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第二部 第四章 カスガイくんは、旅行の準備を一緒にしたい
4-6 はい、深呼吸! すーはー、って、ぼくしかやってない!
「んー、おもしろかったねー! ショッピングって自分が買わなくても楽しめるからすごいよねー! コスパ最高だよねー!」
「そうだね。マチネたちに当初の予定をぶち壊されたり引っかき回されたりしなかったらもっとナチュラルかつスムーズに楽しめたと思うんだけど、あえてそれは口に出さず心の中にしまっておくことにするよ」
「ひゅー! ユラくんってば、おっとなー! そうそう、人生って何が起こるかわからないってところが一番の醍醐味だよねー!」
ユラの嫌味も、なんのその。たっぷり一時間はしゃべりっぱなしだったマチネは、少しの疲れも感じさせないピカピカな笑顔を振りまく。ユラの評価は厳しいが、イリス的にはマチネと一緒のショッピングは実に充実した楽しい時間になった。スタッフとの掛け合いで笑わせてくれたり、イリスとユラだけでは見落としていた部分にさっと気づいてフォローしてくれたりと、そのさりげない気遣いに感心するばかりだ。
(やっぱりマチネさんはいい人! 信じても大丈夫!)
複数の店を回って短期間の旅行に必要な最低限の買い物を終わらせたころには、イリスのマチネへの評価は爆上がりしていた。今回も荷物は全部まとめて配送してもらったので、体も心も身軽な状態でモールの通路を進む。
「でも残念なのは、肝心のリュックがいまいちピンとこなかったってことかなー! 悪くはないよ! 悪くはなかったんだけども!」
「それね。ちょっと無難すぎるデザインだったから、もうちょっとこう……イリスにぴったりばっちりしっくり合うような、最高にかわいいものがあればよかったんだけどね。いや、イリスはなんでも似合うんだけど、その似合うものの中でもベストオブベストを選びたいっていうかさ」
温度差があるように思えた勇者組だが、リュックについての見解は一致しているようだ。ちなみにイリスは基本的に推し以外のことは割とどうでもいいオタクなので、ユラが決めたものなら風呂敷だろうがなんだろうが背負うつもりでいる。
「ソワレからもまだ連絡こないし、イリスくんさえ疲れてなければ、このままもうちょっとほかのお店を見に行こうよー! リュックを見つけるまでは帰れまてんだよーって、あ、待って! あれ、あれ! なにやってるんだろう?」
手首に巻かれたウェアラブルウォッチのようなものを確認していたマチネが、そのまま勢いよく腕を伸ばし、進行方向の延長線上にある一角を指差した。おそらく普段なら休憩用に使われているだろう広いスペースに、活気づいた人々が集まっている。
「んー? なになに? 『かわいい子には旅をさせろフェア』?」
近づくにつれ、だんだんとその謎の集団の全貌が明らかになってきた。どうやら旅行代理店やスポーツショップが主催するイベントが行われているらしい。鮮やかな旗やポスターに飾られたブースが並んでいて、そこでは輪投げやシュートチャレンジといった体を使うミニゲームが楽しめるようだ。あちこちで歓声や笑い声が上がり、景品を手にして顔をほころばせる人々の姿が目に入る。
「へー、なんか楽しそう! あ、あれ見て見て! ちょうどいいリュックがあるよ! あれ、かわいくない?」
マチネに手を引っ張られてたどり着いたコーナーには、すべてのゲームの景品と思われる品々がずらりと並んでいる。『かわいい子には旅をさせろフェア』という名称のとおり、子ども向けの旅行グッズがほとんどだ。その中に、確かにイリスでも楽に背負えそうなサイズのリュックがあった。丸みを帯びた淡いピンク色の本体から小さな白い羽がちょこんと生えているデザインが、なんとも愛らしい。
「『天使のリュック』だって! 羽が簡易模倣具になっていて、ぴょこぴょこ動かせるみたい! うわわわ、絶対かわいい! イリスくんにめちゃくちゃ似合うよ! ね、ユラくん!」
「当然でしょ、イリスだったらなんでも似合うよ。でも確かにかわいい。これつけたイリス見たすぎてしんどい無理」
肝心のイリスを置き去りにして、顔の良すぎる勇者たちが真剣に相談している。繰り返しになるがイリス自身は自分の持ち物に対して特に思うところはない。だが「推しが喜んでくれるなら何でもやる!」という熱意だけはたっぷりあるので、どう転んでもすぐさま対処できるように、おとなしく成り行きを見守ることにする。
「ね、ね、やってみよ! これゲットしよ! ユラくんが!」
