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#6 夢魔たちの休日

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「──あぁっ! マカロさん、す、すごい……!」
 雪那がみるみる俺の口の中で硬くなっていく。先端を吸えば甘い蜜がとろりと溢れて、舌の上に何とも言えない刺激が走る。久々に味覚で感じる精は美味かった。合意をもらったということは、腹いっぱいになるまで吸い尽くしても構わないということだ。

「ふあ、ぁっ……マカロ、さん……、吸い付き、すごいっ……」

 テーブルに両手のひらをつき、完全に上を向いた雪那のそれを更に吸い上げる。まるで雪那の肉棒をストロー代わりにして体液を吸っているみたいだ。ちらりと盗み見れば、雪那の目はぐるぐるのハートマークになっていた。笑う形に開いた口からは涎も垂れている。夢魔の口淫を受けるのは初めてだろうから仕方ないとはいえ、もう少し彼には余裕を持ったままの美人さんでいて欲しかったなと思う。

「あぁんっ──マカロ様、イッちゃうぅ!」
 ひと際強く吸い上げると、腰を痙攣させた雪那がそのまま俺の口の中に種をぶちまけた。ゆっくりと味わうように、少しずつ飲み込んで行く。まだまだ溢れてくる熱くて濃厚な種。最後の一滴まで絞るように啜っていると、雪那の背後からサバラが俺を見ていて目が合った。

 ──楽しんでいるようで何より。さっさと童貞捨てろ。
 サバラの顔は、俺にそう言っていた。

「ふ、あぁ……気持ちよか、った……」
「ご馳走様、雪那」
 確かに種は美味かったし久々にコッチの腹も満たされたけれど、これじゃあやっぱり自分で飲んでるだけで、種を手に入れたことにはならない。どうにかしてセックスに持って行き、飲まずに済むような形で保存しなければ。

 俺達が欲しい種は、セックスによって吐き出される種だ。口淫や手淫で射精させても、その時の自分は満たされるが商品としての価値はない。「馬鹿野郎、出るモンは同じだろうがぃ」と若者に自慰をさせてその種を格安で売る闇の仲介屋もあったけれど、不思議なことにやっぱりその種で作られた薬は効果が弱く、結局商売は続かずに店じまいをしていた。

「ねえ、マカロさん。別室でもっと楽しもうよ」
「え……」
「フェラだけでそのテクニックなら、セックスはもっと凄いんでしょ?」
「あ、う……」
 またとないチャンスなのに、俺は動揺していた。

「マカロさんてば」

 頭の中にあったのは、炎樽を抱きしめる天和の姿だ。

 大好きで大好きで、他の全てを捨ててでも炎樽だけを愛すと誓った天和。出会った頃は知らない精の匂いをぷんぷんさせていたのに、最近はこれっぽっちも匂わない。炎樽の気持ちが自分に向くまで、本能を殺して性欲を堪えている天和。彼は俺の目から見てもカッコいい男だった。

「マカロさん、早く。待ちきれない……」
 天和みたいに強い男になるためには、ここで欲に流されたら駄目だ。仕事だって分かっていても、本能ではセックスしたくて堪らなくても、俺は……
「お、おれは! ……おれはだめ!」
「えっ? マ、マカロさんっ?」
「馬鹿野郎、マカロッ……!」
 動揺し過ぎてどうしたら良いのか分からなくて、パニックに陥った俺は瞬時にして子供の姿に退化してしまった。

「う、うあ……」
 音楽だけを置き去りに、フロア内が静まり返る。
「うわあぁ──んっ!」

 その空気に耐えられなくて、俺は泣きながらその場を逃げ出した。


 *


「うわああぁ、ほた、ほたるううぅぅ!」
「わ、どうしたんだよマカ!」
 涙と鼻水をまき散らしながら飛んで帰ってきた俺は、炎樽の胸に顔を埋めて更に泣きじゃくった。サバラに借りたスーツはあの場で全部脱げてしまって、今の俺は裸だ。

「不細工なツラだな。追剥ぎにでも遭ったのかよ?」
「たっ、た、たかともおぉぉ!」
 お茶でもしようと思っていたのか、ダイニングテーブルにはお菓子や二人分のジュースが乗っていた。

「はいはい、落ち着け」
 お母さんみたいに優しく、炎樽が抱きしめた俺の背中をぽんぽんと撫でる。俺はしゃくり上げながら炎樽を見上げ、「戻って来れた」という安心感にホッとしてまた泣いてしまった。

 そんな俺の翼を引っ張って、天和が眉根を寄せる。

「おい、チビ。いい加減離れろよ」
「まあまあ、いいじゃん別に。子供に冷たい奴は嫌われるぞ」
「コイツは子供じゃねえだろ、元々は」
「……で、マカ。何があった? サバラとまた喧嘩したのか?」

 俺は無言で首を横に振り、炎樽の胸に顔を埋めた。

「怖くないから言ってみろって。意地悪されたんなら俺がちゃんと言ってやるしさ」
「……あ、あのなほたる。おれ、サバラに言われて、カッコいい服着て……」


 これまでの経緯を説明すると、天和がテーブルに拳を叩きつけて激昂した。

「やっぱりガキじゃねえだろうが! こちとら禁欲生活記録更新中だってのに、てめぇは真っ昼間から風俗ってどういうことだコラァ!」
「ひいぃっ……!」
「いきなり怒るなってば、天和。そんな自分の事情言ったって仕方ねえだろ。それにマカは性欲云々じゃなくて、夢魔としてそういうのも必要だろうし……」
「据え膳放り出して泣きながら帰って来たんだろうがよ。情けねえ男だな」

 天和の言葉がグサグサと突き刺さる。

「そんなことないって、むしろ俺はちょっと安心してるし。意外にマカが純粋だったって知れて嬉しいしさ」

 炎樽の言葉がふわふわと俺を撫でる。

「純粋じゃねえ、ビビリなだけだ」
「そりゃ天和は、据え膳は残さず全部食う主義なんだろうけど」
「今は食ってねえ! ていうか食わねえ!」
「け、けんかしないで!」

 鼻水を啜りながら訴えると、「取り敢えず」と炎樽がテーブルの上にあったイチゴミルクのストローを俺に咥えさせてくれた。
「マカが無事に戻って来れて良かった。サバラも意地悪でやったことじゃないみたいだし、いい勉強にはなっただろ」
「うん……」
「ていうか、思ったんだけどよ……」
 天和が俺のほっぺたを指で押して、言った。

「お前、タチよりネコの方が性に合ってんじゃねえの」
「……へ?」
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