天獄パラドクス~夢魔と不良とギリギリライフ

狗嵜ネムリ

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#5 エロス&インテリジェンス

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 偶然このゲームを見つけてしまった俺は、まんまと悪魔の罠にハマったということだ。道理で攻略サイトが存在しないと思った。今の時代どんなに無名で不人気なゲームでもそれを話題にしている人が一定数はいるものなのに、このゲーム「シャックス・イン・ダークネス」はどの掲示板を見ても何一つ情報が出てこないのだ。

 もしかしたら波長の合ってしまった人間しか出会えないゲームなのかもしれない。

「超レアゲームじゃん」
「炎樽、呑気すぎ!」
「ご、ごめん。そうだよな、こんなの人として許せないし……」
「取り敢えず俺はサバラと呪い解除の方法を探すから、炎樽はサバラが昨日言ってた夢魔のグッズを受け取った方がいいぞ」
「学校まで行けるかなぁ……視界ぼけぼけなんだけど」
「俺がナビする!」


 視界はすこぶるぼやけていたけれど、案外毎日通っている学校への道のりを体は覚えているものだ。頭に乗ったマカロのナビのお陰もあって、ホームルーム前に何とか保健室へ辿り着くことができた。

「サバラ!」
「お、炎樽くんおはよう。昨日注文した物が届いてるよ、どうぞ」
 サバラっぽい人の形をしたモヤモヤが、俺の方へと近付いてくる。顔に手が触れる感覚があって、突然のことに俺は強く目を閉じた。

「目を開けてごらん」
「ん、……」

 眼鏡がかけられたというのは何となく分かる。だけどたった二日でここまで視力が落ちてしまった俺に、今更眼鏡をかけたところで──

「あっ……」

 いや、これもまた夢魔の謎アイテムなのだ。悪魔のゲームに対抗する夢魔の眼鏡。目を開けたその瞬間、俺の視界にはっきりとした色と物質が蘇った。

「す、すごい! 元の視力よりずっとくっきり見える!」
「なかなか似合ってるよ、炎樽くん。鏡で見てごらん」
 言われて壁の鏡を覗くと、そこには赤い縁の洒落た眼鏡をかけている俺がいた。

「炎樽、カッコいい! 頭良くなったみたいだぞ」
「へへ……何かちょっと慣れなくて恥ずかしいけど、とにかく良かった。サバラ先生、ありがとう!」
「こういう時だけ『先生』を付ける君は分かりやすくて可愛いね」

 俺は意気揚々と保健室を出て、自分の教室へ向かった。マカロはサバラと一緒に呪いの解き方を調べてくれるとのことで、昼休みまでしばしのお別れとなる。仮にだけど俺の視力も戻ったし、マカロの居場所も出来たし、なかなか最高な日だ。




「おっ、炎樽。眼鏡じゃん、似合わねえ!」
 教室に入るなり早速、幸之助が俺をからかってきた。
「急にどうした? 視力良い方だっただろ。伊達眼鏡か?」
「それがさ、最近ゲームやってばかりだったからか、ちょっと視力が落ちてきて。この際だから試しに眼鏡作ってもらったんだ」
「へえ。でも雰囲気ガラッと変わるな。俺にもちょっとかけさせろよ」
「だ、駄目! 幸之助には似合わないよ、絶対!」

 酷でぇな、と幸之助がむくれた。貸してやりたいけど、曲がりなりにも夢魔の道具なのだ。俺以外の人間が試したらどんな効果や副作用が出るか分からないのに、軽率に渡す訳にはいかない。

「まぁいいけどさ。でも変装用としても使えそうだな。それかけてれば三年の奴らも炎樽のこと気付かないんじゃねえの?」
「うーん。あいつらは視覚だけじゃなく、嗅覚で追ってくるから……」
「嗅覚?」
「いやいや、こっちの話」


 昨日とは打って変わって視界が開け、すらすらと黒板の文字をノートに写すことができる。
 余裕が出てきて前の方の生徒の手元に目を向けると、授業を無視して読んでいる漫画の内容すらはっきりと見えた。

 すごい。一番前の席に座っている奴が開いた教科書が何ページなのかまで見える。スマホを弄っている奴が何のゲームをしてるのかも分かるし、教師が黒板にチョークを滑らせた時に飛ぶ粉も見える。

 ──さすが、夢魔印の赤縁眼鏡。

 視力が強力になったというだけで、こんなに世界が違って見えるなんて。退屈な数学も別の意味で何だか楽しくて、俺にしては珍しく一、二、三時限目と一睡もすることなく真面目にノートを取ることができた。

 だけどやっぱり本来の勉強嫌いな性格が災いしてか、四時限目が始まった頃には既にもうこの視力に慣れてしまい、何か面白いものはないかと黒板よりも周りに意識を向けていた。

「………」
 頬杖をついたその時。

「ん、……?」
 指先に眼鏡のテンプルが触れ、そこに何か小さな凹凸があるのに気付いた。始めはストーンか何かがデザインとして付いているのかと思ったが、違うらしい。かなり小さいが押せるようになっていて、ポチリと人差し指でそれを押してみる。

「……んんっ?」
「……このように、角膜上皮というものは涙に覆われており──」
 理科の講師の声が響く教室。

 真面目な生徒もいれば不真面目な生徒もいる中で、俺の視界に映る人達の着ている服が突然溶け始めた。

「え、……えぇ……?」
 教室中の生徒の学ランが消え、中のシャツが解け、ズボンがじわじわと消えて行き、下着が透けて行く。
「うわっ、わあぁっ?」
「比良坂! うるさいぞ、真面目にやれ!」
「せ、せんせ……」
 教壇前から俺を睨む講師のスーツもいつの間にか消え去り、素っ裸のおじさんが仁王立ちしている姿となる。
「んぐっ、……」
 危うくこみ上げてきたものを吐き出しそうになってしまい、俺は机に顔を伏せた。

「大丈夫か、炎樽?」
「幸之助……って、うわあぁっ」
 隣の席の幸之助も全裸だ。全裸で不安そうに俺を見ている。

 何だ何だと俺に視線が集まる。全員漏れなく全裸で、ただ一人服を着ている俺に注目している──。

 全裸の理由がこの眼鏡にあると気付いた俺は、慌てて顔からそれを外して机に置いた。みるみるうちに視界がぼやけてきたが、眼鏡を外した途端に学ランの色が戻ってきたということは……やはり原因はこいつだ。

 ──サバラの奴!
 とんでもない物を寄越してきやがった。「天和の要望も賄える」って言っていたのは、こういうことか。
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