5 / 28
第五話 迷宮と不死と、自称下僕
しおりを挟む
中心へ向かうほど、街の喧噪は落ち着いた。螺旋迷宮に用があるのは冒険者ギルドの人間くらいしかいないのか、剣や槍を帯びた人間が目につくようになる。
ようやく白い螺旋の根本へたどり着いた永一たちは足を止め、圧倒されるようにそれを見上げた。
「近くで見ると……とても大きいです」
「日照権でモメそうな塔だ」
「あそこが入り口のようです。入ってみましょう」
洞窟のように口を開けたその穴から、何人かの冒険者らしい者とすれ違いつつ中へ入ってみる。
外見通り内側も広く、そしてどこもかしこも真っ白かった。
「変な感じだな。なんか、デカい生き物の腹の中にいるみたいな」
「迷宮は魔物を生みますから、一種の生物であると考える学者もいるそうです」
「今なお……成長を続けて……います。……植物みたいだとも」
白くうねる内壁は、まるで生物の内側だ。しかもわずかに発光しているようで、明かりもないのに暗くはない。
しかしひどく殺風景で、なにより塔と言うからにはあるべきものが欠けていた。上へ行くための階段だ。
代わりにとでも言いたげに、広い空間の中心には、石でできた両開きの門のようなものがぽつんと置かれていた。
「あの、門は?」
「ゲート……です。あれに入って、到達済みの階層に跳ぶ……そう、です」
「旅先で聞いた話ですが。螺旋迷宮の攻略は、もう何年も38階層で止まっています」
「何年も? それだけ魔物がうようよで険しいってことか」
「そうかもしれません。実情は、なんとも。ワタシたちが暮らしていたのはホシミダイから比較的離れた地でしたから。ですが、冒険者ギルドは……」
「ギルドは?」
シンジュは言いかけた言葉を、迷った末呑み込んだ。
「……いえ、なんでもありません。ワタシやコハクの彼らに対する思いは、どうしてもバイアスがかかってしまいます。エーイチ様に余計な先入観を与えてしまっては下僕失格ですので」
「そうか。……え? 今なんて? 下僕?」
聞き捨てならない単語。もはや螺旋迷宮のこともギルドのことも横に置き、永一はその恐ろしい二文字を追及する。
シンジュとコハクは互いに顔を見合わせると、『なにを疑問に思ったのだろう?』とでも言いたげなきょとんとした表情を浮かべ、二人そろって小首を傾げた。双子だけあって、完璧に同じタイミングの所作だった。
「わたし…………なにもかもを捧げると、言いました……」
「エーイチ様の転生特典、その類まれなる力を見た時に確信しました。ああ、ワタシたち姉妹——いいえ、長きにわたり受け継がれてきたセレイネスの血と魔術のすべては、あなたに捧げるためにあったのだと」
「いつからそんな話になった!? 単なる協力関係だろうがっ!」
知らない間に、勝手に下僕が二名ほど生まれていた。
永一が姉妹に同行するのは恩返しと、ホシミダイに来て螺旋迷宮を調べるのが元の世界に帰る手がかりにつながるのではないかという思惑あってのことだ。
立場は対等のつもりだった。が、様付けで呼ばれている時点で疑問を抱くべきだったのかもしれない。異世界だからとスルーしきっていた。
「ワタシたちはエーイチ様に、命を貸していただく立場。それに報いるならば、同じように、ワタシたちも身と心を捧げます」
「同じようにつったって、オレは不死になっちまったんだ。釣り合わせようとする必要はないだろ!」
「迷惑、でしたか?」
「迷惑ってか——」
「エーイチ様は…………お嫌ですか……?」
「——人聞きが悪い。そしてとにかく体面が悪い……!」
そこに尽きた。なぜなら現に、今まさに、美少女二人に永一にぴったりと身を寄せられている永一に対して、螺旋迷宮を訪れた周囲の冒険者はジリジリとした視線を向けている。
好奇が三割、あと七割は怨嗟だった。
