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1.三歳の決意
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ゆらゆら、ゆらゆら。
あれ、わたし…?ここは、どこ?
とうとう、しんじゃったのかなあ?違う?でももう痛くなければなんでもいいや。
ゆらゆら……何ぼんやりしているの。明日は子どもたちの運動会じゃない、しっかりしないと!お弁当も作らなきゃ。……あの人は、結局来るのかしら……。外面がいいもの、きっと来るわね。分かっているじゃない、私。……ゆらゆら、こども?あのひと?なんの話?
わたし、わたしは……。
「アンネリーゼ・フランクリンよ」
はっ、と、自分の声で目が覚めた。
ふかふかのベッドの中で、わたしはぼんやりと天井を見つめる。豪華に装飾された天井。ああ、まさかの現実なのだと認識する。
「お嬢様!目が覚めたのですね!」
カチャリと部屋のドアが開き、水差しを持った専属侍女のマリアンがほっとした顔でベッドに駆け寄ってきた。
「まりあん」
「ようございました。新しいお母様のお話をお聞きになった途端に倒れられたから……どこか痛くはないですか?」
「にゃいよ。だいじょぶ」
いや、決してふざけている訳でも、ロリ演技をしている訳でもない。アンネリーゼ・フランクリン、3歳だからだ。頭ははっきりしたままだけれど、身体の発育は追いつかないようだ。
マリアンは、わたしがよいしょと起きようとするのをそっと支えてくれた後、「旦那様をお呼びしますね」と、一旦部屋を出た。
それにしても……。
この不思議な状況は、私は転生したということになるのだろうか。うん、3歳だから記憶の定着は薄いけど、マリアンのことはしっかり覚えているし、ネグレクト気味の父の顔も覚えてはいる。前世でも、前世を覚えているって人をテレビで観たことあるなあ。本当にあるのね。もっともテレビで観た人たちは、こんなに鮮明に覚えてはいなさそうだったけど。
しかも物語の中って。あり得る?たまたま似ているだけかしら。
でも、継母になる人の名前を聞いた途端に前世の記憶が戻ったことを考えても、ここが『アンネリーゼ戦記』の物語の中というか、流れをなぞった世界と注意はしておく必要はありそう。
でもでもやっぱりそれにしてもですよ。よりによって、ですよ。
「はあ……あんにぇりーぜしぇんきかあ……」
一人ため息を吐いてアンニュイにぼやいてみても、幼児語だとしまらないわね。寝起きはちゃんと言えたのに。そして更にどっと気持ちが沈むわ。
わたしの前世は大概なもので。両親には殴る蹴るの虐待をされ。毎日いつスイッチが入るか分からない二人に怯えながら、息を潜めて生きていた。ようやく逃げるようにできた結婚も、幸せなのは最初だけ。勤めていた会社が傾きかけたらモラハラ大発生になるような相手で、散々だった。外面が良くて、他人の前では良き夫で、良き父親で。家の中では尊大で、私のやることなすことにケチをつけて、すぐにキレて大声を出された。
あの日は……、そう、いつものように精神的に追い詰められていて……。それでも家事をしなきゃと動いていたけれど、貧血持ちだったのもあって一瞬意識が遠のいて階段を踏み外しちゃったんだ。……打ち所が悪かったのね。
遺した子どもだけが心配……。
翻って、この物語。
最後はハッピーエンドだ。瘴気が発生するこの世界で、私が聖女に目覚めて我が国を覆う闇を振り払うのだけれども。
私は英雄で、王子様と幸せになりました、だけれども。
虐待の子ども時代に、憧れて何度も読んだ話だったけれども。
「さいしょはいじめられるんだよね……」
そう、継母に虐められる。倒れる前にその名を聞いた、リーゼロッテ・ドロスに。愛する母を亡くした父は、ネグレクト気味だ。いや気味じゃないな、ネグレクトだな。丸っきり興味がない訳ではないし、わたしが可愛くない訳でもない……とは思いたいけれど、母の亡くなった原因が産後の肥立ちの悪さだったので、気持ちの折り合いがついていないのだ。分からなくもない、けれど、母としてはしっかりしてほしいと思うよね。それこそ命懸けで生んだのだから。
使用人さんがいる世界だから、丸っきりお世話がない訳じゃないけど。マリアンはずっと味方でいてくれるけど。家の主人で父親が、あれじゃダメだよねぇ。
……そりゃあアンネリーゼはリーゼロッテを見返せるし、父とも和解するし、救いがあるのは理解できるけど。ずっと先の話なのだ。
「なんねんも、いたいのも、おなかがしゅくのもやだなあ……子どももしんぱい……」
ヤバい、泣きたくなってきた。身体は3歳だし、きっとまだいろいろ未熟なのだ。
「う、う……さんしゃいには、きちゅいきおくじゃない……?」
向こうで私がいなくなってから、どれくらい経っているかも分からないし。子どもが幸せであるように祈ることしかできないのももどかしいし。届くように必死に祈るけど!
