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162話 再出発
しおりを挟む一気に静まりかえる。
真剣な眼差しをしているのは芽依だけで、言われたニアはキョトンとしているし、後ろでは額に手を当てて上を向くシュミットがいる。
シャルドネは部屋……? と首を傾げているし、オルフェーヴルは、「おや?」と声を出していた。
「…………メイ」
「はい!」
「最近家具を探していたのはこの為か」
「…………な、なんの事でしょう」
「目が泳いでる」
ふいっ……と顔を背けた芽依にシュミットのため息がもれる。
だが、その次の瞬間、冷たい眼差しが芽依を貫いた。
「俺は、家族以外を受け入れる気はないぞ」
「ぐっ……最初の時のような鋭い瞳! 素敵なシュミットさんが誘惑してくる」
「おい」
胸を抑えてよろめく芽依に、呆れる声。
だが、穏やかに笑った芽依をシュミットはジッと見る。
まるで聖母のように、全てを包み込むような優しい笑みで。
「大丈夫です。愛してるのは家族だけ、欲しいのは家族だけですよ。シュミットさん、私の可愛い、忙しい天使の休憩所を作って囲い込みたいだけです」
「囲い込むな」
「そのうちお母さんとシャルドネさんの囲い込みスペースも作りたいです」
「やめろ」
言ってることが酷い。
苦労性だが芽依に手をあげないシュミットは、ただただこのやるせなさに頭を抱えるだけ。
ここに巨大な蟻がいたら、慈悲もなくお叱りと共に踏み潰され、芽依はエヘエヘと笑うだろう。困ったことに、それを嫌がらない芽依は笑み崩れるのだ。
「…………僕はいいよ、心配だし。それに、頻繁には来れないから気にしなくてもいいと思う」
天使たちの饗宴が待ち構える将来が見え始め、芽依の意気込みが更に溢れる。
ニアを抱きしめてジッとシュミットを見ると、はぁ……と諦めが滲むため息が盛れた。
「……わかった」
その一言に喜び飛び上がらん勢いで抱きついた芽依を抱き上げ、ギュッと抱き締め返したシュミット。
シュミットの耳に唇をそっと落とした芽依は囁いた。
「今すぐ押し倒したいです」
「やめろ」
赤らめた耳を隠すように髪を払ったシュミットは、シャルドネにポイッと芽依を渡し、背中を向けた。
「…………仕事に戻る。くれぐれも気をつけろよ」
「はぁい」
うふふ……と笑った芽依は、抱きついているシャルドネを見上げて更に笑う。
「勝ち取りました」
「ふふ、先程の家具を聞いていたのもそれでしたか」
「はい」
「私の部屋も作ってくれるのですか?」
「全力で!」
「ふふ……楽しみにしていますね」
ほんわかと話している芽依たちに、完全に無視されているデュナリスと、シュミットが消えて絶望したような顔をしているマリビア。
デュナリスは眉をしかめて言い返したいところだが、この場にいる芽依を懇意に思う人外者からの精神圧が強く震え始めてきていた。
オルフェーヴルが斬ると言ったのは冗談ではない。
芽依を不快にさせる言葉を発するのなら、必要ないだろう? とにこやかに言い出しそうなオルフェーヴルは、まだ刀を抜いたままだ。
ぶどうジュースを出してニアに渡した芽依は、更に冷えたお茶を出して、シャルドネとオルフェーヴルに渡した。
少し濃いめのお茶は、実はメフィストが入れていて、これがまた絶品なのだ。
美味しく舌鼓をうつ芽依を、マリビアは見つめていた。
何か言いたそうな眼差しだが、自ら話しかけることないマリビアが口を開くのは、この日の夜の事だった。
____
全員の熱中症の症状が緩和されて、それぞれ体を冷やす魔術に包まれた後、芽依達はまた歩き出した。
デュナリスはまだ熱く滾らせた熱を眼差しにのせて芽依を見ている。
ニアが顔だけ後ろに向けて、丸く可愛い目を眇めた。
この視線は芽依にもさすがに分かっていたのだが、変態相手にあまり反応はするものでは無いと、まるでストーカーを相手にしてるような気分で割り切っている。
「この先は、まだ歩きますよね?」
「そうですね、もう少し歩きますよ」
ニアと手を繋いで歩いている芽依の逆隣にはシャルドネがいて、芽依の質問に答えてくれる。
「この砂の階段面白いですよね。少し埋まるんです」
「椅子や机と同じ原理ですが、それに体力消耗軽減がかかっていますね。靴の半分が埋まる代償に体力が温存されます」
「…………なるほど」
ちらりと足元を見る。
これが分かっていたから足首を覆うブーツだったのだろうか。
だが、休憩所を出たあたりから、まるで呪いのようにサラサラと靴の中に砂が入ってくる。
シャリ……と砂浜を歩くような感覚で、砂の階段に埋まる度に足が砂に埋まる。
なんだこれ……と見ているのは芽依だけでは無いようで、他にも顔を顰めている人は沢山いた。
シャルドネやニアも、休憩所を出たあたりから緊張感がある。
「……まぁ、砂浜歩いてるみたいで私は楽しいけ……ど……」
顔を上げると、複数から信じれないというような顔を向けられ芽依はたじろいだ。
なに、どうしたの……と周りを見ると静まり返った人外者たちや騎士達からの眼差しに畏怖が浮かんでいるのがわかった。
それには、シャルドネやオルフェーヴル、ニアもである。
静まり返る中、サラサラと砂が流れていく音だけが芽依の耳に届いた。
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