下僕なんてものは現代日本人の価値観ではあまりに受け入れがたい。美少女二人を様付けの敬称で呼ばせてはべらせているなど、死んだ姉や、それ以来置いてもらっている家の幼馴染が知ればなんと言われることやら。人聞きが悪いとはそういうことだ。
背中に突き刺さる嫉妬の目線と、頭に浮かぶ知己の顔から逃れるように、永一はさっさとゲートの方へ歩き出す。姉妹も置いていかれまいと早足についてきた。
「お待ちください、ゲートはなんでも、跳ぶ階層を頭で念じながらくぐらなければならないそうです」
「同じ階層を思わないと……みんな、ばらばらの場所に……着いてしまいます」
「わかった。38階層だったな」
広間の真ん中に置かれた、石の扉を押し開く。壁に面しているわけでもない以上、その向こうにはなにもないはずだったが、永一が『38』と数字を頭に思い浮かべながらそこをくぐると、途端に左右の高い壁に覆われた通路が現れた。
「これは……」
「きちんと転移できたようです」
「……すごい。一瞬で……景色が変わった。単純な瞬間移動なんて……世界中のどんな魔術でもできない」
永一の後ろからシンジュとコハクも現れ、石の門がバタリと閉まる。
螺旋迷宮、その38階層に足を踏み入れた永一はまず、周囲を見回した。
(迷宮の名前通り、迷路みたいになってるようだが……この閉所で怪獣——じゃなかった、魔物を相手にするのか? やりづらいなんてもんじゃない……いや、向こうは道幅が広い。高低差まであるぞ……)
そこはより、なんらかの生物の体内を想起させた。白い壁は波打ち、うねり、狭いところや広いところまで様々で、そこかしこに潜む魔の息遣いが満ちている。
天井も高く、38階だというが、ここが外から見たあの白くねじれた螺旋の、どの程度の位置なのかまるで見当がつかなかった。まだ頂上まで先は長いのか、それとも短いのか。
「そもそもこれ、どうすればいいんだ? 探索して……RPGみたいに、どっかに階段でも?」
「あーるぴー……? 階段はありませんが……ゲートがあります」
「どこかにあるゲートを見つけ、来た時と同じようにくぐれば、その階層は踏破とみなされます。そうすれば今度はあの広間からも、39階層に跳べるようになるはずです」
「へえ。なんか、詳しいな二人とも。ホシミダイに来るのは初めてなんだよな? だったら螺旋迷宮も初めてだろ」
「事前に……たくさん、調べました……」
「もともとはコハクと二人で迷宮を踏破するつもりだったんです。ほとんど、無謀なのはわかっていましたが……」
「まあ、団体でやってるっぽい冒険者ギルドでも進んでないんだもんな。しかし情けないが、オレひとりでそれが大きく楽になるわけでもないだろ? いくら不死つったって、もとは単なる善良な小市民だからな、オレは」
不死になった永一にあるのは、しかし不死だけだ。
死なないだけの人間の使い道など限られている。せいぜいが盾程度、だがそれもたかだか人間ひとりの大きさでは防げる規模にも限界がある。
小型種ならともかく、螺旋迷宮に時折湧く中型種や十階層ごとにあるボス部屋を守る大型種が相手となると、魔術も使えず魔道具も持たない永一個人がいたところで大した貢献はできまい。
「エーイチ様には——ワタシたち、セレイネスの民の魔術の加護があります」
「セレイネスの魔術は……エーイチ様の不死に、きっと……よく馴染みます」
「どういうことだ?」
「魔術にはいくつか種類があります。中でも、肉体の破力を増す魔術のことを強化魔術と呼びます」
「あの、片月って呼んでたやつのことだな」
血を巡るもの。
その一節の詠唱から始まる魔術は、平野で魔物と戦っていた時はさほど意識する余裕はなかったが、シンジュが永一にかけたものだ。
「……わたしたち、セレイネスの魔術は巷では……欠陥魔術、と揶揄されることがあります」
「欠陥。いい言葉じゃないな」
「破力を大きく増す代わりに、保力を大きく下げてしまう。強化魔術に、弱化魔術が混じってしまうのです。ワタシたちの強化魔術——片月は。それがセレイネスの血による作用です。ですので……片月をかければ体の力は強くなりますが、同時に受けた傷が大きくなります」
「要するに破力は攻撃力で、保力は防御力ってことか」
「厳密には違いますが……その理解で……大丈夫です。物理的な力がいくら強くなっても……肉体の形を保持する理が緩むのは……戦いでは、致命的」
永一は、あの巨獣の爪が腹部を裂いた時、かすっただけだと思った傷が想定以上に深かったことを思い出した。あれは自分が目測を見誤ったのではなく、片月による保力とやらの低下のせいで、傷が大きくなっていたようだ。
それだけではない。頭を牙に貫かれ、腹を踏み潰された。何度も殺された。
あれらの無惨な死に方は、単に相手が強大だったからというだけでなく、片月によって死にやすくなっていたからというのもあるのだろう。
「ああ、合点がいった。なるほどな、不死の転生特典はそのセレイネスの魔術と相性がいいわけだ。そこまで加味して、ってことか」
「…………はい」
「そう、です」
双子姉妹はわずかに顔を伏せ、どこか罪責感のようなものをその黄色がかった双眸によぎらせる。
欠陥魔術。セレイネスの強化魔術とやらは、ゲームで言うバフとデバフが同時にかかるようなものだと永一は理解した。そして永一は不死、保力——肉体の防御力など初めから関係がない。どうせ死んでも生き返る。
つまるところ不死の性質は、セレイネスの魔術とこれ以上なく相性がいい。
強いられる死の苦痛を、幾度となく受け入れることを前提とすれば。
その辺りが姉妹の表情を陰らせる理由なのだろう。
「細かいことを気に掛けるな。オレはなんとも思わない」
「ですが——」
「平気だ。それより、あれをまた貸してくれよ。クナイだ。片月でバフがかかるにしろ、素手ってのはキツい」
「あ……はい」
クナイを取り出し、それをおずおずと永一に手渡すコハク。永一は一度、その黒い暗器に目を落とした。
持ち手には布が巻かれ、両刃の手入れはしっかりとされていたものの、表面に細かな傷が残っていたりと全体的に使い古した感があった。コハクが長く使っているもののようだ。
それなりの重量があり、大きさも包丁くらいはあるため殺傷力は十分に備わっていると思えた。
「サンキュ。じゃあ、早速奥に行くか。様子を見て可能なら次の階層へのゲートも見つけ出したい」
だがその殺傷力は、あくまで人目線のもの。
怪物相手に役立てるには、命をいくつか投げうたねばならないのは平野の巨獣で経験済みだ。とはいえ勝手もわからない長物よりは使いやすくていい、と前向きに捉えることにした。
「お供……します」
「は、はいっ。ですが迷宮内部の詳しい話はワタシたちも聞くことができませんでした。どうか油断なさらぬよう」
「オレは不死だ。二人の方こそ気を付けてくれ」
クナイを逆手に、白い床を歩き出す。入口の広間と同じで、壁や床そのものがほのかに光を発していて、視界に不自由はなかった。
歩きながら永一はふと、不思議な気分に駆られた。
ようやく白い螺旋の根本へたどり着いた永一たちは足を止め、圧倒されるようにそれを見上げた。
「近くで見ると……とても大きいです」
「日照権でモメそうな塔だ」
「あそこが入り口のようです。入ってみましょう」
洞窟のように口を開けたその穴から、何人かの冒険者らしい者とすれ違いつつ中へ入ってみる。
外見通り内側も広く、そしてどこもかしこも真っ白かった。
「変な感じだな。なんか、デカい生き物の腹の中にいるみたいな」
「迷宮は魔物を生みますから、一種の生物であると考える学者もいるそうです」
「今なお……成長を続けて……います。……植物みたいだとも」
白くうねる内壁は、まるで生物の内側だ。しかもわずかに発光しているようで、明かりもないのに暗くはない。
