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第二章 カスガイくんは、新居で一緒に暮らしたい
2-6 ママにっ! うさ耳がっ! 生えてますっ!
そんなこんなで一階の探索を終えたイリスファミリーは、奥の階段を使って二階までやってきた。長い廊下の両脇に部屋の扉が立ち並ぶシンプルな構造は一階と同じだが、床は大理石のような硬い材質ではなく、見るからにふかふかな絨毯だ。
「まるで高級ホテルの客室フロアみたいです」
「うん、そうだね。ここはゲストルームや使用人の部屋があるっぽいから、下とはまたちょっと雰囲気が違うね」
ぬいぐるみや壁や落とし穴に邪魔されながら探検した一階には、食堂や厨房、大浴場や書斎などがあった。屋敷の外観がヴェルサイユ宮殿(仮)ということもあり、おそろしく派手で華美な内装を想像していたイリスだったが、意外にも落ち着きのある機能的なデザインで統一されていて、いい意味で予想を裏切られた。二階も同じようなコンセプトなのだろうかと期待を抱きつつ、とりあえず一番手前の部屋にお邪魔する。
大きな張り出し窓から差し込む柔らかな光があふれる空間は、ユラの推測通り、ゲストルームの様相を呈していた。そこそこの大家族が伸び伸びとくつろげるほどの広さと設備だが、そのどこを見ても埃一つなくきれいに掃除されている。
「このお部屋も、とっても綺麗です。今すぐにでも使えるようになっています」
「だね。ぬいぐるみたちも、やっぱりここまでは追ってこられないみたいだから、一息つけて助かるよ」
そう。一階にいたときも、なぜか部屋の中では屋敷の精霊による襲撃は受けなかった。どうやら二階でも、その謎ルールは有効らしい。
安全を確認したマオに降ろしてもらったイリスは、ゲストルームの中を縦横無尽に動き回り、堪能し尽くし、そうして最終的に「ボク、このお屋敷好きです!」と、ぴょこぴょこ跳ねながら結論をさけんだ。
「あったかくて優しい雰囲気で、とってもいい香りがします! 住みやすいこと間違いなしです! 特に新婚ホヤホヤで小さな子どもがいるご家庭にぴったりだと思います!」
「あはは、不動産屋さんごっこが上手だねイリス。そんなに気に入った?」
「はい、とっても! きっと精霊さんは、本当にこのお屋敷のことが大事なんですね」
「大事、かあ。まあ確かに、大事じゃなかったら何百年も守ってたりしないよね」
ただの人間の春日井亮太だったイリスには、気が遠くなるような時間だ。そんなにも長い間、この場所を侵入者から守り、たくさんの部屋を整え、庭に花を咲かせ続ける誰か――。
「やっぱり、どんなひとなのかとっても気になります。どこに行けば会えますか?」
「一階には、それっぽいのはいなかったもんね。魔王さまは何か気づいた?」
「いや、おれも気配は感じなかった」
それなら二階もひと通り調べてみよう、ということで再び廊下に戻った。扉の外で今か今かと待ち構えていたぬいぐるみの雪崩を難なくかわし、雨後の筍のようにポンポン生えてくる壁を育ち切る前に蹴飛ばしながら、部屋から部屋へと渡り歩く。
相変わらず妨害は続いているものの、もう落とし穴が掘られることはなくなった。床が絨毯だと勝手が違うのか、はたまた精霊のちょっとした心変わりか。何はともあれ、おかげで探索の効率が格段によくなったことは間違いない。
そうして確認済みの部屋の数が二十を超えたところで、二階の突き当たりへと辿り着いた。壁にぽっかりと開いたアーチ形の穴の向こうへせり出したバルコニーから下を覗き込めば、真っ暗な玄関ホールが見える。どうやら最初に出迎えてくれたぬいぐるみたちが降りてきた階段が、この場所につながっているらしい。――ということは。
「最初に戻ってきちゃいましたね」
すべての部屋を、ひととおり覗いた。二階から上につながる階段も見当たらない。ということは、屋敷を丸ごと探索したことになる。けれど、精霊らしきものはどこにもいなかった。
「なにか見落としちゃったんでしょうか」
「そんなはずないと思うんだけど」
などと話している間にも、ぬいぐるみがぽこぽことアタックしてくる。家族会議の続きは安全地帯でということで、ひとまずバルコニーから一番近い部屋へ避難した。
マオを先頭に、つまりユラをしんがりにして突入する。ここはゲストルームとは違って、サイズも内装も控え目だ。すでに一回ちらっと確認していたが、そのときに「ほかと比べたらちょっと地味だから使用人の部屋なんじゃない?」という結論を出していた。とはいっても比較対象が豪華すぎるだけで、一般的なホテルのシングルルームなら三つは余裕で入るだろう。その中へ一歩二歩と足を進めてから立ち止まったマオが「疲れていないか」と、優しく声をかけてくれる。
