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幽霊屋敷の怪(問題編)
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「困ったことが起きてしまってなあ、助けて欲しいんだ。」
とすまなさそうに話を切り出したのは、元武士の中島角右衛門でした。
角右衛門はある藩の用人だった人で、なかなか頭の切れる人物です。
ワン七は幕末から活躍していた岡っ引きで、明治になった今は、捕物の能力を活かして私立探偵を開業しています。
と言っても、ワン七は犬で、この物語は人間と動物、とくに犬が共存している話です。
角右衛門は昔ワン七に難題事件を解決してもらったことがあり、その縁で今回もワン七のもとへやってきたのでした。
「中島様が『助けて欲しい』とは・・・よほど厄介なことが起こりましたか。」
と尋ねたのは、主人公のワン七です。
「言いにくいことなんだが、わしの弟の家に幽霊が出るのだよ。」
と角右衛門は、少し声を低めて言いました。
『武士たるもの、幽霊や妖怪を信じてはいけない。』というのが、江戸時代までの武士の教育方針でしたから、角右衛門の口から幽霊という言葉が出たのには、ワン七はいささか驚きました。
「幽霊?どんな幽霊が出たのですか。」
「うーん、何とも言えない得体の知れない幽霊だ。いや、見たというより聞いたのだ。誰もいないのに確かに音が聞こえたのだ。それに、娘の大事にしている人形がひとりでに動いた。幽霊が動かしたのだと、家族の者はひどく気味悪がっている。」
「ほほう、それでは最初から順を追って話を聞かせていただけますか。」
と半七は、湯呑を角右衛門の前に差し出しました。
熱いお茶の入った湯呑から湯気が出ていました。
「うむ、わしの弟は金之助といって、幼いころから商業の才があった。金之助は五男坊でわしとはだいぶ歳が離れておる。出世の見込みがないと悟った金之助は、さっさと武士の道をあきらめて商家に婿入りしてしまった。」
ここで角右衛門は、湯呑のお茶を一口飲みました。
「商才のある金之助は貿易で財を成した。異人の言葉も学んで、異人からの信頼も厚かった。そして生麦事件が起こった時、あるイギリス人商人が、日本は物騒だと怖がって帰国したのだ。その際に金之助は、そのイギリス人が住んでいた洋館を安値で譲り受けたのだ。」
「それが今回の事件のお屋敷なんですね。」
と、ワン七が言葉をはさみました。
「そうなのだ。一家はその洋館で何年か住み続けてきていたのだが、金之助は御一新だからと言って輸入品で家具を揃えなおしたり、壁を張り替えたり、色々自宅に手を入れたのだ。わしは畳の間でないと落ち着かないのだが、ここは洋館だから椅子を使う。その椅子をソファーとかいうらしい。寝床も布団を敷かずに、ベッドとかいうもので寝起きをしているのだ。ふすまも障子もない部屋なのだよ。変わってるだろ。」
「そこに幽霊が現れたということですか。」
「その通りだ。お内儀や娘さんだけでなく金之助まで怯えるものだから、わしがその洋館に何日か泊まって調べることになった。昼間のうちは何ともないのだが、夜、家族が寝静まると、確かに居間のあたりで奇妙な音が聞こえる。」
「それはどのような音でしたか。」
「カリカリという音だったり、シャーという音だったり、薄気味悪い音だ。何かがいることは確かなんだが、姿は見えない。音のする場所があちこちに移動するので、音の主も移動しているようだった。」
「音は毎晩したのでしょうか。」
「そうだ。毎晩だった。音が移動するので、わしも幽霊の仕業ではないかと思うようになったのだ。」
と、角右衛門は今までの出来事を隠さずしゃべりました。
「人形が動くというのはご覧になったのですか。」
と、ワン七は角右衛門に尋ねました。
「うむ、見た。動いたと言っても、少し向きが変わる程度だ。しかし人形がひとりでに向きを変えるというのは、不思議ではないか。そこでわしは、この家には女の子の幽霊が取り憑いているのではないかと推量したのだ。そのイギリス商人は、生麦事件が起きて物騒になったとか理屈をつけていたが、実は幽霊に怯えて帰国したと思うのだ。」
「しかし金之助さんが越してから、何年間も幽霊は出なかったのですよね。」
「そうだ。金之助に娘が生まれて、ちょうど幽霊と同じ年頃になったので、幽霊が遊び相手が欲しくなって出てきたのではないかと思う。」
江戸時代の人は、たいてい幽霊を信じていました。
『武士たるもの、…』という教育を受けながら、結局角右衛門は幽霊を信じる派の人なのでした。
「そこでわしは、坊主を呼んでお経を上げてもらったり、祈祷師を呼んでお祓いをしてもらったりしたのだが、いっこうに埒が明かない。そこで恥を忍んで頼みに来たのだ。どうにかしてもらえないだろうか。礼ははずむ。と言っても出すのは金之助だ。金之助は金持ちだからな。」
ワン七は、依頼を引き受けました。
「ようがす。ところでお屋敷はどちらですか。あ、田町ですか。それでは早速、今晩お伺いしましょう。」
とすまなさそうに話を切り出したのは、元武士の中島角右衛門でした。
角右衛門はある藩の用人だった人で、なかなか頭の切れる人物です。
ワン七は幕末から活躍していた岡っ引きで、明治になった今は、捕物の能力を活かして私立探偵を開業しています。
と言っても、ワン七は犬で、この物語は人間と動物、とくに犬が共存している話です。
角右衛門は昔ワン七に難題事件を解決してもらったことがあり、その縁で今回もワン七のもとへやってきたのでした。
「中島様が『助けて欲しい』とは・・・よほど厄介なことが起こりましたか。」
と尋ねたのは、主人公のワン七です。
「言いにくいことなんだが、わしの弟の家に幽霊が出るのだよ。」
と角右衛門は、少し声を低めて言いました。
『武士たるもの、幽霊や妖怪を信じてはいけない。』というのが、江戸時代までの武士の教育方針でしたから、角右衛門の口から幽霊という言葉が出たのには、ワン七はいささか驚きました。
「幽霊?どんな幽霊が出たのですか。」
「うーん、何とも言えない得体の知れない幽霊だ。いや、見たというより聞いたのだ。誰もいないのに確かに音が聞こえたのだ。それに、娘の大事にしている人形がひとりでに動いた。幽霊が動かしたのだと、家族の者はひどく気味悪がっている。」
「ほほう、それでは最初から順を追って話を聞かせていただけますか。」
と半七は、湯呑を角右衛門の前に差し出しました。
熱いお茶の入った湯呑から湯気が出ていました。
「うむ、わしの弟は金之助といって、幼いころから商業の才があった。金之助は五男坊でわしとはだいぶ歳が離れておる。出世の見込みがないと悟った金之助は、さっさと武士の道をあきらめて商家に婿入りしてしまった。」
ここで角右衛門は、湯呑のお茶を一口飲みました。
「商才のある金之助は貿易で財を成した。異人の言葉も学んで、異人からの信頼も厚かった。そして生麦事件が起こった時、あるイギリス人商人が、日本は物騒だと怖がって帰国したのだ。その際に金之助は、そのイギリス人が住んでいた洋館を安値で譲り受けたのだ。」
「それが今回の事件のお屋敷なんですね。」
と、ワン七が言葉をはさみました。
「そうなのだ。一家はその洋館で何年か住み続けてきていたのだが、金之助は御一新だからと言って輸入品で家具を揃えなおしたり、壁を張り替えたり、色々自宅に手を入れたのだ。わしは畳の間でないと落ち着かないのだが、ここは洋館だから椅子を使う。その椅子をソファーとかいうらしい。寝床も布団を敷かずに、ベッドとかいうもので寝起きをしているのだ。ふすまも障子もない部屋なのだよ。変わってるだろ。」
「そこに幽霊が現れたということですか。」
「その通りだ。お内儀や娘さんだけでなく金之助まで怯えるものだから、わしがその洋館に何日か泊まって調べることになった。昼間のうちは何ともないのだが、夜、家族が寝静まると、確かに居間のあたりで奇妙な音が聞こえる。」
「それはどのような音でしたか。」
「カリカリという音だったり、シャーという音だったり、薄気味悪い音だ。何かがいることは確かなんだが、姿は見えない。音のする場所があちこちに移動するので、音の主も移動しているようだった。」
「音は毎晩したのでしょうか。」
「そうだ。毎晩だった。音が移動するので、わしも幽霊の仕業ではないかと思うようになったのだ。」
と、角右衛門は今までの出来事を隠さずしゃべりました。
「人形が動くというのはご覧になったのですか。」
と、ワン七は角右衛門に尋ねました。
「うむ、見た。動いたと言っても、少し向きが変わる程度だ。しかし人形がひとりでに向きを変えるというのは、不思議ではないか。そこでわしは、この家には女の子の幽霊が取り憑いているのではないかと推量したのだ。そのイギリス商人は、生麦事件が起きて物騒になったとか理屈をつけていたが、実は幽霊に怯えて帰国したと思うのだ。」
「しかし金之助さんが越してから、何年間も幽霊は出なかったのですよね。」
「そうだ。金之助に娘が生まれて、ちょうど幽霊と同じ年頃になったので、幽霊が遊び相手が欲しくなって出てきたのではないかと思う。」
江戸時代の人は、たいてい幽霊を信じていました。
『武士たるもの、…』という教育を受けながら、結局角右衛門は幽霊を信じる派の人なのでした。
「そこでわしは、坊主を呼んでお経を上げてもらったり、祈祷師を呼んでお祓いをしてもらったりしたのだが、いっこうに埒が明かない。そこで恥を忍んで頼みに来たのだ。どうにかしてもらえないだろうか。礼ははずむ。と言っても出すのは金之助だ。金之助は金持ちだからな。」
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