天獄パラドクス~夢魔と不良とギリギリライフ

狗嵜ネムリ

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#6 夢魔たちの休日

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 尻を叩かれ、半ば追い出される形で人間の住む世界に来てみたけれど、初めての人間界はなかなか住みやすくて思ったよりもずっと楽しい世界だった。

 早々に契約者も決まったし……これがまた極上の匂いを持つ若者で、寝ていてもつい、そいつの股間に顔を埋めたくなってしまう。


 俺達夢魔は夢を操る能力がある。人の夢に入ったり、逆に自分の夢に人を引きずり込んだり、夢の中では相手の合意さえあれば何だって出来るのだ。

 その目的は「良質な種」を集めること。奪った種を別の体に宿らせ、同種の子を生ませること。──聞かれたらそう言えと親父に言われたから、俺の契約者にはそう説明してある。

 もちろん、そういう時代もあった。俺が生まれるよりずっとずっと昔の話だ。当時は「インキュバスは集めた種を人間の女に注いで悪魔の子を孕ませる」と言われていたけれど、実のところ、今の俺達はそんなことには種を使わない。大昔の言い伝えによりフリーセックスで孕んだ子を散々夢魔のせいにされた時代もあったらしいが、とんだ迷惑なのである。


 良質な人間の種は、俺達の世界では大事な商売道具になる。

 俺達の住む世界には人間界で言う風俗店みたいなものがあって、そこで働く夢魔(遊魔とも呼ばれる)は客から集めた種を色々な薬に調合して使うのだ。

 多くの場合は若返りの薬、それから魔力を消耗した際の回復薬、治癒薬、気付け薬、安定剤、などなど。大抵の悪魔はあらゆる力を男の精から得ることができる。種は俺達にとって無くてはならない、生きる上での燃料なのだ。

 獄界──それが俺達の住む世界の名前。もちろん夢魔以外にも色々な悪魔が住んでいる。力の強い悪魔は自分の種を提供する形になると知っていて、夢魔の店で遊ぶのだとか。

 ネオン輝く夢魔街には毎夜それぞれの店の前にイチオシの若いインキュバスが立ち、道行く悪魔達を呼び込んで誘うのだ。立派な商売となっている。

 中でも人間の種は貴重とされていた。希少であること。悪魔のそれと比べて強過ぎず、色々な薬と組み合わせることができること。単純に「美味い」こと。それらの理由から高値で取引されているが、だからといって誰も彼もが自由に人間界へ出稼ぎに来られる訳ではない。

 人間界へ行くには俺の親父でもある夢魔の王が発行している通行証が必要で、悪魔と言えど秩序は守られている。大昔のように、やりたい放題はできないのだ。




「……呆れた。何で後から来た俺の方が種集め捗ってんだよ?」

 土曜日の昼過ぎ。俺の契約者である炎樽が通う学校近くにアパートを借りたサバラが、心底見下したような目で俺を見て言った。今日は人間達にとって安息日前の休日。学校は行かなくていいらしく、炎樽は朝から天和に連れ出され買い物に出かけている。

「サバラが集めてるのは商売用の種だろ。俺は自然な形で生まれた種を狙ってるんだよ」
「種は種だ。俺達の仕事は質より量を求められてるんだぞ」

 昔からいけ好かなかった幼馴染のサバラは俺と違って頭が良く、こちらの世界では先生と呼ばれる仕事に就いている。もちろん仮の姿だが、その方が何かと動きやすいと計算して予め決めていたのだそうだ。

 サバラは人間として大した仕事もしていない癖に、何故か学校から金をもらっている。その金で風俗へ出向き着々と種を集めている。悔しいが見た目が良いせいで、料金以上の種をもらえる時もあるらしい。それどころか店に行かず金も払わずに済む時もあるのだとか。

「要領よくやらないから、お前は落ちこぼれなんだ」
「……だって、夢魔が風俗通いなんて笑い話じゃねえか」
「買い付け先、と考えればいい。能力を使わずして簡単に種が得られるに越したことはないだろ」

 確かにサバラの言う通り、種は種だ。もちろん質が良い方が高く売れるしその分希少な薬も作れるが、一つの良質な種よりも、百の平均的な種を持ち帰った方が断然喜ばれるし、優秀と言われて褒めてもらえる。

「人間の夢に侵入してセックスするなんてやり方は古いぜ、マカロ。面倒だし魔力も消耗するし。だったら定期的に会いに行って確実に種をもらえる方法のが楽だし効率的だろう」
「分かってるけど……」

 俺と契約をした炎樽は、夢魔ならその匂いを嗅げば一発で分かるほどの良質な種を持っている。俺は初め、彼の傍にいれば働かずとも極上の種を毎日入れ食い状態にできると思っていた。

 だけど現代の人間にしては、そして思春期という特殊な成長過程の中にいる男にしては、炎樽は全くセックスをしないのだ。それどころかあれだけ男を惹き付けているにもかかわらず、まだ一度も男の精を受け入れたことがないのだという。

「確かに炎樽くんが良質な種を持っているのは俺も認めるが、それが取れないんじゃ意味がないだろ。そんなに彼の種が欲しいなら、さっさとあの天和とかいうクソッタレ腕力馬鹿をけしかけて襲わせるんだな」
「……そんなことしたら、炎樽に怒られるし嫌われる……」
「はぁ……心底呆れるよ、お前には」

 人間は欲に塗れたどうしようもなく下等な存在だと聞いていたが、俺が知る人間──炎樽と天和は、そこまで言うほど嫌な奴じゃない。おにぎりも食わせてくれるし、俺を頼ってくれるし、優しい心も持っている。

 子供の姿になった俺を抱きしめてくれる炎樽はあったかいし、天和が炎樽を守りたいという気持ちには胸を揺さぶられる。人間だって、どうしようもない奴ばかりじゃない。
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