に侵入者が出たとき用に、ベールに待機していくよう命じた。
 少し不満そうだったが、先程から学んだのか了解しました、とだけ返事が返ってきた。
 「開けて」と一言命じれば、ベールはそれを待っていたかのように扉を開けた。

「うわ、チビじゃん。な~んだ、つまんねぇの」

 開けた瞬間、最初に聞こえた声はそれだった。席は五席。空いてる席は二席で、他の子達はもう来ているようだ。
 皆の後ろには騎士ナイトが控えており、いないのは私のみだ。皆、歴戦の兵士のように、けれど空気のような妙な雰囲気を漂わせていた。

 ーーー原作通りね、ライアは欠席してるもの

 小説内でも、ライアは欠席していた。引き籠もり、人と接することを避けているからだ。
他三人から冷たい視線を向けられるも、負けじと自分の席に座る。

「馬鹿が一匹増えても変わらないだろ」
「あんだとッ!?」
「静粛に。うるさくてかないません」

 席から全員の顔を見渡せるようになると、さすがは美形だと目を疑う。
 ルチックは金色の髪に、同じく金の瞳。リークは紺色の髪に赤色の瞳。そしてテグは、緑色の髪に抹茶のような深い緑の瞳。
 なるほど…とバレない程度に皆の容姿を覚え直す。一通り話に区切りがついたので、良いタイミングだと話を切り出す。

「私はエレス・ダーテヘレスよ、よろしく」
「俺様の名前は、ルチック。ルチック・ユミナクラだ!どうだ!!」
「僕はリーク・シュナイゼル。ま、馴れ合いはすりつもりないけど」
「……私はテグ。ここにいないもう一人は、王子のライアです」
「仲良くしようぜ!」

 ーー殺意バチバチ…仲良くする気ゼロ…道のりは長そうね。

 一人ひとりが自己紹介をする中、明らかにその目には殺意が宿っていた。今すぐ殺すぞと言われているような気分になる。
 人並みの動揺を隠すように、笑顔で乗り切った。

「えぇ、仲良くしましょう?」

 大層、気持ちの悪い笑顔だった事だろう。





「はぁ?なんでお前のだけ銀食器なんだよ」
「頼んだの。こっちのほうが炙り出すのに有効なのよ」

 食事が運ばれて来た時、私のだけ銀食器だったことに違和感を覚えたのかルチックは突っかかってきた。

「炙り出すぅ?ばっかみてぇ!やっぱ、引き籠もりの考え方は違うな!」

 明らかに馬鹿にするような目。それはリークも同じようだったが、テグだけは私のことを疑いの目で見ていた。

 皆が食事を食べ進める中、私はやはり変色している銀食器に溜息が出そうになりながら、フォークとナイフを置いた。

「…なんだ、食べないのか?」
「食べないわ、毒入りでしょ?」
「は?難癖つけんなよ。食えよ」

 機嫌が悪くなったルチックを嘲笑し、「馬鹿じゃないの」と前置きをした。皆が知っている基礎知識みたいなものだが、ここでは銀食器の使い方があんまり知られていないのだろうかと思い至った。
 はぁ、と明らかなため息をつくと、ルチックは眉を飛び上がらせた。可愛い見た目をしているが、まるで牙を隠した獣のようにも見える。

「変色してるもの。そこまで信じられないのなら、貴方の騎士ナイトにでも食べさせてあげたら?」
「……なるほど。賢いですね、貴方」
「あら、やっと気づいたの?」
「えぇ、とても新しい発想で驚愕ですよ。是非とも、ご教授願いたいものです」
「なんだ、どういうことだ?」

 テグがすっきりしたような表情でこちらに微笑みかける。リークはどういうことかわかっていないようで、頭にはてなを浮かべていた。

「銀は硫黄によって黒くなります。硫化することで変色したのですよ。それにより、ヒ素が入っているか見分けられることができます。ですが、何故我々がヒ素を使うとお思いで?」
「貴方達は、手っ取り早く殺りたいでしょう?なら、ヒ素を使うのは当たり前よ」

 ーーーそれにしても、ルチック以外は頭がいいわね。本当に五歳とは思えないわ。

 リークもその場でそれを聞いて、納得したように頷いていた。ルチックだけは本当に訳がわからず、苛立ちを見せている。
さすがは礼儀がなくとも、教養だけはあるようだ。

「はぁ?まじつまんねぇっ!」
「見事だな、まぁまだまだ序の口だが」
「貴方達、本当に殺しが好きね。けど、貴方達の頼みの綱の暗殺部隊ももういないわよ」
「……は?」

 一気に静まり返った。皆が私の方に視線を向け、テグだけは何かを考え込んでいた。

「なるほど、貴方の騎士ナイトがいないのは…」

 そのテグの一言に、さすがのルチックも意味が理解できたのか、怒りをあらわにした。

 すると、ルチックの騎士ナイトが後ろから、こちらに聞こえないように話し始め、何とか気持ちが落ち着いていたようだった。
 大方、寝込みを襲えばいい、などと話しているのだろうなと単純思考につまらなく感じる。

