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172話 桃樹(トウジュ) 2
随分と悲しい顔をしていた。
全てに諦めているような。 でも、なにかにすがりつきたいような。
そんな表情を、芽依は以前、この世界に来てまだ半年くらいの時に見ている。
そう、今は大切な家族になったフェンネルが、ニアを前にして諦めたように笑ったのだ。
様々な感情を押さえ込んで痛みに耐えながら笑っていた愛おしい人。
勿論この人は大事な家族じゃないし、狂ってもいない。 理性のある妖精なのだ。
ただ、物悲しく酷く儚い。
だらりと落ちた手は力が入っていなくピクリとも動かない。
その諦めたような様子に、眉尻を下げたトウジュに、剣を向けようとするオルフェーヴル。
芽依思わず声を掛けたいた。
「待ってくださいオルフェーヴルさん。なんだか凄く……悲しそうです」
人一人分ほど離れているトウジュの俯きがちな眼差し。伏せられた瞳にかかる長い睫毛の影が一本一本見えるほど繊細な線の細い妖精は、ゆっくりと顔を上げて芽依を見た。
そして、薄く形の整った唇が微かに震えた。
「───お腹が、空いた。食事が、したい」
悲しそうに腹部を撫でて話すその姿は儚さも相まって悲しそうに揺れる。
それに返事をしようとした時、羽を広げて飛んだニアが芽依の背後に浮いて薄ろから口を抑えた。
「お姉さん……返事をしたダメだよ。餌になっちゃうから」
開きかけた唇はニアの手のひらに当たり音を止められてしまった。
それを見たトウジュは傷付いた顔をして、また俯く。
芽依は、言うほど危険な人外者には見えなかった。
どうしてもフェンネルが重なって見えてしまうのだ。
そんなトウジュを見ていた芽依は、ふとその後ろに広がる巨大な桃の木が目に入った。
風に揺れて咲いている美しい桃の木が、先程よりも元気がないように見える。
ふっくらと開いていた花は俯きがちになり、瑞々しい張りが花弁からも無くなっていた。
それを見てから、トウジュを見る。
伏せ目がちにまつ毛を揺らす儚い姿に、芽依はニアの手を避けて笑みを浮かべた。
「あなたがお腹をすいているの?」
その問は不思議なものだった。
この場で空腹を訴えているのはトウジュだというのに、何故か芽依の視線は桃樹に向いていた。
その視線に合わせるように、トウジュも髪を揺らして振り返る。
危ない真似はしない。
だから、芽依はニアと手を繋いだまま桃樹の方に歩いていった。
それを見ていたトウジュが目を見開く。
「お姉さん?」
「たぶん、お腹すいてるのはこの子だよ」
桃樹は果樹だ。
それならば、芽依の管轄でもある。
巨大な桃樹を見上げて、少し痩せ細った幹を撫でた。
それに小さく口を開くのはトウジュ。
だが、言葉が生まれることなく静かに閉じた。
「…………うん。きっと、地面が砂だからとかじゃなくて、元から栄養失調なんだねぇ。これはお腹空くよね。えーと」
箱庭を出して中を確認していく。
そして、そこで出したのはお馴染みの神水。
それを大量にふりかけていくと、みるみるうちに葉は茂り若々しく息を吹き返す。
張りのある桃樹から、より一層甘やかな香りが漂いはじめたのは栄養が行き届いて満足気に風に揺れているからだろう。
「…………信じ、られない……」
呆然と目を見開いているトウジュがポツリと呟いた。
フラフラと芽依に近付いて行くトウジュを止めようとオルフェーヴルやシャルドネが動いたのに、まるで雲を掴むように揺らいで進んで行く。
ニアもまた、芽依を守る壁にすら慣れず、簡単に芽依の前に現れた。
「…………凄い。空腹を感じない」
「あなたがお腹を空かせていたのは、この桃の木が元気ないから?」
「……そう。これが私の本体。でもね、呪いによって常に枯渇されて潤うはずが無かった……。一時だけでも空腹を紛らわせたくて君たちをどうしても喰わなくては……腹がすいて……どうしようもなくて……」
この呪いは、桃を食い散らかした妖精が憎いと沢山の桃園を運営する人達から練り合わさり作らされた呪い。
桃を食べた分だけ空腹を味わうように、常に枯渇している状態を維持し続ける呪いだった。
外に向けた呪いではなく、内に向けられた呪いは、結果として人を襲う妖精になった。
見も知らない桃を食べ尽くした妖精のせいで無理やり生まれ、その瞬間から空腹に悩み続ける悲しい妖精は、空腹を紛らわせる為に食べる行為に心を痛めている。
「……どうして優しい妖精はいつも悲しい気持ちになる運命を辿るんだろうね」
呪いの桃樹は、生まれて初めての満腹を知って幸せそうに揺れ、そして、ちょんちょんとご機嫌に葉が芽依を撫でる。
それに、トウジュが顔を赤らめて俯いた。
同じ気持ちだが、桃樹は感情を素直に表した。
それに人間らしい感性を持つトウジュが恥ずかしさに身悶えている。
「………………え。可愛い」
その静かな言葉にシャルドネがススス……と近付き耳元で囁いた。
「あまり他に心を預けると、皆さんが嫉妬しますよ」
その言葉と共に、握るニアの手に力が入る。
「…………僕は?」
「可愛いがすぎるっ!!」
ギュッ! と抱き締めて頬擦りする芽依に、無表情ながら小さく笑みを浮かべた雰囲気にほのぼのしていると、トウジュがベールから出ている芽依の髪に触れる。
「……ん?」
「…………あ、ごめん」
「───あー、うぅん……んんー」
悩みに悩む芽依は、白く細いまるで女性のような華奢な手を優しく握った。
トウジュは、握られた手を見てから芽依へとゆっくり顔を上げる。
「お腹がすいたら私の庭においでよ。神水ならいくらでもあげるから…………そのまま根を下ろしたら駄目なのかな」
悩みながら凄いことを言い出した芽依に、流石にシャルドネ、オルフェーヴル、ニアからお叱りを受けてしゅんとしたのだった。
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