The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

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第一章:ローズ街工場地区の事件録

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 先に応接室へと向かったライオネルの足音が遠のく。
 まだ蒸し暑い今日の依頼は、朝の不思議な感覚と何か関係があるのだろうか……と少し悩んだ。
 25分。それが頭に残っていたセラフィエルは、別段嫌な感じはしないと首を傾げた。

 すると、すぐに足音が近づいてきて空気が揺れた。
 呼ばれたのを隣の机で聞いていたジェイクは、すぐに立ち上がり、セラフィエルの肩を叩いた。
 それは、「行くぞ」という合図。

「はい、すぐに行きます」

 慣れた手つきで宙に片手を伸ばし、ジェイクがいるであろう場所を探すと、セラフィエルの手はすぐに握られる。
 固く骨ばっているが、細く長い指先をしたその持ち主を見上げた。

「準備はいいのか?」

「はい」

 ジェイクにサポートされて、二部屋隣の依頼人がいる応接室へと向かう。
 事務所を出て、空調の効いた廊下を歩く二人。そこから生まれる音は、二つの足音だけ。

「……おい、白杖はどうした」

「あ……鞄に忘れました」

「お前ね……」

 呆れたような顔をするジェイクは仕方なく言った。

「離すんじゃないぞ」

「はい、ありがとうございます」

 正反対な見た目のふたりなのだが、その様子は自然だ。特にジェイクが常にセラフィエルを気遣う姿は、密かに「私もしてほしい」と女性社員に人気があるのだった。

 ノックをすると、入室許可が聞こえた。
 くぐもったライオネスの微かな声を聞き取ったセラフィエルは、ピクリと反応してジェイクの服を引く。すると、ジェイクはすぐに扉を開き、セラフィエルを支えながら入室した。

「依頼人はふたり、男女だ」と小さな声がセラフィエルの耳に入る。それに、「はい」と返事をした。
 視覚的な情報は、どうしても頼らざるを得ない。

「失礼します」

 ゆっくりと歩くセラフィエルに合わせて、ジェイクのスピードもかなり遅い。ジェイクの手がセラフィエルの手を掴み、椅子の背もたれを触らせた。それを手のひらで確認してから、ゆっくりと座る。

 その様子を見ていた依頼人のふたりは目を丸くしてセラフィエルを見ていた。目が見えない……? とわかりやすく物語っているが、どの依頼人もその反応をするため、セラフィエルもジェイクも、既に反応すらしなくなっていた。

 セラフィエルが座ったのを確認してから、隣にどさりと座るジェイク。その逆隣には、依頼人とは違う人物がふたり座っていた。

「……あ、あの」

 女性の困惑した声が部屋に響く。その声の方に穏やかに微笑むセラフィエルが顔を向けた。大体の位置は、音でわかる。

 動揺、不安、疑心暗鬼……そういった感情をセラフィエルは見なくても感じ取り、少しだけ眉尻を下げる。ほんの少しだけ、ジェイクだけがわかる程度に。

「…………そこの人、目が見えないんじゃないのか?」

「…………彼は目が見えません。だが、祓い師としては、何の問題もないですよ」

 有無を言わせぬライオネスの雰囲気に、男はたじろいだ。何を言っても無意味な様子で、だが遺憾だと不満げに顔を歪めた。

「………………そう、ですか」

 渋々返事をする声が聞こえた。笑みは崩さない。いつものこと。だが、仕方ないと思ってもじんわりと胸が重くなるような気持ちに変わりはなくて。ジェイクがその小さな変化を感じ取り、くしゃりとサラサラの髪を撫でた。

「わっ……ジェイク? どうしましたか」

「なんでもない」

 何度も触れた指先だからこそ、確認しなくてもわかる存在感。それにホッとしながら、セラフィエルは前を向いた。

「今回は、職場になにやら異変があるようだ。代表して依頼人のジェシカさんが来られた」

 示されたジェシカは、肩まである赤茶髪の女性で、不安そうにしている。同僚であろう男性は、相変わらず眉を寄せていた。

「あ、あの。責任者は多忙のために私が代理で来ました。秘書のジェシカです。よろしくお願いします。こちらは───同じく秘書のジョージです」

 おずおずと頭を下げたジェシカ。空気の揺れでそれを理解し、セラフィエルは穏やかに笑って頭を下げた。

「まず、詳しい話をしよう」

 ライオネスが話し出し、書類を配る。セラフィエルには点字で書かれた書類を渡され、膝に置き、指でそれを読む。当たり前に行ってきた行為だから、そのスピードは早く、ジェシカとジョージはただ驚いて見ていた。

 指先が紙を撫でる。だが、ぴたりと急に止まった。

「…………場所が工業地帯……廃蒸気工場なのですね」

「あ、あぁ」

 男性が頷く。指先が止まって、気になる場所はそこなのか……と思っていると全員の視線もまた、険しかった。

「…………なにか、あるんですか?」

「いや、申し訳ない。広い敷地で発生した悪魔は暴れやすく、周りを破壊しやすい。だから、周囲を守りながらだと少々手間がかかるだけだ」

 ライオネスが片手を上げながら答える。

「…………まぁ、場所を限定して結界を張れば問題は無いだろう」

 簡単に言うジェイクに、別の祓い師は苦笑した。

「では、まずは紹介する。今回現場に赴くのはこの四人チーム。ジェイク・アッシュフォードに、セラフィエル・シルヴァリス。そして、ニール・マクレガンに、ヴィクター・ケイシオス。今回ニールがリーダーとして務めますので、よろしくお願いします」

「よろしくっす!!」

 ニールと呼ばれた男性が、ガタンと椅子を足で押しながら立ち、頭を下げた。やる気が漲ってメラメラしている──この中で一番年若い少年に、依頼人たちは再び不安を感じた。それに、ヴィクターは頭を抱えたい気持ちを何とか堪えて、そっと息を吐き出す。

 セラフィエルとジェイクのように、このふたりもバディなのだ。事件内容や規模によって、合同で動くのは珍しくない。今回は広い工場地帯だということで、二組のバディが選出された。

 ニールがメラメラと燃えているのを横目に、ジェイクが資料を読み込む。場所は先程言っていた工場地帯。そこに働く人たちは、悪魔からの干渉に日々怯えているようだ。

 概要欄を見る。

 かつて蒸気機関車用の部品を製造していた大工場が、突然「黒煙が消えない」異常事態に陥っている。現在は不具合のため使われていないのだが、煙突からは半透明の煤が絶え間なく噴き出し、周囲に囁き声のような音が響いている。付近の住民や見回りの警備員は次々と失踪しており、内部からは「足音だけが追ってくる」現象が報告された。

「……付近の住民や警備員だけ、か?」

「はい……作業員の失踪は聞いていません」

 ジェイクの声に耳を傾けながら、セラフィエルは小さく頷いた。

 その他にも、工場内の温度が一気に上がったり、工場地帯全体が黒い煙に覆われたりと、不可思議な現象が強く現れている。

 複数の異常現象。悪魔が出現する現象に酷似していて、一つ一つの内容をしっかり把握しながらセラフィエルは指先を動かした。
 
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