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第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい
1-16 舌は噛まないように気をつけておいて、ねっ!
面積自体はそこまで広くはないものの、一階が吹き抜けで二階席まで用意されている店内は、亮太の低い視点で眺めると余計に大きく感じられる。落ち着いた色合いの木材が複雑に絡みあったデザインは、まるで鳥の巣の中にいるようで不思議に心地いい。
ちょうど忙しい時間帯を過ぎてひと段落したということで、客も数えるほどしかいなかった。それでも邪魔にならないように細心の注意を払いながら、マオの席まで辿り着く。
窓から差し込む淡い光に照らされた横顔が、まるで男神の彫刻みたいだ。魔物であるという新事実を知った今では、そこに神秘性というフィルターまでかかって最強になってしまう。何度見ても一向に慣れない完璧で怜悧な美貌だが、いつの間にかすぐ近くにまでやってきた亮太に向き合った瞬間、それが柔らかく解けたような気がした。
「隣に座ってもいいですか?」
「もちろん、構わない」
マオに手を貸してもらいながら、少し高めの椅子に腰掛ける。持っていた皿をテーブルにことりと置くと、すぐに「フルーツタルトか」とマオが興味を示してきた。意外に甘党なのかもしれない。
「はい、とってもおいしそうです。パパもどうですか?」
「いただこう」
色とりどりのフルーツの中から、あえてユラの目によく似た赤い色をフォークで刺す。そのまま「あーん」とマオの顔に寄せると、少しだけ驚いたような表情を浮かべてから口を開いた。
「……うまいな。ありがとう」
「どういたしまして!」
自分が作った訳ではなくても、相手の満足そうな顔が見られるのはうれしい。へらりと笑う亮太に引きずられたかのように、マオの目尻がわずかに揺らいだ。
「あのですね、パパに聞きたいことがあるんです。パパは今どこに住んでいるんですか?」
「サード……ああ、先ほどの博物館のことだが、そこに近いところにアパートメントを借りている」
「パパがそこからいなくなったら困る人はいますか? あ、パパ自身も含めます」
「いや、特にいない」
「パパは、ぼくとママと一緒に住むのは嫌ですか?」
「嫌ではないが」
なんて心強い回答だろう。マオとの別居を望むユラを説き伏せるために必要な材料が、こんなに簡単に集まってしまった。
ブレンゼルはユラが家を出ることを望んでいるし、マオは同居に肯定的。ということは、実質三対一である。つまり、多数決にさえ持ち込んでしまえば勝利は確定! おめでとう! 推しカプとひとつ屋根の下での楽しい楽しい共同生活の始まりだ!
「何かもうすっかり仲良しさんだね、二人とも。魔王さま、コーヒーのおかわりいる?」
「もらおう」
「ママ、ママ!」と、タイミングよくコーヒーポット片手にやって来たユラを、亮太はすかさず捕まえる。善は急げ。思い立ったら吉日。果報は寝てても覚めても奪い取れ。
「なあに? どうしたの?」
「ぼくはパパとママと三人で一緒に暮らしたいです!」
「え? なに、そういう話になってるの? とりあえずいったん落ち着いて、みんなでよく話し合い――あ、ちょっと待ってね」
ユラとマオがほぼ同時に、どこからともなく透明な板を取り出す。ちょうどスマホのような形状の、スマホのような大きさだ。ということは、つまりスマホなのかもしれない。
「あらら、センリってばホントに容赦ないね。まあ、幻獣なら仕方ないか。――『薄日の遺跡』って俺たちが行った? どんなところだっけ?」
「勇者がひとりで先走った挙句、とある部屋に閉じ込められ、さらには内側から力づくで破壊しようとした結果、遺跡中のトラップが一斉に作動して――」
「わーわー! よし、さっさと行こう! ちゃっちゃと終わらせて二時間で戻ってこよう!」
亮太からは見えないが、どうやら透明な板の表面に何らかの情報が表示されているらしい。二人で共有しながら思い出話に花を咲かせると、おもむろにマオが立ち上がり、ユラがエプロンを外し始めた。
「ごめんね。これから俺と魔王さまはお仕事に行ってくるから、ここでおばあちゃんと待っ――」
「一緒に行きます!」
「うん、あ、そっか。うん、そうだね。一緒のほうがいいね」
びしっと片手を上げながら食い気味で主張する亮太を見て、ユラは自分を納得させるように頷く。スッポンのように噛みついて絶対に離れないぞ! という強固な決意と圧力を感じ取ってくれたようだ。
「夕飯までには帰ってくるんだよ」というブレンゼルの声に送り出されて、亮太はマオに抱っこされながら意気揚々とカフェを後にする。そうして店の裏側に回り込んだユラについていき、彼の背中越しに見たものは――。
「じゃじゃーん! かっこいいでしょ、俺の車!」
まるで白い亀のような丸っこいフォルムという見慣れない点を除けば、まさしくそれは亮太もよく知るあの自動車であった。
「幻獣退治、ですか?」
「そう、それもアンバーサスとしてのお仕事のひとつ。突発的な自然現象みたいなものだから、今回みたいに急に呼び出されることが多いかな」
正式名称を『自走起動車』という――略したら『自動車』になるので、そこは現実と一緒だ――乗り物に揺られる亮太に、運転席のユラが説明してくれる。「目的地を設定したら勝手に走ってくれるんだよ」と乗り込む際に言っていたとおり、ハンドルには軽く手を添えているだけだ。ほえー、と感嘆の声を漏らす亮太を膝の上に乗せながら、助手席のマオがユラの言葉を補足する。
「幻獣とは次元のねじれの狭間から現れる不可思議な存在だ。基本的に長と呼ばれる個体と、そこから派生した十数体の類似の幻獣でひとつの集団を形成している。群れによって姿形は様々だが、一様に知能はそれほど高くない。人間、魔物、さらには野生動物まで、目の前にいるあらゆる生体を抹消するためだけに動く。つまり――」
「遺跡の守護者と違って交渉の余地はなし。生き物とも言い難いので遠慮はいらない。つまり、見つけ次第ぶっ倒せってこと」
ぶっちゃけ一番簡単なお仕事だよ、と。ユラがわざわざこちらに顔を向けて、ウィンクのサービスまでしてくれる。自動運転中だからこその役得だ、ありがとう異世界の最新技術!
そして最強の勇者がそう言い切るのなら、きっと向かう先には本当に簡単なお仕事が待っているのだろう。マオによる訂正も一向に入らないので、亮太は安心して車内の観察を続けることにした。
運転席と助手席に後部座席というコンパクトな配置は、亮太もよく知っている軽自動車そのものだが、内装のデザインはかなり近未来的だ。大きく湾曲したフロントガラスはディスプレイの役割も果たせるらしく、隅のほうでは何かの数字やアイコンが表示されている。何やらヒーリングミュージックのようなものもかすかに聞こえるが、きっと気のせいではないだろう。
シンプルなダッシュボード周りと、レザーとはまた別の素材を使った光沢のあるシートは、どこぞのロボットのコックピットを連想させる。『極マリ』大好きな亮太も、これには思わずにっこりだ。
「あ、そろそろ街から出る? じゃあ、いこっか」
「え?」
どこへですか? という疑問が亮太の口から出るより先に、シートベルトのように腰に回されていたマオの両手に力がこもった。タイミングを同じくして、座席のリクライニングを戻したユラが勢いよくハンドルを鷲掴む。
「子どもがいる。いつも以上に安全運転で頼む」
「わかってるって。でも一応、舌は噛まないように気をつけておいて、ねっ!」
ユラがぐんっとアクセルを踏み込んだ瞬間、車内のBGMが激しいロックに切り替わる。その後のことを、亮太は正直よく覚えていない。上下左右に揺さぶられながら「あわー!」とか「おきゃー!」とかいう奇声を上げることに精一杯だったから。
ちょうど忙しい時間帯を過ぎてひと段落したということで、客も数えるほどしかいなかった。それでも邪魔にならないように細心の注意を払いながら、マオの席まで辿り着く。
窓から差し込む淡い光に照らされた横顔が、まるで男神の彫刻みたいだ。魔物であるという新事実を知った今では、そこに神秘性というフィルターまでかかって最強になってしまう。何度見ても一向に慣れない完璧で怜悧な美貌だが、いつの間にかすぐ近くにまでやってきた亮太に向き合った瞬間、それが柔らかく解けたような気がした。
「隣に座ってもいいですか?」
「もちろん、構わない」
マオに手を貸してもらいながら、少し高めの椅子に腰掛ける。持っていた皿をテーブルにことりと置くと、すぐに「フルーツタルトか」とマオが興味を示してきた。意外に甘党なのかもしれない。
「はい、とってもおいしそうです。パパもどうですか?」
「いただこう」
色とりどりのフルーツの中から、あえてユラの目によく似た赤い色をフォークで刺す。そのまま「あーん」とマオの顔に寄せると、少しだけ驚いたような表情を浮かべてから口を開いた。
「……うまいな。ありがとう」
「どういたしまして!」
自分が作った訳ではなくても、相手の満足そうな顔が見られるのはうれしい。へらりと笑う亮太に引きずられたかのように、マオの目尻がわずかに揺らいだ。
「あのですね、パパに聞きたいことがあるんです。パパは今どこに住んでいるんですか?」
「サード……ああ、先ほどの博物館のことだが、そこに近いところにアパートメントを借りている」
「パパがそこからいなくなったら困る人はいますか? あ、パパ自身も含めます」
「いや、特にいない」
「パパは、ぼくとママと一緒に住むのは嫌ですか?」
「嫌ではないが」
なんて心強い回答だろう。マオとの別居を望むユラを説き伏せるために必要な材料が、こんなに簡単に集まってしまった。
ブレンゼルはユラが家を出ることを望んでいるし、マオは同居に肯定的。ということは、実質三対一である。つまり、多数決にさえ持ち込んでしまえば勝利は確定! おめでとう! 推しカプとひとつ屋根の下での楽しい楽しい共同生活の始まりだ!
「何かもうすっかり仲良しさんだね、二人とも。魔王さま、コーヒーのおかわりいる?」
「もらおう」
「ママ、ママ!」と、タイミングよくコーヒーポット片手にやって来たユラを、亮太はすかさず捕まえる。善は急げ。思い立ったら吉日。果報は寝てても覚めても奪い取れ。
「なあに? どうしたの?」
「ぼくはパパとママと三人で一緒に暮らしたいです!」
「え? なに、そういう話になってるの? とりあえずいったん落ち着いて、みんなでよく話し合い――あ、ちょっと待ってね」
ユラとマオがほぼ同時に、どこからともなく透明な板を取り出す。ちょうどスマホのような形状の、スマホのような大きさだ。ということは、つまりスマホなのかもしれない。
「あらら、センリってばホントに容赦ないね。まあ、幻獣なら仕方ないか。――『薄日の遺跡』って俺たちが行った? どんなところだっけ?」
「勇者がひとりで先走った挙句、とある部屋に閉じ込められ、さらには内側から力づくで破壊しようとした結果、遺跡中のトラップが一斉に作動して――」
「わーわー! よし、さっさと行こう! ちゃっちゃと終わらせて二時間で戻ってこよう!」
亮太からは見えないが、どうやら透明な板の表面に何らかの情報が表示されているらしい。二人で共有しながら思い出話に花を咲かせると、おもむろにマオが立ち上がり、ユラがエプロンを外し始めた。