「あーっ!興ざめだ!俺はもうプリン食って部屋に戻る。ここ最近、新しい奴隷を手に入れたからな」

 運ばれて来たプリンを掬い、それはそれは美味しそうに満面の笑みで食べ進める。だが、それを飲み込んで数秒後ルチックの顔は真っ青になっていった。

「…は…?」
「大丈夫ですか?お坊ちゃま!」
「うる、せぇ!!」

 椅子から崩れ落ち、ゴホッゴホッと何とか吐き出そうとする努力が垣間見れた。
 他の二人はあまりの出来事に固まり、リークに至ってはスプーンを落としてしまっていた。

「大丈夫よ、死にはしないわ。少量しか入れてないもの。私からのちょっとしたプレゼントよ」
「てっめぇ…!!」

 ルチックの表情を確認する前に、私の目元にはナイフがあった。だが、それはベールのナイフだと直ぐ様気がつく。

 ルチックの騎士ナイトは私を殺そうと剣を抜いたのだと言うことに気が付き、内心ゾッとしながらも平常心を保つ。

「あら、いいの。騎士ナイトが候補を直接殺すのは違反だったでしょう?」
「…まて、お前ベールを騎士ナイトにしたのか…?」

 それに返事したのは、ルチックでも騎士ナイトでもなく、リークだった。
 私ではなく、ベールを見た瞬間、恐怖を目に宿していることに気がつく。テグも同様にベールから距離を離そうと必死なようだ。

「…行くわよ」
「はい、お嬢様」

 詮索するまでもないかと判断し、そのまま自分の部屋へと向かった。離れていても、ルチックのうめき声が脳裏に張り付くように聞こえてくる。
 それを誤魔化すように、ベールに声をかけた。

「なんでそんなご機嫌なの」
「だって~!まさかルーバブの葉が毒だとは思っていませんでしたよ!さすがはお嬢様です」
「茎は食用だものね。それに、出すタイミングもデザートの時がちょうど良かったし…味でバレるかとも思ったけれど、さすがにそこはただの五歳児ね」

 るんるんとした気分で上機嫌のベールを見て、少し安心感を覚えた。やられたからやり返す、それがここでは普通だと言っても、そう簡単には受け入れられないからだ。
 ベールの嬉しそうな声に、自分がやってることは間違ってはいないのだと自己正当化した。

「それにしても…銀食器って使わないの?毒が頻繁に流通しているなら、ここでも最低限銀食器は使うと思うのだけれど」
「銀食器をああいう用途で使うことはありませんね、基本的に祭儀のときのみです。それに、ここでは殺すのは毒でじゃなく、自分で刺して殺すのが楽しみなんですよ、皆さん」
「あぁ、じゃあ本当に私は舐められていたのね」
「はい、気づかれたときように暗殺部隊も用意していたようですが…少々弱すぎましたね!」

 あははっと笑う姿はやはり私も恐怖を覚えた。郷に入れば郷に従え、とはよく言うものだ。これを普通だと思うことはできないだろう。

 何とかぐちゃぐちゃな感情を飲み込む。

「…それなら、これからは本当に殺しに来るのね」
「えぇ、お嬢様も体術でも習ってみてはどうですか?」
「あら、必要ないわ。今回見て、あの子達は私に値しないと気づいたんだもの。教養はあるようだけれど、所詮は浅知恵。私の害にはならないわ」
「あははっ!やっぱり面白いです!」

「…あ、そうだわ。候補全員の情報を全部まとめて持ってきて頂戴。明日でいいわ、疲れたから」
「かしこまりました。ですが、寝込みを襲われたらどうします?一緒に寝てさしあげましょうか」
「…今日はないわよ。様子見されてるところだもの。人間、知恵をつけてしまった者ほど、相手の力量を図らない限り、慎重になるものなのよ」
「…まさか、今日ルチック様を狙ったのは…」

 何か合点がついたかのように、考え込み、納得したように顔をあげた。まるで、私に答えてくれと言っているようだ。

「えぇ、僅かでも襲ってくる可能性があったのは、ルチックだったもの。ま、毒耐性はあるでしょうし、一週間寝込む程度で済むんじゃない?」
「…俺はその襲ってくる対象に入ってないんですか?」

 あまりにも弱々しい声に唖然としながらも、少し考え込んでから答えた。

「いい?ベール。私を裏切るなら、私を使ってどこまでも這い上がりなさい。中途半端な使い方は嫌よ、その考えで動くことね」

 布で隠れているため表情は読めない。だが、驚いていることはわかる。私はその後、ほのかに微笑んだ。

「まぁ、そんなことさせやしないけれど」
    
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