しかしひどく殺風景で、なにより塔と言うからにはあるべきものが欠けていた。上へ行くための階段だ。
代わりにとでも言いたげに、広い空間の中心には、石でできた両開きの門のようなものがぽつんと置かれていた。
「あの、門は?」
「ゲート……です。あれに入って、到達済みの階層に跳ぶ……そう、です」
「旅先で聞いた話ですが。螺旋迷宮の攻略は、もう何年も38階層で止まっています」
「何年も? それだけ魔物がうようよで険しいってことか」
「そうかもしれません。実情は、なんとも。ワタシたちが暮らしていたのはホシミダイから比較的離れた地でしたから。ですが、冒険者ギルドは……」
「ギルドは?」
シンジュは言いかけた言葉を、迷った末呑み込んだ。
「……いえ、なんでもありません。ワタシやコハクの彼らに対する思いは、どうしてもバイアスがかかってしまいます。エーイチ様に余計な先入観を与えてしまっては下僕失格ですので」
「そうか。……え? 今なんて? 下僕?」
聞き捨てならない単語。もはや螺旋迷宮のこともギルドのことも横に置き、永一はその恐ろしい二文字を追及する。
シンジュとコハクは互いに顔を見合わせると、『なにを疑問に思ったのだろう?』とでも言いたげなきょとんとした表情を浮かべ、二人そろって小首を傾げた。双子だけあって、完璧に同じタイミングの所作だった。
「わたし…………なにもかもを捧げると、言いました……」
「エーイチ様の転生特典、その類まれなる力を見た時に確信しました。ああ、ワタシたち姉妹——いいえ、長きにわたり受け継がれてきたセレイネスの血と魔術のすべては、あなたに捧げるためにあったのだと」
「いつからそんな話になった!? 単なる協力関係だろうがっ!」
知らない間に、勝手に下僕が二名ほど生まれていた。
永一が姉妹に同行するのは恩返しと、ホシミダイに来て螺旋迷宮を調べるのが元の世界に帰る手がかりにつながるのではないかという思惑あってのことだ。
立場は対等のつもりだった。が、様付けで呼ばれている時点で疑問を抱くべきだったのかもしれない。異世界だからとスルーしきっていた。
「ワタシたちはエーイチ様に、命を貸していただく立場。それに報いるならば、同じように、ワタシたちも身と心を捧げます」
「同じようにつったって、オレは不死になっちまったんだ。釣り合わせようとする必要はないだろ!」
「迷惑、でしたか?」
「迷惑ってか——」
「エーイチ様は…………お嫌ですか……?」
「——人聞きが悪い。そしてとにかく体面が悪い……!」
そこに尽きた。なぜなら現に、今まさに、美少女二人に永一にぴったりと身を寄せられている永一に対して、螺旋迷宮を訪れた周囲の冒険者はジリジリとした視線を向けている。
好奇が三割、あと七割は怨嗟だった。
下僕なんてものは現代日本人の価値観ではあまりに受け入れがたい。美少女二人を様付けの敬称で呼ばせてはべらせているなど、死んだ姉や、それ以来置いてもらっている家の幼馴染が知ればなんと言われることやら。人聞きが悪いとはそういうことだ。
背中に突き刺さる嫉妬の目線と、頭に浮かぶ知己の顔から逃れるように、永一はさっさとゲートの方へ歩き出す。姉妹も置いていかれまいと早足についてきた。
「お待ちください、ゲートはなんでも、跳ぶ階層を頭で念じながらくぐらなければならないそうです」
「同じ階層を思わないと……みんな、ばらばらの場所に……着いてしまいます」
「わかった。38階層だったな」
広間の真ん中に置かれた、石の扉を押し開く。壁に面しているわけでもない以上、その向こうにはなにもないはずだったが、永一が『38』と数字を頭に思い浮かべながらそこをくぐると、途端に左右の高い壁に覆われた通路が現れた。
「これは……」
「きちんと転移できたようです」
「……すごい。一瞬で……景色が変わった。単純な瞬間移動なんて……世界中のどんな魔術でもできない」
