右腕狩りのヨシュア

彗星無視

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第二話 青色と碧色

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 ひとしきりうめいた後、仕切り直しと言わんばかりにアイラは再度、ヨシュアを見据える。

「改めて、よろしくお願いしますっ。ええと、ヨシュア先輩……ですよね?」

 そのヨシュアの右目にも似た碧色の目には、まだ涙が浮かんでいた。

(……利き目が左のタイプか。珍しいな)

 違うのは、その左右。アイラは右目に黒眼帯を着け、左の眼球を眼窩に残している。
 烙印祓いエクソシストは片方の眼球をピクシスに移植して奇蹟の眼ピスティスにしなければならない以上、必ず隻眼になる。
 そして、基本的に利き目を残す。ヨシュアの場合は大多数がそうであるように、右目を残し、左を移植眼球とした。ドルヴォイも同じだ。
 彼女、アイラは逆のようだ。だからと言ってピクシスの性能が変わったりするわけではないが、少し珍しいのは確かだった。

「アイラ君、と言ったか。年齢は?」
「え。十五ですけど……」
祓魔師養成施設オラクルにはどれほどいた?」
「さ、三年です。三年前に、悪魔憑きに家族を殺されて……身寄りもなくて、それでオラクルに入りました。ピクシスももらいたてでうまく使えませんが、が、がんばりますっ!」
「……ピクシスがうまく使えないというのは、第二視野に慣れないということか? それともまさか、聖寵も?」
「あ……えと、両方、です」

 ヨシュアは思わず、アイラの目の前で大きなため息をついた。それから若干の非難を眼差しに乗せ、ドルヴォイの方を見る。
 本当に祓魔師養成施設オラクルを出て、烙印祓いエクソシストとして眼球をピクシスに移植したばかりなのだろう。
 離れた視野が二つあるというのは、慣れるまで結構な期間を要する。左右の視界でまったく別の景色が映るのだから当然だ。
 そしてそれだけでなく、移植眼球……ピスティスの最大の長所である、転生者たちの異能に対抗する能力、聖寵。それもアイラはまだ使えないらしい。
 第二視野にいささか不慣れなのは仕方がないとして。
 実戦に出すのなら、せめて聖寵が使えるくらいにはピクシスとそこに埋め込んだピスティスの感覚をつかんでからにすべきだろう。

「反対ですよ、俺は。アイラ君を連れていくのは危険です」
「えっ……!? ど、どうしてですかヨシュア先輩! わたしだって、オラクルで試験に合格して……!」
「それは前提だ。ピクシスも聖寵も使えないんじゃ、ただの一般人と大して変わらない! どう考えたって、せめてもう少しピクシスの扱いに慣れてからにすべきでしょう……! 司教!」
「うーむ、ヨシュア君の意見もまあ、もっともではあるのだがな。あいにくとそれを決めるのは私ではない。むしろ経験が足りないからこそ、キミとともに任務にあたるのだ」
「彼女を守りながら転生者を殺せと!? そんなのリスクが高すぎる!」
「本部は今すぐにでも使える人材が欲しいのだろう。人手不足はどこも同じだな……アイラ君はなにもここに籍を置くわけではない。この任務でキミから習い、現場の経験を糧とし、別の教会に派遣される。これは本部の決定だ」
「く……めちゃくちゃだ。失敗すれば最悪人が死ぬんですよ!? その貴重な人材が!」

 本部教会の決定であれば、それはすなわち教皇の命だ。司教であるドルヴォイにも、いちエクソシストに過ぎないヨシュアにも、覆すことなどできようはずもない。
 そうわかっていながらも、ヨシュアは声を荒げずにはいられなかった。
 転生者との戦いは命がけだ。まだ戦闘に必要なスキルが身についていない人間をそこに連れて行くなど、あまりに危険で、愚かな行為にしか思えない。
 しかし、そんなヨシュアの隣で、じっと左目を細めて不満を表す少女がいた。

「ちょっと待ってくださいよ。わたしは新米で、まだピクシスの扱いも不慣れなひよっこかもしれません。でも、足手まといになったりしない! 守られるだなんて、そんなつもりはこっちだってありませんっ!」
「なにを……威勢だけで転生者たちは殺せない!」
「なんにもできない扱いしないでください! 聖寵はまだ無理でも、異能解析はできるはずですっ。それにナイフの扱いもたくさん体で覚えました!」
「だからその程度では、一般人と大差がないと——」
「その辺にしたまえヨシュア君、これはもう決定事項なのだよ。似た境遇だ、心配になる気持ちは理解できるがね」
「——そういうわけじゃ……」