「ごめんね。これから俺と魔王さまはお仕事に行ってくるから、ここでおばあちゃんと待っ――」
「一緒に行きます!」
「うん、あ、そっか。うん、そうだね。一緒のほうがいいね」
びしっと片手を上げながら食い気味で主張する亮太を見て、ユラは自分を納得させるように頷く。スッポンのように噛みついて絶対に離れないぞ! という強固な決意と圧力を感じ取ってくれたようだ。
「夕飯までには帰ってくるんだよ」というブレンゼルの声に送り出されて、亮太はマオに抱っこされながら意気揚々とカフェを後にする。そうして店の裏側に回り込んだユラについていき、彼の背中越しに見たものは――。
「じゃじゃーん! かっこいいでしょ、俺の車!」
まるで白い亀のような丸っこいフォルムという見慣れない点を除けば、まさしくそれは亮太もよく知るあの自動車であった。
「幻獣退治、ですか?」
「そう、それもアンバーサスとしてのお仕事のひとつ。突発的な自然現象みたいなものだから、今回みたいに急に呼び出されることが多いかな」
正式名称を『自走起動車』という――略したら『自動車』になるので、そこは現実と一緒だ――乗り物に揺られる亮太に、運転席のユラが説明してくれる。「目的地を設定したら勝手に走ってくれるんだよ」と乗り込む際に言っていたとおり、ハンドルには軽く手を添えているだけだ。ほえー、と感嘆の声を漏らす亮太を膝の上に乗せながら、助手席のマオがユラの言葉を補足する。
「幻獣とは次元のねじれの狭間から現れる不可思議な存在だ。基本的に長と呼ばれる個体と、そこから派生した十数体の類似の幻獣でひとつの集団を形成している。群れによって姿形は様々だが、一様に知能はそれほど高くない。人間、魔物、さらには野生動物まで、目の前にいるあらゆる生体を抹消するためだけに動く。つまり――」
「遺跡の守護者と違って交渉の余地はなし。生き物とも言い難いので遠慮はいらない。つまり、見つけ次第ぶっ倒せってこと」
ぶっちゃけ一番簡単なお仕事だよ、と。ユラがわざわざこちらに顔を向けて、ウィンクのサービスまでしてくれる。自動運転中だからこその役得だ、ありがとう異世界の最新技術!
そして最強の勇者がそう言い切るのなら、きっと向かう先には本当に簡単なお仕事が待っているのだろう。マオによる訂正も一向に入らないので、亮太は安心して車内の観察を続けることにした。
運転席と助手席に後部座席というコンパクトな配置は、亮太もよく知っている軽自動車そのものだが、内装のデザインはかなり近未来的だ。大きく湾曲したフロントガラスはディスプレイの役割も果たせるらしく、隅のほうでは何かの数字やアイコンが表示されている。何やらヒーリングミュージックのようなものもかすかに聞こえるが、きっと気のせいではないだろう。
シンプルなダッシュボード周りと、レザーとはまた別の素材を使った光沢のあるシートは、どこぞのロボットのコックピットを連想させる。『極マリ』大好きな亮太も、これには思わずにっこりだ。
「あ、そろそろ街から出る? じゃあ、いこっか」
「え?」
どこへですか? という疑問が亮太の口から出るより先に、シートベルトのように腰に回されていたマオの両手に力がこもった。タイミングを同じくして、座席のリクライニングを戻したユラが勢いよくハンドルを鷲掴む。
「子どもがいる。いつも以上に安全運転で頼む」
「わかってるって。でも一応、舌は噛まないように気をつけておいて、ねっ!」
ユラがぐんっとアクセルを踏み込んだ瞬間、車内のBGMが激しいロックに切り替わる。その後のことを、亮太は正直よく覚えていない。上下左右に揺さぶられながら「あわー!」とか「おきゃー!」とかいう奇声を上げることに精一杯だったから。
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