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常識の差異
しおりを挟むお互いにおでこを合わせて久しぶりに笑ったユキヒラに、メロディアの涙に濡れた大きな瞳はフルリと揺れた。
真っ赤な顔で目元を染め、いつも手入れをしていた髪はボサボサになっているが泣き腫らしたメロディアはとても美しかった。
「…………お前達は不思議だな」
「何がですか?」
「お前達の考えがだ。愛してるなら守りたいと思うだろ、壊れないように大事にしようとするだろ……お前達は俺たちよりも弱く脆く壊れやすい。だから誰にも触られない様に囲って守る……お前はそれが嫌なのか?」
二人を見ながら静かに言うセルジオの声は思ったよりも響いているようで、アリステア達は勿論周りにいる領民にも届いていた。
ちらりと隣にいる移民の民の伴侶を心配そうに見る人外者は1人2人だけではないようだ。
芽依はフェンネルも同じ疑問を持ち理解できないと言っていたなぁ……と思い出す。
「…………極端なんですよ。空を飛ぶ鳥を守りたいからと羽をもぎますか?歌を歌う鳥の綺麗に囀る声が好きだからと他者に聞かせないように喉を潰しますか?飛ぶことが好きな鳥は、歌う事が好きな鳥はそれに感謝して愛を返しますか?」
「………」
「私達は自由に生きて、それが普通で日常で普遍でした。誰かを愛し愛されたいと思っても、それでも私達は常に自由で相手を尊重して生きてきたんです。それを全て取り上げられたら私達は幸せと感じられるのか……愛してると言う貴方達に同じだけの愛を返せるかは、最初に見たユキヒラさんの様子を見たら分かるんじゃないですか?愛している相手のあんな姿を見続けたいですか?……セルジオさん今笑い合ってる2人を見てどう思います?私はとても素敵に見えます」
「…………じゃあさ、どうすればいいの?どうすれば満足なの?与えられるだけ与えられておいて今更手のひら返して幸せじゃないなんて、じゃあ僕達はなんの為にこんなに必死に伴侶を守るのさ」
俯き手を強く握りしめて言うフェンネルは顔を上げて芽依を見た。
鋭く冷たい眼差しは正しく真冬の極寒の中防寒着も無く佇むような、そんな錯覚をする。
「…………フェンネルさん、大好きな人を守って得たものはなんだろう」
「……なに?」
「フェンネルさんにとって、いや、移民の民と結婚した皆さんが必死に守ってくれた先には一体何があるんだろう?その答えってさっきまでのユキヒラさんじゃないかな……私ね、今の自分の状況はユキヒラさんたちとちょっと違うの。だからこそ同じ立場の全然違う私から見た……花婿さんが生きたまま死んでいく姿が正しいとは思えない。貴方達の持つ深い愛情は素敵なものだから、もう少しだけ私達に優しい守り方をして欲しいな」
強い眼差しのフェンネルの手を芽依は素手でそっと握った。
じわりと感じていく甘さや美味さに酩酊しそうになりながらも不快感を表すフェンネルは芽依をただ真っ直ぐに見ている。
「私達はお互いに会話を交わし意志を交換できるでしょ。お互いを理解しようと歩み寄る事は出来るよね。だから話をしようよ、等価交換だけじゃない優しさで繋がりたいよ。あなた達の全てをねじ曲げたりしない、でも常識が違う2つが混じり合うならどちらか一方を強要しないで……それは、あなた達には難しいお願いなのかな?」
「…………さっきまでは君達の言う事を聞くようにと言ってたのに?」
「違うよ、お互いが納得のいく方法を探そうって言ってるの。ねえ、今までのあなた達は私がパートナーではないフェンネルさんとこうやって話をして手を繋いではいけなかったんでしょ?でも私は話をしたいし触れ合いたいよ。浮気とかじゃない、孤独にならない為の必要な人との触れ合いなの私達にとって。どこまでが可能かの線引きを話し合いたい、フェンネルさんは私と話をするのは嫌?手を繋ぐのは嫌?」
「……………………嫌じゃないよ」
「それは良かったよ」
ふへへ、と笑った芽依は繋いだ手をユラユラと揺らした。
「新しい形もいいんじゃない?みんなが笑いあえる新しい形。すぐには無理かもだけど努力は出来るでしょ?最初は簡単な等価交換の繋がりでもいい、パートナーが間に入って守ってもいい。だって、今の私とフェンネルさんがそうでしょ?私達の間にはメディさんや見えないだけでアリステア様やセルジオさんやブランシェットさん達がいる。そんな中で今は甘いものやチーズを一緒に美味しく食べる等価交換をしてるじゃない。いずれはまた別の友人が出来てその間にフェンネルさんが入る未来もきっとある……ね?新しい笑い合える形も楽しくていいでしょ?」
