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狼と犬は籠の中。・18
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座敷牢から屋敷の中へ戻った時は、あまりの眩しさに目が眩んだ。風呂に入って体を洗い、それから用意してもらった食事を残らず平らげ、自室のベッドに潜った時、俺は思わず安堵と緊張からくる深い溜息をついた。
安堵したのは二人であの後親父に「謝罪」をして、俺も夜霧も何とか元の生活に戻れたからだ。頭首交代の延期は取り止めとなり、代わりに選挙の前──約一週間後の七月十四日に行われることになった。急すぎる気もするけれど、親父は夜霧の決意を試す理由で今回の選挙の指揮を執らせたいのだそうだ。
緊張しているのは、その親父との最後の対決が目前に迫っていることを知っていたからだった。夕凪と嵐雪は俺と夜霧の話を聞いて体を震わせていたが、それでも最終的には「お二人が決めたことなら」と言ってくれた。生贄云々のことは敢えて伝えず、協力も頼まなかった。事が事だけに俺達に協力したとなったらクビだけじゃ済まされない。彼らの家族も、親戚も、全てを巻き込むことになってしまう。
それほどのことを俺達はしようとしているのだ。単身広間に乗り込んで親父に突っ掛かった時などとは比べ物にならないくらいの緊張に、心臓が震える。
だけど今回は俺の隣に夜霧がいる。どんな結果になったって怖くなんかない──。
七月十三日、金曜日。
まんじりともせず夜明けを迎えた俺は、窓の外から聞こえてくる朝の鐘の音を聞きながら起き上がった。ベッドの下から取り出した斗箴へのプレゼントを抱え、まだ眠っているであろう彼の部屋へ行ってそっと枕元に箱を置く。
斗箴のあどけない寝顔を見つめ、指で頬を撫でる。親父にも夜霧にもあまり似ていないその中性的な顔は、きっと母親譲りのものなんだろう。
部屋に戻り、服を着替えていると夕凪がやって来た。
「おはようございます、朱月様」
普段と何も変わらない様子の夕凪だけど、その胸の中はまだ葛藤を続けているらしい。こんなに朝早く俺の様子を見に来たということが何よりの証拠だ。
「おはよう、夕凪。夜霧は? もう起きてるのか」
「夜霧様は早朝の参拝に出掛けてらっしゃいます。そろそろお戻りになる頃かと」
「なんだかんだ、交代の儀は明日だもんな……」
朝食を終えた後、俺は縁側に座って池の水面を見つめながらただ時間が過ぎて行くのを待った。明日の準備で屋敷内は大忙しなのに、相変わらず俺は味噌っかすのままだ。
「あかつき!」
弾むような声がして振り返ると、そこには明日のための小さなスーツを着た斗箴が満面の笑みで立っていた。斗箴も今日は幼稚園を休んで、朝から色々と服や髪を弄られたり写真を撮られたりしている。
「斗箴、一足早いけど誕生日おめでとう。それ似合ってるよ」
スーツの上から腰に巻かれた変身ベルトを指して笑うと、斗箴が得意げな顔になって腰に手をあてた。
「あかつきは、ちゃんと明日の準備をしてるのか?」
「俺はここに来た時に着てたスーツがあるから、特に準備する物は無いんだよ。それに実際、俺は参加できるか微妙だし……」
苦笑する俺の横で、斗箴は何度もスイッチを押して楽しげにベルトを光らせている。
「あかつき、これありがとうな!」
「俺と夜霧からのプレゼントだ」
にっこり笑った斗箴が、ふと目を丸くさせて背筋を正した。「兄様!」廊下の角を曲がって現れた夜霧が俺達の方に近付いて来る。夜霧も黒いスーツを着ていた。見慣れないスーツ姿に頬が赤くなるのを感じ、つい視線を逸らしてしまう。
「二人して休憩中か」
「兄様、かっこいい……」
「斗箴もな」
俺と同じように赤面している斗箴を抱き上げた夜霧が、俺を見下ろして柔らかく笑った。
「俺、夜霧は主役だから着物を着るんだと思ってたよ」
「明日は、な。今日は参拝と挨拶だけだからこれで充分だ」
斗箴を中央に挟んで縁側に座っていると、そこを通る全ての人達が目を細めて俺達を見ているのに気付いた。嵐雪なんて慌てて来た道を引き返し、明日のために雇ったカメラマンを引っ張って再び走って来たほどだ。
「撮りますよ。……夜霧様、少しは笑って頂けませんか。それから次は俺とツーショット撮りますからそのおつもりで。あっ、夕凪と春雷も呼んで来ます」
「うるさい奴だ、さっさと撮れ」
そう言って夜霧が笑った瞬間、シャッターが切られた。
許されるならいつまでもこんな時間が続けばいい。俺は小さく願いながら、カメラに向かって笑った。
安堵したのは二人であの後親父に「謝罪」をして、俺も夜霧も何とか元の生活に戻れたからだ。頭首交代の延期は取り止めとなり、代わりに選挙の前──約一週間後の七月十四日に行われることになった。急すぎる気もするけれど、親父は夜霧の決意を試す理由で今回の選挙の指揮を執らせたいのだそうだ。
緊張しているのは、その親父との最後の対決が目前に迫っていることを知っていたからだった。夕凪と嵐雪は俺と夜霧の話を聞いて体を震わせていたが、それでも最終的には「お二人が決めたことなら」と言ってくれた。生贄云々のことは敢えて伝えず、協力も頼まなかった。事が事だけに俺達に協力したとなったらクビだけじゃ済まされない。彼らの家族も、親戚も、全てを巻き込むことになってしまう。
それほどのことを俺達はしようとしているのだ。単身広間に乗り込んで親父に突っ掛かった時などとは比べ物にならないくらいの緊張に、心臓が震える。
だけど今回は俺の隣に夜霧がいる。どんな結果になったって怖くなんかない──。
七月十三日、金曜日。
まんじりともせず夜明けを迎えた俺は、窓の外から聞こえてくる朝の鐘の音を聞きながら起き上がった。ベッドの下から取り出した斗箴へのプレゼントを抱え、まだ眠っているであろう彼の部屋へ行ってそっと枕元に箱を置く。
斗箴のあどけない寝顔を見つめ、指で頬を撫でる。親父にも夜霧にもあまり似ていないその中性的な顔は、きっと母親譲りのものなんだろう。
部屋に戻り、服を着替えていると夕凪がやって来た。
「おはようございます、朱月様」
普段と何も変わらない様子の夕凪だけど、その胸の中はまだ葛藤を続けているらしい。こんなに朝早く俺の様子を見に来たということが何よりの証拠だ。
「おはよう、夕凪。夜霧は? もう起きてるのか」
「夜霧様は早朝の参拝に出掛けてらっしゃいます。そろそろお戻りになる頃かと」
「なんだかんだ、交代の儀は明日だもんな……」
朝食を終えた後、俺は縁側に座って池の水面を見つめながらただ時間が過ぎて行くのを待った。明日の準備で屋敷内は大忙しなのに、相変わらず俺は味噌っかすのままだ。
「あかつき!」
弾むような声がして振り返ると、そこには明日のための小さなスーツを着た斗箴が満面の笑みで立っていた。斗箴も今日は幼稚園を休んで、朝から色々と服や髪を弄られたり写真を撮られたりしている。
「斗箴、一足早いけど誕生日おめでとう。それ似合ってるよ」
スーツの上から腰に巻かれた変身ベルトを指して笑うと、斗箴が得意げな顔になって腰に手をあてた。
「あかつきは、ちゃんと明日の準備をしてるのか?」
「俺はここに来た時に着てたスーツがあるから、特に準備する物は無いんだよ。それに実際、俺は参加できるか微妙だし……」
苦笑する俺の横で、斗箴は何度もスイッチを押して楽しげにベルトを光らせている。
「あかつき、これありがとうな!」
「俺と夜霧からのプレゼントだ」
にっこり笑った斗箴が、ふと目を丸くさせて背筋を正した。「兄様!」廊下の角を曲がって現れた夜霧が俺達の方に近付いて来る。夜霧も黒いスーツを着ていた。見慣れないスーツ姿に頬が赤くなるのを感じ、つい視線を逸らしてしまう。
「二人して休憩中か」
「兄様、かっこいい……」
「斗箴もな」
俺と同じように赤面している斗箴を抱き上げた夜霧が、俺を見下ろして柔らかく笑った。
「俺、夜霧は主役だから着物を着るんだと思ってたよ」
「明日は、な。今日は参拝と挨拶だけだからこれで充分だ」
斗箴を中央に挟んで縁側に座っていると、そこを通る全ての人達が目を細めて俺達を見ているのに気付いた。嵐雪なんて慌てて来た道を引き返し、明日のために雇ったカメラマンを引っ張って再び走って来たほどだ。
「撮りますよ。……夜霧様、少しは笑って頂けませんか。それから次は俺とツーショット撮りますからそのおつもりで。あっ、夕凪と春雷も呼んで来ます」
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そう言って夜霧が笑った瞬間、シャッターが切られた。
許されるならいつまでもこんな時間が続けばいい。俺は小さく願いながら、カメラに向かって笑った。
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