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careful
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朝が来れば勝手に起きるように、午前二時になると目が覚める。
当然まだ部屋の中は暗いが、伸ばした手で枕元のスマホを点ければやっぱりだ──午前二時、六分。
「んん、……雀夜ぁ……」
ベッドの中で俺にしがみついているのは、いつからかこの部屋に入り浸るようになった仕事仲間の桃陽だ。まだガキ臭さが抜け切らない十九歳。俺も相当だがこいつは俺の上を行く自分勝手な性格で、すぐ不貞腐れてすぐ泣き、そしてすぐ笑う。端的に言えば単純で面倒な奴なのだが、どういう訳か俺はそれを好きにさせていた。
昔の俺なら絶対に距離を置いていたタイプの男だ。喧しくて、だらしなくて、役に立たないくせに世話を焼きたがる。セックスの相性が良かったから傍に置き始めたが、何だかんだとこの関係も来月で半年になる。
「………」
そんな桃陽の腕を引き剥がし、俺はベッドを出てリビングへ向かった。真夜中、乾いた喉へ流し込むビールに快感を覚える初夏の夜。この、何にも縛られない時間が好きだった。
『休みの所悪い。今、時間あるか』
学生時代からの付き合いであり今は俺達にとって社長、撮影監督の松岡幸城。この時間にメールを寄越してくるのは、俺が起きていると知っているからだ。
『ある』
『桃陽監禁の動画だが、タチ役を増やすことになった。メインはお前で、他にゴーグルで三人』
『分かった』
『一応言っとくが、お前以外のモデルも桃陽に挿入する。構わねえな』
『答えるまでもねえだろ。任せる』
俺にとって撮影でのセックスはあくまでも仕事であり、人生でヤッた内にカウントしていない。他の奴らは知らないが、俺はその辺りの線引きを自分の中ではっきりさせていた。
気に食わないのは、俺と桃陽が動画で組むようになってから周りが気を遣い始めたことだ。桃陽が俺に惚れているのは周知の事実だが、それを俺にも押し付ける雰囲気がここ最近露骨になっている。
桃陽が嫌いな訳じゃない。ただ、決め付けられるのが嫌なだけだ。他人からそうと決められて桃陽を好きになることに抵抗があるだけだ。
流されるのが嫌いなだけだ。俺の本当の気持ちが、分からなくなる。
「んあ、おはよう雀夜……」
「寝坊助野郎、もう昼だぞ」
無駄にデカい目を擦りながらリビングに入って来た桃陽が、ソファの上──俺の隣に腰を下ろした。
「顔洗って来い」
「休みだしさぁ、もうちょっとだらだらさせて」
俺のシャツとボクサーブリーフだけを身に付けた桃陽は、一般的に言えば顔立ちも整っているし黙っていれば美男の部類に入る男なのだろう。
だが。
「今日の予定は決まってんのか」
「アイス食いに行こうかなって。駅ビルにアイス屋さん入ったんだってさ、三段に重ねてくれるやつ、食べたい」
相変わらず、女子供のような奴だ。
「雀夜も行こうよ、昼飯奢るから」
「お前の次の撮影、タチ役が増えるらしいぞ」
「え?」
「幸城から連絡きた。今回は5Pだってよ」
「うへぇ……疲れそう」
だらしない座り方で俺の肩にもたれる桃陽だが、特に嫌がっている風ではない。こいつはこいつで仕事とプライベートを分けるタイプの男なのだ。
「雀夜以外のモデルとも本番するの?」
「当然だ」
「妬ける?」
「別に」
「いいけどさぁ……」
むくれる桃陽を見るのは嫌いじゃない。
むしろ、極限まで虐めてやりたくなる──。
「雀夜って、今まで恋愛したことあるの。恋人にもずっとそんな感じで接してたの?」
「………」
「ていうか雀夜が好きになるのって、どんな男なんだ?」
「少なくとも、昼間から顔も洗わねえ上に下着でうろつく奴じゃねえな」
「あ、洗ってくる。それで着替えてくる!」
単純でからかい甲斐のある奴だ。桃陽のガキっぽさはある意味では魅力の一つだが、逆を言えば流されやすく付け込まれやすく、危ういということも否定できない。
詳しい男遍歴は知らないが、今までその性格故に悲惨な目にも遭ってきたのだろうと思う。
俺が桃陽と一緒にいる理由の一つ──それは、どこか危ういこのガキを野放しにしてはならないという親心めいたものだった。
「早くアイス食いに行けよ」
「雀夜が来ないなら行かない。俺だけ休みの時に行ってくる」
「昼飯は」
「出前取ろ~、俺払うからラーメン食おうよ」
思わず脱力してしまうほどだらしのない奴。桃陽は床にあぐらをかいた俺の膝に座り、スナック菓子を頬張りながらテレビを見ている。
「お前こそ、いつもそんな感じだったのか」
「何が?」
「今までの男に対して、そんなだらしねえ姿晒してたのかよ」
言われて、桃陽が姿勢を正した……が、相変わらず尻は俺の膝の上だ。
「べ、別に。俺、ちゃんとした恋人とかいたことねえもん」
「付き合ってきたのはセフレだけか」
「……思い出したくない」
父親から性的虐待を受けていたのは俺も知っている。出会った頃の桃陽は表面上の振る舞いに反して本当に傷付きやすく、すぐ落ち込んですぐ泣いて、今よりずっとガキっぽかった。
桃陽が安定し始めたのは俺といるようになってからだ。こうして無防備に誰かに甘えたことなど恐らくないのだろう。俺も、ここまで誰かに好かれたことなどない。
恋人はなく、付き合ってきたのはセフレだけ。
俺がまさにそれだった。
当然まだ部屋の中は暗いが、伸ばした手で枕元のスマホを点ければやっぱりだ──午前二時、六分。
「んん、……雀夜ぁ……」
ベッドの中で俺にしがみついているのは、いつからかこの部屋に入り浸るようになった仕事仲間の桃陽だ。まだガキ臭さが抜け切らない十九歳。俺も相当だがこいつは俺の上を行く自分勝手な性格で、すぐ不貞腐れてすぐ泣き、そしてすぐ笑う。端的に言えば単純で面倒な奴なのだが、どういう訳か俺はそれを好きにさせていた。
昔の俺なら絶対に距離を置いていたタイプの男だ。喧しくて、だらしなくて、役に立たないくせに世話を焼きたがる。セックスの相性が良かったから傍に置き始めたが、何だかんだとこの関係も来月で半年になる。
「………」
そんな桃陽の腕を引き剥がし、俺はベッドを出てリビングへ向かった。真夜中、乾いた喉へ流し込むビールに快感を覚える初夏の夜。この、何にも縛られない時間が好きだった。
『休みの所悪い。今、時間あるか』
学生時代からの付き合いであり今は俺達にとって社長、撮影監督の松岡幸城。この時間にメールを寄越してくるのは、俺が起きていると知っているからだ。
『ある』
『桃陽監禁の動画だが、タチ役を増やすことになった。メインはお前で、他にゴーグルで三人』
『分かった』
『一応言っとくが、お前以外のモデルも桃陽に挿入する。構わねえな』
『答えるまでもねえだろ。任せる』
俺にとって撮影でのセックスはあくまでも仕事であり、人生でヤッた内にカウントしていない。他の奴らは知らないが、俺はその辺りの線引きを自分の中ではっきりさせていた。
気に食わないのは、俺と桃陽が動画で組むようになってから周りが気を遣い始めたことだ。桃陽が俺に惚れているのは周知の事実だが、それを俺にも押し付ける雰囲気がここ最近露骨になっている。
桃陽が嫌いな訳じゃない。ただ、決め付けられるのが嫌なだけだ。他人からそうと決められて桃陽を好きになることに抵抗があるだけだ。
流されるのが嫌いなだけだ。俺の本当の気持ちが、分からなくなる。
「んあ、おはよう雀夜……」
「寝坊助野郎、もう昼だぞ」
無駄にデカい目を擦りながらリビングに入って来た桃陽が、ソファの上──俺の隣に腰を下ろした。
「顔洗って来い」
「休みだしさぁ、もうちょっとだらだらさせて」
俺のシャツとボクサーブリーフだけを身に付けた桃陽は、一般的に言えば顔立ちも整っているし黙っていれば美男の部類に入る男なのだろう。
だが。
「今日の予定は決まってんのか」
「アイス食いに行こうかなって。駅ビルにアイス屋さん入ったんだってさ、三段に重ねてくれるやつ、食べたい」
相変わらず、女子供のような奴だ。
「雀夜も行こうよ、昼飯奢るから」
「お前の次の撮影、タチ役が増えるらしいぞ」
「え?」
「幸城から連絡きた。今回は5Pだってよ」
「うへぇ……疲れそう」
だらしない座り方で俺の肩にもたれる桃陽だが、特に嫌がっている風ではない。こいつはこいつで仕事とプライベートを分けるタイプの男なのだ。
「雀夜以外のモデルとも本番するの?」
「当然だ」
「妬ける?」
「別に」
「いいけどさぁ……」
むくれる桃陽を見るのは嫌いじゃない。
むしろ、極限まで虐めてやりたくなる──。
「雀夜って、今まで恋愛したことあるの。恋人にもずっとそんな感じで接してたの?」
「………」
「ていうか雀夜が好きになるのって、どんな男なんだ?」
「少なくとも、昼間から顔も洗わねえ上に下着でうろつく奴じゃねえな」
「あ、洗ってくる。それで着替えてくる!」
単純でからかい甲斐のある奴だ。桃陽のガキっぽさはある意味では魅力の一つだが、逆を言えば流されやすく付け込まれやすく、危ういということも否定できない。
詳しい男遍歴は知らないが、今までその性格故に悲惨な目にも遭ってきたのだろうと思う。
俺が桃陽と一緒にいる理由の一つ──それは、どこか危ういこのガキを野放しにしてはならないという親心めいたものだった。
「早くアイス食いに行けよ」
「雀夜が来ないなら行かない。俺だけ休みの時に行ってくる」
「昼飯は」
「出前取ろ~、俺払うからラーメン食おうよ」
思わず脱力してしまうほどだらしのない奴。桃陽は床にあぐらをかいた俺の膝に座り、スナック菓子を頬張りながらテレビを見ている。
「お前こそ、いつもそんな感じだったのか」
「何が?」
「今までの男に対して、そんなだらしねえ姿晒してたのかよ」
言われて、桃陽が姿勢を正した……が、相変わらず尻は俺の膝の上だ。
「べ、別に。俺、ちゃんとした恋人とかいたことねえもん」
「付き合ってきたのはセフレだけか」
「……思い出したくない」
父親から性的虐待を受けていたのは俺も知っている。出会った頃の桃陽は表面上の振る舞いに反して本当に傷付きやすく、すぐ落ち込んですぐ泣いて、今よりずっとガキっぽかった。
桃陽が安定し始めたのは俺といるようになってからだ。こうして無防備に誰かに甘えたことなど恐らくないのだろう。俺も、ここまで誰かに好かれたことなどない。
恋人はなく、付き合ってきたのはセフレだけ。
俺がまさにそれだった。
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