The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

文字の大きさ
1 / 69
第一章:ローズ街工場地区の事件録

1-1

しおりを挟む

 ──この街で、悪魔祓いは特別じゃない。
 消防車が火事に駆けつけるように、救急車が事故現場へ向かうように、悪魔祓い師もまた、通りを走る。
 世界はそういうふうにできてしまった。

 西暦1895年。産業と科学の光が街を照らす時代。
 だが路地裏の影には、未だ悪魔が息を潜めている。
 彼らは古代から変わらず人間に取り憑き、壊し、そして喰らう。

 悪魔祓いを統括するのは祓霊庁(The Exorcism Bureau)。
 世界各地に支部を持ち、等級制度で悪魔の脅威を管理している。
 等級は最下位から最高位まで、全部で二十五──。
 この数字は、神の御名と悪魔の印が奇妙に重なる、不吉であり聖なる数だとされていた。

 教会の鐘が二十五回鳴る時、空気が変わると人々は囁く。
 真夜中を一時間過ぎた“二十五時”には、時の流れがよろめくと信じられている。

 それは単なる迷信かもしれない。
 だが祓霊庁の祓い師たちは、25の刻を軽んじることは決してしない。



 
──────
 


 
 
 カツカツと靴の音が石畳に響く。
 それに合わせて、カッカッと杖が軽く地面を叩く音が街中に小さく響いていた。
 全体的に歩みはゆったりしていて、足音だけで落ち着いた性格が伝わるだろう。
 革靴が硬い地面に足をつける度に、その音はよく響く感じがする。

 まだ朝早い時間だというのに、やけにじめっとした風を感じる。 その風が短く切り揃えた彼の深い青い髪をサラリと揺らした。

「……間に合いそうですね」

 腕時計にそっと触れながら、少し高めのボーイソプラノが鈴を鳴らすように独り言をこぼす。
 声だけ聞けば女性にも間違えられそうだが、正真正銘の成人男性だ。

 彼の名はセラフィエル・シルヴァリス。
 産業革命の煙突が空を覆い、蒸気自動車が馬車と並ぶこの時代──
 悪魔の存在はもはや迷信ではなく、通りの子どもでも知っている現実だった。
 そして悪魔を祓う祓い師たちは、救急や消防のように街の日常に溶け込んでいる。

 それらを統括するのが、祓霊庁はつれいちょう(The Exorcism Bureau)。
 警察でも宗教でもない、完全独立の悪魔祓い機関で、世界各地に支局を持つ。
 悪魔の脅威は二十五等級に区分され、その数字は「聖と禍」の境界を示す数とされていた。


 
「セラ」

「……ジェイク。おはようございます」

「ああ」

 目が見えないセラフィエルは、足音と気配だけで後ろから近づく人物を察知していた。
 ゆっくりと立ち止まり、声が聞こえる前に体の向きを変える。 その先には、背の高いミディアムヘアの男が口角をわずかに上げた。
 柔らかそうな黒髪が風に含んでふわりと揺れる。 

「随分早いな」

「今日は……25分早く出た方がいい気がしたんです」

「……縁起か?」

「予感です……ジェイク、また歩き煙草をしましたか?」

「………………はぁ」

 ジェイク・アッシュフォードは同じ第七支部に所属する祓い師で、セラフィエルのバディ。
 無表情で優しさという言葉すら知らないような見た目とは裏腹に、盲目の相棒の世話を自然にこなす世話焼きでもある。
 差し出された腕にセラフィエルが手を添えると、白杖は折りたたまれてしまわれた。
 歩調を自然と落としたジェイクに向けて笑みを浮かべると、「なんだ?」と軽い口調で返される。
 当たり前に手を差し伸べるジェイクは、殊の外過保護だった。

 ─────

 他愛ない会話を交わしながら歩くこと十五分。
 やがて二人は職場である支部の門前に立った。

 ネオゴシック様式の古びた石造り、灰色の花崗岩の壁に急勾配の黒いスレート屋根。
 尖塔やアーチ窓のステンドグラスは朝の光を反射し、門扉には「25」と十字架を組み合わせた紋章が輝く。
 セラフィエルには色や形は分からないが、金属の匂いと空気の冷たさでその存在を感じ取っていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 門番の声に、ジェイクがセラフィエルの腕を軽く叩いて知らせる。
 指先で鞄の中をさぐり、IDを取り出す。
 見せると鉄柵が開き、敷地内へ進むように促された為、ジェイクに誘導されて歩き出した。
 
 入り口近くには馬車があり、そのすぐ近くには、まだ珍しい蒸気自動車が停まっていた。
 綺麗に磨かれた蒸気自動車はまだ世間一般では普及していない。
 金持ちか、どこかの巨大な事業で使われているのか。 
 そこまではジェイクも分からないが、 運転手が隣で立ち主人を待っている事からある程度の知名度がある人なのかも

「……誰の車だ?」

 疑問が口に出たジェイクが視線をやる。
 運転手と目が合ったが、小さく会釈が返ってきただけで、もちろん誰か分からない。

「何かありました?」

「いや……なんでもない」

 セラフィエルは問いを深追いせず、再び前を向く。
 その背にジェイクは視線を落とし、ふと昔を思い出した。
 初めてこの青年と会った日、──目が見えないくせに、自分よりもずっと遠くを見ているような不思議な感覚を覚えたのだ。
 祓い師ではないまだ年若い少年とも位置付けられるセラフィエルは当時から随分と目立っていた。

「……セラ。今日は仕事が入りそうだ」

「そうですか。大変じゃないといいですね」

「祓い師らしくねぇことを言うな」

「何事も無事に終わる方がいいじゃないですか」

 セラフィエルの穏やかな声に、ジェイクは小さく苦笑する。
 まだイニシエイト級の若手──だが、その予感と結果は、しばしば等級を超えてくる。
 セラフィエルは、そんな不思議な性質を持った祓い師だった。

 

 カランカランと、入口を通ると鐘の音がなった。
 この音で、セラフィエルは誰かが来たと理解出来て便利なのだが、自分が通る時は音が大きくて毎回びっくりしてしまう。
 それを見てジェイクが鼻で笑うのもいつもの事なのだ。

「おはようございます」

「おはようございます」
 
 入口を通った先は広い玄関ホール。
 木製のカウンターがあり、事務局が担当する受付が制服姿で迎えてくれる。
 笑いながら対応する受付に返事を返してから、二人で2階に上がるためにエレベーターに向かった。

「……もうすぐ来るぞ」

「はい」

 ぼんやりと前を向いているセラフィエルにジェイクが話し掛ける。
 ジェイクが居る時は信頼しているのか、あまり周りに気にかけない。
 ぼんやりしている事もあり、度々ジェイクは声を掛ける。

 曰く、「普段は意識を張り巡らせて、注意しているのですから、ジェイクがいる時くらい良いではないですか」 らしい。
 ジェイクは意外と強かなセラフィエルにため息しか出ないのだ。

 チン……と軽やかな音が響き、エレベーターが着いた。
 トン、とセラフィエルは腕を叩かれる。

「行くぞ」

「はい」

 半歩後ろを着いて歩くセラフィエルは、今日も爽やかな香りが漂うジェイクに笑みを浮かべた。



「ああ、来たか」

 二階にある祓い師が集まる一室に入る。 
 ジェイクに誘導されて自分の机に来たセラフィエルは、荷物を置いて椅子に座り、一息着いた時に声を掛けられた。
 渋い声は年嵩を増していて、かなり年齢が上なのをセラフィエルは音で捕える。

 祓い師としては、そこまで等級は高くないが、事務処理能力や人員選出に長けていて例外でデプュティヘット(副支部長)にまで駆け上がり赴任したライオネス・ブラックウット。

 厳格な雰囲気を醸し出すライオネスは、セラフィエルの前まで来て声を掛けた。

「仕事だ」

「はい」

 トン……と指先が机を叩く音に耳を傾けながら、小さく頷いた。


  
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす

河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。 悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。

妖精です、囲われてます

うあゆ
BL
僕は妖精 森で気ままに暮らしていました。 ふと気づいたら人間に囲まれてました。 でもこの人間のそばはとても心地いいし、森に帰るタイミング見つからないなぁ、なんて思いながらダラダラ暮らしてます。 __________ 妖精の前だけはドロ甘の冷徹公爵×引きこもり妖精 なんやかんやお互い幸せに暮らします。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

お腹いっぱい、召し上がれ

砂ねずみ
BL
 料理研究家でαの藤白蒼は幼なじみで10個下のΩ晃と番になった。そんな二人の間に産まれた照は元気いっぱいな男の子。泣いたり、笑ったり、家族の温かみを感じながら藤白家の日常が穏やかに進んでいく。    そんな愛する妻と愛する息子、大切な家族のお腹いっぱい喜ぶ顔が見たいから。蒼は今日も明日もその先も、キッチンに立って腕を振るう。  さあ、お腹いっぱい、召し上がれ。

(完結)冷徹アルファを揺さぶるオメガの衝動

相沢蒼依
BL
 名門・青陵高校に通う佐伯涼は、誰もが一目置く完璧なアルファ。冷静沈着で成績優秀、規律を重んじる彼は、常に自分を律して生きてきた。だがその裏には厳格な父と家の名に縛られ、感情を抑え込んできた孤独があった。  一方、クラスの問題児と呼ばれる榎本虎太郎は自由奔放で喧嘩っ早く、どこか影を抱えた青年。不良のような外見とは裏腹に、心はまっすぐで仲間思い。彼が強さを求めるのは、かつて“弱さ”ゆえに傷ついた過去がある。  青陵高校1年の秋。冷徹で完璧主義の委員長・佐伯涼(α)は、他校の生徒に絡まれたところを隣のクラスの榎本虎太郎(Ω)に助けられる。だがプライドを傷つけられた佐伯は「余計なことをするな」と突き放し、二人の関係は最悪の出会いから始まった。 《届かぬ調べに、心が響き合い》 https://estar.jp/novels/26414089 https://blove.jp/novel/265056/ https://www.neopage.com/book/32111833029792800 (ネオページが作品の連載がいちばん進んでおります)

処理中です...