「平気です! パパこそ、ずっとボクを抱っこしたままで大丈夫ですか?」
「何も問題ない」
「うん、二人が元気ならよかった。俺はカフェでゆっくりお茶でも飲みたいところだけど……そういうわけにもいかないんでしょ、イリス?」
「はい! 精霊さんに会うまでは絶対に帰りません!」
「ですよね。とはいっても、これ以上どこを探せばいいのか――」
「おそらく三階だろう」と、マオの低い声が振動となってイリスに心地よく伝わる。
「三階? でも上に続く階段なんかなかったよ?」
「魔法で意図的に隠されているのだろう。落とし穴や壁と同じ要領だ。外観から考えれば、もう一階あることは間違いない。何より、屋敷にあるべき部屋が見当たらなかった」
「あるべき部屋、ですか?」首を傾げるイリスと同じタイミングで「ああ、そっか。主寝室だ」と、ユラが手を叩く。
「そうだ。屋敷の主の部屋がないとは考えにくい。あるとするならば、おそらくは隠された三階だろう」
「ふむふむ。そうなると、そこに屋敷の精霊がいる可能性も高そうだね」
「なるほど! それでは三階への階段を探せばいいんですね! いったいどこにある――」
次の目的が明確になったことでテンションを上げたイリスが、未だドア付近に佇んだままのユラを勢いよく振り返る。
そして、見た。とんでもないものを、見てしまった。
「ママにっ! うさ耳がっ! 生えてますっ!」
なんということだろう。ピンク色のふわふわとした長い耳が、ユラの輝く金髪からにょっきりと生えている。
いやいやいや、なんだこれ。ホントになんなんだこれ。自分の妄想、いや幻覚だろうか。
(そりゃぼくにケモ耳属性がないかと言われたら絶対にないとは言い切れないし、つまりちょっとはあるかもしれないけど、でもだからといってこのタイミングで? 急に? なんの脈絡もなく推しにうさ耳をつけたいと思う?)――いいや、思わない! さすがに! いくらなんでもこの状況でうさ耳は!
イリスが己の心の声に反語でつっこみ終わると同時に「あ、これ?」と、ユラが後頭部に手を回す。「なんかね、ずっとひとりだけすっごく熱心に攻撃してくる子がいるなあと思ってたんだけど、とうとう部屋の中にまでくっついてきちゃったみたい」
ユラが帽子を脱ぐような仕草をしながら両手を掲げると、うさ耳も一緒に空中に移動し、同時にぬいぐるみ本体がずるりと姿を表した。なるほど、ユラにウサギの耳が生えていたのではなく、ユラの後ろにウサギのぬいぐるみが隠れていたということらしい。
「なんだそういうことだったんですね、てっきりボクの秘められた欲望が白日の下にさらされたのかと思いました! ママにはいずれ本当にうさ耳を生やしてもらうことにして、とりあえずありがとうございましたウサギさん!」目の保養ができて命が助かりました、と一気にまくしたてながらありったけの感謝を込めて両手を広げれば、ユラの手の中でじたばたと暴れていたウサギが、ぴたりと動きを止めた。
淡い桜色に染まった、ごく普通の二足歩行タイプ。もこもこの体は、攻撃をしてきたほかのぬいぐるみたちに比べると一回りほどサイズが小さいので、イリスでも十分抱えられそうだ。
「よかった、おとなしくなってくれた。すごいねイリス、ありがとう。あ、一応言っておくけど俺にうさ耳が生える予定は今のところないよ? ――さてさて君も、できれば手荒な真似はしたくないから、そのままでいてね」
高い高いしていたウサギをイリスと目線が合う位置にまで下ろしたところで、ユラがほっと安堵の息をつく。強くて頑丈な相手と戦うことは得意でも、その真逆の存在を扱うことに関しては不得意らしい。やわらかいウサギを――たとえぬいぐるみといえど――うっかり潰してしまわないように、おっかなびっくりで抱えている。
(そういえば初めて会ったときも、ぼくに触れることをためらってたっけ)と、きのうの出来事を振り返る。そのときはイリスのほうから頭突きする形になって一応の決着を見たわけだが、とにもかくにもユラにはそういった意外な一面があるらしい。
最強の勇者の愛すべき弱点を発見して思わずニヤニヤしてしまったイリスを、ウサギが大きなピンクトルマリンの目で見つめてくる。じー。じじーっ。ぬいぐるみなので表情の変化というものがないだけに何を考えているかわからないが、とりあえず今すぐ攻撃してくるということはなさそうだ。
