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第二話 カスガイくんは、新居で一緒に暮らしたい

2-3 異議あり! できればお姫様抱っこで!

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「自動車ってホントに便利ですね」
「まあね。でもたまに、一瞬でワープできたらもっと楽なのになって思うこともあるよ。あ、ずっと前に行った遺跡にそういう罠があってさ。楽しくて何度も遊んでたら魔王さまに怒られたっけ」
「あの手の仕掛けは起動時に使用者の魔力および体力、またはその両方を消費する。いかに勇者といえども際限なく続けていれば、そのうち立てなくなっていただろう」
「それはそれで貴重な経験にはなりそうなんだよなあ。俺、あんまり疲れることってないし」
「その場合は、おれが勇者をひきずって帰ることになるが構わないか?」
「色んなところが削れそうだけど仕方ないね」
「異議あり! できればお姫様抱っこで! せめて肩に担ぐ方向でお願いします!」

 どうしようもなく噛み合わないファミリーを乗せて、車は順調にフロンスファへと向かっている。運転席にユラ、助手席にイリス・オン・マオという前回と同じフォーメーションだが、前回と違う点はユラのテンションが明らかに低いということだ。人の多い中心街を抜けても一向にハンドルを握る様子を見せず、完全に自動運転にお任せ状態。車内BGMも、ひたすらゆるいカントリーミュージック。もしも運転手の感情を察して自動的に流れるシステムなのだとしたら、ユラの心情は推して知るべしである。 
(でもそんなちょっとアンニュイな雰囲気もすてき!)と、両手で頬を抑えながらくねくねするイリスの隣で、「あー、そういえば」とユラが口を開く。
 
「魔王さまも空間移動できる模倣具を持ってなかったっけ? あれもやっぱり使ったら疲れるの?」
「いや、出力を絞って極めて限定的な効果しか発動できないように調整している。おれ以外が使ったとしても、おそらく問題はない」
「はいはい! モホウグって何ですか?」

 イリスが元気よく挙手をしながら二人の話に飛び込むと、すかさずマオがその小さな額を後ろからぴたっと抑えた。あー、冷たい指が心地いい。なんて贅沢な冷却ジェルシート。
 
「模倣具というのは、遺跡の遺物などを流用して開発された、特殊な魔法的効果を発現する道具のことだ」
「魔王さまが持っているようなワープができちゃう超レアなものもあれば、子どものおもちゃみたいなものもあるよ。もちろん前者みたいなのは作るのもめちゃくちゃ難しいし、入手経路なんかも限られるから、一般人はそう簡単に所持できないんだけどね」
「なるほど!」

 模倣具。ブレンゼルの家にもレンジや洗濯機などの家電にそっくりな不思議アイテムがあったが、それともまた別のものなのだろう。この世界は本当に、知れば知るほどおもしろい。きっと今から向かう新しい街にも新しい驚きが待ち受けているに違いない――などと、イリスが期待に胸を膨らませたところで、それは向こうから走ってやってきた。

「湖です!」

 フロントガラス越しでも感じる暖かな春の日差しを受けて、魚の鱗のように輝く水面。その背後には、ゆるやかな起伏の青い山脈が連なっている。現代日本で生活していたときは『湖』というものにあまり縁がなかったとはいえ、そんなイリスの想像を軽く超えてくる規模だ。とにかく大きい。果てが見えない。

「イルメリウム第四位の湖、フロリア湖だ。南北二十キロ、東西五キロと細長い形をしている」
「ここフロンスファは、フロリア湖の北側にある街だね。リゾート地としても有名で、色々なアクティビティも楽しめるし、おしゃれなカフェもたくさんあるよ。あ、ほら、イリスイリス。あそこに見えるのが遊覧船。きょうはあれで湖を周遊して、レストランでおいしいものを食べて、ついでにホテルに泊まっちゃおうか。できれば屋根の修繕が終わるまで。うん、それがいい――」
「勇者」
「はーい。当初の目的地に急行しまーす」

 鶴の一声ならぬ魔王の一声を受けたユラの愛車は、遊覧船の発着場を横目にしながら湖に沿って南下する。助手席側に立ち並ぶ色彩豊かな街並みに目を奪われていると、やがて森のゾーンに入ったのか視界が緑で覆われた。そこから左折して少し開けた林道をしばらく進んだところで、ゆっくりと停車する。

「はい、到着。お疲れ様でした」
「ここですか?」
「そう、ここ。というか、あれ」
「あれ?」

『あれ』というのはまさか、遠くに見えるあのヴェルサイユ宮殿をコンパクトにしたようなもののことだろうか。
 深い森を長方形に白く切り取った空間の奥に鎮座している『あれ』が、ユラの屋敷だとでもいうのだろうか。

「すっごく、大きいです……!」
「まあ、そうだね。部屋の数も何十って単位みたいだけど……行くの? 本当に行くの?」
「行きたいです!」
「ですよね」

 ということで車を降りた三人は、まず屋敷の前の広大な庭園へと足を踏み入れた。正面にある噴水を中心に、すべてが幾何学的かつ対照的に整えられている。真面目で几帳面なデザイナーによる設計なのかと思ったが、ユニークな形に剪定された植木や、笑いを誘われるようなデザインの彫刻なども随所に見られるので、どうやら遊び心というものも忘れずに配置したようだった。
  
「とってもおもしろい庭ですね! ママが管理しているんですか?」
「いや、全然。最初にひとりでどんなところか確認するために覗いて以来、一度も来てないよ」
「それなのに、こんなにきれいなんですか?」
「そういう不思議で厄介な代物だから、俺に託されたんだよ。――さて、と。じゃあ魔王さま、イリスを抱っこして。イリスは魔王さまから絶対に離れちゃだめだよ。魔王さまも、イリスをよろしくね」
「わ、わかりました!」
「了解した」
 
 屋敷の正面に辿り着くと、ユラが何やら真剣な表情で言い含めてくる。この念の押しようは、どういうことだろう。イリスも思わず、絶叫系アトラクション直前の心持ちになってしまった。ドキドキ。ごくり。
 
「準備はいい? 開けるよ?」
 
 透明なスマホを操作したユラが、それを扉にかざす。世界遺産並みに歴史のありそうな建物だが、鍵を開ける手段は最先端だ。そのギャップがちょっとおもしろいなとイリスが思っているうちに、重々しい音を立てながら入り口がゆっくりと開いていく。
 閉め切っていた建物ならではの埃っぽい空気があふれ出してくるだろうと身構えていたが、意外にもそんなことは全くなかった。むしろ屋敷中の窓を全開放しているのではないかと思われるような清浄な風と、ほんのり甘い花の香りが出迎えてくれる。
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