右腕狩りのヨシュア

彗星無視

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第十三話 アイラ・スノーボールの慟哭と奮起 1/2

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 ヨシュアがイブベイズの支部教会を矢のように飛び出して、シスター・パトゥをびっくりさせてから実に丸一日もの時間が過ぎ去った頃。
 布でくるんだ胡乱な荷物をふたつも抱えた、紺の衣装の少女がラダムフォストの町へと帰還を果たしていた。

「ふぅっ、やっと帰ってこれた。……こんなに急ぐこともなかったかな?」

——わたし、張り切りすぎかも?
 そんなことを思いながら、アイラは支部教会へ続く長い坂を上っていく。
 手に抱える小さな布にはピクシスが。布に紐を通し、肩から下げる形で運ぶぐるぐる巻きの棒の中には持木幸雄の右腕が、それぞれ入っている。
 転生者を倒した後、その右腕を持ち帰るまでが任務。とはいえ教会に戻ることなど、この距離であれば危険はほとんどない。この辺りは治安もいい。そもそも人も少ない。

 行きとは違い森を突っ切ったりはせず、街道を通ってきたアイラだったが、通常二日かかる行程は一日半ほどで終わろうとしていた。
 単純にアイラが健脚だったのはある。行きで彼女の体力をヨシュアが褒めたのは、あながち世辞ではなかった。未だ第二視野も聖寵も十全に操れない彼女は、ピクシスを操る才には恵まれなかったかもしれないが、身体能力に限って言えば十分に優秀だった。
 ただそれ以上に、強いモチベーションが気を急かせ、足を速めさせたのもあるだろう。

——先輩の言う通り、わたしはまだまだ未熟なんだってわかりました。だから……今度会う時は、先輩と肩を並べられる立派な烙印祓いエクソシストになれるようがんばります!
 イブベイズの町で、ヨシュアにそう啖呵を切ったのは自分なのだから。
 未熟さを理解し、自覚し、乗り越えていこう。
 あの夜、口下手ながらも親切な先輩は、エクソシストに必要なのは動機ではなく技能だと言った。

(だから……がんばろう。暗闇から逃れるためにエクソシストを志した、自分本位で薄っぺらなわたしだけど——)

 それでも関係ないのだと、彼は確かに言ってくれたのだから。

(……なんかわたし、先輩のこと考えてばっかり)

 これじゃあ、まるで。なんて馬鹿な考えを頭を振って払拭すると、坂の上にたどり着くのはすぐだった。
 空は暗く。アイラの苦手な暗闇が、静けさを帯びて家ひとつない辺りを囲い込んでいる。振り向けば亡き弟が立っている気がした。
 ヨシュアに告げたように、立派なエクソシストになるために。神に仕える者として、敬虔さを証明するために。ピクシスを布越しにぎゅっとかき抱き、アイラは早足に教会の門をくぐった。

「ア、アイラ・スノーボールです。……帰還しました」

 明かりの落ちた教会内。建物の中心にある、礼拝室のドアは開けられていた。
 中はそれなりに広い。それも当然、礼拝室は建築面積の半分以上を占めている。教会の存在意義とは、全能の力で世界を創り、大地へと還った偉大なる神の威光を世に知らしめることであり、そのためには人々が心を込めて祈る場が必要不可欠だ。
 転生者を殺すだけが教会の役割ではない。転生者という災禍によって乱れる人々の心を、神の右の御手を借りて救わねばならない。
 静寂を踏みしめるように、室内に入る。中では、司教たる大男がステンドグラスより注がれる月光を背に立っていた。

「おお、戻ったかアイラ君。待ちわびていたぞ」
「あ……ドルヴォイ司教?」

 もしかしたらとは思っていたが、こんな時間まで待ってくれているとは。アイラは若干の驚きとともに、その巨躯を見上げた。

(……なんだか、この間より大きい、ような)

 右腕を失い、エクソシストを引退した大男。その隻腕のシルエットが、暗闇に溶けて蠢くかのごとく膨らんで見えた。
 不吉さを直感し、同時にそんなはずがないと否定する。
 相手は司教だ。尊敬すべき神のしもべだ。また、彼に関しては強力な烙印祓いエクソシストであった点も同様に敬うべきだろう。

「どうやら任務は無事に成功したようだ、素晴らしい。よく戻ってきてくれた」
「あ、ありがとうございます。わたしはその……足を引っ張ってしまいましたが。ヨシュア先輩が」
「そうか。まあ、気にしないことだ。初めは誰だって失敗するものだとも。彼……ヨシュア君は非常に優秀なエクソシストだ、彼が同道するなら多少のミスは心配ないと踏んでいた」
「……はい」