(ひょっとして、この子が屋敷の精霊のヒントを持ってたり?)と、こちらも負けじとぬいぐるみを見つめ返していたイリスだったが、ふと、あることに気づいて「あ」と声をあげる。
「この子のしっぽ、ちょっとほつれちゃってます」
「え?」
「まるで高級ホテルの客室フロアみたいです」
「うん、そうだね。ここはゲストルームや使用人の部屋があるっぽいから、下とはまたちょっと雰囲気が違うね」
ぬいぐるみや壁や落とし穴に邪魔されながら探検した一階には、食堂や厨房、大浴場や書斎などがあった。屋敷の外観がヴェルサイユ宮殿(仮)ということもあり、おそろしく派手で華美な内装を想像していたイリスだったが、意外にも落ち着きのある機能的なデザインで統一されていて、いい意味で予想を裏切られた。二階も同じようなコンセプトなのだろうかと期待を抱きつつ、とりあえず一番手前の部屋にお邪魔する。
大きな張り出し窓から差し込む柔らかな光があふれる空間は、ユラの推測通り、ゲストルームの様相を呈していた。そこそこの大家族が伸び伸びとくつろげるほどの広さと設備だが、そのどこを見ても埃一つなくきれいに掃除されている。
「このお部屋も、とっても綺麗です。今すぐにでも使えるようになっています」
「だね。ぬいぐるみたちも、やっぱりここまでは追ってこられないみたいだから、一息つけて助かるよ」
そう。一階にいたときも、なぜか部屋の中では屋敷の精霊による襲撃は受けなかった。どうやら二階でも、その謎ルールは有効らしい。
安全を確認したマオに降ろしてもらったイリスは、ゲストルームの中を縦横無尽に動き回り、堪能し尽くし、そうして最終的に「ボク、このお屋敷好きです!」と、ぴょこぴょこ跳ねながら結論をさけんだ。
「あったかくて優しい雰囲気で、とってもいい香りがします! 住みやすいこと間違いなしです! 特に新婚ホヤホヤで小さな子どもがいるご家庭にぴったりだと思います!」
「あはは、不動産屋さんごっこが上手だねイリス。そんなに気に入った?」
「はい、とっても! きっと精霊さんは、本当にこのお屋敷のことが大事なんですね」
「大事、かあ。まあ確かに、大事じゃなかったら何百年も守ってたりしないよね」
ただの人間の春日井亮太だったイリスには、気が遠くなるような時間だ。そんなにも長い間、この場所を侵入者から守り、たくさんの部屋を整え、庭に花を咲かせ続ける誰か――。
「やっぱり、どんなひとなのかとっても気になります。どこに行けば会えますか?」
「一階には、それっぽいのはいなかったもんね。魔王さまは何か気づいた?」
「いや、おれも気配は感じなかった」
それなら二階もひと通り調べてみよう、ということで再び廊下に戻った。扉の外で今か今かと待ち構えていたぬいぐるみの雪崩を難なくかわし、雨後の筍のようにポンポン生えてくる壁を育ち切る前に蹴飛ばしながら、部屋から部屋へと渡り歩く。
相変わらず妨害は続いているものの、もう落とし穴が掘られることはなくなった。床が絨毯だと勝手が違うのか、はたまた精霊のちょっとした心変わりか。何はともあれ、おかげで探索の効率が格段によくなったことは間違いない。
そうして確認済みの部屋の数が二十を超えたところで、二階の突き当たりへと辿り着いた。壁にぽっかりと開いたアーチ形の穴の向こうへせり出したバルコニーから下を覗き込めば、真っ暗な玄関ホールが見える。どうやら最初に出迎えてくれたぬいぐるみたちが降りてきた階段が、この場所につながっているらしい。――ということは。
「最初に戻ってきちゃいましたね」
すべての部屋を、ひととおり覗いた。二階から上につながる階段も見当たらない。ということは、屋敷を丸ごと探索したことになる。けれど、精霊らしきものはどこにもいなかった。
「なにか見落としちゃったんでしょうか」
「そんなはずないと思うんだけど」
などと話している間にも、ぬいぐるみがぽこぽことアタックしてくる。家族会議の続きは安全地帯でということで、ひとまずバルコニーから一番近い部屋へ避難した。
マオを先頭に、つまりユラをしんがりにして突入する。ここはゲストルームとは違って、サイズも内装も控え目だ。すでに一回ちらっと確認していたが、そのときに「ほかと比べたらちょっと地味だから使用人の部屋なんじゃない?」という結論を出していた。とはいっても比較対象が豪華すぎるだけで、一般的なホテルのシングルルームなら三つは余裕で入るだろう。その中へ一歩二歩と足を進めてから立ち止まったマオが「疲れていないか」と、優しく声をかけてくれる。
「平気です! パパこそ、ずっとボクを抱っこしたままで大丈夫ですか?」
「何も問題ない」
