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第二部 第四章 カスガイくんは、旅行の準備を一緒にしたい
4-9 だれなんですかそのひとーーーー!!
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「そういうことだから、マオくん製のスノードームに閉じ込められちゃった君は、もう魔法は使えませーん! このまま第三総括のところに強制送還しまーす!」
『なんでやねん! せっかくここまで来たのに! まだ遊んでへんやんか!』
水晶くんが、じたじたともがいている。いや、姿は見えないのだが、不思議とそんな気配がした。まるで子どもみたいだと、ぼんやり思ったところで、ある疑問が頭をよぎる。
「そのひとは悪いひとなんですか?」
「ん?」
久しぶりに会ったマオに気を取られすぎてすっかり放置してしまっていたが、そもそも水晶くんはなぜスノードームに閉じ込められているのだろう。しかも『強制送還』なんて物騒なワードまでついてきている。この情報だけで考えれば、まるで凶悪犯のようだ。けれどイリスには、とてもそんなふうには見えなかった。
「そのひとが何か悪いことをしたから、ソワレさんたちが捕まえに来たんですか?」
尋ねたソワレだけでなく、その隣のマオや、イリスの両脇に立つ勇者組にも注目されながら、イリスは首を傾げた。
「んんん? そう言われると、そんなこともないような気がしてきちゃった! えっとね、どうしよう。この子はまだ、良いことと悪いことの区別がついてないって言えばいいのかな。なんといっても、生まれたてホヤホヤだから!」
「えっ」
『そんくらいわかっとるわ、ぼけソワレ! ガキ扱いすんなや!』
「つまり魔物の赤ちゃんってことですか?」
『誰が赤ちゃんやねん! ……って、お前のほうがよっぽど赤ちゃんみたいなサイズやないか、おチビ! どついたろか!』
「おチビじゃないですぅ。パパとママがつけてくれた、イリスっていう最高に最強な名前があるんですぅ」
イリスが両手を腰に当てながらマウント気味に自己紹介すると、ややあってスノードームから、『パパとママ……?』という怪訝な声が上がった。
「そうですよ。水晶くんのパパとママは、どこにいるんですか?」
『誰が水晶くんやねん。そんなもん、おらへんわ』
「え」
ひょっとしてデリケートな話題だっただろうか。焦ったイリスは、助けを求めるように正面の魔王組を見上げる。しかし、ソワレは相変わらずの笑顔であり、マオもまた、いつもの怜悧な美貌を崩すことなく静かに口を開いた。
「魔物は有性生殖による親子関係を持たない。特定の環境下で自発的に形成される生命体だ」
「えっと? ということは?」
首を勢いよく横に倒したイリスを見て、ソワレが人差し指を空に向けながらくるくると回す。
「さっき眞素の話をしたでしょ? 実はボクたち魔物も、簡単に言えば眞素から生まれるんだよね。イリスくんは、精霊って知ってるかな?」
「はい、知ってます!」
ホンキバタンの執事とウサギのぬいぐるみを思い出しながら、イリスはこくこくと頷く。家に帰ったら、きょうの戦利品とユラの勇姿について彼らに事細かく報告しなければ。
「その精霊も眞素と何かの強い思念が合わさって生まれる存在だから、魔物と似ているといえば似ているかもしれないね」
「ほ、ほえー」
イリスの脳内で、マオとギルモンテの長い影がぴったりと重なる。魔物と精霊が生まれる仕組みがほとんど同じだなんて。あの二人が、ほぼ同じ存在だなんて。
「この世界って、とってもとっても不思議です……!」
思わず口をついて出たイリスの言葉に、マオをのぞく四人が笑う。水晶くんの声もまざっていたことがうれしくてスノードームに視線を向ければ、『ニヤニヤすんなや、おチビ!』と、威嚇されてしまった。おチビじゃないもん。
「そういうことだから、第三総括がこの子の親代わりみたいなものかな。これから人間と共生するために必要な知識や技術をお勉強しなきゃいけないんだけど、この子はすぐにふらふらいなくなっちゃうんだよね」
なまじ魔力が強いから逃げるのも上手でさ、とソワレがスノードームを突っつく。
「水晶くんは、なんでいなくなっちゃうんですか?」
『そんなん遊びたいからに決まってるやろ』
(あっ、アウトドア派なひとだ!)
イリス――というか、春日井亮太は当然のごとくインドア派なので、休みの日に外出する人の気持ちがよくわからなかったりする。わざわざ人込みの中に紛れ込みに行くのって疲れない? 家で映画を観てゲームをして漫画を読んでたほうがよくない?
