4 / 28
第四話 黒色の眼差し
しおりを挟む
「なあ。ところでなんだけど、オレのおでこどうなってる?」
白くねじくれた巨塔、螺旋迷宮。その根元にある町——名をホシミダイと言うらしい——へ向けて起伏のほとんどない平野を歩きながら、永一はふと、傍らの姉妹に聞いてみた。
異世界にぽんと放り込まれた身の上だけに、さっきまで永一は道すがらこのラセンカイの常識なんかを教えてもらっていた。そんな中特に深い意味もなく会話の切れ目に、余談とばかりに口にしたのだった。
「ん——ええと。傷が、あります。それも大きな」
「怪我……いつかの古傷……ですか?」
姉妹の黄色がかった目が、永一の額に視線を向ける。シンジュとコハクの背は妹であるコハクの方がわずかに高いが、とは言ってもほとんど同じくらいで、永一は男性なだけありそれより高い。なのでやや見上げるような形だ。
「ああ。……やっぱあるんだな。死んで生き返る時、怪我も全部治るみたいだったから、ひょっとしてこれも治ったんじゃないかって思ったんだが。この世界……ラセンカイに来る前のぶんはどうにもならないってことか」
永一の額には、深く裂けるような古い傷跡が残ったままだった。こればかりは蘇生による治癒の対象ではないらしい。
——だがおかげで、あの日のことを忘れなくて済む。
いや、傷がなくたって忘れられるはずもない。馬鹿なことを考えた、と永一はため息をつく。
「ホシミダイはどんなところなんだ? ここからでも規模の大きさは見て取れるな」
話題を変えるべく、目的地の町を見て言う。
「実は、ワタシたちも行くのは初めてで」
「あ、そうなのか。じゃああそこに向かう道中、たまたま出会ったんだな」
「……まったくの偶然でしたが……よかったです。幸運……でした」
「そうだな。……オレはちょっと、この世界で目が覚めてすぐ魔物に襲われるってのは不運な気もするけど」
「……それはそうかもです」
コハクは表情に乏しいながらも、澄んだ声色にわずかな同情の音を乗せた。
とんだリスキルだった。これも女神とやらの思し召しなら、文句のひとつも送りたい——
*
姉妹が言うには、普通に外を歩いていて魔物と遭遇するようなことは基本的には稀なのだそうだ。加えてホシミダイの周りは見晴らしのよい広い平野であり、特に何事もなく永一たちはその町へとたどり着いた。
「わあっ。綺麗な街並みですね」
「……建物、いっぱい」
「いかにもって感じだな。思いのほか洗練されてる」
門があるわけでもなく、街道とつながった大通りには石造りの建物が立ち並ぶ。人も多く、ごった返すほどではないが、昼間に相応しい活気が町全体から満ちているようだ。
永一は建物の意匠と行き交う人々の服装に目を向けた。
なにかの施設なのか、なんらかの文字——永一の知らないものだ——が書かれた看板の掲げられた、町の入口のすぐそばにある大きな二階建ての屋敷の壁には、木枠でマス目状に縁どられた窓ガラスが並んでいた。
ここからでは厚さまでは知れないが、ガラスは一般に普及しているようだ。そして街を行く人は性別も格好も様々だったが、まとう衣服はどれも現代の目から見てもみすぼらしいと映るような代物ではなかった。
世界が違えば歴史も違おう。一様に当てはめられるものでもないだろうが、文化水準的には中世の半ばは過ぎているだろうかと永一は当たりをつける。
「で……町に着いたはいいがどうすっかね。早速あのデカいのに向かえばいいのか?」
「そうですね。一日でどうにかできるものでもないでしょうが、ワタシも早目に迷宮の空気を知っておきたいです。宿はつてがありますので、その後に」
「ホシミダイは……真ん中に螺旋迷宮があって、通りもそこから広がっているそう……です」
「つまり大通りをたどれば、勝手に着くってことか。まああんだけ大きいと見失う方が難しいな」
平野にいた時より近づいた、白くそびえる塔を見上げる。先の方がどうなっているのか、この距離ではまるで見えない。
あの中を登るのは大変そうだ。ただ階段を上るだけでもそうだが、それだけで済むわけもない。シンジュはあの塔が魔物を生むのだと言った。ならばその内部は魔物の巣であるに違いなかった。
あるいは、町を見て回るのを差し置いて初めにあの塔へ向かうのは、覚悟を試すためなのではないかと永一は思った。
復讐だと言う姉妹の覚悟。そしてそれに助力する、永一の覚悟を。