「ふ、ふぇぇ~!ないちゃう~」
「お嬢様?!どこか痛み出しましたか?」
父を連れて戻ったマリアンが、慌てて駆けつけて来てくれる。
「いた、いたない~!まり、まりあん、ごめんにぇ~」
「あらあら、なぜごめんなさいなのですか?マリアンは何もされておりませんよ?」
不思議そうな笑顔を浮かべながらも、優しく背中を擦ってくれるマリアン。優しい、優しいマリアン。これから一緒にイジメられるのが申し訳なくて。
庇ってくれて共にケガして、食料を調達してくれて。マリアンがいなければ、アンネリーゼは頑張れなかった。
前世、あれだけ耐えたのに。神様、もう少し優しくてくれても良くない?
感情がごちゃごちゃになって、ますます涙が止まらない。子ども心は正直だ。
そんな私に、寄り添い抱き締めてくれるマリアン。その温かさに、少しずつ気持ちが落ち着いて来た。
のに。
「わたしがいても仕方ないな。目が覚めてそれだけ泣ければ大丈夫なのだろう。仕事に戻る」
絶対零度の無表情で、軽く娘を一瞥して部屋を出ようとする父。
は、はあ~~~?!
分かってた、分かってたけど、このクソおやじが~!
悲しい寂しい、何より悔しい!そんな気持ちがまたぐるぐるして、感情の波がまた大きくなってしまって「わあ~ん!」とギャン泣きしてしまう。
何か言ってやりたいのに、言葉が出ない。だって3歳だもの~!く~や~し~い~!このダメおやじが~!お前がちゃんとしていれば、マリアンだって苦しい思いはしないんだぞ!!
「……マリアン、後は頼んだ」
「は、い。畏まりました」
結局、父はため息を吐いて部屋を出て行った。娘に一度も触れずに。
マリアンは悲しみと諦めが混じったような顔で父を見送り、私には強く優しい笑顔を浮かべて振り返った。
「お嬢様、今日はもうお休みしましょうか。マリアンがずっとそばにおりますので」
「ひっく、う、うん」
「お顔は拭きましょうね」
お湯を持ってきて、温かいタオルで顔を拭いてくれる。すっと気持ちも落ち着く。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「うん。おやしゅみ……」
マリアンが頭をそっと撫でてくれる。記憶と気持ちがパンパンになって疲れた頭を休ませてくれるのに、それは覿面だ。すぐに睡魔が押し寄せてきた。
薄れていく意識の中、恩返しするのはマリアンだけでいいわよねと思いながら、私は眠りについた。
あれ、わたし…?ここは、どこ?
とうとう、しんじゃったのかなあ?違う?でももう痛くなければなんでもいいや。
ゆらゆら……何ぼんやりしているの。明日は子どもたちの運動会じゃない、しっかりしないと!お弁当も作らなきゃ。……あの人は、結局来るのかしら……。外面がいいもの、きっと来るわね。分かっているじゃない、私。……ゆらゆら、こども?あのひと?なんの話?
わたし、わたしは……。
「アンネリーゼ・フランクリンよ」
はっ、と、自分の声で目が覚めた。
ふかふかのベッドの中で、わたしはぼんやりと天井を見つめる。豪華に装飾された天井。ああ、まさかの現実なのだと認識する。
「お嬢様!目が覚めたのですね!」
カチャリと部屋のドアが開き、水差しを持った専属侍女のマリアンがほっとした顔でベッドに駆け寄ってきた。
「まりあん」
「ようございました。新しいお母様のお話をお聞きになった途端に倒れられたから……どこか痛くはないですか?」
「にゃいよ。だいじょぶ」
いや、決してふざけている訳でも、ロリ演技をしている訳でもない。アンネリーゼ・フランクリン、3歳だからだ。頭ははっきりしたままだけれど、身体の発育は追いつかないようだ。
マリアンは、わたしがよいしょと起きようとするのをそっと支えてくれた後、「旦那様をお呼びしますね」と、一旦部屋を出た。
それにしても……。
この不思議な状況は、私は転生したということになるのだろうか。うん、3歳だから記憶の定着は薄いけど、マリアンのことはしっかり覚えているし、ネグレクト気味の父の顔も覚えてはいる。前世でも、前世を覚えているって人をテレビで観たことあるなあ。本当にあるのね。もっともテレビで観た人たちは、こんなに鮮明に覚えてはいなさそうだったけど。
しかも物語の中って。あり得る?たまたま似ているだけかしら。
でも、継母になる人の名前を聞いた途端に前世の記憶が戻ったことを考えても、ここが『アンネリーゼ戦記』の物語の中というか、流れをなぞった世界と注意はしておく必要はありそう。
でもでもやっぱりそれにしてもですよ。よりによって、ですよ。
「はあ……あんにぇりーぜしぇんきかあ……」
一人ため息を吐いてアンニュイにぼやいてみても、幼児語だとしまらないわね。寝起きはちゃんと言えたのに。そして更にどっと気持ちが沈むわ。
わたしの前世は大概なもので。両親には殴る蹴るの虐待をされ。毎日いつスイッチが入るか分からない二人に怯えながら、息を潜めて生きていた。ようやく逃げるようにできた結婚も、幸せなのは最初だけ。勤めていた会社が傾きかけたらモラハラ大発生になるような相手で、散々だった。外面が良くて、他人の前では良き夫で、良き父親で。家の中では尊大で、私のやることなすことにケチをつけて、すぐにキレて大声を出された。
あの日は……、そう、いつものように精神的に追い詰められていて……。それでも家事をしなきゃと動いていたけれど、貧血持ちだったのもあって一瞬意識が遠のいて階段を踏み外しちゃったんだ。……打ち所が悪かったのね。
遺した子どもだけが心配……。
翻って、この物語。
最後はハッピーエンドだ。瘴気が発生するこの世界で、私が聖女に目覚めて我が国を覆う闇を振り払うのだけれども。
私は英雄で、王子様と幸せになりました、だけれども。
虐待の子ども時代に、憧れて何度も読んだ話だったけれども。
「さいしょはいじめられるんだよね……」
そう、継母に虐められる。倒れる前にその名を聞いた、リーゼロッテ・ドロスに。愛する母を亡くした父は、ネグレクト気味だ。いや気味じゃないな、ネグレクトだな。丸っきり興味がない訳ではないし、わたしが可愛くない訳でもない……とは思いたいけれど、母の亡くなった原因が産後の肥立ちの悪さだったので、気持ちの折り合いがついていないのだ。分からなくもない、けれど、母としてはしっかりしてほしいと思うよね。それこそ命懸けで生んだのだから。
使用人さんがいる世界だから、丸っきりお世話がない訳じゃないけど。マリアンはずっと味方でいてくれるけど。家の主人で父親が、あれじゃダメだよねぇ。
……そりゃあアンネリーゼはリーゼロッテを見返せるし、父とも和解するし、救いがあるのは理解できるけど。ずっと先の話なのだ。
「なんねんも、いたいのも、おなかがしゅくのもやだなあ……子どももしんぱい……」
ヤバい、泣きたくなってきた。身体は3歳だし、きっとまだいろいろ未熟なのだ。
「う、う……さんしゃいには、きちゅいきおくじゃない……?」
向こうで私がいなくなってから、どれくらい経っているかも分からないし。子どもが幸せであるように祈ることしかできないのももどかしいし。届くように必死に祈るけど!
「ふ、ふぇぇ~!ないちゃう~」
「お嬢様?!どこか痛み出しましたか?」
父を連れて戻ったマリアンが、慌てて駆けつけて来てくれる。
「いた、いたない~!まり、まりあん、ごめんにぇ~」
「あらあら、なぜごめんなさいなのですか?マリアンは何もされておりませんよ?」
不思議そうな笑顔を浮かべながらも、優しく背中を擦ってくれるマリアン。優しい、優しいマリアン。これから一緒にイジメられるのが申し訳なくて。
庇ってくれて共にケガして、食料を調達してくれて。マリアンがいなければ、アンネリーゼは頑張れなかった。
前世、あれだけ耐えたのに。神様、もう少し優しくてくれても良くない?
感情がごちゃごちゃになって、ますます涙が止まらない。子ども心は正直だ。
そんな私に、寄り添い抱き締めてくれるマリアン。その温かさに、少しずつ気持ちが落ち着いて来た。
のに。
「わたしがいても仕方ないな。目が覚めてそれだけ泣ければ大丈夫なのだろう。仕事に戻る」
絶対零度の無表情で、軽く娘を一瞥して部屋を出ようとする父。
は、はあ~~~?!
分かってた、分かってたけど、このクソおやじが~!
悲しい寂しい、何より悔しい!そんな気持ちがまたぐるぐるして、感情の波がまた大きくなってしまって「わあ~ん!」とギャン泣きしてしまう。
何か言ってやりたいのに、言葉が出ない。だって3歳だもの~!く~や~し~い~!このダメおやじが~!お前がちゃんとしていれば、マリアンだって苦しい思いはしないんだぞ!!
「……マリアン、後は頼んだ」
「は、い。畏まりました」
結局、父はため息を吐いて部屋を出て行った。娘に一度も触れずに。
マリアンは悲しみと諦めが混じったような顔で父を見送り、私には強く優しい笑顔を浮かべて振り返った。
「お嬢様、今日はもうお休みしましょうか。マリアンがずっとそばにおりますので」
「ひっく、う、うん」
「お顔は拭きましょうね」
お湯を持ってきて、温かいタオルで顔を拭いてくれる。すっと気持ちも落ち着く。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
「うん。おやしゅみ……」
マリアンが頭をそっと撫でてくれる。記憶と気持ちがパンパンになって疲れた頭を休ませてくれるのに、それは覿面だ。すぐに睡魔が押し寄せてきた。
薄れていく意識の中、恩返しするのはマリアンだけでいいわよねと思いながら、私は眠りについた。
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