「俺なの? まあ、言われなくても参加する気満々だったけど。でも、それにしたってマチネはなんでもかんでも俺に任せっぱなしじゃない? 俺は年下だけど、メモリアコードでは俺のほうが先輩なんだよ?」
「あー、ごめんなさいユラせんぱーい! ぼくばっかり育っちゃったから、せんぱいのことどうしても子どもみたいに思っちゃってついついつい!」
「言っとくけど俺の身長は普通サイズだから。俺の周りが異常にニョキニョキニョキニョキしてるだけだからっ」
ムキになって反論するユラは貴重なので、イリスはここぞとばかりに目をカッと見開いた。身長にコンプレックスを抱いているユラがかわいすぎてつらいのもあるが、それ以上に年相応の幼い姿がたまらない。
(なんだかんだ言って、二人はちゃんと友達っぽいんだよな)
さっきからどうにもユラからマチネへの当たりが強いと思っていたが、この様子を見るかぎり普通に仲は良さそうだ。推しの交友関係が良好なのは、素直にうれしい。微笑ましいやり取りに頬を緩めたイリスだったが、ふと景品棚の中にそれを見つけて、思わず「ひゃっ!」と、声を上げてしまった。
「どうしたの、イリス?」
「マ――ユラさん、あれ、あれ……!」
イリスが指をさした先には、天使のリュックから少し離れたところに展示されている黒い物体がある。形と大きさからみれば、おそらくあれも子ども用のリュックだろう。けれど、デザインのコンセプトとなっているものが明らかに別次元だった。
真っ黒な本体から伸びる、左右四本ずつの紫色の触手。吸盤の形がデフォルメされているのでかろうじて生々しさこそないが、それはどうみてもタコの足だった。
「あれって……、えっと『悪魔のリュック』? え? 悪魔っていったら普通はコウモリの羽じゃないの? なんでタコなの? どうしてリュックからタコの足が生えてるの? ちょっと個性が強すぎない? どこらへんの需要を見込んでるの? ――って、変わったデザインでびっくりしちゃったよね、イリスくん。だいじょうぶ?」
さすがのマチネも戸惑いを隠せない様子だったが、そんな状態でもイリスへの気遣いは忘れない。隣にしゃがみこんで心配そうに顔を覗き込んでくるが、イリスは俯いたまま肩をぷるぷると震わせ――そして。
「かわいいです、めちゃくちゃかわいいです! おばあちゃんをおんぶしてるみたいでサイコーです!」
「ええ?」
「ね、かわいいよね! あれ、すっごくかわいいよね! 絶対欲しい! イリスに背負ってほしい!」
「えええ?」
イリスは同じようなテンションではしゃぐユラとがっつり両手を取り合うと、その場でくるくる回り出す。そんな二人を見て「え? え?」と、まるでごくごく普通の常識人のようにマチネが慌てふためいた。
「え、あれだよ? ホントに? あっ、ひょっとしてブレンゼルさんの面影とか見てる? 待って待って、ちょっと正気になろうよ! はい、深呼吸! すーはー、って、ぼくしかやってない! ねーねー、タコの足がリュックから生えてるって普通に考えたら怖くない? しかもこれも簡易模倣具だから、自由にニョロニョロ動かせるらしいよ? 怖くない?」
どうやら周りが異常事態に陥ると自分が冷静になるタイプらしい。必死でこちらをなだめにかかるマチネをよそに、イリスとユラは二人だけの世界を作りながらどんどん話を先に進めていく。
「これ、ボール投げの景品みたいです!」
「俺にかかれば楽勝だね!」
「でも難易度『極悪』って書いてあります!」
「ちっちっちっちっ! 俺を誰だと思ってるんですか、イリスさん? 余裕ぶち抜きでクリアしてやりますよ!」
そう言うと、世界最強の勇者はショッピングモールの中心で予告ホームランのごとく天井を指さすのであった。
「そうだね。マチネたちに当初の予定をぶち壊されたり引っかき回されたりしなかったらもっとナチュラルかつスムーズに楽しめたと思うんだけど、あえてそれは口に出さず心の中にしまっておくことにするよ」
「ひゅー! ユラくんってば、おっとなー! そうそう、人生って何が起こるかわからないってところが一番の醍醐味だよねー!」
ユラの嫌味も、なんのその。たっぷり一時間はしゃべりっぱなしだったマチネは、少しの疲れも感じさせないピカピカな笑顔を振りまく。ユラの評価は厳しいが、イリス的にはマチネと一緒のショッピングは実に充実した楽しい時間になった。スタッフとの掛け合いで笑わせてくれたり、イリスとユラだけでは見落としていた部分にさっと気づいてフォローしてくれたりと、そのさりげない気遣いに感心するばかりだ。
(やっぱりマチネさんはいい人! 信じても大丈夫!)
複数の店を回って短期間の旅行に必要な最低限の買い物を終わらせたころには、イリスのマチネへの評価は爆上がりしていた。今回も荷物は全部まとめて配送してもらったので、体も心も身軽な状態でモールの通路を進む。
「でも残念なのは、肝心のリュックがいまいちピンとこなかったってことかなー! 悪くはないよ! 悪くはなかったんだけども!」
「それね。ちょっと無難すぎるデザインだったから、もうちょっとこう……イリスにぴったりばっちりしっくり合うような、最高にかわいいものがあればよかったんだけどね。いや、イリスはなんでも似合うんだけど、その似合うものの中でもベストオブベストを選びたいっていうかさ」
温度差があるように思えた勇者組だが、リュックについての見解は一致しているようだ。ちなみにイリスは基本的に推し以外のことは割とどうでもいいオタクなので、ユラが決めたものなら風呂敷だろうがなんだろうが背負うつもりでいる。
「ソワレからもまだ連絡こないし、イリスくんさえ疲れてなければ、このままもうちょっとほかのお店を見に行こうよー! リュックを見つけるまでは帰れまてんだよーって、あ、待って! あれ、あれ! なにやってるんだろう?」
手首に巻かれたウェアラブルウォッチのようなものを確認していたマチネが、そのまま勢いよく腕を伸ばし、進行方向の延長線上にある一角を指差した。おそらく普段なら休憩用に使われているだろう広いスペースに、活気づいた人々が集まっている。
「んー? なになに? 『かわいい子には旅をさせろフェア』?」
近づくにつれ、だんだんとその謎の集団の全貌が明らかになってきた。どうやら旅行代理店やスポーツショップが主催するイベントが行われているらしい。鮮やかな旗やポスターに飾られたブースが並んでいて、そこでは輪投げやシュートチャレンジといった体を使うミニゲームが楽しめるようだ。あちこちで歓声や笑い声が上がり、景品を手にして顔をほころばせる人々の姿が目に入る。
「へー、なんか楽しそう! あ、あれ見て見て! ちょうどいいリュックがあるよ! あれ、かわいくない?」
マチネに手を引っ張られてたどり着いたコーナーには、すべてのゲームの景品と思われる品々がずらりと並んでいる。『かわいい子には旅をさせろフェア』という名称のとおり、子ども向けの旅行グッズがほとんどだ。その中に、確かにイリスでも楽に背負えそうなサイズのリュックがあった。丸みを帯びた淡いピンク色の本体から小さな白い羽がちょこんと生えているデザインが、なんとも愛らしい。
「『天使のリュック』だって! 羽が簡易模倣具になっていて、ぴょこぴょこ動かせるみたい! うわわわ、絶対かわいい! イリスくんにめちゃくちゃ似合うよ! ね、ユラくん!」
「当然でしょ、イリスだったらなんでも似合うよ。でも確かにかわいい。これつけたイリス見たすぎてしんどい無理」
肝心のイリスを置き去りにして、顔の良すぎる勇者たちが真剣に相談している。繰り返しになるがイリス自身は自分の持ち物に対して特に思うところはない。だが「推しが喜んでくれるなら何でもやる!」という熱意だけはたっぷりあるので、どう転んでもすぐさま対処できるように、おとなしく成り行きを見守ることにする。
「ね、ね、やってみよ! これゲットしよ! ユラくんが!」
「俺なの? まあ、言われなくても参加する気満々だったけど。でも、それにしたってマチネはなんでもかんでも俺に任せっぱなしじゃない? 俺は年下だけど、メモリアコードでは俺のほうが先輩なんだよ?」
「あー、ごめんなさいユラせんぱーい! ぼくばっかり育っちゃったから、せんぱいのことどうしても子どもみたいに思っちゃってついついつい!」
「言っとくけど俺の身長は普通サイズだから。俺の周りが異常にニョキニョキニョキニョキしてるだけだからっ」
ムキになって反論するユラは貴重なので、イリスはここぞとばかりに目をカッと見開いた。身長にコンプレックスを抱いているユラがかわいすぎてつらいのもあるが、それ以上に年相応の幼い姿がたまらない。
(なんだかんだ言って、二人はちゃんと友達っぽいんだよな)
さっきからどうにもユラからマチネへの当たりが強いと思っていたが、この様子を見るかぎり普通に仲は良さそうだ。推しの交友関係が良好なのは、素直にうれしい。微笑ましいやり取りに頬を緩めたイリスだったが、ふと景品棚の中にそれを見つけて、思わず「ひゃっ!」と、声を上げてしまった。
「どうしたの、イリス?」
「マ――ユラさん、あれ、あれ……!」
イリスが指をさした先には、天使のリュックから少し離れたところに展示されている黒い物体がある。形と大きさからみれば、おそらくあれも子ども用のリュックだろう。けれど、デザインのコンセプトとなっているものが明らかに別次元だった。
真っ黒な本体から伸びる、左右四本ずつの紫色の触手。吸盤の形がデフォルメされているのでかろうじて生々しさこそないが、それはどうみてもタコの足だった。
「あれって……、えっと『悪魔のリュック』? え? 悪魔っていったら普通はコウモリの羽じゃないの? なんでタコなの? どうしてリュックからタコの足が生えてるの? ちょっと個性が強すぎない? どこらへんの需要を見込んでるの? ――って、変わったデザインでびっくりしちゃったよね、イリスくん。だいじょうぶ?」
さすがのマチネも戸惑いを隠せない様子だったが、そんな状態でもイリスへの気遣いは忘れない。隣にしゃがみこんで心配そうに顔を覗き込んでくるが、イリスは俯いたまま肩をぷるぷると震わせ――そして。
「かわいいです、めちゃくちゃかわいいです! おばあちゃんをおんぶしてるみたいでサイコーです!」
「ええ?」
「ね、かわいいよね! あれ、すっごくかわいいよね! 絶対欲しい! イリスに背負ってほしい!」
「えええ?」
イリスは同じようなテンションではしゃぐユラとがっつり両手を取り合うと、その場でくるくる回り出す。そんな二人を見て「え? え?」と、まるでごくごく普通の常識人のようにマチネが慌てふためいた。
「え、あれだよ? ホントに? あっ、ひょっとしてブレンゼルさんの面影とか見てる? 待って待って、ちょっと正気になろうよ! はい、深呼吸! すーはー、って、ぼくしかやってない! ねーねー、タコの足がリュックから生えてるって普通に考えたら怖くない? しかもこれも簡易模倣具だから、自由にニョロニョロ動かせるらしいよ? 怖くない?」
どうやら周りが異常事態に陥ると自分が冷静になるタイプらしい。必死でこちらをなだめにかかるマチネをよそに、イリスとユラは二人だけの世界を作りながらどんどん話を先に進めていく。
「これ、ボール投げの景品みたいです!」
「俺にかかれば楽勝だね!」
「でも難易度『極悪』って書いてあります!」
「ちっちっちっちっ! 俺を誰だと思ってるんですか、イリスさん? 余裕ぶち抜きでクリアしてやりますよ!」
そう言うと、世界最強の勇者はショッピングモールの中心で予告ホームランのごとく天井を指さすのであった。
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