右腕狩りのヨシュア

彗星無視

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第十六話 右腕だらけの偽神

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「烙印を確認。——その右腕を狩ることこそ、俺たちエクソシストの本分だ」

 ステンドグラスから礼拝室へ注がれる、冷たい月光を浴びる六つの腕。異形と化した恩人を前に、目をそらすことなくヨシュアは言い放った。
 動揺はある。万が一アイラに危険が及ぶ危険性を考えて、ほとんど休みなしでイブベイズから一日かけて来てみれば、隻腕だったドルヴォイに右腕が五本も増えていた。
 だが、移植眼球ピスティスで見てみればそれらすべてが転生者の右腕であることは一目瞭然。

 むしろ合点がいく。要は転生者の腕を我が物とするために、炯眼使いウォッチシスターの異世界転生者発見の報告を本部に知らせなかったのだ。そうして指令を発生させないまま、偽りの任務で右腕を回収させる。
 本部教会に知られることなく、異世界転生者の右腕を手に入れる。それがドルヴォイの、初めからの目的だったのだ。

(まさか……転生者の腕を移植するなんて、考えもしなかったが)

 一介の烙印祓いエクソシストであるヨシュアに詳しいことはわからないが、間違いなく魔術的な処理を施してあるのだろうと思われた。
 ピクシスに生来の眼球を移植する時、視神経に魔術的な経路を接続するのと同じだ。転生者の腕の血管や神経を、魔術によって自身の肉体とつないでいる。

(転生者の右腕は、言ってみればピクシスと大差ない。異能はいわんや聖寵だ)

 聖都爆破の折、ヨシュアは教会において秘匿されているピクシスの真実を知っていた。性格もあるが、信仰を持てないのはそのせいでもあった。
 だから、転生者の腕を移植して異能を奪い取るというのが、不可能ではないとすぐに理解できた。なにせピクシスに眼球を移植するのも、結果としては同じことだ。
 呪いに自身の一部を移植するか。呪いを自身に移植するか。
 たった、それだけの違い。前者であれば異能は聖寵と名を変え、個人に合ったものに変容する。後者の場合は異能は異能のまま、なんら変わらず肉体に根付く。

「先輩、どうしてここに……故郷に帰って休むって言ってたのに」
「かわいい後輩が心配になった。念のためにと駆けつけたが、悪い予感が当たったらしい」
「か、かわっ!?」

 アイラは緊張感のない、すっとんきょうな声を上げて目を見開く。
 だがかぶりを振って、すぐ真面目な顔に戻った。

「……いきなりなに言ってるんですかっ。そんなことより聞いてください、司教の右腕は上から順番に『鉄杭』『暗闇』『剛腕』『障壁』『蜘蛛』だって言ってました」
「そうか。あの腕を刈ってきたのは俺だ、どの腕がどれかを理解していれば対処は容易い」
「それと、烙印の励起はひとつずつしかできないみたいです。複数の異能の同時使用は、おそらくですができません」
「ほう。有用な情報だ」

 確信とまではいかないが、これまでのドルヴォイを見るにおそらくそうだろうと思われた。烙印の励起はひとつしかできず、別の異能を使うには新しく励起をし直す必要がある。

「あのドルヴォイ司教を相手に、よくここまで戦って持ちこたえた。……イブベイズでの宣言通り、きみは立派なエクソシストになったな」
「——。そんな、まだですよ。まだまだわたしは、これからもっと精進します! 先輩の隣に立てるように!」
「だったら、まずはあの多腕を退けないとな」
「はいっ!」

 烙印祓いエクソシストの少年少女が、背教者の司教に対峙する。
 ドルヴォイはふたりを見て、忌々しげに——それとも眩しいものを見るように、何年も前に隻眼になった右目を細めた。

「なにもわからぬまま死ぬのも悔しかろうと、教えてやった慈悲が仇となったか」
「慈悲を見せるなんてまるで神気取りだ。しかしあなたはパンドラでもなければ、もうエクソシストでもない。そして今、司教でも、人間でさえもなくなった!」
「だが、今の私には神に近しい力が備わっている。エクソシストであった頃……右腕を喪失する以前より、ずっと強力な! それがすべてだ」
「力……そんなものに、どれほどの価値があるというんです」
「どれほどだと!? ヨシュア、無欲で空っぽのお前にはわかるまい! この力で私は成り上がる。本部を手中に収め、教会を支配するのだ!」

 六本の腕を広げ、ドルヴォイは豪語する。

「教会を……!? クーデターってこと、ですかっ?」
「そんなことできるはずがない。本部のエクソシストの実力はあなただって知っているでしょう。特に一年半前と比べて、今の本部は以前よりもずっと厳戒だ」
「やる前から諦めるのは性に合わん。落とすのは本部だけでいい、そうすれば自ずと支部も操れる! 本部さえ陥落させれば、教皇はこの私だ……! いいや、いっそパンドラなどというピトス頼りの神ではなく、この私を信仰するようにしてしまえばいい! 私が神に取って代わるのだ、ガッハッハッハ!」
「……権力欲しさとはな。呆れてものも言えませんよ、ドルヴォイ司教。あなたはすっかり変わってしまわれた」

 分岐点と呼ぶべき瞬間があるとすれば、それは右腕を失った時なのだろう。腕だけでなく、烙印祓いエクソシストとしての誇りまでも損なったのだ。
 荒唐無稽とも取れる野望を語るドルヴォイの目には、狂気じみた光さえ宿っている。事実どれだけの異能を持っていようが、ひとりで聖都を落とすなど、巨大な山ひとつを独力で平らにするようなものだ。

(あるいは仲間がいるのか……いずれにせよ)

 教皇になるなど、そううまくことが運ぶわけもない。とうに正気ではあるまい。
 同じことをアイラも思ったのか、ヨシュアに目線をよこしてくる。

「先輩……もしかしれこれって、烙印のせいなんじゃ」
「なに?」
「言ってたじゃないですか、先輩。烙印が、そのひとの気持ちに影響を与えるんだって」

 異世界転生者が人を襲い、危害を加えようとするのは、その暴力衝動や欲望を烙印が強めているからだとする説がある。
 イブベイズの路地で、ヨシュアがアイラに語ったことだ。

「……そうだな、そうかもしれない。俺の経験上……司教はよく笑うが、もういくらか落ち着きのあるひとだ」

 なにせ、ドルヴォイの移植した右腕は五本。烙印も五本分だ。
 ただの異世界転生者と比べ、影響は計り知れない。正気を失うのも当然と言えた。
 もちろん移植は本人の意思で行ったのだから、もともと力を求めたこと自体は彼の本懐だったのだろうが——

「目撃者は消さねばなるまい。当初の予定とは違うが……ふたりまとめて、神の御前で消えてもらおう!」

 第一の右腕、その皮膚に刻まれた螺旋がまたしても黄金に輝く。
 鉄杭の異能が発現し、ヨシュアに向けて放たれた。

「先輩!」
「問題ない。『視差転移』」

 杭は一瞬で消失し、代わりにその場には壁に掛けられていた燭台が現れ、ころんと床に転がった。
 ヨシュアにとって、視認できる飛び道具をいなすことなど簡単だった。杭は燭台の元あった位置に現れ、そのままノータイムで礼拝室の壁に突き刺さる。

「物体と物体の位置を入れ替える聖寵、視差転移……敵に回すと厄介なものだな。しかしその聖寵、見た目よりも制約は多いはずだ。大きな物や、他人が触れている物には使えん。全能でもなければ、万能でもない」
「流石は司教。よく見ていますね」
「キミと手合わせをしたことなど何度もある。見ていれば、おおむねの条件はわかるとも」
「……なるほど」

——しかし、アレだけは見せていない。

「ヨシュア君とて覚えているだろう。近接戦闘で私に勝てたことが何度あった!? そう! ゼロ回だ!」

 ドルヴォイは『鉄杭』の異能の烙印を脱励起させ、輝きを鎮める。

「司教が負けそうになったらすぐ聖寵に頼るからでしょうが……!」
「私の力だ! 頼ってなにが悪い!」
「そんなだから右腕無くすんですよ!」
「今は五本ある!」
「過多だ、どう考えても!」
「いいや、腕などあればあるほどいい! 今から教えてあげようとも!」

 言いながらドルヴォイは、突然その場で四つん這い……もといつん這いになり始めた。両足と六つの手を床につく形だ。
 なにをしているのかと困惑しかけたヨシュアだったが、すぐにその意図に気づく。

「蜘蛛か……!」
「ご名答、だが遅い!」

 ドルヴォイの第五右腕が黄金に光る。『蜘蛛』の異能だ。それは名の通り、床や壁、はたまた天井をもその手足をついて動き回れる能力だった。
 ツークォーター級ではあったが、せいぜい多少アクロバティックに動ける程度の異能。元の持ち主はさして苦戦もせずヨシュアが殺害済みだ。だが——

「……司教の方が使いこなしてますよ、その異能」
「褒め言葉と受け取っておこう!」

 腕が六本もあるためか、その移動速度は元の持ち主の比ではなかった。一対五のアンバランスな多腕を駆り、弧を描くように、それでいて昆虫じみた素早さでヨシュアとの距離を詰める。
 この移動法であれば、地面との接点が増えるぶん姿勢も安定する。左右非対称な肉体のバランスに慣れていないドルヴォイでも転倒の心配はなかった。

「うわぁっ気味悪いですっ」
「効かん!」

 アイラが阻害とばかりにナイフを投擲するも、見えない壁に弾かれる。光を持つ第四右腕。一瞬だけ空間に透明の壁を生む、『障壁』の異能による防御だ。

「そしてェ! 『剛腕』による強化殴打ァ!」
「うぐッ」

 第四右腕の輝きが鎮まり、今度は第三右腕の烙印が励起する。
 まんまと懐に入られたヨシュアは、振りかぶる腕を回避しようとしたものの、その動きを呼んでいるかのごとくドルヴォイの拳はヨシュアの体を捉えた。

「先輩っ!」

 異能の拳がゴミのようにヨシュアを吹き飛ばし、並べられた長椅子のひとつに衝突させる。椅子はベキッと音を立てて壊れ、破片を周囲へ弾き飛ばす。
 異能を使った第三右腕の威力はまるで嵐だ。血を吐いて咳き込みながら、ヨシュアは実感した。
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