 似た境遇。その通りだった。
 年齢を考えれば、祓魔師養成施設オラクルでの養成機関が三年というのは妥当だった。むしろやや短い部類に入る。卒業が早いのは、それだけ優秀ということだ。
 ヨシュアもまたそうだった。六年前に両親を奪われ、祓魔師養成施設オラクルで三年の修練を経て、この三年間烙印払いエクソシストとして転生者の右腕を狩り続けている。
 どうであれ、悪魔憑きのせいで身寄りをなくし、烙印払いエクソシストになるというのは珍しい話ではなかった。

「……俺たち烙印払いエクソシストにとっては、滅多なことでもないでしょう。特別肩入れをしているつもりはありません」
「ふむ、そうか。しかしどうであれ、決定は決定だ。わかってくれるね?」

 ドルヴォイの右目がヨシュアを見つめる。既に一線を退き、齢四十にも近づこうとする隻眼隻腕の大男は、現役時代と変わらない鋭さを眼光に帯びる。
 有無を言わさぬ威容。立場で言えば、司教であるドルヴォイはヨシュアを使う側だ。

「命令には、従います」
「それでこそヨシュア君だ」

 相好を崩し、ドルヴォイは鷹揚に頷いた。

「では、そういうことで頼むよ。今日はもう遅い、任務の詳細については明日の朝話そう。とにかく出立の準備だけは整えておきたまえ」
「……はい」
「は、はいっ」

 ヨシュアは若干、不承不承といった風に。新米の少女は緊張を隠しきれず、肩ひじを張った様子で返事をする。
 ふたりの声は揃わなかったが、ドルヴォイがにこにこと人好きのする笑みを絶やすことはなかった。



「これより任務の説明を始める。とは言っても、やることは普段と同じだがね」

 翌朝。教会の一室で、三人は卓を囲んだ。
 テーブルの上には近隣の地図があり、今ヨシュアたちのいるラダムフォストから、目的地であるイブベイズまでの道のりを俯瞰することができた。
 ふたつの町の間には、深い森林が広がっている。そこにある以上はなんらかの名称で呼ばれているのだろうが、地図上に特に記載はなかった。

「異世界から転生してきた人間を見つけて、殺害し、その右腕を持ち帰る……ですね」

 硬い表情で地図上を見つめながらアイラが言う。声色もまた、硬かった。

「転生者を判別する方法はわかるな」
「わ、わかってます! 奇蹟の眼ピスティスで右腕を視れば、悪魔が異能を宿した烙印が服越しでも透けて浮かぶはずですっ」
「烙印透過のほかに、異能解析の力もある。烙印が励起したタイミングなら、発動可能になる異能のこともある程度は読み取れる」
「だからわかってますってっ。オラクルで講習を受けてます、素人じゃないんですから!」
「新米ではあるだろう」
「ぅ、うう~……っ」

 冷静なヨシュアの返答に、アイラは耳まで赤くしてぷるぷると震える。
 はっきり言ってヨシュアは、アイラのことを信用していなかった。
 人間性だとか性格だとか、そういった話ではない。むしろ素直そうな人柄には好印象を覚えているし、昨日ドルヴォイが言ったように、近しい境遇にはともするとシンパシーめいた気持ちを抱いているやもしれない。

 だが、任務にあたってはそういった感情の部分を切り捨てる必要があった。
 機械になるのだ。冷酷かつ無慈悲な機械に。そうならなければ殺されるのは自分の方だと、祓魔師養成施設オラクルを出てから今日までの三年の日々でヨシュアは思い知っている。
 機械の自分は、アイラのことを足手まといとしか判別してくれない。
 オラクルを出たばかりであれば、人を殺したこともないだろう。転生者を殺すのにも手間取るのは目に見えていた。
 ヨシュアとて人を殺すのに抵抗はある。ただ、転生者のことを人間だと思っていないだけだ。

「その辺りにしておきたまえ、ヨシュア君。まったく……キミは相変わらず人付き合いが苦手だな」
「——? 俺にそのつもりはありませんが」
「え?」

 微妙な空気がテーブルを流れた。
 ドルヴォイは一度咳払いをしてから、なにもなかったとばかりに説明を続ける。

「今回のターゲット……悪魔の手によってニホンより転生した人物だが、それなりの情報が向こうの支部教会より伝えられている。シスターズの方に感謝だな」

 基本的に転生者を発見するのは、非エクソシストながら教会に仕える人員たち。炯眼使いウォッチシスターズと呼ばれる、エクソシストとは真逆の真っ白いピクシスを持つ者らだ。

「人相がわかっている、と?」
「そうだ。とは言っても人づてでは限界があろう、詳しい話は現地の教会を訪ねて聞いてもらうが……なんでも背の高い、やせぎすの男だったそうだ。そして最大の特徴として、頬から顎にかけて傷がある。古い怪我だそうだ」
「傷? わかりやすくて助かりますね」
「顔に……傷」
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