101 / 163
第2部1章 躍る大王たち
第98話 『北部地域奪還作戦』
しおりを挟む明くる朝。方舟の建物と隣接した、どこかトラックヤードのような雰囲気の広々とした一室に、イドラたちチーム『片月』のメンバーは集められていた。
否、『片月』だけではない。
チーム『鳴箭』、『寒巌』『巻雲』。戦闘班における四つのチームがこの場に集められ、隊長を先頭に並んでいた。
どのチームも構成人数は五人前後。二十人と少しが乱れなく整列し、その周囲には方舟の職員と、目前にはヤナギの姿もある。
カナヒトの後ろから、セリカが振り返ってひらひらと手を振る。イドラは一瞬自身に向けているのかと思ったが、そうではなく、後ろのソニアに対してらしい。
昨夜、ソニアが部屋でしてくれた報告によると、結局昨日のベルチャーナの捜索はうまくいかなかったようだ。聞き込みをするうちに一人、ベルチャーナを知る初老の女性に会うことができたそうだが、もう既にベルチャーナはいずこかへ発ったあとらしかった。
方舟に来たわけでもなし、ではどこへ向かったのかとイドラは疑問に思ったが、そこから足取りはつかめなかった。だが、無事が確認できただけでも大きい。
それにソニアは、手伝ってくれたセリカとはずいぶん打ち解けたようだ。それだけで今は十分な成果ではないかと、イドラは思っていた。
(なんだか、ヴェートラルの時を思い出すな……)
作戦前の雰囲気に、イドラはトウヤの後ろに並びながら、聖殺作戦を懐かしむ。
あの時は、パーケト——ロトコル教のシンボルである小鳥の名を冠した隊に参加したのだったか。
今では正式に、チーム『片月』の一員だ。
イドラが過去に思いを馳せる間に、ヤナギは一席ぶっていた。壇の上に立ち、北部地域の奪還は人類の復興に向けた第一歩であるだとか、そんな風なことを熱を込めて演説する。
「——では、諸君らの健闘を祈る!」
やがてそれも終わり、北部地域奪還作戦が開始する。
四つの隊が方舟を出て、ミンクツを通り、怪物ひしめく死の庭へ踏み込もうとする。ミンクツの途中までは四輪駆動車で移動し、そこからは各々の武装を手に徒歩で向かう。
隊同士はさほど離れず、互いに援護が可能な距離。大体二十メートル程度の間隔。
また、本作戦は『片月』『鳴箭』『寒巌』『巻雲』の四つのチームが合同で行う大規模作戦だが、戦闘班はなにもこれだけではない。しかし非常時に備え、他の二チームは方舟に待機する運びとなっていた。
「よし。本格的に危険地帯に出る前に、こいつを渡しとく」
カナヒトはふと歩みを止め、イドラとソニアに黒い小型の機械を手渡す。
今朝のブリーフィングで話したことだったので、二人とも驚きはしない。ただ手つきは慣れず、おっかなびっくりそれを左耳に装着する。
「通信状態をチェックしておけよ。誇張抜きに、そいつが命運を分かつこともある」
それは方舟の戦闘班であれば全員に支給される通信機だった。
教わった通り、本体のボタンを押して操作する。これで方舟と連絡が取れるはずだった。
「えーと。これでいいのかな」
『うん、大丈夫。無事に聞こえているよ』
「……先生っ!?」
耳元から聞こえたのは、先日受話器から聞いたのと同じ、ウラシマの声だった。
「わ、わたしも聞こえます。ウラシマさんが指示をくれるんですか?」
『そうとも。不甲斐なくも戦闘班への復帰は間に合わなかったけれど、オペレーターとしてなら参加できる。今日はこの作戦指令室から、できる限りのサポートをさせてもらうよ』
昨日言っていた、バックアップとはこのことだったのだろう。イドラは納得とともに、すぐそばにウラシマがいてくれるような心強さを感じた。
「へっ、まさか『山水』のリーダー様に指示してもらえるなんてな」
『ワタシの主観では、それも百年以上前の話だけれどね』
「ああ、そういやぁそうか。地底世界の時間の流れは三十二倍……こっちでおおよそ四年経ったから、百三十年くらい向こうで旅してたわけだ」
「ひえー、壮絶な話。まるでおとぎ話みたい」
カナヒトの言葉に、セリカが感嘆の息を吐く。百年以上の旅など、普通は想像もつかないことだ。
真に賞嘆すべきは、その長い長い旅の中で、ウラシマという女性が本懐を忘れなかったという点だろう。
外乱の排除。イモータルの殺害。ただの一度も彼女はその目的を忘却することなく、責務を胸に地底世界を旅し続けた。