「お前もその新しい形とやらの為に約束した無闇矢鱈に知らんやつに話しかけ手を触れる愚かな行為を慎む努力はするんだろうな?」
不機嫌なセルジオがふわりと後ろから体に腕を回して拘束し、メディトークによって素手で触れている芽依の手を離させる。
気付いたら隣にはアリステアとブランシェットもいるではないか。
「………………ほら、これが間に入って移民の民を守ろうとするお母さんと保護者達だよフェンネルさん。こうして私も雁字搦めにされるから自力で抜け出してフェンネルさんっていう友人を毟り取るように獲得したんだよ、どう?褒めてくれてもいいよ?」
刺すように冷たい目で見詰めていたフェンネルの眼差しが丸くなり、暖かさが灯る。
そして困った様に笑ったフェンネルは、確かにここは暖かくて楽しい、優しい場所だねと微笑んだ。
「…………お前達移民の民がそんな風に感じて生きていたとは思わなかった」
夕食の席で、アリステアはポツリと呟いた。
「等価交換で成り立つ私達は何かあればそれで解決に導き、あるいは争う。そうして少しでも健やかに安全な生活をしていたから、君達がそんなに塞ぎ込む事など無いと思っていた」
「そもそも等価交換なんてだいそれたものはないし、私達は争ったり戦ったりしない。むしろ力を見せつけてきたらかなわない相手にすぐに屈服して採取されるのを無理矢理我慢し耐えるような、そんな人種です……信頼なんて一瞬でなくなりますよ。私達は戦いなんて無い場所に生まれましたからね。だから、強い力をもつあなた達の等価交換って、実は…………私達には等価交換じゃ無かったりするんですよね」
困りましたねぇ、と笑って言った芽依に全員が絶句した。
信じられない目で見るアリステア達に気付いた芽依は、パンの欠片を口に入れる。
「強者は弱者にとって畏怖の対象になる事もあります。知らない世界に来て頼れるのがその人だけならどうしても寄りかかっちゃいますよ。そこに大きな力を持つパートナーが等価交換と言う約束を持ち出して、断ったらどうなるだろう、生きていけるのだろうかと考えてしまう。この世界に慣れて来て力を知った時、私達の間に信頼が無ければその等価交換は脅迫に感じる人も出て来たりするんですよ。私達はね、買いすぎた野菜や作りすぎた作物を腐らせたら困るからどうぞ、と無料で隣人に上げたりするくらい平和でなんの争いもない世界で特別な力もなく過ごしてきたから」
「無料で……?何かと変えずに?」
「無料で、です。それに驚くくらい私達の常識や価値観が違うんですよ……たぶんね、私も隣にパートナー?伴侶?がいて全てを管理するような制限する事を言われたら同じように心を病んで死にたくなってた。それが無いからこそ私は自由に皆さんと話をしてわがままを言えるんだと思う。それが出来るくらいの距離感と優しさをあなた達が私にくれるから」
「……………………お前の言う脅迫に似た等価交換を俺たちはしたい訳じゃない」
「わかってますって」
へへっと笑ってステーキを食べる。
うまっ!と呟き胃がこの世界の食事に慣れてきた喜びを噛み締めた。
「私はわかってるけど、他の人はわからない人も居るんですよ。でも今からでもきっと遅くないですよ……ユキヒラさんを見たらわかると思うけど、私達お人好しなんです。綺麗な女性に泣いて謝られて大好きって言われて何も感じない人は犬畜生です!…………これは私の見解で全てでは無いのであしからず」
「…………そうか、私達はもっと君達を知る努力をした方が良さそうだ」
芽依はここでアリステアをじっとみた。
はっきり言って、移民の民を相手にした時、人外者はその関係性の為に思考しより良い関係改善をしていく希望があると思っていたが、アリステア達この世界の人間は直接的な関わりを避け利害の為に対応していると思っていた。
そんなアリステアから発せられた言葉に芽依は嬉しい誤算だと笑う。
「どうしたんだ?」
「いえ、アリステア様が私達の為に努力してくれるのが嬉しいです」
「な、何を言っているのだ、当然ではないか!……あっ!」
「あらあら、落ち着きなさいなアリステア」
「す、すまない」
零した水を立ち上がり拭くブランシェットに慌てるアリステア。
この人は興味を向ける対象ではないと弾いていた移民の民へ目を向ける事できっと様々な事が変わっていくだろう。
遠くない未来、笑っている移民の民が両手を広げて街を歩く姿が見れるといいな、と最後の一口となったステーキをかみ締めながら思った。
「口にソースがついてるぞ、ほらこっち向け」
「あい」
何はともあれ、芽依は今日も幸せだ。
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