GRAVITY OF LOVE

狗嵜ネムリ

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GRAVITY OF LOVE・14

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「政迩」
 唾液の糸を引きながら、大和の舌がそっと抜かれる。
「ん……」
「俺今日、マジで寝ないでいいって思ってるから」
「……馬鹿。俺はどうすんだ」
「出勤して、休憩室で寝てろよ」
「店長の言う台詞か?」
 俺達は至近距離で顔を見合わせながら同時に噴き出し、再び唇を重ね合った。
「んっ、ぅ……」
 激しく舌を絡ませながら、大和の手が俺のシャツのボタンを外してゆく。冷たくなった肌に直接触れられ、俺も徹夜を覚悟した。今大和と愛し合えるなら、明日のコンディションなんか気にしなくていい。一日頭痛に悩まされたって構わない。
「は、ぁ……。あ、……」
「……っと」
 思い出したかのように大和が俺の肌から顔を上げ、そのまま身を起こしてソファを降りた。
「なに、どうしたんだよ……」
「このソファはアレだからさ。ベッド行こう、政迩。ちなみにあのベッドは四年前に買ったやつだから、俺達しか使ってねえよ」
「いいよそんなの、俺気にしねえから……。焦らすなってば、もう……」
「俺の気が済まねえの。抱っこしてやるから、来い」
 渋々、広げられた大和の腕の中へ身を投じる。抱き上げられ、寝室まで運ばれている間も、俺は大和の首に腕を絡めて何度も頬にキスをした。
 くすぐったそうに笑いながら、大和が言う。
「やっぱお姫様かもな、政迩は。チカ姫」
「違げえよ。むしろ大和が俺のお姫様」
 優しくベッドに下ろされ、大和にジーンズを脱がされる。
 剥き出しになった俺の膝に口付けてから、大和が薄く笑って言った。
「じゃあ、政迩は俺の女王様だ」
「……んっ」
 立てた俺の膝にキスを繰り返し、大和の手が俺の下着を下ろしてゆく。既に恥ずかしいほど反応している俺のそれは今すぐ大和に愛してほしくて、切なげに脈打っていた。
「ふ、あっ……」
 膝から股に、そして内股に、大和の唇と舌がゆっくりと這う。我慢できなくて大和の黒髪に指を絡め、俺は甘ったるい声で懇願した。
「大和、早く、……そこ」
「どこ?」
「やっ、あ……大和っ」
 構わず、大和は俺の内股を愛撫し続ける。敏感なところのすぐ近くを舐められて、無意識の内にベッドから腰が浮いた。
「大和っ、……や、……意地悪すんなっ……」
「言わなきゃ駄目」
「や、やだっ……」
 俺は抱き寄せた枕に顔を埋めた。
「女王様、ちゃんと命令は口に出さねえと」
「うぁ、あ……やっ、もう……」
 焦れったくて、恥ずかしくて、……だけどそれ以上に触れて欲しくて。俺は枕に顔を押し付けたまま、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で大和に訴えた。
「なに?」
「……、……」
「うん」
「……して」
「いいよ」
 枕に埋めた顔は熱く、今にも火を噴きそうになっている。
「――あっ、あぁっ! や、ぁっ!」
 だけど、やっとのことで触れてくれた大和の舌はそれ以上に熱を持っていた。根元から何度も舐められ、先端を啄ばまれ、脈打つ俺のそれが溶かされてしまいそうだ。
「う、あっ……あぁ……あ、んっ……」
 大和の口の中、その熱い舌が俺のそれに絡み付いてくる。大和の唇の隙間から漏れる濡れた音に、俺の耳まで火照り出した。
 体中がざわめき立ち、もう、何も考えられなくなる。
「んっ、あぁっ……!」
「……っ、はぁ。政迩、今日はやけに敏感だな。いつもと我慢汁の量が違う」
「そ、そんなことねぇっ……」
 俺の先端を親指の腹でくすぐり、大和が含み笑いをした。
「可愛くて堪んねえ。もっと悦ばせたくなる」
「大和っ……あ」
 指での愛撫を続けながら、大和の舌が再びそれの裏側を舐め上げる。それと同時に大和の指が俺の入口を押し広げ、ゆっくりと中に入ってくる。
「あ、あっ……あ」
 下半身にびりびりと電流が走り、俺はこれ以上ないほど大きく股を開いて大和の髪を掴み、叫んだ。
「ああっ――やっ、大和……イきそ……なる、からっ!」
 それを聞いた大和の手が、くすぐる愛撫から上下に扱く動きへと移行する。同時に俺の中に収まっていた指が前後に激しく出入りし、あまりの急な快楽に危うく意識が遠退きかけた。
「や、大和っ……俺、イきそっ……」
「いいよイッても。何回でもイかしてやる」
「あっ、あ……!」
 腰の内側から何かがせり上がって来るような感覚があって、堪え切れず、俺は大和の手の中で果てた。
「はぁっ、あ……。はぁ……」
 自分の掌と俺の内股に付着した体液を見て、大和が苦笑する。
「バレンタインに俺が言ったこと覚えてるか? ホワイトチョコソースみてえ、チカの白い肌にすげえ似合う」
「ば、馬鹿言うな……あっ」
「舐めてやるって約束したもんな」
 内股に口付けられ、ゆっくりとそれを舐められる。くすぐったいし、恥ずかしいのに、心地好い。
「な、舐めるなって……そんなの」
「飲むのと同じだろ」
「あ、あっ……、や、大和……。あ、……っん」
 俺は目を閉じて震えながら、大和の舌の動きに合わせて腰をくねらせた。
 丹念にそこを舐め回してから、大和が身を起こして口元を拭う。
「来年のバレンタインには、本物のチョコソースでやらねえとな」
「……大和、俺にチョコ作ってくれんの?」
「ああでも、チカって手作り系が嫌いなんだっけ」
 俺は力無く笑って首を振った。
「俺は毎日、大和の手料理食ってんだぞ。大和が作る物なら、何でも好き」
「じゃあ期待してていい。今から研究して、来年はパティシエ級のすげえチョコ作ってやる」
「俺も大和に何か作りたい」
「チカはホワイトデー担当だな。飴作ってくれ」
「飴なんて人の手で作れるのか?」
「作れるよ。俺、小学校の頃に作ったことあるもん」
 そうなのか、と俺は天井を仰いだ。
 言ったところで、どうせ俺には作れない。来年ならまだしも、今月のホワイトデーにはとても間に合いそうにない。
「ん。……まあでも、先のことなんて分からないよな」
「分からねえって、何が?」
「大和には秘密」
「なんだよ、じゃあ言うなよ」
 呆れて笑いながら、大和が俺の上に身体を重ねた。俺の唇に弾くようなキスを何度も繰り返し、愛おしむように頬を撫でられる。そうされることで俺もまた昂ってきて、大和の背中に腕を回し、その逞しい体を強く抱きしめた。
「チカ、帰って来たら居ねえんだもん。どこ行ってたんだよ?」
「ちょっとな。……そう言えば、今日は……いつもより帰って来るの、早かったんだな」
「ん。だってチカが心配だったし、最近ずっと寂しい思いさせてるって分かったから」
「毎晩……白鷹さんと、何話してんの?」
 俺が問うと、大和が耳元に唇を寄せてきた。
「言ったろ。仕事の話」
「本当に? 売上がどうとか、セールがどうとかって……延々と喋ってんのか?」
「それもそうだけど。もっと、もっと……大事な話。俺とチカの、な」
「え……」
「まだまだ先のことだけど……店の名前、チカが決めていいからな。それからフライヤーとポスターのデザイン、マスコットキャラ的な物も考えといてくれよ」
「っ……」
 大和が俺の頬を両手で挟み、俺の目を覗き込みながら笑う。
「買い付けも二人で行くんだぞ。なるべく条件の良いテナント探して、メーカーと交渉して、アルバイト募集して、そうなったら大忙しだ」
「大和……」
「同時に、お前の夢も叶う。好きなだけ絵描いていいぞ。もし今からそういう学校通いたかったら、白鷹くんに言って休み多く貰えるようにしような」
「大和っ……!」
 俺は両手両足で大和にしがみつき、涙に濡れた頬を大和の頬へ押し付けた。
「本当はチカを驚かせたくて、目処が立つまで秘密にしとくつもりだったんだ。まだ殆ど何も決まってねえから、途中で白紙になる可能性だって無いわけじゃない。そうなったらみっともねえだろ? それに、資金もまだ充分じゃねえし……」
