不死殺しのイドラ

彗星無視

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第2部1章 躍る大王たち

第98話 『北部地域奪還作戦』

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 明くる朝。方舟の建物と隣接した、どこかトラックヤードのような雰囲気の広々とした一室に、イドラたちチーム『片月』のメンバーは集められていた。
 否、『片月』だけではない。
 チーム『鳴箭めいせん』、『寒巌かんがん』『巻雲まきぐも』。戦闘班における四つのチームがこの場に集められ、隊長リーダーを先頭に並んでいた。
 どのチームも構成人数は五人前後。二十人と少しが乱れなく整列し、その周囲には方舟の職員と、目前にはヤナギの姿もある。
 カナヒトの後ろから、セリカが振り返ってひらひらと手を振る。イドラは一瞬自身に向けているのかと思ったが、そうではなく、後ろのソニアに対してらしい。
 昨夜、ソニアが部屋でしてくれた報告によると、結局昨日のベルチャーナの捜索はうまくいかなかったようだ。聞き込みをするうちに一人、ベルチャーナを知る初老の女性に会うことができたそうだが、もう既にベルチャーナはいずこかへ発ったあとらしかった。
 方舟に来たわけでもなし、ではどこへ向かったのかとイドラは疑問に思ったが、そこから足取りはつかめなかった。だが、無事が確認できただけでも大きい。
 それにソニアは、手伝ってくれたセリカとはずいぶん打ち解けたようだ。それだけで今は十分な成果ではないかと、イドラは思っていた。

(なんだか、ヴェートラルの時を思い出すな……)

 作戦前の雰囲気に、イドラはトウヤの後ろに並びながら、聖殺作戦を懐かしむ。
 あの時は、パーケト——ロトコル教のシンボルである小鳥の名を冠した隊に参加したのだったか。
 今では正式に、チーム『片月』の一員だ。
 イドラが過去に思いを馳せる間に、ヤナギは一席ぶっていた。壇の上に立ち、北部地域の奪還は人類の復興に向けた第一歩であるだとか、そんな風なことを熱を込めて演説する。

「——では、諸君らの健闘を祈る!」

 やがてそれも終わり、北部地域奪還作戦が開始する。
 四つの隊が方舟を出て、ミンクツを通り、怪物ひしめく死の庭へ踏み込もうとする。ミンクツの途中までは四輪駆動車で移動し、そこからは各々の武装を手に徒歩で向かう。
 隊同士はさほど離れず、互いに援護が可能な距離。大体二十メートル程度の間隔。
 また、本作戦は『片月』『鳴箭』『寒巌』『巻雲』の四つのチームが合同で行う大規模作戦だが、戦闘班はなにもこれだけではない。しかし非常時に備え、他の二チームは方舟に待機する運びとなっていた。

「よし。本格的に危険地帯に出る前に、こいつを渡しとく」

 カナヒトはふと歩みを止め、イドラとソニアに黒い小型の機械を手渡す。
 今朝のブリーフィングで話したことだったので、二人とも驚きはしない。ただ手つきは慣れず、おっかなびっくりそれを左耳に装着する。

「通信状態をチェックしておけよ。誇張抜きに、そいつが命運を分かつこともある」

 それは方舟の戦闘班であれば全員に支給される通信機コミュニケーターだった。
 教わった通り、本体のボタンを押して操作する。これで方舟と連絡が取れるはずだった。

「えーと。これでいいのかな」
『うん、大丈夫。無事に聞こえているよ』
「……先生っ!?」

 耳元から聞こえたのは、先日受話器から聞いたのと同じ、ウラシマの声だった。

「わ、わたしも聞こえます。ウラシマさんが指示をくれるんですか?」
『そうとも。不甲斐なくも戦闘班への復帰は間に合わなかったけれど、オペレーターとしてなら参加できる。今日はこの作戦指令室から、できる限りのサポートをさせてもらうよ』

 昨日言っていた、バックアップとはこのことだったのだろう。イドラは納得とともに、すぐそばにウラシマがいてくれるような心強さを感じた。

「へっ、まさか『山水さんすい』のリーダー様に指示してもらえるなんてな」
『ワタシの主観では、それも百年以上前の話だけれどね』
「ああ、そういやぁそうか。地底世界の時間の流れは三十二倍……こっちでおおよそ四年経ったから、百三十年くらい向こうで旅してたわけだ」
「ひえー、壮絶な話。まるでおとぎ話みたい」

 カナヒトの言葉に、セリカが感嘆の息を吐く。百年以上の旅など、普通は想像もつかないことだ。
 真に賞嘆すべきは、その長い長い旅の中で、ウラシマという女性が本懐を忘れなかったという点だろう。
 外乱の排除。イモータルの殺害。ただの一度も彼女はその目的を忘却することなく、責務を胸に地底世界を旅し続けた。
 いくつもの大陸で天恵ギフトについての伝承を漁り、イモータルそのものについて調べ上げ、魔物が持つ魔法器官からのアプローチを検討し、時に葬送協会へも足を運んだ。
 倦むことなく、あらゆる手段を熟慮した。
 そんな中、誰の目にもつかないような大陸の果ての小村で、ついに彼女は奇跡のような邂逅を果たしたのだ。その感動は当人以外に計り知れまい。

「ふむん、だがそうなると、零は精神的には百五十歳くらいってことになるな。ずいぶんと婆さ——」
『奏人君、それ以上言えば帰投後に血を見ることになると警告しておこう』
「おぉっと。怪物との連戦は御免だ」

 通信越しでも背筋を凍らせるような威圧感があった。カナヒトは慌てて口を噤む。

「なんにしろ、通信は問題なさそうだね。二人とも、コミュニケーターの使い方でわからないことがあればなんでも聞いてくれ」
「悪いな、助かる」
「ありがとうございます、トウヤさん」
「うん」

 笑みは浮かべずとも、トウヤは表情に静かな優しさをにじませる。
 そんなトウヤに、はたとイドラは大切なことを思い出した。

「……そうだトウヤ。ギフトの代償で倒れたりしててすっかり忘れてたんだけど、この前の続きの——」
「『魔法塊根ネガティヴ☆ナタデココ』第三期のことかい? フッ、既にディスクに焼いうつしてあるよ。作戦が終わったら渡そう」
「おおっ、ありがとう……! 続きが気になってたんだよ。なあっ、ソニア!」
「えっ——ぁ、は、はい……」

 トウヤはセリカと反対で物静かだが、周りをよく見ていて気を遣う方だ。まだ短い付き合いだが、同じチームとして話す中でイドラもそれがわかっていた。

「ねえリーダー、ちまちま歩いてたらいつまで経っても北部に着かないよ。いっそ走っていこうよ! そしたらすぐだよ!」
「アホ抜かせ、肝心の戦闘行動の時にバテちまうだろうが。それに他のチームとの連携を考えろ、俺たちだけ先走れるかよ」
「ちぇー……」

 セリカはつまらなさそうに、足元の小石を蹴飛ばした。

「よう奏人ォ、そっちの隊もずいぶん賑やかになったようじゃのお!」
「あ?」

 ふと、隣を行く隊から話しかけられるカナヒト。
 話しかけたのは、おそらくはそのチームのリーダーであることが一目でわかる、筋骨隆々の体の大きな男だった。

「聞いとるぞぉ、なんでも地底世界アンダーワールドからの来訪者だと。よかったのお、『片月』は三人しかおらんかったから、ちと心配じゃったわ!」
「うっせぇ、余計なお世話だよ。うちは少数精鋭だったんだ」
「はっはっはッ、実際そういう側面もあったんじゃろうがな。人手なんぞ慢性的に不足じゃから、少数で機能する隊は重宝するじゃろうて」

 妙に癖のある話し方をする。ミンクツも地域によって方言があったりするのかな、とイドラが考えていると、トウヤが「あれはチーム『鳴箭』の隆元たかもとさんだ」と教えてくれる。

「リーダーとは同期らしい。コピーギフトも豪快で、頼りになる人だよ」
「へえ。確かに、見るからに強そうだ」
「色んなチームがあって、皆さん頼もしいですねっ」

 イドラもソニアと同じ気持ちだ。それこそヴェートラルの一件を除けば、このように大人数で行動することなどイドラはない。
 大勢の味方に囲まれ、その誰もが戦闘をこなせる人材であるというのは、この上なく心強かった。

「えー、でも地底世界アンダーワールドから来たって言ったってぇ、まだ子どもじゃないですかあ。ほんとに戦えるんですかぁ?」

 タカモトの隊の一人が、イドラとソニアを見てくすくす笑いながら言う。
 まだ若い、イドラと同じくらいの歳の女だった。染めていると思しき茶髪で、手にコピーギフトらしき大鎌を携えている。

「こら!」
「いだあー!」

 軽んじた物言いにイドラがムッとする暇もなく、タカモトの拳骨が彼女の脳天に下ろされた。

美菜みな、お前は礼儀を知れい。そもそもお前も子どもじゃろうが!」
「うう、このゴリラリーダー……部下に暴力振るうなんてサイテーですよぉ」
「ふん、わしの隊に礼儀知らずの部下は要らん。まったく、優秀だからといって他者への敬意を忘れてはいかんと常々言っておるじゃろうが」
「まあまあ、リーダー、作戦中ですから今はそのくらいで……」

 タカモトを宥めるのは、杖を手にした別の女性だ。ミナと呼ばれた茶髪の少女と違い、大人びた雰囲気をしている。
 向こうのチームも、中々に賑やかそうだった。
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