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第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい
1-21 ほわっつ?
「迷惑って、何?」
「……ほわっつ?」
意外な一言に驚いて、亮太は思わずアメリカンな声を上げてしまった。ついでに涙も引っ込む。ユラのニュアンスは、まるで『迷惑』という言葉そのものを知らない三歳児の問い掛けのようだったので、一瞬、この世界には存在しない単語なのだろうかと思ってしまった。いやまさかそんなはずは。
「えっと、えっと……?」
「いや、本当にわからないんだよね。俺、多分、今まで一度も誰かに迷惑ってやつをかけられたことってないんじゃないかな」
しみじみ呟くユラ。何かを思い出そうとして、でも何も思いつかなかったらしく、最終的に苦虫を噛み潰したような顔をした。そんな表情まで可愛いのだから、本当に罪深い。そしてどうやら『迷惑』という言葉は、ちゃんとこの世界にも存在しているらしい。とりあえずホッとした。
「で、でも、ぼくいっぱい迷惑なことしましたよ? マオさんとユラさんをパパとママにしちゃったり、一緒にいたいってわがまま言ったり、勝手に黙っていなくなっちゃったり……」
「なるほど、君視点だとそれが『迷惑』になるのか。でも迷惑ってさ、相手に嫌な思いをさせたり負担をかけたりしなきゃ成立しないものじゃないの? だよね、魔王さま?」
「言葉の定義としては、そうなる。一方の行いにより、もう一方が何らかの不利益を得たり不快感を受けることを『迷惑』という」
「ほら、じゃあやっぱりだめだよ。俺と魔王さまって、そういうのあんまり感じないから」
「そ、それは二人がポジティブで優しくて器が大きいからです……!」
「ぷはっ。魔王さまはともかく、俺はそんなできた人間じゃないって」と、ユラが亮太の頭をくしゃくしゃにしながら笑う。
「多分、単純に魔力が強いからじゃないかな。ほかの人よりちょっと頑丈だから、ほかの人よりちょっとやれることが増えるってだけ。だから、一種の自信みたいなものがあるんだろうね。誰かが持ってきた不利益も不快感ってやつも、俺たちは気にならない。だってそんなもの、こっちで勝手にどうにだってできるから」
確かに二人は強い。ゴーレムも幻獣も簡単に倒してしまった。だからこそアンバーサスという、この不思議な世界の中でもさらに特殊な仕事ができているのだろう。「やれることが多い」というユラの言葉にも頷ける。「気にならない」という言葉も、きっと本心だ。――けれど。
「熊みたいに怖がられることも、二人には迷惑にならないですか……?」
飲み込むはずだった薬の錠剤を、うっかり口の中で噛み締めてしまったかのような苦みが、胸の奥でじわりと広がる。
あの四人の調停騎士団がマオとユラに向けていた視線を、亮太は『悪意』だと受け止めた。「何で?」と思ったし、「嫌だな」と思った。その感情は、先ほど「不快感を受けることは迷惑だと定義できる」と言ったマオの説明にも当てはまる。
「え、熊? あー、ひょっとして調停騎士団の彼らのこと? あはは、熊かあ! 確かに!」
君は本当に聡い子だねえ、と。ユラに再び髪の毛をわしゃわしゃされる。あのときはマオもユラも彼らに対して何の反応も示さなかったが、流石に四人分の不穏な視線には気づいていたらしい。気づいていても、本当にどうとも思わないのだ。この、魔王と勇者は。
「あれはもう慣れちゃったというか、まだ可愛いほうというか。彼らの気持ちもわからないでもないし。だってやっぱり熊は怖いでしょう。動物園の檻の中にいるならまだしも、首輪もつけずに堂々と外を歩き回ってればさ。ね、魔王さま?」
「ああ。あえてひとこと付け加えるとするなら、彼らの反応は本能的な恐怖によるもので、決して人格の発露などではない。彼らが勤勉で誠実な騎士であることは、おれも勇者もよく知っている」
ううう、と亮太は唸る。ユラは否定したが、やっぱり二人ともポジティブで優しくて器が大きい。亮太には無理だ。自分に負の感情をぶつけてくる相手に対して、そこまで寛容にはなれない。なれなかったからこそ妹とは疎遠になり、結果的に命を落とすことになってしまった。
――もっと話し合えばよかったのだろうか。もっとわかり合おうとすればよかったのだろうか。
(……もう遅いけど)
