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第十五話 ネフェルムというもの
しおりを挟むあれから、意外なほどに平和な毎日を私は過ごしていた。
平和、といっても訳のわからない世界に落とされていて本当の自分がどうなっているかも分からない。処刑される未来はまだなんの回避の目処も立っていないけれど、朝起きて学校へ行けば気の許せる友達がいて、帰れば可愛い弟がいる。イチカとの関係も今のところすこぶる良好、彼女は結構私のことを慕ってくれているようだった。
両親や兄王子とも会っていないけれど、特に寂しいと思うこともない。良いことといえば少し成績が上がったことくらいだろうか。
「この国の南西側を流れる海流も防護壁の役割を果たしてくれていわます。例えば皇紀211年、サリダ公国が攻め入って来ましたがーーー」
ルドルフが指し示すのは板いっぱいに貼られた白地図。指し棒で示しながら今は歴史と政治を交えた話をしてくれていた。
ネフェルムとしての教育のために、学校が終わればイチカは毎日こうしてルドルフに習っている。その横でご同伴に預かっているのが私で、一緒に羊皮紙にペンを走らせていた。
こうして見ると、アルマナという国は近隣諸国に比べてわりと大きい。ただそれは土地が広大なだけで、あまり裕福というわけではないらしい。
農作物の育ちにくい気候、枯渇した鉱物資源、特産品も少なく広い土地の割に住居として暮らせる場所は少ない。
それがなぜこの辺り随一の大国なのかといえばひとえにネフェルムの力らしい。ただ一人の人間の存在が国を変えるだなんて、お伽話としては魅力的だけれどいざその土地に住むとなるとなんだか恐ろしいのではないだろうか。だってもしネフェルムが崩れたらどうなる?現に、今この国には誰も後継者がいないからイチカが呼ばれたんだ。
この国を救ってくれ、だなんて。そういえばイチカは何処から来たのだろう。チラリと隣に目をやると、真面目に黒板と手元の紙へと交互に視線を走らせていた。
「この近隣諸国でアルマナと並ぶ大国はデアトラーズのみです。先般フィリップ王子が訪れたところですね。幸いなところに我が国とは海で隔たれているので、簡単には攻め込まれないようになっています」
お互いにですがね、と地図を叩くルドルフへ、手を挙げて尋ねた。
「空を飛ぶわけには行かないのですか?」
「それは、夢がありますね」
まるで子供の絵空事を聞いたようにルドルフが笑った。隣のイチカは笑うことなく真剣な目をしている。
「陸続きではない国へは船を使う必要があります。デアトラーズ帝国とはそれほど離れた距離ではありませんが、王子は片道に五日ほどかかりました」
なるほど、この国に飛行機という概念はないらしい。車はあるのに。簡単に他国と行き来できないのは良いことかもしれないけれど、身動きも取りづらいということだ。
「それでは今日はここまでにしましょう」
まるで教師のように言うと、ルドルフは持っていた本を閉じた。城に戻ってからにきっちり一時間、毎日続けられる放課後の勉強会のおかげで私もイチカも大分この国に詳しくなった気がする。私は凝り固まった体をほぐすように伸びをした。
「レア様、このあとお時間よろしいですか?」
「そうだ、私もルドルフに聞きたいことがあったの」
イチカにまたね、と声をかけると私はルドルフに駆け寄った。昨日読んだ本の記述で聞きたいことがあったのだ。先にどうぞ、と促されるのにお言葉に甘えて、私は部屋までの道すがら色々と質問を投げかけた。昨年の今頃との農作物の作況指数、一昨年から始めた北東地方の治水工事の状況、そして。
「五年ほど前から平民への徴税額が相当増えましたね」
そうなのだ。過去の統計と見比べても、緩やかに増えていたものが五年前に急激に鋭利な角度を描いていた。
物納金納ともに租税の比率が上がっていて、市民からの不満はなかったのだろうか。
「実は、五年前に現ネフェルム様が体調を崩されたことがありまして」
「お母様が?」
「はい。一部の者しか知りませんが、気候や地殻にも多少の変動があったそうです。すぐに持ち直されましたが、不安に思った中枢の人間が徴収を増やしたのでしょう」
ルドルフの話では、そこから次代のネフェルム探しが過熱したらしい。しかし探せど探せど候補すら見つからなく、難航していたところようやくイチカが現れたそうだった。
私に多少気を遣いながらも説明してくれた内容では、ネフェルムというのは必ずしも王族から誕生するわけではないらしい。過去には貴族からも平民からも例があったようだった。ただし昔の、現女王の娘が力を受け継いでいたという慣習が根強く残っており、次代もと期待されたがレアにはなんの素質もなかった。
以前は同時期に候補が何人も産まれていたようだが、現ネフェルムでさえ先先代の末息子の姪がようやっと力を見出され、その代では候補は彼女ただ一人となっていた。そうして今代、とうとうこの国からネフェルム候補はいなくなる。
「…ネフェルムに頼り過ぎなのでは?」
「その通りなのですが…」
この国は、ネフェルムに過信しすぎている。しかし致し方ないのかもしれない。なんせ国の成り立ちからがそうだ。ネフェルムが作り、ネフェルムが大きくした。
産まれたときから当たり前のように存在し、いないことすら疑わない存在。
まさに生き神様だ。
それを傷つける存在なんて、許されるはずがない。レアが処刑されたことに少しだけ納得がいってしまった。
私からすると、地力のない国なんて恐ろしくて仕方がない。そうルドルフに訴えかけると、分かってます、と頷いた。
ネフェルム信仰は凄まじく、否定するようなことを言うのは少しも許されなく特に中枢の人間からの反発が大きいけれど、少しでもこの国の財政や在り方を見直すためにフィリップと日々心を砕いているとのことだった。
「フィリップを支えてやってくださいね」
そう笑った顔は友人としてのもので、私はもちろんと頷き返したのだった。
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