いくつもの大陸で天恵についての伝承を漁り、イモータルそのものについて調べ上げ、魔物が持つ魔法器官からのアプローチを検討し、時に葬送協会へも足を運んだ。
倦むことなく、あらゆる手段を熟慮した。
そんな中、誰の目にもつかないような大陸の果ての小村で、ついに彼女は奇跡のような邂逅を果たしたのだ。その感動は当人以外に計り知れまい。
「ふむん、だがそうなると、零は精神的には百五十歳くらいってことになるな。ずいぶんと婆さ——」
『奏人君、それ以上言えば帰投後に血を見ることになると警告しておこう』
「おぉっと。怪物との連戦は御免だ」
通信越しでも背筋を凍らせるような威圧感があった。カナヒトは慌てて口を噤む。
「なんにしろ、通信は問題なさそうだね。二人とも、コミュニケーターの使い方でわからないことがあればなんでも聞いてくれ」
「悪いな、助かる」
「ありがとうございます、トウヤさん」
「うん」
笑みは浮かべずとも、トウヤは表情に静かな優しさをにじませる。
そんなトウヤに、はたとイドラは大切なことを思い出した。
「……そうだトウヤ。ギフトの代償で倒れたりしててすっかり忘れてたんだけど、この前の続きの——」
「『魔法塊根ネガティヴ☆ナタデココ』第三期のことかい? フッ、既にディスクに焼いてあるよ。作戦が終わったら渡そう」
「おおっ、ありがとう……! 続きが気になってたんだよ。なあっ、ソニア!」
「えっ——ぁ、は、はい……」
トウヤはセリカと反対で物静かだが、周りをよく見ていて気を遣う方だ。まだ短い付き合いだが、同じチームとして話す中でイドラもそれがわかっていた。
「ねえリーダー、ちまちま歩いてたらいつまで経っても北部に着かないよ。いっそ走っていこうよ! そしたらすぐだよ!」
「アホ抜かせ、肝心の戦闘行動の時にバテちまうだろうが。それに他のチームとの連携を考えろ、俺たちだけ先走れるかよ」
「ちぇー……」
セリカはつまらなさそうに、足元の小石を蹴飛ばした。
「よう奏人ォ、そっちの隊もずいぶん賑やかになったようじゃのお!」
「あ?」
ふと、隣を行く隊から話しかけられるカナヒト。
話しかけたのは、おそらくはそのチームのリーダーであることが一目でわかる、筋骨隆々の体の大きな男だった。
「聞いとるぞぉ、なんでも地底世界からの来訪者だと。よかったのお、『片月』は三人しかおらんかったから、ちと心配じゃったわ!」
「うっせぇ、余計なお世話だよ。うちは少数精鋭だったんだ」
「はっはっはッ、実際そういう側面もあったんじゃろうがな。人手なんぞ慢性的に不足じゃから、少数で機能する隊は重宝するじゃろうて」
妙に癖のある話し方をする。ミンクツも地域によって方言があったりするのかな、とイドラが考えていると、トウヤが「あれはチーム『鳴箭』の隆元さんだ」と教えてくれる。
「リーダーとは同期らしい。コピーギフトも豪快で、頼りになる人だよ」
「へえ。確かに、見るからに強そうだ」
「色んなチームがあって、皆さん頼もしいですねっ」
イドラもソニアと同じ気持ちだ。それこそヴェートラルの一件を除けば、このように大人数で行動することなどイドラはない。
大勢の味方に囲まれ、その誰もが戦闘をこなせる人材であるというのは、この上なく心強かった。
「えー、でも地底世界から来たって言ったってぇ、まだ子どもじゃないですかあ。ほんとに戦えるんですかぁ?」
タカモトの隊の一人が、イドラとソニアを見てくすくす笑いながら言う。
まだ若い、イドラと同じくらいの歳の女だった。染めていると思しき茶髪で、手にコピーギフトらしき大鎌を携えている。
「こら!」
「いだあー!」
軽んじた物言いにイドラがムッとする暇もなく、タカモトの拳骨が彼女の脳天に下ろされた。
「美菜、お前は礼儀を知れい。そもそもお前も子どもじゃろうが!」
「うう、このゴリラリーダー……部下に暴力振るうなんてサイテーですよぉ」
「ふん、わしの隊に礼儀知らずの部下は要らん。まったく、優秀だからといって他者への敬意を忘れてはいかんと常々言っておるじゃろうが」
「まあまあ、リーダー、作戦中ですから今はそのくらいで……」
タカモトを宥めるのは、杖を手にした別の女性だ。ミナと呼ばれた茶髪の少女と違い、大人びた雰囲気をしている。
向こうのチームも、中々に賑やかそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる