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勘違い
ミリーティアは、たまに行くガイウス領で見かける無表情のハストゥーレが気になって仕方がなかったのだ。
奴隷の扱いは酷く、どんなに素晴らしい奴隷でも忌み嫌われ蔑まれていると強い偏見があった。
それは、幼い頃から植え付けられた深層心理。
奴隷といっても千差万別で、扱いの悪い場所もあれば良い場所もある。
ミリーティアは、実家が裕福で沢山の奴隷を抱えていた。
扱いは悪くないが良くもない。
そんな奴隷たちを大切にしていると両親に言われて育った。
これが普通だと認識した。
奴隷はね、哀れな人達だから優しくするのよ。
でもね、我が家の奴隷以外は扱いが酷いの。
だからねミリーティア。貴方だけでも奴隷を大切にしてあげてね。
そう何度も言われて育ったミリーティアは、他人の奴隷の扱いは最低だと思っている。
ギルベルトは領主だったから信頼していると、何度も言って、訪問の度にハストゥーレに声を掛けていたようだ。
何故か、無表情のハストゥーレが泣いているように思えたのようだ。
だが、結局のところ芽依の話を聞かないミリーティアの完全な勘違いであった。
「…………え、じゃあ、酷い扱いはされてないの? 」
「ありません」
「本当に? ご飯抜きとか、殴られたり蹴られたりとか……ない? 重労働をさせられたりとか……」
「ありえません」
首を横に振るハストゥーレは、芽依を見てふわりと笑った。
そんな初めての表情を見せたハストゥーレに、ミリーティアは目を丸くする。
「…………ハストゥーレが、笑った……」
「ハス君はよく笑うよー? 泣いたり笑ったり、シュミットと肉まんの奪い合いもするしね」
「ご主人様の肉まんは譲れません」
「そこは譲れよ」
シュミットの呆れた声が芽依にだけ聞こえて思わず吹き出した。
「…………本当に、笑ってる」
未だに信じられないと凝視するミリーティアを芽依は見た。
「ハス君を心配してくれてたんですね。大丈夫ですよ、うちは奴隷に優しい環境です」
胸張って言えますよ、と言ったらフェンネルが後ろから抱き着いてきた。
腰に回していたシュミットの手が直ぐに引っ込む。
「この子も奴隷です……あと、あっちの金髪のお姉さんと……向こうにいる……なにしてるのメフィストさん……あの人もうちの奴隷です。だから、心配しないで」
指差して教えている芽依をポカンと見る。
パピナスは、あの美味しいクリームパンを見つけて数個持ち、芽依へ持って来ようとしている。
メフィストは祝福を受けたら帰ると言っていたが、何故か試験管にワイン等を入れて優しく振っていた。
どちらも表情は柔らかく穏やかに笑っていて、見ただけでは奴隷と分からない。
「…………すごい……ちょっとびっくりです……そっか、そっか。幸せなら、それでいいの。びっくりさせてごめんねハストゥーレ。移民の民のメイ様も、ごめんなさい」
「いいの。ハス君を大切にしてくれただけだから。ありがとうございます」
2人でペコペコと頭を下げあっている。
ハストゥーレは嬉しそうに見ているが、その目線の先には芽依しか映っていなかった。
「メイさまぁぁぁ! 見てください、メイ様の好きなクリームパンです! 」
「あ、ありが…………」
両腕に抱えているクリームパン。
その量は既に15個以上は確実にある。
さっき持っていた量が嘘のようだ。
「ちょっ……持ってきすぎ!」
「だ……ダメでしたか? 」
「他の人が食べれないよ? 」
「申し訳ございません!! 今すぐ脱いでお詫びいたしますぅぅ!! 」
「脱がないでぇぇ!! 」
持っていたパンを律儀にフェンネルとハストゥーレに渡して、フワフワの綺麗なドレスを肩から下げると芽依が飛び付き服を直した。
身長差の為に胸に顔を埋めてしまった芽依の頭を抱きしめるパピナス。
「あっ……メイ様……私の胸を潰す責め苦ですね……ありがとうございます」
「どうしてそうなるの?! 」
相変わらずなパピナスに周囲は苦笑いする。
カテリーデン常連客は通常運転だと笑うが、ガイウス領から来ているギルベルトや、キリスラディアの領民はポカンと口を開けていた。
「…………奴隷……なのか? 」
「え、すっげぇ……」
相変わらず毎回驚かせる芽依だが、1番の驚きがまだ控えていた。
「メイが窒息するぞ」
「あ、申し訳ありません」
そっと救出してくれたのはシュミットで、アリステアは数回瞬きをした後、恐る恐る声を掛けてきた。
「……メイ、随分シュミット様と仲がいいな……その、近くないか? 」
最高位精霊とそんなに近付いて大丈夫か? 対価の関係なのか? と首を傾げていると、芽依は輝く笑みを浮かべた。
「アリステア様にはまだ言ってませんでしたよね。私、無事にシュミットさんを口説き落としまして、家族になりました。愛する家族なんですよ」
バキィ……
ワイングラスの割れる音が響いた。
音の方へ目を向けると白い手袋がワインによって紫に変色したセルジオと、すぐ近くにはぶどうを落としたニア。
胃を痛めて手で抑えるアリステアの隣にはシャルドネが頭を抱えている。
「……まあ、波乱の予感かしらね」
「随分楽しそうだね、ブランシェット」
「うふふ、お嬢さんの周りはいつも飽きないわ」
ニコニコ笑ってシュミットの手に指を絡める芽依を近くにいる参加者が愕然と見つめていたのだった。
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