(二人がオレに丁重なのは、魔物を殺すのに有用な不死の転生特典を頼ってのことだ)
決して、その人格や人間性を認められたわけではない。そのことを念頭に置くべきだ。
方針を定め、石畳に舗装されたメインストリートを抜ける。草と土の地面に比べれば格段に歩きやすく、ともすれば異世界に来ていることを忘れてしまいそうになる。
しかし町の中心——螺旋迷宮の近くへ着く前に、永一は見知らぬ男と目が合った。
パン屋かなにかなのか、開けられたドアの中から香ばしい匂いを漂わせた店屋の軒下に入り、その黒い髪の男は中天の太陽から逃れるように佇んでいた。
「……ん。君、ひょっとしてタカイジンか。いやそうだろう、黒髪黒目なんてこのラセンカイじゃそうはいない。転生した日本人だな」
そう言った男は、片手に袋を抱えていた。今しがた店で買ったものだろう。昼食と思われた。
背は永一より高く、また年齢もそうであるように見えた。二十代後半辺りと思しい几帳面そうな顔立ちで、黄色人種の肌の色をして、髪も目も黒い。
「そういうあんたも。同郷ってわけだ……なんだ、案外いるのかタカイジン」
「はは、そうはいないよ。知り合いは数人程度かな。女神が転生させる頻度は二、三年に一度くらいだ」
男は温和な笑みで応じた。永一と同様、日本から来た——女神パードラという存在に呼ばれた人間のようだ。
近寄ろうとする男を阻むようにして、永一のそばで控えていたシンジュとコハクがずいと前に出た。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「怪しい男……エーイチ様に近づけさせない」
男はブラウンのコートを着こんだ肩をすくめ、困ったような表情を作る。
「俺は泡渕。八年ほど前から冒険者ギルドのギルド長をやっている者だ。見たところ、君たちはホシミダイに来たばかりらしい」
「アワブチ様?」
「……知らない」
——冒険者ギルド。そういうのもあるのか。
永一の頭に、魔物の住み着く古城や、竜の棲まう洞窟のような典型的なイメージが浮かぶ。冒険者というからには向かうべき場所があるはずだ。
アワブチと名乗った男は、銀髪の姉妹越しになおも永一を見つめる。
「冒険者ギルドには、俺を含めて六人のタカイジン……日本人がいるよ。ま、魔物の相手で基本的に半数はホシミダイから出払っちゃいるけど。仕事だからさ」
「なんだ、要は冒険者っていうのは派遣されて魔物を処理する係ってことか?」
「察しがいいな、そういうことさ。ははっ、もしかして悪の親玉からさらわれた姫を救い出して、みたいなのでも想像したかな? 残念ながら現実はただの仕事屋さ」
「そこまでコテコテじゃないっての」
しかし永一のイメージは、やはりイメージだけに終わるようだった。
平野で目が覚めて襲って来た魔物。ああいうものを、現地に向かって退治するのが冒険者ギルドとやらの役目らしい。
(……なら、シンジュとコハクの時は? わからないな……あまり深い事情は聞いていない)
セレイネスなる部族の出。だが、姉妹を残して魔物に滅ぼされた。
間に合わなかったのだろうか。彼女らのいた地がどこか永一は知らないし、そもそもこの世界そのものの広ささえわからないのだ。地球ひとつぶんかもしれないし、もっと広いかもしれないし、逆に日本の国土にすっぽり収まる程度の面積しかないかもしれない。
永一の疑問も露知らず、姉妹はどこか警戒をにじませてアワブチを近寄らせまいとしていた。
「ただそんな俺たちにも、螺旋迷宮を踏破する使命がある。いずれ、このラセンカイを魔物の脅威から解放するために」
「派遣だけが仕事じゃない、か」
「そうとも。本部はここから遠くない、よかったら今からでも——」
「いえ。申し訳ありませんが、既に予定が入っております」
「またの……機会に」
アワブチの述べた冒険者ギルドの使命は、姉妹の目的と一致した。だから永一はいささか興味を引かれ、話次第ではそちらを頼ることもできるのではないかと安易に考えた。
だがシンジュとコハクは両側から永一の腕をつかみ、そのまま引っ張ろうとする。強引に話を断ち切るつもりなのは明らかだ。
「ちょ、なんだ急に。引っ張るなシンジュ、コハクっ」
「ギルドに案内されていては、日が落ちてしまいますので」
「……真っ先に迷宮、という話……でしたので」
両側から耳元で囁くように言うと、姉妹は息ぴったりに永一を引きずる。
——ギルドに不信感でもあるのだろうか?
