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第二章 カスガイくんは、新居で一緒に暮らしたい
2-2 あ、馬鹿! 魔王さま、こら! おしゃべり!
「いい加減にしなよ、お前たち」
仁王立ちするメンダコの魔物の正面。適度に距離をとったところで、魔王と勇者が正座をさせられている。
さっきまで狭い狭いと思っていたユラの部屋だが、屋根をまるっと失ったことで一気に解放的になった。ああ、なんて爽やかな風だろう。白い雲と青い空が目に眩しい。
「規格外の魔力を有している者としての自覚と責任を持って行動しろと、アタシは何度も何度も言ってたはずだね。んん? 同じことを何十回繰り返せば気が済むんだい? ああ?」
怒りのオーラをまといながら六本の触手をうねうねと揺らしている姿は、どこから見ても立派な魔物だった。全身から黒い煙のようなものがあふれ出し、部屋の中をじわじわと侵食していく。タコはタコでも、メンダコは墨を吐かないと聞いたことがあるが、どうやらブレンゼルにその性質は当てはまらないらしい。
「ごめんなさい」
「すまない」
大人しくぺこりと頭を垂れる最強のアンバーサスをブレンゼルの側から見守りつつ、イリスはどうしてこんなことになったかを回想する。
マオを起こそうとしたユラが雷の魔法を使って、残念ながら色っぽい意味ではなく寝込みを襲ったところ、マオが脊髄反射で絶対防御のシールドを張り、それに跳ね返されたユラの電撃が屋根をきれいに粉砕した、と。
本当にどうしてそうなったのかはわからないが、そういうことだ。
「勇者は起こしに来ておきながら、なぜ永遠に眠らせようとするのか」
「だって今回こそはいけると思ったんだよ。あんなに無防備に眠っている魔王さまを見たのは初めてだったし」
ブレンゼルの前で、マオとユラが肘でつつき合うようにしながらこそこそ話している。どうやら今までにも同じようなことが何度もあったらしい。これは是が非でも詳しく聞き出さなければ。
「あのあのあの!」と、好奇心をジェット噴射に変えて、ブレンゼルとマオユラの間に割って入る。その勢いのまま、正座をするマオの固い膝にしゅたっと腰かけた。
椅子にするにはあまりにも贅沢すぎるが、当のマオが特に気にした様子を見せず、それどころか手慰みにイリスの髪をいじってくるので、ありがたく身を任せながら話を続ける。
「パパとママは、いつもこういう過激なじゃれ合いをしてるんですか?」
「してるといえばしてるけど、してないといえばしてないかな。というか、できないんだよね。だってぜんぜん構ってくれないんだ、この人。一度でいいから本気で戦ってほしくて、さっきみたいに隙があれば攻撃してるんだけど」
「なるほど!」
ユラが強いことは知っている。けれど、そんなユラを赤子のようにあしらうことのできるマオは、おそらくそれ以上に強いに違いない。基本的に防御方面にしか力を使っていない印象だが、それが完全な攻めに転じたときには一体どうなってしまうのか。
ああ、考えただけでテンションが上がってしまう! 特に腐男子的な意味で!
「でも、今回はよくなかったね。どんなにチャンスだったとしても場所を選ぶべきだった。イリスがすぐ近くにいたのに。たまたま怪我をしなかったからよかったものの、もし何かあったら大変なことになってたね」
ごめんなさい、とユラが謝る。いつも堂々としている彼のしおらしい姿は、そのギャップも相まってとてつもなく庇護欲をくすぐられてしまう。気がつけば無意識に立ち上がり、金色の頭をよしよしと撫でていた。
ユラは約束を守ってくれる。これからイリスが一緒にいるときは、きっと節度をわきまえるだろう。それがユラの優しさであり、誠実さの表れであることはわかっている。
けれどそれは、自由に空を飛ぶ鳥を鎖につなげるようなものではないだろうか。イリスは決して、鳥籠の中でお行儀よくしている姿を愛でたいわけではない。鳥本人に強く羽ばたける力があるなら尚更だ。なので。
「ママ」
「なあに、イリス」
「ぼくは破天荒なママが好きです」
「えっ」
「どんなに無理で無茶で無謀なことでもお構いなしで自分の心のままに突っ走っていくママが大好きなんです」
「アッ、あ、アリガトウゴザイマス……ん? いやいや、そうはっきりと言葉にされるとやっぱりちゃんと改めなきゃいけない点があるような気がしないでもないかなあって思うんだけど」
「ないですよ、何にもないです。あるとすれば、それはぼくが自分の身を守る術を持たないという点だけです。そしてそれに関しては、パパがいれば絶対に怪我なんかしないので絶対に大丈夫なんです」
実際に先ほども自分の身はおろか、加害者のユラや少し離れたイリスさえも守るスノードームを、なんと個別に展開するという離れ技を見せた。寝起きで状況が把握しきれていないにも関わらず一瞬で、だ。
尊敬の眼差しでマオを見上げれば、無言のままゆっくりと頷いてくれる。
「だからママはそのままのママのままでいてください!」
「イリス……!」
「ママ!」
「まったくおかしな子だね。似たもの親子だよ、お前たち」
ひしっと、まるで舞台のようにオーバーな動きで強く抱き合うユラとイリスを見て、ブレンゼルが大きなため息をつく。「で? これからどうするんだい? 屋根の修復工事が終わるまで、しばらくここは使えないよ」