「だからまあ、そういうのは俺も魔王さまも大丈夫なんだけどね。でも――」
「わふっ」
「……ほわっつ?」
意外な一言に驚いて、亮太は思わずアメリカンな声を上げてしまった。ついでに涙も引っ込む。ユラのニュアンスは、まるで『迷惑』という言葉そのものを知らない三歳児の問い掛けのようだったので、一瞬、この世界には存在しない単語なのだろうかと思ってしまった。いやまさかそんなはずは。
「えっと、えっと……?」
「いや、本当にわからないんだよね。俺、多分、今まで一度も誰かに迷惑ってやつをかけられたことってないんじゃないかな」
しみじみ呟くユラ。何かを思い出そうとして、でも何も思いつかなかったらしく、最終的に苦虫を噛み潰したような顔をした。そんな表情まで可愛いのだから、本当に罪深い。そしてどうやら『迷惑』という言葉は、ちゃんとこの世界にも存在しているらしい。とりあえずホッとした。
「で、でも、ぼくいっぱい迷惑なことしましたよ? マオさんとユラさんをパパとママにしちゃったり、一緒にいたいってわがまま言ったり、勝手に黙っていなくなっちゃったり……」
「なるほど、君視点だとそれが『迷惑』になるのか。でも迷惑ってさ、相手に嫌な思いをさせたり負担をかけたりしなきゃ成立しないものじゃないの? だよね、魔王さま?」
「言葉の定義としては、そうなる。一方の行いにより、もう一方が何らかの不利益を得たり不快感を受けることを『迷惑』という」
「ほら、じゃあやっぱりだめだよ。俺と魔王さまって、そういうのあんまり感じないから」
「そ、それは二人がポジティブで優しくて器が大きいからです……!」
「ぷはっ。魔王さまはともかく、俺はそんなできた人間じゃないって」と、ユラが亮太の頭をくしゃくしゃにしながら笑う。
「多分、単純に魔力が強いからじゃないかな。ほかの人よりちょっと頑丈だから、ほかの人よりちょっとやれることが増えるってだけ。だから、一種の自信みたいなものがあるんだろうね。誰かが持ってきた不利益も不快感ってやつも、俺たちは気にならない。だってそんなもの、こっちで勝手にどうにだってできるから」
確かに二人は強い。ゴーレムも幻獣も簡単に倒してしまった。だからこそアンバーサスという、この不思議な世界の中でもさらに特殊な仕事ができているのだろう。「やれることが多い」というユラの言葉にも頷ける。「気にならない」という言葉も、きっと本心だ。――けれど。
「熊みたいに怖がられることも、二人には迷惑にならないですか……?」
飲み込むはずだった薬の錠剤を、うっかり口の中で噛み締めてしまったかのような苦みが、胸の奥でじわりと広がる。
あの四人の調停騎士団がマオとユラに向けていた視線を、亮太は『悪意』だと受け止めた。「何で?」と思ったし、「嫌だな」と思った。その感情は、先ほど「不快感を受けることは迷惑だと定義できる」と言ったマオの説明にも当てはまる。
「え、熊? あー、ひょっとして調停騎士団の彼らのこと? あはは、熊かあ! 確かに!」
君は本当に聡い子だねえ、と。ユラに再び髪の毛をわしゃわしゃされる。あのときはマオもユラも彼らに対して何の反応も示さなかったが、流石に四人分の不穏な視線には気づいていたらしい。気づいていても、本当にどうとも思わないのだ。この、魔王と勇者は。
「あれはもう慣れちゃったというか、まだ可愛いほうというか。彼らの気持ちもわからないでもないし。だってやっぱり熊は怖いでしょう。動物園の檻の中にいるならまだしも、首輪もつけずに堂々と外を歩き回ってればさ。ね、魔王さま?」
「ああ。あえてひとこと付け加えるとするなら、彼らの反応は本能的な恐怖によるもので、決して人格の発露などではない。彼らが勤勉で誠実な騎士であることは、おれも勇者もよく知っている」
ううう、と亮太は唸る。ユラは否定したが、やっぱり二人ともポジティブで優しくて器が大きい。亮太には無理だ。自分に負の感情をぶつけてくる相手に対して、そこまで寛容にはなれない。なれなかったからこそ妹とは疎遠になり、結果的に命を落とすことになってしまった。
――もっと話し合えばよかったのだろうか。もっとわかり合おうとすればよかったのだろうか。
(……もう遅いけど)
「だからまあ、そういうのは俺も魔王さまも大丈夫なんだけどね。でも――」
「わふっ」
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