アワブチとはわずかに言葉を交わしただけだったが、永一はどちらかと言えば誠実そうな印象を覚えていた。
しかし信用しきれないのも確かだ。過ごした時間は同じように多いとは言い切れないが、どちらを信じるかと問われればこの姉妹を信じたい。助けてもらい、目的ありきとはいえ常識を授けこの町まで連れてきてくれた恩もある。
「わかった、わかったから引っ張るのはやめろ! くっつくな! 特にコハクっ、当たってるんだよ色々と!」
「エーイチ様、その発言はワタシには当たるものもないという意味でしょうか? 意味なのでしょうか?」
「あっ、そこ地雷なんだ……」
妹より平坦なことを気にしていたのか、シンジュはことさらに腕に体を押し付けてくる。
骨のごりっとした感触がした。永一は性的な高ぶりよりも先に同情を覚えた。
抵抗虚しく、ずるずると運ばれる。永一もそれなりに筋肉には自信のある方だったが、姉妹二人は見た目以上に力強かった。全力で暴れればほどけるだろうが、そこまですると怪我をさせてしまいかねない。
永一は身をゆだね、周囲の町のひとは奇怪な光景に胡乱な目を向ける。
「どうやら嫌われてしまったみたいだ。残念だよ、これもなにかの縁だし君をギルドに誘いたかったんだけど」
すれ違いざまにアワブチはそう言って、再度肩をすくめる。それから振り返り、ようやく永一ではなく銀の髪の姉妹を意識し、その背に声をかけた。
「セレイネスの生き残り。もし君たちが復讐を願い、迷宮に挑もうとしているのなら、いますぐその考えは取りやめて故郷に帰れ。これは俺からの忠告であり、警告だ」
氷のような声色。
黒い眼差しに、面と向かっては見せなかった冷やかさが静かに浮かんでいた。
白くねじくれた巨塔、螺旋迷宮。その根元にある町——名をホシミダイと言うらしい——へ向けて起伏のほとんどない平野を歩きながら、永一はふと、傍らの姉妹に聞いてみた。
異世界にぽんと放り込まれた身の上だけに、さっきまで永一は道すがらこのラセンカイの常識なんかを教えてもらっていた。そんな中特に深い意味もなく会話の切れ目に、余談とばかりに口にしたのだった。
「ん——ええと。傷が、あります。それも大きな」
「怪我……いつかの古傷……ですか?」
姉妹の黄色がかった目が、永一の額に視線を向ける。シンジュとコハクの背は妹であるコハクの方がわずかに高いが、とは言ってもほとんど同じくらいで、永一は男性なだけありそれより高い。なのでやや見上げるような形だ。
「ああ。……やっぱあるんだな。死んで生き返る時、怪我も全部治るみたいだったから、ひょっとしてこれも治ったんじゃないかって思ったんだが。この世界……ラセンカイに来る前のぶんはどうにもならないってことか」
永一の額には、深く裂けるような古い傷跡が残ったままだった。こればかりは蘇生による治癒の対象ではないらしい。
——だがおかげで、あの日のことを忘れなくて済む。
いや、傷がなくたって忘れられるはずもない。馬鹿なことを考えた、と永一はため息をつく。
「ホシミダイはどんなところなんだ? ここからでも規模の大きさは見て取れるな」
話題を変えるべく、目的地の町を見て言う。
「実は、ワタシたちも行くのは初めてで」
「あ、そうなのか。じゃああそこに向かう道中、たまたま出会ったんだな」
「……まったくの偶然でしたが……よかったです。幸運……でした」
「そうだな。……オレはちょっと、この世界で目が覚めてすぐ魔物に襲われるってのは不運な気もするけど」
「……それはそうかもです」
コハクは表情に乏しいながらも、澄んだ声色にわずかな同情の音を乗せた。
とんだリスキルだった。これも女神とやらの思し召しなら、文句のひとつも送りたい——
*
姉妹が言うには、普通に外を歩いていて魔物と遭遇するようなことは基本的には稀なのだそうだ。加えてホシミダイの周りは見晴らしのよい広い平野であり、特に何事もなく永一たちはその町へとたどり着いた。
「わあっ。綺麗な街並みですね」
「……建物、いっぱい」
「いかにもって感じだな。思いのほか洗練されてる」