「大丈夫。必ず成功する……。白鷹さんが言ってた。『金より誠意を見せろ』って。白鷹さん、大和のために今までずっと――」
「え、なに? あの人チカに何か言ってたのか?」
「……後で話す。今は俺に集中してくれ、大和……」
「ん」
 口付け合い、深く深く舌を絡ませる。
 俺は世界一の愚か者で、同時に世界一の幸せ者だ。
 思い悩む必要なんて少しもなかった。白鷹はこんなにも俺達のことを想ってくれて、大和はこんなにも俺を愛してくれているというのに。これ以上、何を求めるというのか。
 今の俺が大和に求めるもの――それは、ただ一つ。
「ん……ん、ぅ……大和。俺もう、我慢できねっ……」
「俺も。ちょっと待ってな、下脱がねえと」
 大和が一旦俺から離れ、自分のベルトを緩める。それすら待ち切れなくて俺は自分も身を起し、大和のワークパンツに両手をかけた。
「がっついてるなぁ、嬉しいけど」
 無理矢理引っ張ってパンツを脱がし、大和の下着を一気に擦り下ろす。今の俺は多分、初めてセックスした時の大和みたいに発情しているんだろう。
「大和、たまには俺が攻めたっていいだろ」
「えっ……。ま、マジで? 無理だよ俺、一度もウシロ使ったことねえもん」
「じゃあ……付き合ってた時は、大和が白鷹さんを抱いてたってことなのか?」
 実は、初めからすごく気になっていた。本当はもっと早くに聞きたかったけど、もたもたしているうちにそれどころじゃなくなってしまったから。
「いや……」
 大和が頬をかいて、決まり悪そうに俺から視線を逸らす。
「俺ら、セックスは挿入しないって感じだったから。お互いにタチだったし、……だからヌキ合うだけっていうか」
「生々しいな」
「だ、だから俺はさ、厳密に言えばチカが初めての相手なんだよ。童貞捧げた大事な相手」
「……まぁ、俺も大和が初めてだけどさ」
 少しだけ赤くなった頬を擦り、俺は大和との初めての夜のことを思い出した。
 真剣な顔で一生懸命俺の中に入ろうとしている大和が健気で愛しくて、今思えば随分と無茶なセックスだったけれど……痛みよりも俺は、幸せを感じていたんだ。
「……大和、あの時さ。俺のこと大事にするって、何度も言ってくれたよな」
「その割には毎日ヤッてたけどな。チカがうんざりしてるの本当は気付いてたけど、俺も若かったっていうか」
 俺はくすくす笑いながら大和をベッドに寝かせ、その上に跨って大和のそれを握りしめた。
「懐かしいな。『俺の股間の大和砲が』とか、意味不明なことよく言ってたよな」
「そ、それは忘れてくれ……」
「今でも現役なんだろ?」
 手の中の『大和砲』を上下に擦り、元々屹立していたそれを更に硬くさせる。大和は恍惚とした表情を浮かべながらも、少しだけ恥ずかしそうだ。
「今日は俺が攻める日」
「だ、だから後ろは無理だって……」
「そっちの意味じゃねえよ」
 俺は上を向いた大和のそれを自分の入口にあて、腰を下ろしていった。「ん、……」じわじわと入ってくる大和の感触に眉根を寄せ、唇を噛む。
「ん、ん……ぅ」
「チカ無理すんな。ゆっくりでいい」
 大和の胸板に手を付き、言われた通りにゆっくりと腰を下ろす。半分ほど入ったところで大和が俺の腰を支え、下からグッと押し上げてくれた。たったそれだけのことで、大和の男らしさを魅せつけられた気分になる。
「あっ、……」
 奥まで到達した感覚があって、俺は大和の上にべったりと座り込む体勢になった。
 二人の息遣いに混じって、自分の鼓動が聞こえるようだ。
「ん、ぅ……」
 攻めると言っておきながら、俺には既に余裕がない。俺の中に収まった大和が温かくて心地好くて、出し入れするのが勿体なかった。ずっとずっと、俺の中に閉じ込めておきたい。
「チカ、すげえ綺麗だ」
「はぁ、っあ、……」
 大きく開いた口から吐息が漏れ、固く閉じた瞼からは音もなく涙が零れてゆく。
 大和が好き過ぎて、幸せ過ぎて、その気持ちを吐き出す術が分からなくて、胸の中がどうにかなってしまいそうだった。
「大丈夫か。動けるか」
「も……少し、このまま」
「感じてんのか」
「ん……。や、大和は……?」
「俺も気持ちいいよ。チカの中、すげえ温かい」
「大和……」
 今この瞬間、大和と俺は同じことを思っている。互いの体に愛を感じ、互いの心を理解し合い、互いを激しく求め合っている。
 大和とじゃなきゃこんな気持ちにならない。
 俺はもう、大和しか愛せないんだ――。
「ごめん大和……俺が動かねえと駄目なのに、もっと大和の、……中で感じてたくて」
「いいよ、気が済むまでじっとしてろ」
「……夜が明けるかも」
「そ、それは勘弁」
 大和が俺の下腹部を支えて、自分の腰を浮かせた。
「よっ、と」
「あっ……!」
 腰が浮いた分、更に大和のそれが俺の中に侵入してきたみたいだった。既に根元まで入っていたはずなのに、もっと奥の、……奥の奥まで。
「ん、あ、……あ……」
「どうだ、もうこれ以上は進めねえぞ」
「……気持ち、いい」
 心の底から出た俺の言葉を聞いて、大和が「うー」と変な声で呻った。
「ちょ、チカもう俺そろそろ限界。動いていいか、下からガンガン突いてやりてえ」
「で、でももう少しだけ……」
「駄目」
「……あっ!」
 大和が俺の腰に手を添えたまま、自身の腰を上下し始める。俺は大和の胸にもう一度両手をつき、慌てて自分の体を支えた。
「や、まと……急すぎっ、ぃ……」
「好きなトコに当たるだろ。チカ、すげえ気持ち良さそうな顔になってる」
「あ、……っん……あっ、あ、あぁっ……」
 ふいに大和が俺の両手を取り、指を絡ませてきた。きつく繋がり合う俺と大和の両手。下では、もっと激しく繋がり合っている。
 俺は大和と指を絡ませながら背中を反らせ、自分でも腰を上下させた。
「あぁっ、あ……や、大和っ……あっ!」
「いい眺めだな。マジで綺麗だよ、チカ」
 感嘆の溜息を洩らした大和が、俺を見上げて目を細めている。
「好きだよ、政迩」
「……お、俺もっ……俺も好き、大和っ……!」
 体が上下に揺れるからか。それとも、俺の視界が潤んでいるからだろうか――大和も、俺を見つめて泣いているように見えた。
 どうしようもなく心地好い切なさに、涙が止まらない。
「う、あ……あぁ、大和、大和っ……」
「チカ、……」
「――あっ」
 半身を起こした大和が俺を抱きしめ、そのまま俺の体をベッドへ倒した。
 鼻先が触れるほどの至近距離で俺を見つめながら、大和が優しく囁く。
「一生大事にする。お前のこと、何があっても死ぬまで守り続けるから」
「……俺も、大和のことっ……一生、……」
「政迩、愛してるよ」
「う……」
 先に言われてしまって、俺は両腕で目元と口元を隠しながら嗚咽を漏らした。
「そ、そんなに泣くなって」
「だ、って……。すげえ、嬉し、から……」
「顔見せて。チカも俺の顔見ててくれよ」
「無理。俺今すげえヤバい顔になってる……」
 強引に腕を除けられ、俺は涙に濡れた酷い顔を大和の前にさらけ出した。
「大丈夫。可愛い」
「あ……」
 頬に大和の指が触れた。
 丁寧に涙を拭われ、綺麗になった頬に優しく口付けられる。
「ずっと一緒にいような」
「……うん」
「約束」
 俺達は目を閉じ、そっと唇を重ね合わせた。キスなんてもう何千回としてきたはずなのに、どうしてこんなに新鮮な気持ちになるんだろう。
 触れるだけの、ささやかな誓いのキス。……それは、今までしてきたどんなキスよりも俺を震わせ、ときめかせ、とろけさせた。
「………」
 唇が離れた後も、大和は俺の顔を間近に見つめながら優しく微笑んでくれている。俺も出来るだけ目を開いて、大和の顔を見つめ返した。
「あ、……」
 そのまま、腰を動かされる。
 互いの視線と指とをしっかり絡ませ合いながら、俺達は今まで体験したことのない、更なる高みへと一緒に駆け上がって行った。
「んん、あっ、……あ。大和、気持ちいい……」
「俺も……」
「ふっ、あ……あっ。あぁっ」
 体が宙に浮かんで行く。ベッドも、枕も、部屋の中の全てが――消えて行く。
 もう今の俺には、大和の体温以外に何も感じられない。まるで無重力に包まれた優しい世界の中、俺と大和だけが互いを引き寄せ合っているみたいだ。
「大和っ、あ……もう、俺……。俺っ……」
「……いいよ、一緒にいこ」
「あぁっ……! あ、あっ……!」
「政迩っ、……」
「ああぁっ……!」
 空は白み始めている。
 大和の引力に導かれるまま、俺は素直に、体の奥底にある熱い欲望を解放させた。
 多分俺は、今日という日を忘れない。四年目にして初めて、大和と強い絆で結ばれた――今夜の出来事、その全てを。
「はぁっ、……は、ぁ……」
「……はぁ。お、お疲れ……政迩」
 俺の体から身を起こした大和が、だるそうに手を伸ばして枕元のティッシュケースを掴む。俺はその下で仰向けに寝たまま息を弾ませ、そんな大和の動きをじっと見つめていた。
「平気か? どっか体痛てえとか、ない?」
「……平気」
 自身のそれと俺の後ろを丁寧に拭いた後で、大和が俺の隣に寝転がった。
「はあ……。すげえ良かった」
「……ん」
「政迩、触らないでイッたのって初めてだろ。それほど俺のが良かったってことだよな。それって、男としてすげえ嬉しい」
「……うん」
 もう少し余韻に浸っていたいのに、大和のお喋りは止まらない。
「四年も付き合ってきたけど、今日初めて政迩と……何て言うか、文字通り『繋がれた』って感じがした。自分でも恥ずかしいこと言ってるとは思うんだけどさ」
「………」
「……チカ、眠い?」
「ううん。……俺も丁度、同じこと思ってたから」
「そうかぁ……」
 大和が笑って、俺の頭を撫でてくれた。
「これからはさ、お互い何でも言い合っていこうな。例えちょっとしたことでも、二度とチカを嫌な気持ちにさせたくねえから。俺鈍いから、そういう時はどんどん指摘してくれ」
 俺は少しだけ唇を尖らせ、大和に言った。
「……じゃあこれからは、客とか他店の女とかに絡んでいくなよ」
「えっ、なに? もしかして実は嫉妬してた?」
 大和の顔が嬉しそうに崩れてゆくのを見て、「やっぱり言わなければ良かった」と俺は少し後悔した。
「なんだよ、そんなの言ってくれればすぐに改めたのにさ。ほんと、チカちゃんは素直じゃねえな」
「うるさい。じゃあ明日から改めろよ。大和はもう客に絡むの禁止な。来月のホワイトデーも一切返さなくていい。隣の店の差し入れも断れ。話しかけられたら無視しろ」
「む、無茶言うな。そんなの俺、ただの嫌な奴じゃん」
「……っていうくらい、俺は嫉妬してんだよ」
 恥ずかしかったが、長年思っていたことを言えてすっきりした。
 大和が嬉しそうに笑って、俺の頬を軽くつねる。
「……俺さ。政迩と出会えて、本当に幸せ」
 俺の大好きな笑顔。俺が守らなきゃならない笑顔。
 嬉しくて、胸が一杯になる――。
「俺も幸せ。あの日の放課後、傘忘れて、……本当に良かった」
「政迩」
「……ん?」
「顔真っ赤だぞ」
「っ……。う、うるせえ……」
 思わず大和に背を向けて、抱えた枕に顔を埋めた。本当に大和という男は、いいところで雰囲気をぶち壊す。……それはお互い様か。
「悪い悪い。政迩がそういうこと言うのって、珍しいからさ」
 後ろから大和に抱きしめられ、俺はむくれながら言った。
「俺だって言う時は言う」
「うん、うん。そうだよな。これからはもっと言ってくれて構わねえんだぜ」
「嫌だね」
「もちろん、意地っ張りなチカちゃんも可愛いけど」
「うるせえ、ってば……」
「こっち向けって。キスしてやる」
「………」
 大和がキスしてくれるなら。
「お、向いた」
 大和が、喜んでくれるなら。
「愛してるよ、政迩」
「俺も……」
 ――これからは俺も、少しは素直な男になってみようか。
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