そうだ、この部屋を出て行かなければならないとしたら今夜の寝床を確保する必要がある。ということは、近くにあるホテルにでも泊まることになるのだろうか。あるいは、マオのアパートメントか。いずれにせよ三人一緒ならどこに行ったって楽しいに決まっているので、不安などあるはずもない。ワクワクしながらユラの答えを待っていると、先にマオが口を開いた。
「勇者は確か一年ほど前に、第三総括からフロンスファの屋敷をもらっていなかったか」
「あ、馬鹿! 魔王さま、こら! おしゃべり!」
ユラが慌ててマオの口を塞ごうと片手を伸ばすが、時すでに遅し。「屋敷?」と、いきなり出てきた思わぬ情報に目をぱちくりさせたのはイリスだけではないようで、すぐにブレンゼルの疑問が続く。
「フロンスファの屋敷って何のことだい、ユラ。しかも一年前って、お前そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「いやあ、だって人が住めるようなところじゃないからさ。どうせ使わないんだから、わざわざばあちゃんに教える必要はないと思ったんだよ」
「外観だけなら、おれも見たことがある。それほど荒れているようには感じなかったが」
「見た目はね。問題は中身だよ。そりゃもうとにかくひどいんだって。内装とかじゃなくて、ええと、雰囲気? なんて言ったらいいのか、とにかくあの屋敷に住むなんて論外だよ論外。ないない、ぜーったいない!」
ふむ、とイリスは首を傾げる。何かおかしい。
むしろそういうよくわからなさそうなものを見つけたら真っ先に飛び込んで楽しく解決してしまいそうなユラが、なぜかこの件は強く忌避していることが気になった。
ひょっとすると、とんでもない秘密を隠しているのかもしれない。ということはつまり、これはユラの新しい一面を深掘りするチャンスということになる。
(それにそれにそれに! もしその大きな屋敷に三人で暮らせるようになったとしたら、絶対に楽しいし!)
そうなればマオユラのラブラブハプニングの発生率だって格段に上がるに違いない。いや、発生率どころか成功率だって上がる。上げてみせる!
そう! すべては幸せな推しカプ活動のために――!
「ママ、ママ!」
「なあに、イリス」
「ぼく、そのお屋敷を見に行きたいです!」
「えっ」
そんなわけで、三人一緒に新居となる予定の場所へ向かうことになった。
仁王立ちするメンダコの魔物の正面。適度に距離をとったところで、魔王と勇者が正座をさせられている。
さっきまで狭い狭いと思っていたユラの部屋だが、屋根をまるっと失ったことで一気に解放的になった。ああ、なんて爽やかな風だろう。白い雲と青い空が目に眩しい。
「規格外の魔力を有している者としての自覚と責任を持って行動しろと、アタシは何度も何度も言ってたはずだね。んん? 同じことを何十回繰り返せば気が済むんだい? ああ?」
怒りのオーラをまといながら六本の触手をうねうねと揺らしている姿は、どこから見ても立派な魔物だった。全身から黒い煙のようなものがあふれ出し、部屋の中をじわじわと侵食していく。タコはタコでも、メンダコは墨を吐かないと聞いたことがあるが、どうやらブレンゼルにその性質は当てはまらないらしい。
「ごめんなさい」
「すまない」
大人しくぺこりと頭を垂れる最強のアンバーサスをブレンゼルの側から見守りつつ、イリスはどうしてこんなことになったかを回想する。
マオを起こそうとしたユラが雷の魔法を使って、残念ながら色っぽい意味ではなく寝込みを襲ったところ、マオが脊髄反射で絶対防御のシールドを張り、それに跳ね返されたユラの電撃が屋根をきれいに粉砕した、と。
本当にどうしてそうなったのかはわからないが、そういうことだ。
「勇者は起こしに来ておきながら、なぜ永遠に眠らせようとするのか」
「だって今回こそはいけると思ったんだよ。あんなに無防備に眠っている魔王さまを見たのは初めてだったし」
ブレンゼルの前で、マオとユラが肘でつつき合うようにしながらこそこそ話している。どうやら今までにも同じようなことが何度もあったらしい。これは是が非でも詳しく聞き出さなければ。
「あのあのあの!」と、好奇心をジェット噴射に変えて、ブレンゼルとマオユラの間に割って入る。その勢いのまま、正座をするマオの固い膝にしゅたっと腰かけた。
椅子にするにはあまりにも贅沢すぎるが、当のマオが特に気にした様子を見せず、それどころか手慰みにイリスの髪をいじってくるので、ありがたく身を任せながら話を続ける。
「パパとママは、いつもこういう過激なじゃれ合いをしてるんですか?」
「してるといえばしてるけど、してないといえばしてないかな。というか、できないんだよね。だってぜんぜん構ってくれないんだ、この人。一度でいいから本気で戦ってほしくて、さっきみたいに隙があれば攻撃してるんだけど」
「なるほど!」
ユラが強いことは知っている。けれど、そんなユラを赤子のようにあしらうことのできるマオは、おそらくそれ以上に強いに違いない。基本的に防御方面にしか力を使っていない印象だが、それが完全な攻めに転じたときには一体どうなってしまうのか。
ああ、考えただけでテンションが上がってしまう! 特に腐男子的な意味で!
「でも、今回はよくなかったね。どんなにチャンスだったとしても場所を選ぶべきだった。イリスがすぐ近くにいたのに。たまたま怪我をしなかったからよかったものの、もし何かあったら大変なことになってたね」
ごめんなさい、とユラが謝る。いつも堂々としている彼のしおらしい姿は、そのギャップも相まってとてつもなく庇護欲をくすぐられてしまう。気がつけば無意識に立ち上がり、金色の頭をよしよしと撫でていた。
ユラは約束を守ってくれる。これからイリスが一緒にいるときは、きっと節度をわきまえるだろう。それがユラの優しさであり、誠実さの表れであることはわかっている。
けれどそれは、自由に空を飛ぶ鳥を鎖につなげるようなものではないだろうか。イリスは決して、鳥籠の中でお行儀よくしている姿を愛でたいわけではない。鳥本人に強く羽ばたける力があるなら尚更だ。なので。
「ママ」
「なあに、イリス」
「ぼくは破天荒なママが好きです」
「えっ」
「どんなに無理で無茶で無謀なことでもお構いなしで自分の心のままに突っ走っていくママが大好きなんです」
「アッ、あ、アリガトウゴザイマス……ん? いやいや、そうはっきりと言葉にされるとやっぱりちゃんと改めなきゃいけない点があるような気がしないでもないかなあって思うんだけど」
「ないですよ、何にもないです。あるとすれば、それはぼくが自分の身を守る術を持たないという点だけです。そしてそれに関しては、パパがいれば絶対に怪我なんかしないので絶対に大丈夫なんです」
実際に先ほども自分の身はおろか、加害者のユラや少し離れたイリスさえも守るスノードームを、なんと個別に展開するという離れ技を見せた。寝起きで状況が把握しきれていないにも関わらず一瞬で、だ。
尊敬の眼差しでマオを見上げれば、無言のままゆっくりと頷いてくれる。
「だからママはそのままのママのままでいてください!」
「イリス……!」
「ママ!」
「まったくおかしな子だね。似たもの親子だよ、お前たち」
ひしっと、まるで舞台のようにオーバーな動きで強く抱き合うユラとイリスを見て、ブレンゼルが大きなため息をつく。「で? これからどうするんだい? 屋根の修復工事が終わるまで、しばらくここは使えないよ」
そうだ、この部屋を出て行かなければならないとしたら今夜の寝床を確保する必要がある。ということは、近くにあるホテルにでも泊まることになるのだろうか。あるいは、マオのアパートメントか。いずれにせよ三人一緒ならどこに行ったって楽しいに決まっているので、不安などあるはずもない。ワクワクしながらユラの答えを待っていると、先にマオが口を開いた。
「勇者は確か一年ほど前に、第三総括からフロンスファの屋敷をもらっていなかったか」
「あ、馬鹿! 魔王さま、こら! おしゃべり!」
ユラが慌ててマオの口を塞ごうと片手を伸ばすが、時すでに遅し。「屋敷?」と、いきなり出てきた思わぬ情報に目をぱちくりさせたのはイリスだけではないようで、すぐにブレンゼルの疑問が続く。
「フロンスファの屋敷って何のことだい、ユラ。しかも一年前って、お前そんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「いやあ、だって人が住めるようなところじゃないからさ。どうせ使わないんだから、わざわざばあちゃんに教える必要はないと思ったんだよ」
「外観だけなら、おれも見たことがある。それほど荒れているようには感じなかったが」
「見た目はね。問題は中身だよ。そりゃもうとにかくひどいんだって。内装とかじゃなくて、ええと、雰囲気? なんて言ったらいいのか、とにかくあの屋敷に住むなんて論外だよ論外。ないない、ぜーったいない!」
ふむ、とイリスは首を傾げる。何かおかしい。
むしろそういうよくわからなさそうなものを見つけたら真っ先に飛び込んで楽しく解決してしまいそうなユラが、なぜかこの件は強く忌避していることが気になった。
ひょっとすると、とんでもない秘密を隠しているのかもしれない。ということはつまり、これはユラの新しい一面を深掘りするチャンスということになる。
(それにそれにそれに! もしその大きな屋敷に三人で暮らせるようになったとしたら、絶対に楽しいし!)
そうなればマオユラのラブラブハプニングの発生率だって格段に上がるに違いない。いや、発生率どころか成功率だって上がる。上げてみせる!
そう! すべては幸せな推しカプ活動のために――!
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「なあに、イリス」
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