門があるわけでもなく、街道とつながった大通りには石造りの建物が立ち並ぶ。人も多く、ごった返すほどではないが、昼間に相応しい活気が町全体から満ちているようだ。
永一は建物の意匠と行き交う人々の服装に目を向けた。
なにかの施設なのか、なんらかの文字——永一の知らないものだ——が書かれた看板の掲げられた、町の入口のすぐそばにある大きな二階建ての屋敷の壁には、木枠でマス目状に縁どられた窓ガラスが並んでいた。
ここからでは厚さまでは知れないが、ガラスは一般に普及しているようだ。そして街を行く人は性別も格好も様々だったが、まとう衣服はどれも現代の目から見てもみすぼらしいと映るような代物ではなかった。
世界が違えば歴史も違おう。一様に当てはめられるものでもないだろうが、文化水準的には中世の半ばは過ぎているだろうかと永一は当たりをつける。
「で……町に着いたはいいがどうすっかね。早速あのデカいのに向かえばいいのか?」
「そうですね。一日でどうにかできるものでもないでしょうが、ワタシも早目に迷宮の空気を知っておきたいです。宿はつてがありますので、その後に」
「ホシミダイは……真ん中に螺旋迷宮があって、通りもそこから広がっているそう……です」
「つまり大通りをたどれば、勝手に着くってことか。まああんだけ大きいと見失う方が難しいな」
平野にいた時より近づいた、白くそびえる塔を見上げる。先の方がどうなっているのか、この距離ではまるで見えない。
あの中を登るのは大変そうだ。ただ階段を上るだけでもそうだが、それだけで済むわけもない。シンジュはあの塔が魔物を生むのだと言った。ならばその内部は魔物の巣であるに違いなかった。
あるいは、町を見て回るのを差し置いて初めにあの塔へ向かうのは、覚悟を試すためなのではないかと永一は思った。
復讐だと言う姉妹の覚悟。そしてそれに助力する、永一の覚悟を。
(二人がオレに丁重なのは、魔物を殺すのに有用な不死の転生特典を頼ってのことだ)
決して、その人格や人間性を認められたわけではない。そのことを念頭に置くべきだ。
方針を定め、石畳に舗装されたメインストリートを抜ける。草と土の地面に比べれば格段に歩きやすく、ともすれば異世界に来ていることを忘れてしまいそうになる。
しかし町の中心——螺旋迷宮の近くへ着く前に、永一は見知らぬ男と目が合った。
パン屋かなにかなのか、開けられたドアの中から香ばしい匂いを漂わせた店屋の軒下に入り、その黒い髪の男は中天の太陽から逃れるように佇んでいた。
「……ん。君、ひょっとしてタカイジンか。いやそうだろう、黒髪黒目なんてこのラセンカイじゃそうはいない。転生した日本人だな」
そう言った男は、片手に袋を抱えていた。今しがた店で買ったものだろう。昼食と思われた。
背は永一より高く、また年齢もそうであるように見えた。二十代後半辺りと思しい几帳面そうな顔立ちで、黄色人種の肌の色をして、髪も目も黒い。
「そういうあんたも。同郷ってわけだ……なんだ、案外いるのかタカイジン」
「はは、そうはいないよ。知り合いは数人程度かな。女神が転生させる頻度は二、三年に一度くらいだ」
男は温和な笑みで応じた。永一と同様、日本から来た——女神パードラという存在に呼ばれた人間のようだ。
近寄ろうとする男を阻むようにして、永一のそばで控えていたシンジュとコハクがずいと前に出た。
「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「怪しい男……エーイチ様に近づけさせない」
男はブラウンのコートを着こんだ肩をすくめ、困ったような表情を作る。
「俺は泡渕。八年ほど前から冒険者ギルドのギルド長をやっている者だ。見たところ、君たちはホシミダイに来たばかりらしい」
「アワブチ様?」
「……知らない」
——冒険者ギルド。そういうのもあるのか。
永一の頭に、魔物の住み着く古城や、竜の棲まう洞窟のような典型的なイメージが浮かぶ。冒険者というからには向かうべき場所があるはずだ。
アワブチと名乗った男は、銀髪の姉妹越しになおも永一を見つめる。
「冒険者ギルドには、俺を含めて六人のタカイジン……日本人がいるよ。ま、魔物の相手で基本的に半数はホシミダイから出払っちゃいるけど。仕事だからさ」
「なんだ、要は冒険者っていうのは派遣されて魔物を処理する係ってことか?」
「察しがいいな、そういうことさ。ははっ、もしかして悪の親玉からさらわれた姫を救い出して、みたいなのでも想像したかな? 残念ながら現実はただの仕事屋さ」
「そこまでコテコテじゃないっての」
しかし永一のイメージは、やはりイメージだけに終わるようだった。
平野で目が覚めて襲って来た魔物。ああいうものを、現地に向かって退治するのが冒険者ギルドとやらの役目らしい。
(……なら、シンジュとコハクの時は? わからないな……あまり深い事情は聞いていない)
セレイネスなる部族の出。だが、姉妹を残して魔物に滅ぼされた。
間に合わなかったのだろうか。彼女らのいた地がどこか永一は知らないし、そもそもこの世界そのものの広ささえわからないのだ。地球ひとつぶんかもしれないし、もっと広いかもしれないし、逆に日本の国土にすっぽり収まる程度の面積しかないかもしれない。
永一の疑問も露知らず、姉妹はどこか警戒をにじませてアワブチを近寄らせまいとしていた。
「ただそんな俺たちにも、螺旋迷宮を踏破する使命がある。いずれ、このラセンカイを魔物の脅威から解放するために」
「派遣だけが仕事じゃない、か」
「そうとも。本部はここから遠くない、よかったら今からでも——」
「いえ。申し訳ありませんが、既に予定が入っております」
「またの……機会に」
アワブチの述べた冒険者ギルドの使命は、姉妹の目的と一致した。だから永一はいささか興味を引かれ、話次第ではそちらを頼ることもできるのではないかと安易に考えた。
だがシンジュとコハクは両側から永一の腕をつかみ、そのまま引っ張ろうとする。強引に話を断ち切るつもりなのは明らかだ。
「ちょ、なんだ急に。引っ張るなシンジュ、コハクっ」
「ギルドに案内されていては、日が落ちてしまいますので」
「……真っ先に迷宮、という話……でしたので」
両側から耳元で囁くように言うと、姉妹は息ぴったりに永一を引きずる。
——ギルドに不信感でもあるのだろうか?
アワブチとはわずかに言葉を交わしただけだったが、永一はどちらかと言えば誠実そうな印象を覚えていた。
しかし信用しきれないのも確かだ。過ごした時間は同じように多いとは言い切れないが、どちらを信じるかと問われればこの姉妹を信じたい。助けてもらい、目的ありきとはいえ常識を授けこの町まで連れてきてくれた恩もある。
「わかった、わかったから引っ張るのはやめろ! くっつくな! 特にコハクっ、当たってるんだよ色々と!」
「エーイチ様、その発言はワタシには当たるものもないという意味でしょうか? 意味なのでしょうか?」
「あっ、そこ地雷なんだ……」
妹より平坦なことを気にしていたのか、シンジュはことさらに腕に体を押し付けてくる。
骨のごりっとした感触がした。永一は性的な高ぶりよりも先に同情を覚えた。
抵抗虚しく、ずるずると運ばれる。永一もそれなりに筋肉には自信のある方だったが、姉妹二人は見た目以上に力強かった。全力で暴れればほどけるだろうが、そこまですると怪我をさせてしまいかねない。
永一は身をゆだね、周囲の町のひとは奇怪な光景に胡乱な目を向ける。
「どうやら嫌われてしまったみたいだ。残念だよ、これもなにかの縁だし君をギルドに誘いたかったんだけど」
すれ違いざまにアワブチはそう言って、再度肩をすくめる。それから振り返り、ようやく永一ではなく銀の髪の姉妹を意識し、その背に声をかけた。
「セレイネスの生き残り。もし君たちが復讐を願い、迷宮に挑もうとしているのなら、いますぐその考えは取りやめて故郷に帰れ。これは俺からの忠告であり、警告だ」
氷のような声色。
黒い眼差しに、面と向かっては見せなかった冷やかさが静かに浮かんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる