不死殺しのイドラ

彗星無視

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第2章 鮮烈なるイモータル

第31話 作戦の朝

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 512年前に現れた原初のイモータル。その復活は近い。よって、遠い過去の災厄が蘇る前に、準備を整えて自ら封印を解き放ち、完全に殺す。
 ヴェートラル聖殺作戦と銘打たれたその作戦は、段取り自体は複雑ではなかった。
 聖堂のある都市、デーグラムから六台ほどの馬車で東へ。大陸の中心部にある巨大な山脈の一部でもあるロパディン渓谷に向かい、その奥にあるヴェートラルの聖封印を解除し、三十人近いエクソシストたちのサポートを得てイドラのマイナスナイフを届かせる。

 肝心要のヴェートラルの殺害——レツェリの作戦名に乗っかるならば聖殺と呼ぶべきか——もこれまで不死殺しは単独が常だったイドラにとっては連携面でやや不安があったが、この行程において大変なのはむしろ、デーグラムからロパディン渓谷へたどり着くまでの部分だと言えた。
 デーグラムから東に行き、長い平野を越えると、山脈の手前に広がる大森林に入る。そうなれば馬車は使えない。どのみち渓谷は馬一匹通れないほど狭いわけではないが、斜面が急なところも多いため馬を使うのはまず不可能だ。

 なので、大森林の手前にある村で馬車を置き、そこからは徒歩での行程になる。スクレイピーの時と同様だ。
 休みなしで馬を使っても、村まで半日はかかる見込みだった。そこから軽く休憩を取り、森林へ入り、その中で一泊する。そして翌日の昼に森を出て山脈に足を踏み入れる……そういう時間配分の予定で、エクソシストの配置等の前準備も加味すると、聖殺へ取り掛かるのは夕方辺りになると思われた。

「晴れましたね、今日」
「ああ。幸か不幸か、って感じだけど」
「わ、わたしとしてはうれしいです……昨日はなにもできなかったので」
「あはは、英気を養えてちょうどよかったんじゃないか」

 作戦当日。デーグラムの外、門の前の平野には三十人余りの人間が集まり、その端にはイドラとソニアもいた。まだ薄暗い、早朝のことだ。
 昨日は雨だったが、今日は晴れた。
 しかし喜ばしくはない。生憎の晴れだ。
 イモータルは雨の日に動きが鈍る。その理由はまったく解明されていないが、ヴェートラルも例外ではないと思われ、それだけに雨中での決行がベストだった。

 空には雲一つなく、昨日の豪雨とまではいかずとも弱々しくもなかった雨脚は、嘘のように消えてしまった。山脈の方もすっきりと澄んだ青空ばかりが広がり、山の天気は変わりやすいと言えど、明日に雨が降ってくれる望みは薄そうだった。
 さりとて、雨を待つ余裕はなかった。
 512年前の聖封印は既に相当弱まっている。協会も他大陸の教会から早くどうにかしろとつつかれており、イドラがいなければ、レツェリが難しいと言ったヴェートラルを海へ連れての葬送を行うしかなかっただろう。その際、誘導は簡単でなく、またロパディン渓谷から海への長い過程にある村や町は間違いなく壊滅することになる。

「うう……雨が憎いです、せっかくおっきな町に来たのにどこへも行けませんでした。ベッドもふかふかで気持ちいいし……」
「そっか、確かに色々見て回りたいよな。今回の作戦が終わって落ち着いたらそうするか?」
「いいんですか? はい、ぜひ!」

 昨日のソニアは率直に言うと、それはもうぐーたらな有様だった。
 ほぼ一日中ベッドで寝っ転がって、ぐでっとしていて、たまに「あー」とか「うー」とか呻いていた。
 ただそれはソニアが自堕落なわけではなく、雨の日はどうにも無気力でだるくなってしまうらしい。昔はそんなこともなかったようなので、イモータルが雨の日に動きが鈍るのと関係していそうな話だった。

(そんなソニアも完全復活だ。……もっとも、だからこそ連れていくしかなくなったんだが)

 スクレイピーの時と同様、危険な旅にソニアを同行させたくないという思いはイドラの中にあった。
 しかし、それはエゴだと自覚した。ウラシマを重ね、もう失うまいとする身勝手な考えでしかない。
 ソニアのことを真に尊重するのであれば、そばを離れず、その上で守るべきだ。危険だからと宿の部屋に置き去りにするのは、岩屋に閉じ込めた集落の者らと大差がない。
 それにデーグラムと渓谷を往復するには三日近くかかるので、彼女の発作を鑑みると、やはり連れていくほかない。イドラのマイナスナイフがソニアの体には不可欠だ。

「いよいよですね。昨夜は雨でしたが十分に休めましたか?」
「ミロウ。ああ、協会の用意してくれた宿のおかげでな。ご飯もおいしいし大満足だ」
「それはなにより。今日からは長旅になりますから、しっかりしていきましょうね」

 金の髪を揺らして現れたミロウは、相変わらずダークブラウンの革手袋をはめ、表情は作戦当日とあって心持ち、普段以上にかっちりとした謹厳さがにじみ出ていた。
 対照的に、その隣に立つ浅葱色の髪の女性は、緊張を微塵も感じさせない笑みに口元を緩めている。

「おはよー二人とも。いい朝だねー、ベルちゃんはまだちょっと眠たいけど」

 言葉とは裏腹に、ベルチャーナの顔は快活そのものだ。彼女がエネルギッシュでない姿をイドラは想像さえできなかった。
 場に集まった者のうち半分以上は男性で、ほとんどが白地に一本だけ紺色のラインが入った修道服を身にまとっており、協会に属する人間なのだとすぐわかる。もっとも着崩す者も多く、これはある種信仰に対しおおらかな、ロトコル教の中でも異端な葬送協会のエクソシスト特有の傾向かもしれない。

 また、修道服をまったく着ていない人間も、イドラとソニアを除いてだがちらほらといた。
 五人程度。顔見知りなのか、固まっている。
 修道服を好まないエクソシストなのか、それとも協会の人間でないのか。イドラはやや気になったが、直接質問しに行くのも憚られた。
 むしろ目を集めているのはイドラたちの方だ。
 不死殺し——死なずの怪物を殺す者。イドラには噂の真否を探ろうとする猜疑の目、それからソニアにはその白い髪と肌へ好奇の目が注がれる。

「見られてますね、わたしたち。やっぱり髪だけでも隠すべきだったでしょうか……」
「気にすることないさ」

 周囲の目線から、好意的な感情は読み取れなかった。露骨に嫌悪するようなものでもないが、訝しみ、警戒するような態度だ。

「そろそろですわね」

 ぽつりと呟くと、ミロウは集団の前へと進み出た。毅然とした歩みに、イドラたちへ注がれていた視線が移る。
 澱みのない青い目が一団を見渡す。それからミロウはゆっくりと口を開いた。

「ヴェートラル聖殺作戦の指揮を任されました、ミロウです。ここに集まった者には知らされている通り、数百年前の怪物は今まさに復活を遂げようとしています。この災厄を断固阻止し、人々が住む神の作りたもうた世界を守ることが我々の責務です」

 滔々とした、しかし芯のある語りに一団は静まり返り、耳を傾ける。

「作戦の概要を確認する前に、要となるヴェートラルの聖殺を担う方を紹介します。不死殺しの異名で知られるイドラさん、その補佐のソニアさんです」

 唐突に水を向けられ、イドラは内心で驚く。その横で白い少女が「ぴえっ」と謎の声を上げた。

「……どうしよ。なんか、お辞儀とかしたほうがいいのかな」
「んーいんじゃない? べつに」
「そっか」

 さっきの、密かに窺うようなものとは違う正面からの衆目。これには普段独りで旅をしてきたイドラは慣れておらず、少し戸惑う。が、かなりテキトーなベルチャーナの返答を聞くと逆に落ち着いた。

「協会の外にいる彼らに対し、その実力に疑念を抱く者もいるでしょう。ならばこのわたくしが保障します。不死殺しの効能は事実であり、彼らはこの作戦に必要不可欠な人材です」

 一切言い淀むことなく、堂々と断じるミロウにイドラたちを除いた一同がかすかにどよめく。
——スクレイピーを殺したのは本当なのか!?
——葬送とは違う完全な殺害が可能だなんて!
——信じられないけど、あの精密十指が言うなら……。
 衆目の視線は、途端にどこか畏敬じみた色を帯びる。その変わりように驚きながらもイドラは胸中で、気を遣ってくれたことに感謝を告げた。

(僕らが協会の人たちに馴染みやすいように……ありがとう、ミロウ)

 こうして作戦の指揮を任されたり、言葉一つでエクソシストたちの不死殺しへの信憑性を重くしたりと、協会の中でもそれなりの地位にいるのは間違いない。
 ミロウの方を見ると彼女の青い瞳と目が合った。ベルチャーナであればぱちっとウィンクでも決めるのだろうが、ミロウは口元をかすかに緩める程度の変化しか生まず、しかしその微細な変化には確かにいくばくかの信頼が乗せられていた。

 それからミロウは、集った腕利きたちに作戦を詳しく説明した。
 まず、全員を五、六人程度で六分隊に分割する。馬車が六台なのでその都合だ。隊の名はパーケト、ヘダー、デイテ、フッラ、ペロー、ローバルクと、この辺りに住む者にとっては一般的な動物たちの名を冠していた。
 イドラの隊はパーケト。他のメンバーはソニア、ミロウ、ベルチャーナ。村に着くまでは協会の男性に馬車の御者もしてもらうが、構成する人員はスクレイピーの時と同じだ。その方がスムーズだと判断したのだろう。

 四人の隊はここのみ。六つの隊のうち、もっとも重役な聖殺の要だ。
 パーケトというのはロトコル教のシンボルでもある、白い背と羽を持ち、お腹だけ藍色の世界中に広く分布する小鳥だった。そんな名を冠した隊に協会の人間でない自分が属するというのは、イドラとしては苦笑するばかりだったが。
 他の隊は聖殺の補佐に回るエクソシストたちの部隊だったが、一つだけ例外もあった。
 最後の隊、ローバルク。これだけは協会の人員ではなく、なんでも王国軍から借り受けた医療部隊だそうだった。

 イドラも話程度は耳にしたことがある。ただの薬師《くすし》の類ではなく、ギフトそのものが人体治療に特化した、特別な部隊。
 あの修道服を聞いていなかった者たちがそうなのだと、王都からやってきた彼らにミロウが述べる謝辞を聞きながらイドラは推察した。
 エリートもエリートだ。おそらくイドラの協力が確定した翌日に作戦を執り行わなかった理由のほとんどは、彼らの到着を待つためだったと思われた。

「でも実際のところ、僕もベルチャーナも怪我なら治せるんだよな」

 平野を行く馬車に揺られながら、イドラは思考を漏らしてそう呟いた。
 朝の陽を浴びながら、六匹の馬が、六つの車体を引いて往く。日差しが柔らかなら風も柔らかで、解き放たれようとする大災厄の膝元へ向かおうとしているとは思えないほど、風景は平穏だった。

「どったの、急に? 怪我したんなら言ってくれたらすぐ治すよー?」
「ええっ、どこか悪いんですかイドラさん!? あ……も、もしかして一昨日、ベッドでわたしがなにか——」
「ベッド? え……えっ? ベッドでなにが……えっ、あ、お二人はもしやそういう仲……」
「三人まとめて誤解だ誤解。特にミロウ」

 毅然としているようでどこか抜けている。いかがわしい妄想に頬を赤くするミロウにジト目を送りながら、イドラは息を吐いた。

「あれだよ、ローバルクの隊。そりゃあ僕だって王国軍が簡単には入れない精鋭だって知ってるけどさ、僕とベルチャーナでこと足りるんじゃないのか?」
「ああなんだ……そのことですか。確かにあなたたちのギフトなら王国軍にも難なく入れるでしょうね。ですが今回、あなたたちには前線に注力してもらいたいので」
「それにあの人たちはギフトを使わずとも手当て全般できるしねー。薬にも詳しいし戦場慣れもしてる。いくら協会にも治癒の聖水があるからって、あそこまでは中々できないかなー」
「はぁー、そんなにすごい人たちだったんですね。わたし、王都のことはよく知らなくて。でもその人たちがいれば安心ですねっ」
「そうですね、少々自負心の強い方々ではありますが……この国や人々を守りたいという志は同じです。もっとも彼らの出番がないほうが、作戦としてはスムーズなのでしょうが」
「それはそうだねー」

 どうせ今日は移動だけで、聖殺を行う作戦の本番は明日だ。今から緊張しても仕方がなく、四者は落ち着いた雰囲気で馬車の旅を送る。
 日中変わったことと言えば、軽い地震に襲われたことくらいだ。ヴェートラル復活の予兆、とされている。
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