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第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい
1-20 ラボの変態さんたちと一緒に生きていきます
安堵で崩れ落ちそうになりながらも、まだ狼男のほうは倒し切れていないという現実を思い出して、両足にぐっと力を込める。慌てて視線をそちらへ向けようとする亮太を、ユラの「大丈夫」という穏やかな声が制した。
「もう終わってるから安心して」
「え……?」
そんなはずはない。だって、まだ狼男は生きている。ユラに攻撃されて巨体を僅かにぐらつかせたものの、未だ戦闘意欲は失っていない。むしろ、こちらに対する殺意をいっそう募らせたようだ。身を低くして、いつでも飛びかかれる姿勢で身構えている。
けれど唐突に、その毒々しい赤の毛並みが霜に覆われたがごとく色を失った。やがて白い線が血管のように全身を這い巡ると、一瞬にして凍結する。そうして断末魔を上げることもなく、あるいはその必要性すら認識できないまま、パキンという澄んだ音とともに砕け散った。
「無事か」
狼男が遺した白煙の陰から、ゆっくりと歩みを進めてきた人影――マオだ。マオの氷の魔法が幻獣を一撃で屠ったのだろう。これでもう全ての脅威は消え去ったのだと理解した途端、ここまで押さえ込んでいた亮太の感情が爆発した。
「う、う、うわああああ……っ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
驚愕だとか焦燥だとか恐怖だとか安堵だとか。先ほどまで強烈に感じていた全てがごちゃ混ぜになり、亮太の口から謝罪という形になってあふれ出した。わんわんと子どものように泣きじゃくる自分が恥ずかしくてたまらなかったが、一度決壊してしまった涙腺を止めることはできない。
「ぼくが、ぼくのせいでっ、ごめんなさ――!」
「いや、違う。お前が謝る必要はない。一瞬でも目を離したおれが悪かった。子どもはすぐにどこかに行く生き物だと、知識としては知っていたはずなのだが……」
早足で近付いてきたマオがユラに並んで跪き、泣きじゃくる亮太の顔を覗き込む。焦ったような困ったような様子が新鮮すぎて、こんなときだというのに亮太の口元がニヤニヤの形を作ろうとした。それを必死に抑えようとしているせいで、いま絶対おかしな顔になっている! やだ、恥ずかしい!
「はは、本当にね。俺たち二人とも大失態だ。でもこれからパパママとしてもっともっと頑張るから、嫌いになったりしないでほしいな」
「だめです!」
「え、だめなの? 嫌いになっちゃう?」
しゅんと眉根を寄せるユラの愛らしいこと愛らしいこと。雨に降られて悲しげに耳を折る子犬のイメージが湧き上がって心臓がオーバーヒートしそうだったが、さすがにそんな場合ではないと頭を振る。
これ以上、マオとユラと一緒にいるのはだめだ。だって亮太にそんな資格はない。そもそもが夢だと思っていたからこそ、推しカプを公言かつ強制するなどという暴挙に出られたのだ。これが現実だとわかった以上、とてもじゃないが他人の人生を左右するようなわがままを行使することはできない。してはいけない。
それを正直に説明できる自信はなかったので、ただただ「だめなんですだめなんです」と、壊れた扇風機のように首を横に振り続ける。
「ぼくはラボの変態さんたちと一緒に生きていきます……」
「どうして急にそんな悲壮な決意を固めちゃったの? いいんだよ、変態さんのことは忘れて」
涙でぐしょぐしょになった亮太の頬を両手で包み込みながら、ユラが困ったように笑う。
「ちゃんと教えてほしいな。どうして俺たちと一緒にいられないの?」
「だって……」
夢だとか別の世界だとか、そういう部分は省いたうえで二人を納得させるにはどうしたらいいんだろう。小さな脳みそをフル回転させて何度もこねくり回してみたが、結局は陳腐でシンプルな一言しか出てこなかった。
「……迷惑を、かけてしまいます」
――身内にそういうのがいるとかほんっと迷惑。気持ち悪すぎ。
記憶の中で蘇る妹の声に喉元を刺されて、それ以上の言葉が出てこない。心臓がひとつ大きく跳ねて、じわりと嫌な汗が滲み出る。
妹の態度が急変したのは、ふとしたきっかけで亮太が腐男子だということを知った瞬間からだ。性格も趣味も真逆な兄妹だったが、特に仲が悪いわけではなかったと思う。けれどその日を境に、関係が断絶した。
妹の感情は十二分に理解できる。だから亮太には何も言えなかった。正しくは、会話を持つ機会さえ与えられなかった。同じ屋根の下にいながら、向こうは亮太を名前がゴから始まる人類の敵のように扱った。それも仕方ないと思った。世の中には色んな考えがあって、色んな人がいるから。
ただ、もう二度と笑顔で「お兄ちゃん」と呼ばれることはないという事実だけが、つらかった。
血のつながった家族に自分の存在そのものを否定されてから、亮太はとかく人の迷惑にならないことを己に課し続けた。学校では腐男子だということを隠し、オンラインでは男子だということを隠した。常に誰かの顔色を窺う亮太に、本音で話せるような友達ができるはずもない。いや、もはや作ろうとすら思えなかった。