 初めから、アイラがうまくやるとは思われていなかったのだ。
 事実そうだったのだから、言い返す言葉などあろうはずもない。
 ヨシュアはまさしく、エクソシストとしての技能を十分以上に身に着けていた。素早い判断に、生得しょうとくであるかのように操る第二視野、伏せていた聖寵による必殺の一撃。どれをとっても今のアイラには真似できない、目指すべき頂だ。

「さあ、では右腕を。異世界転生者から刈り取った、異能の根源を渡したまえ」
「右腕は、こちらです——」

 紐で肩に掛けていた、布を何重にも巻いたそれを下ろす。
 引き渡す瞬間、やはり不吉な気配を感じた。

「——っ」
「……どうした? アイラ君。早くソレをこちらへ。そうして初めて、任務は完了だ」
「は、はい。どうぞ」

 渡さないわけにもいかない。根拠のない直感に従い、任務を放棄するなど愚の骨頂。
 なにより、これで右腕を渡さなければ、アイラ・スノーボールという人間は今回の任務において、本当に邪魔ばかりをした間抜けになってしまう。
 転生者の待ち伏せにはまんまと引っかかり、追い詰められ。聖寵は使えず。先輩に助けられた。
 そうして恥を晒したうえで、右腕を持ち帰ることさえできなかったら。それはもう未熟を超えて、どうにもならないただの無能へ成り下がるに違いないのだ。 
 アイラはそれが怖かった。直感をもう一度強く否定して、右腕を渡す。
 ドルヴォイはそれを隻腕でむんずとつかみ取ると、乱暴に布を引き剥がした。

「え……? し、司教?」
「ああ、本当に。よく戻ってきてくれた。待ちわびていたのだよ、私は。心の底から」
「なにを言って…………」

 言葉を失う。
 闇の中で、今度こそ確かにその巨大なシルエットは蠢動を始めた。
 外套がその内に着ている立襟の祭服もろともびりびりに裂け、ドルヴォイの右半身が膨張する。それはカマキリが折りたたんでいた鎌を広げることと似ていた。

「ようやく、最後の腕が来た!」
「ひぃ……っ!?」

 露わになったのは、怪物の上半身だった。
 かつて悪しき異世界転生者たちを挫き、抹殺してきた巨躯。その、隻腕であるはずの体には——
 今や、四本の右腕を備えていた。

「その、腕は……」

 しかし、肩からつながるのは生来有する左腕のみ。右腕の四本は、肩口の下、腰の辺りで縦に連なってつながっていた。
 異形。およそ人間として正しい輪郭を損なう姿に戦慄しながらも、アイラは震える手で己のピクシスを覆う布を払った。
 開かれる第二視野。暗視によって、か細い月光だけで礼拝室の隅々まで見通せるようになる。
 立方体に移植した眼から見るその右腕たちには、黒い、悪魔によって祝福された螺旋の刻印が施されていた。

「異世界転生者の……右、腕?」

——そんなことが可能なのだろうか?
 疑問が噴出する。しかしよくよく見てみれば——暗視の力によって暴いてみれば、ドルヴォイが備える右腕はどれもその大きさが違うし、皮膚の色もわずかに異なった。

「いやあ、それなりに苦労はあったが、これでようやく目論見が達せられる。いいや違うな。これから私の計画は幕を開けるのだ」
「なにを言ってるんですかっ、ドルヴォイ司教……こんなことをしていいはずがない。先輩は……ヨシュア先輩は知ってるんですか?」
「祝いたまえ、アイラ・スノーボール。キミは、私という人間が真に誕生する瞬間に立ち会っているのだぞ!」

 太い左手でつかんだ、アイラの運んできた右腕の付け根を、ドルヴォイはゆっくりと己の右の肩口へとあてがった。
 にち、と肉が触れる音。次にバチッと電気の走るような音がした。
 移植のプロセスは術式によって管理されている。事前に構築済みのため、事ここに至って面倒な手順など必要なかった。

「うむ、やはり腕があるというのは気分がいいな! ガッハハ、肩から先が欠けていると寂しくてなぁ」
「悪魔憑きの腕を……移植するなんて」

 一本の左腕に五本の右腕。アンバランスなシルエットのまさしく怪物へと成り果てたドルヴォイに、アイラは怯えを隠せない。
 そんなアイラの姿を、彼はバカバカしいと鼻で笑った。

「フン、そう驚くことではない。私に言わせれば肉体の移植より魔術通話の方が、よほどに優れた魔術だよ。それに……キミたちエクソシストは皆、例外なく同じようなことをしているのだ」
「……え?」
「キミが後生大事に抱えるその黒き箱は、何人もの異世界転生者の右腕でできているのだからな」
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