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それから

16.グレイの事情?

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「だ、だめ、もう見ていられない……!ふふふっ、シャ、シャルリア様、グレイはダメなんですよ」

私が訳が分からず佇んでいると、メリーヌさんが堪らずと言ったように話し出す。

「……ダメ。とは?」

「女性の前だと、顔が怖くなるんです」

「そうなの?」

「はい。特にシャルリア様のように可愛らしい方ですと、尚更です」

「尚更……」

振り返ってヘンドラー子爵令息を見ると……耳まで真っ赤になっていた。

「そ、ういうことを言うな、メリーヌ……!」

「だってこのままじゃシャルリア様に失礼じゃない。あんたのしかめっ面、怖すぎるもの」

「うっ!」

意外なほどぐいぐい行くメリーヌさんに、ヘンドラー子爵令息もたじたじだ。

あらあら?何だか。

「仲良しなのね?メリーヌさんとヘンドラー子爵令息も」

「仲良しと言いますか。クラスが一緒ですからね。慣れました」

「僕も、女性には笑顔で、と、何度も言っているのですがね」

アーロンも参加してくる。

「……女性をニヤニヤした顔で見るのも失礼だろう」

「だから、お前のは表情を引き締め過ぎて怖いの!ん?それ、暗に僕がニヤニヤしてるって言いたいの?」

「……そこまでは言ってない」

「同じことだろー!」と、同学年三人がわちゃわちゃしている。微笑ましいわ。

「でも良かったわ、嫌われているとかではなくて」

私がぽつりと溢したひと言に、「そんな事はあり得ません!」と、三人に声を揃えて言われた。ちょっと嬉しい。やっぱりヘンドラーくんは真顔だけど。

「あ、あの、その、俺……私のことも、グレイで、全然構わないので!」

「まあ。ではグレイさんと呼ばせていただきます。私のことも、シャルリアで構いませんわ」

「よ、よろしいのですか?」

「ええ。生徒会の仲間ですもの」

ガチガチの真顔で、メリーヌさんたちから聞いていなければ心配になるほどだけれど、聞いてしまった後だと不器用さがかわいいわよね。なかなか迫力のある顔だけど。

「シャルリア様……」

「はい?」

「い、いえ、すみません!練習を!」

「ふふ。いつも練習なさるの?」

「いえ、そんなことは……」

慌てふためくグレイさんに、皆が笑う。

最近の生徒会はどこか沈んだ空気感があったのだけれど、それが払拭されたようだ。

実は生徒会役員の皆には、噂が変に流れる前にルト様と私でロイエとのことを話しておこうと言うことになり、話をしたのだ。皆、私達のことを応援していてくれたり憧れてくれていたようで、私が思っていた以上にショックを受けたようだった。表のロイエしか知らなければ、それもさもありなん、かな。

それで皆が私を腫れ物に触るような雰囲気が、しばらく続いていたのだ。

悪気がないのと、心配してくれているのは伝わっていたから、仕方ないなと思っていたのだけれど、同時に申し訳ないなとも思っていて。


そんな時に、グレイさんという新しい風。ありがたや。


私がどこかホッとしたのが伝わったのか、シスも微笑んで見ていてくれる。そして、「殿下。差し出がましいようですが、1度お茶をお淹れしましょうか?」と気を利かせてくれた。さすが私のシス。



お茶が揃って、皆でいただく。ホッとひと息ね。


「あ、そうだ、ところで」

それぞれが落ち着いた頃、アメリアが口を開いた。

「グレイくんがシャルリアにお礼をしたいことって何だったの?」

「ああ、そういえば言っていたね。ここで話せることかい?」

あら、確かに言っていたわね。何だろう?

ルト様にまで聞かれて、グレイさんは少し困り顔をしながら、アーロンを見る。

「だから、お前が、あんな……」

「ごめんて。でも、ここの皆さんはご存知だ。大丈夫だよ」

アーロンが降参のように手を広げてグレイさんに言う。そしてグレイさんはアーロンを軽く睨み付けて2、3秒ほど逡巡した後、躊躇いがちに口を開いた。


「……うちは、その、昔から商売で成り立ったような家ですので、その……ワイズ商会とも付き合いが深くて」


ワイズ商会と言ったら……。


「まあ!アズさんのお家と親しいのね?私、少し会えていないのよ。グレイさんは最近お会いになった?彼女はお元気?そろそろ次のパンを一緒に考えたいわ!」

嬉しそうな私の反応に、ルト様以外の皆が少し驚いたのが伝わった。一瞬、なぜに?と思ったが、よく考えたら当然だったわ。

「そのご様子ですと、本当に心から……。ありがとうございました、寛大なお心を」

グレイさんはとても真摯な表情でお礼を言い、私に頭を下げた。

「嫌だわ、お顔を上げてくださいな、グレイさん。……聞いているでしょう?彼女たちは誰一人として悪くないもの」

「ですが……。私も貴族の端くれですのに、気づきもせず」

「仕方ありませんわ。みなさん必死に隠しておいででしたもの。まさかとも考えないでしょうし。私、本当に彼女たちと仲良く楽しくさせて頂いているの。もう終わった話ですわ!よろしくて?」

私が話をパシッと切ると、グレイさんは眉を下げながらも「はい」と頷いてくれた。

「そうだね。リアの思い切りと優しさに私も驚いたけど、終わった話だ。そこにまた惚れ直すよね」

「全くでございます。お嬢様のファンクラブなるものが存在するのを、ヘンドラー子爵令息はご存知ない?」

「いや、アズから聞いてはおりますが」

「でしたら、それが全てです。ねえ?殿下」

「そうだな」

ルト様とシスの謎の圧に挟まれ、グレイさんはたじたじだ。そして私の話となると、シスが若干不敬気味になるのだけれど、いいのかしら、ルト様。まあ、盛り上がっているからいいのか……?


「今、殿下、惚れ直すって……?」

「言いましたよね」

「言った」

他の三人は何やらコソコソ話しているけれど、ファンクラブの話は恥ずかしいから、聞いてないならありがたいわ。


「それにしても、グレイさんはアズさんが大切なのですね?こんな、わざわざ私にお礼を、なんて」

私はファンクラブから話を逸らそうと、グレイさんに話を振った。すると彼は、今日初めてとても優しい顔で微笑んだ。

「はい。手のかかる、ある意味世間知らずの妹分ですが……大事な幼馴染みです」

わあ、こんな顔。きっと、ずっとずっとアズさんを大事にしているんだろうな。

あんなクズに一瞬でも捕まって悔しいだろうに、優しいなあ。

やっぱり一途って、いいよなあ。これでアズさんはひと安心かしら。


そしてそれを、何だか少し羨ましく感じてしまう私は、何でだろう。



何やら後ろで頭を抱えているアーロンとメリーヌには気づかずに、私はちょっと物思いに耽った。
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