自分の場合は、好きなものを好きであり続けるだけで、大事な人を傷つけてしまう。だったら、もう誰も――。
「もう終わってるから安心して」
「え……?」
そんなはずはない。だって、まだ狼男は生きている。ユラに攻撃されて巨体を僅かにぐらつかせたものの、未だ戦闘意欲は失っていない。むしろ、こちらに対する殺意をいっそう募らせたようだ。身を低くして、いつでも飛びかかれる姿勢で身構えている。
けれど唐突に、その毒々しい赤の毛並みが霜に覆われたがごとく色を失った。やがて白い線が血管のように全身を這い巡ると、一瞬にして凍結する。そうして断末魔を上げることもなく、あるいはその必要性すら認識できないまま、パキンという澄んだ音とともに砕け散った。
「無事か」
狼男が遺した白煙の陰から、ゆっくりと歩みを進めてきた人影――マオだ。マオの氷の魔法が幻獣を一撃で屠ったのだろう。これでもう全ての脅威は消え去ったのだと理解した途端、ここまで押さえ込んでいた亮太の感情が爆発した。
「う、う、うわああああ……っ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
驚愕だとか焦燥だとか恐怖だとか安堵だとか。先ほどまで強烈に感じていた全てがごちゃ混ぜになり、亮太の口から謝罪という形になってあふれ出した。わんわんと子どものように泣きじゃくる自分が恥ずかしくてたまらなかったが、一度決壊してしまった涙腺を止めることはできない。
「ぼくが、ぼくのせいでっ、ごめんなさ――!」
「いや、違う。お前が謝る必要はない。一瞬でも目を離したおれが悪かった。子どもはすぐにどこかに行く生き物だと、知識としては知っていたはずなのだが……」
早足で近付いてきたマオがユラに並んで跪き、泣きじゃくる亮太の顔を覗き込む。焦ったような困ったような様子が新鮮すぎて、こんなときだというのに亮太の口元がニヤニヤの形を作ろうとした。それを必死に抑えようとしているせいで、いま絶対おかしな顔になっている! やだ、恥ずかしい!
「はは、本当にね。俺たち二人とも大失態だ。でもこれからパパママとしてもっともっと頑張るから、嫌いになったりしないでほしいな」
「だめです!」
「え、だめなの? 嫌いになっちゃう?」
しゅんと眉根を寄せるユラの愛らしいこと愛らしいこと。雨に降られて悲しげに耳を折る子犬のイメージが湧き上がって心臓がオーバーヒートしそうだったが、さすがにそんな場合ではないと頭を振る。
これ以上、マオとユラと一緒にいるのはだめだ。だって亮太にそんな資格はない。そもそもが夢だと思っていたからこそ、推しカプを公言かつ強制するなどという暴挙に出られたのだ。これが現実だとわかった以上、とてもじゃないが他人の人生を左右するようなわがままを行使することはできない。してはいけない。
それを正直に説明できる自信はなかったので、ただただ「だめなんですだめなんです」と、壊れた扇風機のように首を横に振り続ける。
「ぼくはラボの変態さんたちと一緒に生きていきます……」
「どうして急にそんな悲壮な決意を固めちゃったの? いいんだよ、変態さんのことは忘れて」
涙でぐしょぐしょになった亮太の頬を両手で包み込みながら、ユラが困ったように笑う。
「ちゃんと教えてほしいな。どうして俺たちと一緒にいられないの?」
「だって……」
夢だとか別の世界だとか、そういう部分は省いたうえで二人を納得させるにはどうしたらいいんだろう。小さな脳みそをフル回転させて何度もこねくり回してみたが、結局は陳腐でシンプルな一言しか出てこなかった。
「……迷惑を、かけてしまいます」
――身内にそういうのがいるとかほんっと迷惑。気持ち悪すぎ。
記憶の中で蘇る妹の声に喉元を刺されて、それ以上の言葉が出てこない。心臓がひとつ大きく跳ねて、じわりと嫌な汗が滲み出る。
妹の態度が急変したのは、ふとしたきっかけで亮太が腐男子だということを知った瞬間からだ。性格も趣味も真逆な兄妹だったが、特に仲が悪いわけではなかったと思う。けれどその日を境に、関係が断絶した。
妹の感情は十二分に理解できる。だから亮太には何も言えなかった。正しくは、会話を持つ機会さえ与えられなかった。同じ屋根の下にいながら、向こうは亮太を名前がゴから始まる人類の敵のように扱った。それも仕方ないと思った。世の中には色んな考えがあって、色んな人がいるから。
ただ、もう二度と笑顔で「お兄ちゃん」と呼ばれることはないという事実だけが、つらかった。
血のつながった家族に自分の存在そのものを否定されてから、亮太はとかく人の迷惑にならないことを己に課し続けた。学校では腐男子だということを隠し、オンラインでは男子だということを隠した。常に誰かの顔色を窺う亮太に、本音で話せるような友達ができるはずもない。いや、もはや作ろうとすら思えなかった。
自分の場合は、好きなものを好きであり続けるだけで、大事な人を傷つけてしまう。だったら、もう誰も――。
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