The 25th Hour -祓霊庁第七支部事件録-

くみたろう

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第二章:セントクレア郊外・少女憑依事件録

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 小さな体から信じられないような声が響いている。
 グルグルと犬が唸るような、低い男性の声のような、なんともゾワゾワする声がするのだ。
 体を揺らして椅子をガタガタといわせているその姿は、まさに異常と言ってもいい。
 涎を垂らしているのだろう、スカートにシミが広がっていくのを、悪魔科の新人二人は目を見開き、喉を鳴らして見ていた。
 トレイニーの母であるマーガレットは、その姿を見て震え、セラフィエル達に縋り付き今がドンな状態なのか聞きたそうにしていた。
 だが、セラフィエルがローブの袖を振って白杖を握り直した所で動きを止めた。 懸命な判断だっただろう。

 セラフィエルが直ぐに光導杖(ルクス・カデュケウス)の形を変えて、場を正常化する為の祈りを捧げ始めた。
 締め切った室内にふわりを風が吹き、全員が驚いた表情で全体を見渡す。

 
 
「主よ、我らの盾と救い主、汝の聖なる御手を我らの上に掲げ給え。
汚れたる闇よ、汝の前にひれ伏し、聖なる光の炎に焼き尽くされんことを。
我らの魂を清め、我らの道を照らし給え。
汝の御名にて悪しきものを祓いたまえ」



 静かに発せられた祈りと、その後すぐに両の手を鳴らして響く清めの響音。
 効果は重複されて膨れ上がり、悪魔によって汚されていた空気が清浄化された。 澱んでいた室内が神聖な場に変わる。
 ふわっとセラフィエルの髪を揺らすと、コールマン夫妻も新人二人も、目を見開いて口を開けた。

 この正常化によって、トレイニーに憑いている悪魔は苦しいのか唸り声が酷くなって、マーガレットはそんな娘に嗚咽を漏らす。

 
「………………憑いてるな」

「ジェイク、先に結界を張りましょうか」

「そうだな」

 特製祈祷煙草《サンクティタス》を取り出して、口にくわえた。  既に大きなリボルバータイプに変化させている祓魔リボルバー《ジャッジメント》をカチンと鳴らすと、セラフィエルの背筋がキュッと伸びる。
 
 くゆる煙、独特の香りがジェイクの持つ特製祈祷煙草《サンクティタス》から香ってきて悪魔祓いの始まりを知らせた。
 

 


「天地を隔てし御力よ、我が声に応えよ。
光と影の狭間を閉ざし、悪しきものの通い路を断て。
この地を囲い、この地を浄め、この地を守れ。
我らが歩む場は汝の御手の中にあり、
我らが立つ場は御翼の影にある。
いま、境を定め、悪魔を逃さず、無垢を汚させず。
これより内は聖域、これより外は虚無。
結べ、結べ、御名によりて結び固めよ」


 

 工場でも使った広範囲結界。
 これをしないことには始まらないと、今にも暴れだしそうな悪魔を閉じ込めるためにすぐさま結界を展開した。
 ジェイクを中心に、1枚幕を貼ったような壁が360度に広がり、ドーム状になる。
 体を通り抜ける結界に、セラフィエル以外全員がビクッ!!と体を震わせた。

「…………今、なにが……」

 理解できない不可思議な現象にマーガレットが戸惑いリチャードの腕に縋り付いた。
 そばに居た新人二人は、動揺しながら、これが結界……と呟く。


 《出ていけぇぇぇ…………》

「…………僕たちが来たことが不満と見えますね」

「そうだな」

 敵対心むき出しで、唸り声を上げている悪魔を前に冷静な二人。

 セラフィエルは光導杖(ルクス・カデュケウス) をシャン! と1つ鳴らした。

 目を細めてガタガタと鳴らす椅子の音を聞いていたセラフィエルに向かって、ハードカバーの本が飛んできた。
 直ぐにジェイクが腕で弾き飛ばした音がして、セラフィエルは、はっ! と顔を上げる。

「ジェイク……? 何がありました?」

「なにも」

「嘘です。 なにか音が……」

 言いかけたセラフィエルの腰に腕を回したジェイクが、ふわりと抱き抱えた。
 体がジェイクの肩に乗る。

 ということは、ポルターガイストに近い状況だと理解したセラフィエルが光導杖(ルクス・カデュケウス)を前に振りかぶる。

「見えぬゆえに、我は恐れず。
されど我らを包み守る御手を、ここに。
触れ得ぬ盾となり、悪しきものを退け給え!」

 周囲を守る為の広範囲結界ではない、悪意から身を守るための物理的な結界。
 防御はあまり得意ではないセラフィエルには、緊急時は弾く事しか出来ない。

 キラキラと光る半透明の壁が現れ、四方八方から飛んでくる刃物を弾いた。
 どこから持ってきたのか、ハサミやカッターだけではなく、包丁や鋸、鉈などまである。

 バリン! と音を立てて割れた壁。 それがわかっていたのか、ロープを引きちぎり鬼のような形相で飛び掛ってきたトレイニーにジェイクが銃口の標準を合わせた。

「恐れを知れ。汝に触れぬ光の影」

 祈りと共に、迷いもなく発砲する。
 それは威圧祈祷弾で、悪魔を怯ませる。
 飛びかかるトレイニーがビクリ! と反応すると、腕が撃ち抜かれて盛大に床に落ちた。

「トレイニー!!」

「近寄るな!」

 走り出したマーガレットがトレイニーに向かっていく。
 ジェイクの声に反応して、セラフィエルは抱えられたまま光導杖(ルクス・カデュケウス) を強く床に叩きつけた。  少し険しい表情で、声を張り上げる。


 
「主よ、迷える魂を慰め、邪なるものを導き給え。
この場より去らん者も、御光に包まれ、安らぎを得られんことを。
主の御名において、邪は退き、善は静けさに満たされん!」

   
 [ぎゃぁぁぁぁぁああああぁぁあ!!]


 海老反りになりながら白目を向いて叫ぶトレイニーに、マーガレットも叫ぶ。
 ペタンと座り込むマーガレットは震えて動けない状態だが、チャールズが足音を鳴らして近付きセラフィエルの腕を強く掴もうとした。

 足音で近付いてくるのは分かっていたが、セラフィエルは自らの鼓動が早くなり、胸を抑えて何度も浅く呼吸を繰り返していたので反応が出来なかった。
 ぐらりと揺れる頭は、工場地帯で悪魔祓いをした時とはまったく違った。
 目頭を指先でぎゅと摘むと、体が揺れる。
 ジェイクが動いてチャールズからセラフィエルを守ったのだ。
 
 セラフィエルに伸ばされたチャールズの腕はしっかりとジェイクに掴まれて指一本触れさせはしない。

「あんた!! 娘になにをした!!」

「守ったんだよ、アンタの妻と娘を」

 その冷えきった声と表情に、怒鳴り散らしたチャールズは驚き口を閉じた。
 へたり込む妻と、髪を広げて床に倒れ意識がない幼い娘を呆然と見つめて「……守る?」と口の中で呟き、今までよりも過剰な悪魔の反応に体がふらついた。

 


 
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