「うん、二人が元気ならよかった。俺はカフェでゆっくりお茶でも飲みたいところだけど……そういうわけにもいかないんでしょ、イリス?」
「はい! 精霊さんに会うまでは絶対に帰りません!」
「ですよね。とはいっても、これ以上どこを探せばいいのか――」
「おそらく三階だろう」と、マオの低い声が振動となってイリスに心地よく伝わる。
「三階? でも上に続く階段なんかなかったよ?」
「魔法で意図的に隠されているのだろう。落とし穴や壁と同じ要領だ。外観から考えれば、もう一階あることは間違いない。何より、屋敷にあるべき部屋が見当たらなかった」
「あるべき部屋、ですか?」首を傾げるイリスと同じタイミングで「ああ、そっか。主寝室だ」と、ユラが手を叩く。
「そうだ。屋敷の主の部屋がないとは考えにくい。あるとするならば、おそらくは隠された三階だろう」
「ふむふむ。そうなると、そこに屋敷の精霊がいる可能性も高そうだね」
「なるほど! それでは三階への階段を探せばいいんですね! いったいどこにある――」
次の目的が明確になったことでテンションを上げたイリスが、未だドア付近に佇んだままのユラを勢いよく振り返る。
そして、見た。とんでもないものを、見てしまった。
「ママにっ! うさ耳がっ! 生えてますっ!」
なんということだろう。ピンク色のふわふわとした長い耳が、ユラの輝く金髪からにょっきりと生えている。
いやいやいや、なんだこれ。ホントになんなんだこれ。自分の妄想、いや幻覚だろうか。
(そりゃぼくにケモ耳属性がないかと言われたら絶対にないとは言い切れないし、つまりちょっとはあるかもしれないけど、でもだからといってこのタイミングで? 急に? なんの脈絡もなく推しにうさ耳をつけたいと思う?)――いいや、思わない! さすがに! いくらなんでもこの状況でうさ耳は!
イリスが己の心の声に反語でつっこみ終わると同時に「あ、これ?」と、ユラが後頭部に手を回す。「なんかね、ずっとひとりだけすっごく熱心に攻撃してくる子がいるなあと思ってたんだけど、とうとう部屋の中にまでくっついてきちゃったみたい」
ユラが帽子を脱ぐような仕草をしながら両手を掲げると、うさ耳も一緒に空中に移動し、同時にぬいぐるみ本体がずるりと姿を表した。なるほど、ユラにウサギの耳が生えていたのではなく、ユラの後ろにウサギのぬいぐるみが隠れていたということらしい。
「なんだそういうことだったんですね、てっきりボクの秘められた欲望が白日の下にさらされたのかと思いました! ママにはいずれ本当にうさ耳を生やしてもらうことにして、とりあえずありがとうございましたウサギさん!」目の保養ができて命が助かりました、と一気にまくしたてながらありったけの感謝を込めて両手を広げれば、ユラの手の中でじたばたと暴れていたウサギが、ぴたりと動きを止めた。
淡い桜色に染まった、ごく普通の二足歩行タイプ。もこもこの体は、攻撃をしてきたほかのぬいぐるみたちに比べると一回りほどサイズが小さいので、イリスでも十分抱えられそうだ。
「よかった、おとなしくなってくれた。すごいねイリス、ありがとう。あ、一応言っておくけど俺にうさ耳が生える予定は今のところないよ? ――さてさて君も、できれば手荒な真似はしたくないから、そのままでいてね」
高い高いしていたウサギをイリスと目線が合う位置にまで下ろしたところで、ユラがほっと安堵の息をつく。強くて頑丈な相手と戦うことは得意でも、その真逆の存在を扱うことに関しては不得意らしい。やわらかいウサギを――たとえぬいぐるみといえど――うっかり潰してしまわないように、おっかなびっくりで抱えている。
(そういえば初めて会ったときも、ぼくに触れることをためらってたっけ)と、きのうの出来事を振り返る。そのときはイリスのほうから頭突きする形になって一応の決着を見たわけだが、とにもかくにもユラにはそういった意外な一面があるらしい。
最強の勇者の愛すべき弱点を発見して思わずニヤニヤしてしまったイリスを、ウサギが大きなピンクトルマリンの目で見つめてくる。じー。じじーっ。ぬいぐるみなので表情の変化というものがないだけに何を考えているかわからないが、とりあえず今すぐ攻撃してくるということはなさそうだ。
(ひょっとして、この子が屋敷の精霊のヒントを持ってたり?)と、こちらも負けじとぬいぐるみを見つめ返していたイリスだったが、ふと、あることに気づいて「あ」と声をあげる。
「この子のしっぽ、ちょっとほつれちゃってます」
「え?」
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