不死殺しのイドラ

彗星無視

文字の大きさ
41 / 163
第3章 断裂眼球

第39話 なくはないかもです

しおりを挟む
 次の日、話した通りイドラたちはプレベ山の方角を目指し、朝から行動を開始する。
 門からデーグラムを出る時、イドラの目は建てられた銅像に止まった。先に蓮の花のような意匠の付いた杖を掲げる、大男の像だ。
 先日白い塵となって消滅した、大蛇にして原初のイモータル。その怪物を氷に閉じ込め、五百年以上保たれた聖封印を施した英雄。名はハブリと言ったか。手に持つのは、今も協会に保管されているというギフト・アイスロータス。
 なんだかイドラは、ベルチャーナにあの銅像とヴェートラルについて教えてもらったのがひどく以前のことのように思えた。それだけ聖殺作戦が大変だったのだろう。

「今日は晴れてていい天気ですね! とっても暖かです」
「ああ」
「ああ、って。反応が薄いですイドラさんっ。それとも晴れが嫌いとか?」
「ん……いや、嫌いとかではないんだけど。晴れより雨の方が安心できるのは確かだな……イモータルあいつらは雨の方が動きが鈍るから。晴れの日こそやつらを警戒するべきだ」
「うわ、職業病ですよそれ完全に」
「別に不死殺しを職業にしたつもりはないんだが」
「じゃあ不死殺し病ですっ」

——より外聞が悪くなった気がする。
 まっすぐ南下するイドラたちの視線の先には、大陸の中ではそれなり程度に大きな山がそびえている。山嶺に雪はなく、雲ひとつない晴天の青を色の薄い山頂が穿つ。
 ここからだと、ふもとまで遮るものもない。時折ちょっとした丘陵はあるものの、それも含めてずっとずっと緑の草原が広がるばかりだ。
 穏やかな風が脛ほどまである草たちを揺らす。その中を、ただ真っすぐに歩いていく。

 天気も相まってうんざりするほど見晴らしはよく、これで魔物やイモータルを見落とすような間抜けはそういまい。それでもイドラが警戒を捨てきらないのはイモータルがどこからともなく現れるとされているからだが、それでもこの場にこの瞬間、あの白と黄金の怪物が現れる確率というのは度外視していいくらいに小さいものだろう。
 見えてはいても、山との距離は中々縮まらない。なまじ初めからしっかりと見えているだけに、その距離的な隔たりは必要以上に大きく感じる。
 しかし馬を使うほどの距離でもない。あれを借りると金もかかるし、なにより面倒を見るのが手間なのでイドラは旅中でも好んで利用しなかった。馬とは生き物であるからして、一度タンクに油をぶち込んでやれば文句も垂れず従順に何日も走り続けてくれる、物言わぬ鉄の箱のような便利な乗り物とはまるで勝手が違うのだ。

「……岩壁が見えてきたな。それでソニア、洞窟の入口がどんなかわかるか?」
「うーん、あんまり……出る時も無我夢中でそこまで見る余裕はなくって。あの、今さらなんですけど、ひょっとしたらもう入口ごと中も崩れちゃってるかも……」
「そういえば、地震に乗じて抜け出せたんだったな。あれもヴェートラルが復活する前兆だったんだったか」

 最近多発していた地震。ソニアが閉じ込められてた洞窟を出たのは一年前、その場所はそれから何度も揺れに晒されていたことだろう。

「まあ、崩れてたらその時はその時だ。ともあれ、それらしきものを探すだけ探してみよう。ダメだったらダメだったで別の方法を考えればいいさ」
「は、はいっ」

 あくまで、ソニアをさらった男の手がかりが残っているかも……程度の淡い希望だ。裏切られたとて、嘆くほどではない。
 しかしそんな予防線とは裏腹に、岩壁に沿って山の周囲を歩いていると、目的の入口はあっさりと見つかった。

「あ……あそこ、です。やっぱりわたし覚えてます……あの辺りから出て……そうだ、ぼんやりとしながら、星の方角を見て集落に帰ったんです。今は星は見えませんけど、薄っすら景色を覚えてます」
「本当か? 洞窟らしきものは窺えないが」

 とにかく近づいてみると、出っ張った岩の下に呆気なく暗闇が口を開けていた。簡素な木の戸が取り付けてあったが、開けっ放しになってしまっている。

「不用心だな。いや、もう放棄されたってことなんだろうが」
「もしかすると、わたしが開けてそのまんまなのかもしれません……ドアがあったことさえ忘れてました。そういえばあったような気がします」
「入ってみる、か。明かりを持ってきてよかった」
「あ……それもしかして、ミロウさんの真似ですか?」
「よく見てるな。そう、聖殺作戦の時にあいつがやってたやつ。あれ便利そうだったんでパクらせてもらった」
「腰のポーチのところに輪を通して、カンテラを下げられるようにしたんですね——」

 ソニアを連れ出したあの集落の岩屋は、明かりを携行する必要のある広さではなかった。しかし今度はソニアの話からしても複数部屋があるくらいには大きな洞窟だそうなので、イドラはきちんと明かりを持ってきていた。
 カンテラに火をつけ、腰に吊るす。ソニアが指摘した通り、作戦の時、ミロウが両手が塞がらないようにとしていた工夫の真似だった。簡単なことだが、こうしたひと手間に目を向けられない人間は多い。

「……なんだソニア、人のことジロジロ見て。意外と器用だ、なんて思ったか?」
「——え。あ、えっと、そ……んなことは」
「そんなことは?」
「ぅ……なくはないかも、です」
「旅をしてれば嫌でもできるようになるもんだよ。針と糸と友達になるのが旅人の第一歩だ、なんて言う人もいる。さ、行くぞ」
「そ、そうなんですか……針と糸と友達……」

 戸の状態から見て中はもぬけの殻である可能性が高かったが、念のための警戒は欠かせない。イドラはイモータルというより魔物、それから野盗や野生動物の類を意識し、天恵ギフトではない通常のナイフを逆手に持ちながら洞窟に足を踏み入れる。ソニアも背負ったワダツミを下ろしはしたが、この閉所では使いづらいだろう。
 入口は狭かったが、すぐに広まったY字路に出た。しかし、その片側はとてもじゃないが通行できない有り様だ。
 懸念通り、地震で崩れたらしい。いくつもの岩の塊が片方の道を完全に封鎖してしまっている。無理やりどけようとしたら、最悪さらに天井が崩れて生き埋めになる可能性さえある。

「この向こう、わたしが閉じ込められてた方です。……い、いつ崩れたのかわかりませんが、抜け出せててよかったですっ」
「まったくだ」

 運よく抜け出せず、向こう側で閉じ込められていたかもしれない自分を想像したのか、イドラのそばでソニアが身を震わせる。

「こっちに用はないな。とは言っても、もう一方の道もどこまで無事かわかったもんじゃないが……」

——せめて、僕たちがいる間は崩れてくれるな。
 祈るような心持ちで、崩れていない方の道を進んでみる。生物の気配は皆無と言ってよかった。

「ここは?」
「わかりません……でも、もう完全に放棄されてるみたいですね」

 ひとつ、明らかに部屋らしき体裁が整えられた空間があった。
 地面も比較的平らで、机と椅子が置かれている。なにか書き物でもしていたのだろうか。壁際には小さな棚もあり、手がかりはないかとイドラはカンテラを近づけて見回してみたものの、なにも置かれてはいなかった。
——なにかありそうな雰囲気なのはここくらいだったが、空振りに終わったか。
 若干の徒労感に息を吐き、イドラはカンテラを腰のリングに吊るし直す。外れだったかと踵を返そうとしたところで、服の裾をくいと小さく引かれた。

「イドラさん、これ……」
「ビン? どこにこんなの」
「床に落ちてましたっ。中もまだちょっと入ってるみたいです」

 ソニアに手渡されたのは、ラベルも貼られていない透明の小瓶だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!

ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。 ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!? 「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」 理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。 これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

処理中です...