永一の後ろからシンジュとコハクも現れ、石の門がバタリと閉まる。
螺旋迷宮、その38階層に足を踏み入れた永一はまず、周囲を見回した。
(迷宮の名前通り、迷路みたいになってるようだが……この閉所で怪獣——じゃなかった、魔物を相手にするのか? やりづらいなんてもんじゃない……いや、向こうは道幅が広い。高低差まであるぞ……)
そこはより、なんらかの生物の体内を想起させた。白い壁は波打ち、うねり、狭いところや広いところまで様々で、そこかしこに潜む魔の息遣いが満ちている。
天井も高く、38階だというが、ここが外から見たあの白くねじれた螺旋の、どの程度の位置なのかまるで見当がつかなかった。まだ頂上まで先は長いのか、それとも短いのか。
「そもそもこれ、どうすればいいんだ? 探索して……RPGみたいに、どっかに階段でも?」
「あーるぴー……? 階段はありませんが……ゲートがあります」
「どこかにあるゲートを見つけ、来た時と同じようにくぐれば、その階層は踏破とみなされます。そうすれば今度はあの広間からも、39階層に跳べるようになるはずです」
「へえ。なんか、詳しいな二人とも。ホシミダイに来るのは初めてなんだよな? だったら螺旋迷宮も初めてだろ」
「事前に……たくさん、調べました……」
「もともとはコハクと二人で迷宮を踏破するつもりだったんです。ほとんど、無謀なのはわかっていましたが……」
「まあ、団体でやってるっぽい冒険者ギルドでも進んでないんだもんな。しかし情けないが、オレひとりでそれが大きく楽になるわけでもないだろ? いくら不死つったって、もとは単なる善良な小市民だからな、オレは」
不死になった永一にあるのは、しかし不死だけだ。
死なないだけの人間の使い道など限られている。せいぜいが盾程度、だがそれもたかだか人間ひとりの大きさでは防げる規模にも限界がある。
小型種ならともかく、螺旋迷宮に時折湧く中型種や十階層ごとにあるボス部屋を守る大型種が相手となると、魔術も使えず魔道具も持たない永一個人がいたところで大した貢献はできまい。
「エーイチ様には——ワタシたち、セレイネスの民の魔術の加護があります」
「セレイネスの魔術は……エーイチ様の不死に、きっと……よく馴染みます」
「どういうことだ?」
「魔術にはいくつか種類があります。中でも、肉体の破力を増す魔術のことを強化魔術と呼びます」
「あの、片月って呼んでたやつのことだな」
血を巡るもの。
その一節の詠唱から始まる魔術は、平野で魔物と戦っていた時はさほど意識する余裕はなかったが、シンジュが永一にかけたものだ。
「……わたしたち、セレイネスの魔術は巷では……欠陥魔術、と揶揄されることがあります」
「欠陥。いい言葉じゃないな」
「破力を大きく増す代わりに、保力を大きく下げてしまう。強化魔術に、弱化魔術が混じってしまうのです。ワタシたちの強化魔術——片月は。それがセレイネスの血による作用です。ですので……片月をかければ体の力は強くなりますが、同時に受けた傷が大きくなります」
「要するに破力は攻撃力で、保力は防御力ってことか」
「厳密には違いますが……その理解で……大丈夫です。物理的な力がいくら強くなっても……肉体の形を保持する理が緩むのは……戦いでは、致命的」
永一は、あの巨獣の爪が腹部を裂いた時、かすっただけだと思った傷が想定以上に深かったことを思い出した。あれは自分が目測を見誤ったのではなく、片月による保力とやらの低下のせいで、傷が大きくなっていたようだ。
それだけではない。頭を牙に貫かれ、腹を踏み潰された。何度も殺された。
あれらの無惨な死に方は、単に相手が強大だったからというだけでなく、片月によって死にやすくなっていたからというのもあるのだろう。
「ああ、合点がいった。なるほどな、不死の転生特典はそのセレイネスの魔術と相性がいいわけだ。そこまで加味して、ってことか」
「…………はい」
「そう、です」
双子姉妹はわずかに顔を伏せ、どこか罪責感のようなものをその黄色がかった双眸によぎらせる。
欠陥魔術。セレイネスの強化魔術とやらは、ゲームで言うバフとデバフが同時にかかるようなものだと永一は理解した。そして永一は不死、保力——肉体の防御力など初めから関係がない。どうせ死んでも生き返る。
つまるところ不死の性質は、セレイネスの魔術とこれ以上なく相性がいい。
強いられる死の苦痛を、幾度となく受け入れることを前提とすれば。
その辺りが姉妹の表情を陰らせる理由なのだろう。
「細かいことを気に掛けるな。オレはなんとも思わない」
「ですが——」
「平気だ。それより、あれをまた貸してくれよ。クナイだ。片月でバフがかかるにしろ、素手ってのはキツい」
「あ……はい」
クナイを取り出し、それをおずおずと永一に手渡すコハク。永一は一度、その黒い暗器に目を落とした。
持ち手には布が巻かれ、両刃の手入れはしっかりとされていたものの、表面に細かな傷が残っていたりと全体的に使い古した感があった。コハクが長く使っているもののようだ。
それなりの重量があり、大きさも包丁くらいはあるため殺傷力は十分に備わっていると思えた。
「サンキュ。じゃあ、早速奥に行くか。様子を見て可能なら次の階層へのゲートも見つけ出したい」
だがその殺傷力は、あくまで人目線のもの。
怪物相手に役立てるには、命をいくつか投げうたねばならないのは平野の巨獣で経験済みだ。とはいえ勝手もわからない長物よりは使いやすくていい、と前向きに捉えることにした。
「お供……します」
「は、はいっ。ですが迷宮内部の詳しい話はワタシたちも聞くことができませんでした。どうか油断なさらぬよう」
「オレは不死だ。二人の方こそ気を付けてくれ」
クナイを逆手に、白い床を歩き出す。入口の広間と同じで、壁や床そのものがほのかに光を発していて、視界に不自由はなかった。
歩きながら永一はふと、不思議な気分に駆られた。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
白いもふもふ好きの僕が転生したらフェンリルになっていた!!
ろき
ファンタジー
ブラック企業で消耗する社畜・白瀬陸空(しらせりくう)の唯一の癒し。それは「白いもふもふ」だった。 ある日、白い子犬を助けて命を落とした彼は、異世界で目を覚ます。
ふと水面を覗き込むと、そこに映っていたのは―― 伝説の神獣【フェンリル】になった自分自身!?
「どうせ転生するなら、テイマーになって、もふもふパラダイスを作りたかった!」 「なんで俺自身がもふもふの神獣になってるんだよ!」
理想と真逆の姿に絶望する陸空。 だが、彼には規格外の魔力と、前世の異常なまでの「もふもふへの執着」が変化した、とある謎のスキルが備わっていた。
これは、最強の神獣になってしまった男が、ただひたすらに「もふもふ」を愛でようとした結果、周囲の人間(とくにエルフ)に崇拝され、勘違いが勘違いを呼んで国を動かしてしまう、予測不能な異世界もふもふライフ!
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛
タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。
しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。
前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。
魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる