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第232話 シャリーとレヴィア 後編

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レヴィアが一体何をするつもりなのかは聞いてもいないし解りもしない。彼女は散々シャリーに振り回された訓練生達を集めて、その前で腕を組みながらふんぞり返っているだけだ。

「…レヴィア、とりあえずみんなに集まってもらったけど、何をする気なんだ?」
「模擬戦闘よ兄様!今から私と訓練生全員で模擬戦闘を行うの。訓練用の武器じゃ私の鱗を貫くなんて出来ないし、私も本気で攻撃したりしないから安全でしょ?」
「まあ…それなら大丈夫…なのか?」

訓練生達はレヴィアの口から出た模擬戦闘と言う言葉に戸惑っていた。シャリーほどではないが、レヴィアの姿形はおよそ戦闘向きとは思えない。魔法使いと言われれば、なんとなく納得できる範囲だろう。しかもレヴィアはステータスの表示がされないのだ。俺も最初は驚いたが、海竜と言う特殊な存在だからレベルが明らかにならないのかもと、自分を納得させている。そんな彼女と模擬戦闘と言われても、何をするのか想像できないに違いない。

「じゃあ私準備してくるから」

一言断ると、レヴィアは校舎裏まで走って行った。以前だったら誰が居ようがお構いなしにその場で全裸になっていたが、最近はクレアやディアベルからしつこく人前で裸になるなと言いつけられているので、他人に肌を見せる事は無くなってる。女の子としての恥じらいを身に着けてくれている事に、兄としては喜ばしい限りだ。

しばらくすると、校舎の裏に巨大な生物の影が現れた。美しい鱗が日の光を反射してここからでもよく見える。相変わらず芸術品みたいだ。だがそんな感想を持ったのは俺とシャリーの二人ぐらいなもので、訓練生達は突如として現れた巨大生物の影に恐慌状態に陥った。

「ゆ、勇者様!あれは一体…」
「ドラゴン…?嘘だろ…こんな辺鄙な村に!?」
「逃げなくてもいいのか?勇者様が居るから大丈夫なのか?」

ゆっくり体をうねらせながら近づいて来るレヴィアを目にして、本能的な恐怖を感じた者は逃げ出そうとするが、俺やシャリーが平気な顔をしているのを見ると何とかその場に踏み止まった。逃げ出さない者でもやはりその巨体から受ける威圧感に恐怖してか、言葉を発する事さえ出来ないでいる。

「お待たせ兄様。さっそく始めましょうか」

すぐ側までやってきた巨大な海竜の口から、聞き慣れたレヴィアの声が漏れる。勘の良い者ならそれだけで正体に気がついたようだったが、改めて彼等に紹介する事にする。

「もう知ってる人も居るかも知れないけど、改めて紹介するよ。俺の妹でもある海竜のレヴィアだ。彼女の正体は海の支配者リヴァイアサンの娘。これから君達全員と模擬戦闘を行ってもらうから、準備してくれ」
「え、え?てことは、さっきの可愛い子がこのドラゴンなの?」
「俺は夢でも見てるのか…?おい、ちょっと頬っぺたつねらせてくれ」
「自分のをつねれよ…」

目の前の巨大な海竜=レヴィアと言う事実がなかなか呑み込めないのか、訓練生達は混乱している。頭の中が整理出来ていない状況で可哀想なんだが、レヴィアが待ちきれない様子でそわそわしているので、さっそく始めさせてもらおう。実際に冒険に出れば突発的に強敵と出くわす場合もあるし、心構えの訓練も兼ねていると思ってもらうしかない。

「全員訓練用の武器を装備!レヴィアの防御力なら遠慮はいらないから、思い切り戦ってみろ!ドラゴンと戦える機会なんて滅多に無いぞ。良かったな!」

笑顔の俺とは対照的に、訓練生達は今にも自殺しそうな、恨めしそうな目でこっちを見てくる。だが最近は俺やクレア達に徹底的にしごかれているおかげか、すぐに武器を構えると四方に散って自分の戦いやすい間合いまで距離を取る。よしよし、鍛えた成果が出てきているな。

「行くわよ!」

レヴィア自らが開始の合図を告げると、一番近くに居た訓練生に向かって鉤爪を振り下ろした。真下から見るとまるで天井が落ちてくるような感覚で迫るその攻撃を、訓練生は反射的に横っ飛びで躱しながら剣で斬りつける。しかしレヴィアの爪はそんな攻撃など物ともせずに、次の獲物を攻撃するために再び持ち上げられた。

「守勢に回るな!攻撃するんだ!」

あまりの迫力に手を出しあぐねている訓練生達に、後方からシルバーの叱咤が響いた。彼はそのまま弓を引き絞ると、牙をむいて威嚇するレヴィアに矢を放つ。それに触発された訓練生達は自らの武器を構えると、雄たけびを上げながらレヴィアの体に殺到した。

「これで…どうだ!」

ブラウンが振り上げた槍を渾身の力でレヴィアの鱗に叩きつける。だが槍は乾いた音を響かせるだけで鱗を貫くことが出来ない。ならばと鱗の隙間に突き入れようとするが、巨体がうねるだけでブラウンは武器ごと撥ね飛ばされてしまった。

「こんのおっ!」

二振りの短剣を手にしたリーサが、巨体を駆け上がってレヴィアの鼻先に連続で斬りつけるが、彼女の巨大な顔は傷もつかない。リーサが顔に取りついた事がくすぐったいのか、頭を左右に振った拍子にリーサは地上に落下する。地面に叩きつけられそうになったところを、走り込んだ訓練生が受け止めて再び戦闘に復帰していた。

「はっ!」

短い気合の声と共にシューラーが鋭く剣を振り下ろす。だがその攻撃も他の訓練生同様、鱗を貫通させるには至らなかった。レヴィアが鉤爪を振り上げてシューラーに振り下ろそうとした瞬間、それを阻むべく後方から複数の矢がレヴィア目がけて飛んできた。シルバーやメイアと言った弓使い達が、ここぞとばかりに一斉攻撃に出たのだ。

しかしそんな彼等に対して、レヴィアは非情にも口から吐き出した水のブレスで応戦する。もちろん本気でやれば鉄すら軽く貫通する威力なので手加減はしてある。暴徒鎮圧用の放水車から出る水ぐらいの威力はあると思うが、シルバー達弓使いは水の勢いに押されて地面の上を泥だらけになりながら転がっていた。

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訓練生達はよく戦っていた。まったく勝ち目のない絶望的な状況にもかかわらず、めげる事無く剣を、槍を振るい続けた。手持ちが尽きるまで矢を放った訓練生は、地面に落ちている矢を回収してでも戦った。いくらやっても傷もつかず、一方的に嬲られるだけかと思えたその時、一つの奇跡が起きた。

「あ、痛!」

鉤爪を振り下ろしたレヴィアが、振り下ろしたままの姿勢で動きを止めていたのだ。何事かと視線を向ければ、ブラウンの槍がレヴィアの鉤爪と付け根の間に潜り込んでいた。人間なら爪の間に針を刺されたようなものだろうか?あれは痛いに違いない。

「おお、やったぞ!」
「初めて攻撃が通った!」
「この調子だ!」

もはや戦う体力など残っていないだろうに、訓練生達の士気が上がる。ここからが本番だとばかりに武器を構える彼等を嘲笑うように、レヴィアは無慈悲な言葉を口にした。

「参った~。降参するわ。これ以上怪我したくないし」

まるで付け爪が割れたからデートを切り上げると一方的に宣言するOLのように、呆気にとられる訓練生達を無視して、レヴィアは巨大な体をうねらせながら校舎裏に向かっていく。あまりの身勝手さに、その場に置いてけぼりにされた俺と訓練生達の間に気まずい沈黙が流れた。この空気、どうするべきか…

「まあ…なんだ。君達の勝ちだ。おめでとう」
『全然めでたくないです!』

一斉に抗議してくる訓練生達を必死でなだめている俺の事など気にもしてないのか、当のレヴィアは服を着こんで真っ直ぐこちらに走ってきた。

「兄様、指を怪我しちゃった。治して」

突き出された指の先から、ぷっくりと血の粒が出ているのが見えた。人間サイズに戻ればそれぐらいの怪我になるのね。訓練生達のために文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、可愛い妹のわがままぐらいお兄ちゃんは受け止めてやろうじゃないか。回復魔法で気傷を塞いでいる間、レヴィアは訓練生達に向き直る。

「結構面白かったわ。またやろうね!」
『絶対やりません!』

なんでなんでと喚くレヴィアを見ながら、もう少しこの子にも一般常識を教えようと心に誓う俺であった。
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