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第一章:ローズ街工場地区の事件録
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しおりを挟むヴィクターは悪魔から目を離さずに動き、力無く倒れるニールの腕を掴んだ。
ゆっくりと顔を上げたニールは、真剣なヴィクターの横顔を見る。
「…………ニール。ここで挫けるな。まだ、お前は先に進める。今ここにはお前と同じ立場のセラフィエルがいるんだ。交渉や攻撃、スタイルは違うが、吸収するべきものは沢山ある。しっかり見て、技術を盗め」
「………………は、いっす!」
腕で目元を強く擦り、流れる涙を拭ったニールは、聖水を持っているセラフィエルを見た。
バシャ……と床に聖水を広げる。
それは境界。 悪魔が接触を試みる距離を明確に遮るために、セラフィエルは先に聖水を撒いた。
バディは攻撃と防御に分かれる。
そして、悪魔祓いを行う儀式のうえで、内部の役割は二人で決める。 交渉はセラフィエルの役割となっていて、それをジェイクが支えるのだ。
どの祓い師も交渉が出来るようになるが、大体は固定となる。
「天にまします我らの神よ、我に力を授け給え」
小さく紡がれた言葉に寄ってセラフィエル自身の力が向上。 そして、交渉にはいった。
「全能にして唯一なる御名のもとに命ず。
闇に隠れし者よ、その姿を欺くことなく、ここに現れよ。
我は神の御前にて問う。
汝の名を告げよ。
汝の来たる理由を述べよ。
汝がここに縛られし因果を語れ。
我はただの人にあらず。神の代理人として、今ここに汝を裁く」
緩く両手を握って頭を下げる。 祈りは天に届き、その力はセラフィエルに宿る。
静かに、だが厳かに。
セラフィエルの言葉が響いて空気が張り詰めた。
《………………………………》
静まり返る。先程は声を出していた煤も、今はまるで口が無いかのように黙っている。
交渉に進んだことで、悪魔が警戒して様子を見ている。
じり……と距離を開けた。
「………………はじめまして。あなたは今、この聖域から出られる状態ではありません。それは、わかりますか?」
穏やかな声が響く。 懺悔室で悔い改める信徒に優しく語りかけるような、柔らかく甘い声。
頑なに閉じている心を真綿で包むような、包容力ある声。 だが、それにも身動ぎしない。
「……どうか、対話を望みます。貴方はどの位にいる悪魔ですか?」
《………………だせ》
「貴方のお名前は?」
《うぅ……るぅ……さい》
「この場を選んだ理由は何でしょうか」
《だぇ……か……ぁ……い、うかぁ》
途切れ途切れの話し方。 煤の悪魔の声色は分かりやすく苛立ちを伝えてくる。
「すでに25人の失踪者が出ていると聞きました」
《フ……ン》
「……25人、25……の割には、貴方は姿を現しませんね?」
《………………………………》
25は、ただの数字じゃない。
様々な偶然が重なり、様々な現象を起こす25という数字。
工場内をぐるりと見る。
黒い煙を吐き出すこの工場は、今も静まり返っている。 工場は変わりは無い。 ただ悪魔の影響でギシギシと結界が軋む。
「…………広い工場地帯。マシューさん。この場所は、入口から数えて25箇所目の工場ですね」
「あ、あぁ」
「この場所にたどり着くまで、連絡通路を通りましたが、25箇所、曲がりました」
「…………は」
《……………………》
「連絡通路も、25の鉄の道を繋ぎ、鍵束に並ぶ25個目の鍵がこの地の扉を……開けませんでしたか?」
無言でマシューが鍵束を出し、数を数える。
そんな意識したことが無かった……と震える指先でゆっくりと数えると、25個目で手が止まった。
「……に……25個、目……だ」
「そうですよね。鍵を探す時の擦れる音が25回、ありました。これだけ25に溢れた場所は、悪魔が選びやすく力を蓄えやすい場になります。 ですが…………それにしては実体化も出来ない……随分と位の低い悪魔ですね」
顎に手を当て微笑み、首を傾げるセラフィエルに悪魔は怒りを顕にした。
《ガアァァァァアア…………!!》
室内の熱が一気に上がり、気温をあげる。
ジェイクは小さくため息を零して、また新しい煙草を用意した。
薄く開いた唇に特製祈祷煙草を挟む。
カチン……と祓魔リボルバーが音を鳴らして煙草に火をつけると、ちょうど煤の形をした悪魔は不格好にも走り出し、セラフィエルへ一直線に向かって来ていた。
聖水によって隔たれた境界線に触れる前に、ジェイクが投げ飛ばした煙草が跳ねる。
ただの火ではない、青白くゆらめく光の壁が瞬時に立ち上がり、煤は慌てて動きを止めた。
「…………ジェイク、大丈夫ですよ?」
「お前は毎回毎回、見た目に似合わねぇ挑発をするな」
「見た目は関係ありません。……あぁでも、分かりやすい挑発に、こうも乗ってくれるなんて……助かりますね」
「………………はぁ」
やれやれ……と首を振るジェイクと、大丈夫なのにと笑うセラフィエル。
そんな二人をニールは目を丸くして見ているし、ヴィクターは相変わらずだな……と苦笑した。
「………………これで、ハッキリしました。拐ってはいるけれど25人死亡にまでは至っていませんね。そして、貴方は……憑依型のインプです」
「……インプ、なんすか?」
ニールの驚いた顔がセラフィエルを見る。
にこやかに笑うセラフィエルは、煤へと顔を向けたまま頷いた。
「そうですね 、これだけの場が整っていながら実体化も出来ていません。まだランクも上がっていないのでしょう」
《あと一人だぁぁぁ! あと一人で25になるぅぅ……もう、もう!! 俺ぁぁ……レッサーデーモンになるんだぁぁぁぁ》
「………………なるほど? 目的はランク上昇の為の生贄として、25人の人の魂と…………ついでに広範囲の汚染、でしょうか。広い工場地帯を汚染するなら巣を作り、レッサーデーモンになった後に周囲をさらに汚染して…………また、位を上げるとでも思っているのかもしれませんね」
フワッと笑うセラフィエルを敵と認識したのか、煤は火の壁をどうにか渡りたいと叫び声を上げ、近付いては下がるを繰り返している。
上がる叫びは何を言っているかわからず、耳に響くしゃがれた奇声。
それを見るセラフィエルは首を傾げた。
「………………まだ、ですね」
カタカタと体が震えるのはニール。
まだ見習いと呼ばれる等級にいるとはいえ、たった一つ上の等級のセラフィエルが行う交渉は、次元が違うと理解して首を振る。
「…………な、なんで……鍵の順番なんか……通路の数や……曲がった回数なんか……覚えてる訳ないっすよ……」
「目が見えないからこそ、常日頃セラは周りの状況を把握して記憶していると言っていたぞ。そうしないと、日常生活ですら困難になるって。それが、当然の事と刷り込まれているんだ。歩幅を揃え、歩数を数え、どこで曲がったらどこに着く……みたいに覚えてると」
「…………………………もう、そんなの技術以前の問題じゃないっすかぁぁぁ」
「まぁ、それはな……」
まるで煽るように交渉するセラフィエルと、すぐ側に立つ呆れた顔をするジェイクを見る。
顔を引き攣らせながらニールが「……無理無理」と言うと、ヴィクターは苦笑したのだった。
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