そんな考え方を譲る気は全くないが、とりあえず今は目の前の水晶くんに寄り添うことにしよう。なるほど、遊びたいからショッピングモールにまで来てしまったのか。ずっと勉強ばかりしていたら飽きる気持ちは確かに理解できる。
でも善悪の判断や人間に対しての接し方を知らないうえに魔力まで強いとなると、どこでどんなトラブルを起こすかわからない。だから魔物たちをまとめている第三総括は、双子たちに頼んで水晶くんを連れ戻さざるを得ないのだ。
(うん、それぞれの事情があるんだよね)
そのうえで、何かいい案はないだろうか。なんかこう、みんながそれぞれちょっとずつハッピーになれるようなアイディアは――。
「あ」
ぽんっと、両手を打つ。
「じゃあ今度、ぼくたちのおうちや、おばあちゃんのカフェに遊びに来てください!」
「えっ」
双子と水晶くんの声が、きれいにハモったのがおかしかった。なんやねん、仲良しやないか。
「パパがいれば魔法が使えないから万が一のことがあっても平気ですし、ママだってとっても強くて速いから水晶くんがどんなに暴れたって大丈夫ですし、おばあちゃんも厳しいけど優しいから色んなこと教えてくれますし、ギルモンテさんもタフィーさんもお客さんはきっとオールビッグウェルカムです!」
途中からユラを見つめながら力説すれば、「イリスとも、きっといい友達になれるね」と、うれしそうに微笑んでくれた。
(お友達!)
それは気づかなかった。そうか、きっとロキくんみたいないい友達に――いや、ロキくんは天敵だった! ユラは絶対に渡さないから!
『……遊びに行ってもいいの?』
「イリスと第三総括がいいなら、いいんじゃない?」
なぜか急に殊勝なことを言い出した水晶くんに笑いかけてから、ユラがマオに目配せする。それを受けたマオも、「ああ」と、当たり前のように首を縦に振った。
「ありがとうございます! パパ、ママ!」
「あはは、よかったじゃーん! ぼくたちから必死に逃げ回った甲斐があったねー!」と、興味深げに成り行きを見守っていたマチネが、ツインテールを振りながら笑う。
『……うん』
おかしい。水晶くんが、やけに素直だ。そして、標準語である。本人もそのことに気づいたのか、『まあ、行ったってもええけどな! お前らがどーしてもっちゅうんならな!』と、慌てて取り繕った。なんだ、ちゃんとかわいいところもあるじゃん。
「うんうん、お勉強する目的ができてよかったねー! 帰って第三総括に許可をもらって、ちゃんと準備をしてから遊びに行こうねー!」
占い師のように水晶くんを撫で回すソワレを見ながら、イリスはその場で飛び跳ねてしまいたくなった。なんでだろう、すっごくうれしい。
イリスの最大の関心は、もちろん推しカプであるマオとユラに向けられている。けれど、その二人が存在する世界のことも、もっと知りたいと思う。二人が存在する世界に住んでいるひとたちのことを、もっともっと知りたいと思う。
「パパ!」
第三総括のお仕事については、とりあえずひと段落ついたようなので、イリスはそのまま勢いよくマオに抱きついた。完全に機会を逸していたが、ようやく触れることができる。マオにずっと会いたいと思っていた気持ちがあふれ出し、大胆にも引き締まった腹筋に頬擦りまでしてしまった。
「買い物は楽しかったか?」
「はい! 今度はパパも一緒にお買い物しましょうね! 絶対ですよ!」
「ああ、わかった」
イリスの頭を優しくなでるマオの視線が、ふと背中で止まる。「先ほどからずっと気になっていたのだが、その背負っているものは……」
「あ! そうですそうですそうでした! ママがミニゲームでゲットしてくれたんです! おばあちゃんみたいで、とってもかわいいですよね!」
そういえば、ずっとタコリュックを担いだままだった。せっかく思い出したので、ついでに触手をうねうねと動かしてみる。マチネが簡易模倣具だと言っていたが、どうやらイリスが念じると勝手に動く仕組みになっているらしい。
イリスの言葉に「ああ」とうなずくマオの隣で、ソワレが「うんうん、やっぱりそれ取れたんだー! じゃあこっちで正解だったね、マオくん!」と笑いながら、近くのベンチにスノードームを置いた。ごとんっという重い音と、ぎゃあっという悲鳴が上がったことも気にせず、あらかじめ置かれていた白い袋を開け始める。大丈夫かな、水晶くん。
「はい、イリスくんにプレゼント!」
「えっ」
「あ」
イリスと一緒に、ユラも驚きの声を上げる。ソワレから袋から取り出して差し出してきたものは、小さな白い羽がついたピンク色の――そう、なんとあの天使リュックだった。
「え、どうしたんですか!? これって、あのボール投げの景品ですよね?」
「そうそう! 難易度『極楽』とはいうけど、それなりに難しいコースを三回連続で成功させたんだよ! ――マオくんがっ!」
「えっ」
ボクは途中で失敗しちゃったんだよね、と言いながらソワレがマオに顔を向けたので、イリスも同じようにマオを見上げる。目が合うと、小さく頷いてくれた。
「悪魔のリュックは勇者が手に入れるだろうと思った」
「ふあっ! ありがとうございます! これもすごくかわいいと思っていたので、とってもうれしいです!」
言いながら、リュックを全力で抱き締める。柔らかすぎる感触を顔面で堪能しながら「日替わりで使います! どっちも大事に使います!」と、もごもご叫んだ。
両親それぞれからの贈り物に前後を挟まれるなんて、滅多にできない経験だ。イリスの昂る気持ちに反応したのか、天使の羽と悪魔の触手がそれぞれパタパタニョロニョロと忙しく動き始める。
――そんなご機嫌なイリスは、気づかなかった。何やらソワレがこそこそと近づいてきて、耳元でそっとささやこうとすることに。
「そういえば、マオくんね。ほかにプレゼントを買ってたよ」
「えっ」
「なんかねなんかね、故郷で帰りを待ってるひとに渡すんだって!」
「えっえっえっ?」
あまりの衝撃で、ソワレの言葉が左の耳から右の耳に光速で抜けていく。え、なに? なんていったの? プレゼントを? なんで? どうして? っていうか、っていうか!
「だ、だ、だ、だ、だれなんですかそのひとーーーー!!」
思いっきりのけぞったせいで仰向けに倒れそうになったイリスの背中を、タコリュックの足が地面を押し返しながら支えてくれた。
『なんでやねん! せっかくここまで来たのに! まだ遊んでへんやんか!』
水晶くんが、じたじたともがいている。いや、姿は見えないのだが、不思議とそんな気配がした。まるで子どもみたいだと、ぼんやり思ったところで、ある疑問が頭をよぎる。
「そのひとは悪いひとなんですか?」
「ん?」
久しぶりに会ったマオに気を取られすぎてすっかり放置してしまっていたが、そもそも水晶くんはなぜスノードームに閉じ込められているのだろう。しかも『強制送還』なんて物騒なワードまでついてきている。この情報だけで考えれば、まるで凶悪犯のようだ。けれどイリスには、とてもそんなふうには見えなかった。
「そのひとが何か悪いことをしたから、ソワレさんたちが捕まえに来たんですか?」
尋ねたソワレだけでなく、その隣のマオや、イリスの両脇に立つ勇者組にも注目されながら、イリスは首を傾げた。
「んんん? そう言われると、そんなこともないような気がしてきちゃった! えっとね、どうしよう。この子はまだ、良いことと悪いことの区別がついてないって言えばいいのかな。なんといっても、生まれたてホヤホヤだから!」
「えっ」
『そんくらいわかっとるわ、ぼけソワレ! ガキ扱いすんなや!』
「つまり魔物の赤ちゃんってことですか?」
『誰が赤ちゃんやねん! ……って、お前のほうがよっぽど赤ちゃんみたいなサイズやないか、おチビ! どついたろか!』
「おチビじゃないですぅ。パパとママがつけてくれた、イリスっていう最高に最強な名前があるんですぅ」
イリスが両手を腰に当てながらマウント気味に自己紹介すると、ややあってスノードームから、『パパとママ……?』という怪訝な声が上がった。
「そうですよ。水晶くんのパパとママは、どこにいるんですか?」
『誰が水晶くんやねん。そんなもん、おらへんわ』
「え」
ひょっとしてデリケートな話題だっただろうか。焦ったイリスは、助けを求めるように正面の魔王組を見上げる。しかし、ソワレは相変わらずの笑顔であり、マオもまた、いつもの怜悧な美貌を崩すことなく静かに口を開いた。
「魔物は有性生殖による親子関係を持たない。特定の環境下で自発的に形成される生命体だ」
「えっと? ということは?」
首を勢いよく横に倒したイリスを見て、ソワレが人差し指を空に向けながらくるくると回す。
「さっき眞素の話をしたでしょ? 実はボクたち魔物も、簡単に言えば眞素から生まれるんだよね。イリスくんは、精霊って知ってるかな?」
「はい、知ってます!」
ホンキバタンの執事とウサギのぬいぐるみを思い出しながら、イリスはこくこくと頷く。家に帰ったら、きょうの戦利品とユラの勇姿について彼らに事細かく報告しなければ。
「その精霊も眞素と何かの強い思念が合わさって生まれる存在だから、魔物と似ているといえば似ているかもしれないね」
「ほ、ほえー」
イリスの脳内で、マオとギルモンテの長い影がぴったりと重なる。魔物と精霊が生まれる仕組みがほとんど同じだなんて。あの二人が、ほぼ同じ存在だなんて。
「この世界って、とってもとっても不思議です……!」
思わず口をついて出たイリスの言葉に、マオをのぞく四人が笑う。水晶くんの声もまざっていたことがうれしくてスノードームに視線を向ければ、『ニヤニヤすんなや、おチビ!』と、威嚇されてしまった。おチビじゃないもん。
「そういうことだから、第三総括がこの子の親代わりみたいなものかな。これから人間と共生するために必要な知識や技術をお勉強しなきゃいけないんだけど、この子はすぐにふらふらいなくなっちゃうんだよね」
なまじ魔力が強いから逃げるのも上手でさ、とソワレがスノードームを突っつく。
「水晶くんは、なんでいなくなっちゃうんですか?」
『そんなん遊びたいからに決まってるやろ』
(あっ、アウトドア派なひとだ!)
イリス――というか、春日井亮太は当然のごとくインドア派なので、休みの日に外出する人の気持ちがよくわからなかったりする。わざわざ人込みの中に紛れ込みに行くのって疲れない? 家で映画を観てゲームをして漫画を読んでたほうがよくない?
そんな考え方を譲る気は全くないが、とりあえず今は目の前の水晶くんに寄り添うことにしよう。なるほど、遊びたいからショッピングモールにまで来てしまったのか。ずっと勉強ばかりしていたら飽きる気持ちは確かに理解できる。
でも善悪の判断や人間に対しての接し方を知らないうえに魔力まで強いとなると、どこでどんなトラブルを起こすかわからない。だから魔物たちをまとめている第三総括は、双子たちに頼んで水晶くんを連れ戻さざるを得ないのだ。
(うん、それぞれの事情があるんだよね)
そのうえで、何かいい案はないだろうか。なんかこう、みんながそれぞれちょっとずつハッピーになれるようなアイディアは――。
「あ」
ぽんっと、両手を打つ。
「じゃあ今度、ぼくたちのおうちや、おばあちゃんのカフェに遊びに来てください!」
「えっ」
双子と水晶くんの声が、きれいにハモったのがおかしかった。なんやねん、仲良しやないか。
「パパがいれば魔法が使えないから万が一のことがあっても平気ですし、ママだってとっても強くて速いから水晶くんがどんなに暴れたって大丈夫ですし、おばあちゃんも厳しいけど優しいから色んなこと教えてくれますし、ギルモンテさんもタフィーさんもお客さんはきっとオールビッグウェルカムです!」
途中からユラを見つめながら力説すれば、「イリスとも、きっといい友達になれるね」と、うれしそうに微笑んでくれた。
(お友達!)
それは気づかなかった。そうか、きっとロキくんみたいないい友達に――いや、ロキくんは天敵だった! ユラは絶対に渡さないから!
『……遊びに行ってもいいの?』
「イリスと第三総括がいいなら、いいんじゃない?」
なぜか急に殊勝なことを言い出した水晶くんに笑いかけてから、ユラがマオに目配せする。それを受けたマオも、「ああ」と、当たり前のように首を縦に振った。
「ありがとうございます! パパ、ママ!」
「あはは、よかったじゃーん! ぼくたちから必死に逃げ回った甲斐があったねー!」と、興味深げに成り行きを見守っていたマチネが、ツインテールを振りながら笑う。
『……うん』
おかしい。水晶くんが、やけに素直だ。そして、標準語である。本人もそのことに気づいたのか、『まあ、行ったってもええけどな! お前らがどーしてもっちゅうんならな!』と、慌てて取り繕った。なんだ、ちゃんとかわいいところもあるじゃん。
「うんうん、お勉強する目的ができてよかったねー! 帰って第三総括に許可をもらって、ちゃんと準備をしてから遊びに行こうねー!」
占い師のように水晶くんを撫で回すソワレを見ながら、イリスはその場で飛び跳ねてしまいたくなった。なんでだろう、すっごくうれしい。
イリスの最大の関心は、もちろん推しカプであるマオとユラに向けられている。けれど、その二人が存在する世界のことも、もっと知りたいと思う。二人が存在する世界に住んでいるひとたちのことを、もっともっと知りたいと思う。
「パパ!」
第三総括のお仕事については、とりあえずひと段落ついたようなので、イリスはそのまま勢いよくマオに抱きついた。完全に機会を逸していたが、ようやく触れることができる。マオにずっと会いたいと思っていた気持ちがあふれ出し、大胆にも引き締まった腹筋に頬擦りまでしてしまった。
「買い物は楽しかったか?」
「はい! 今度はパパも一緒にお買い物しましょうね! 絶対ですよ!」
「ああ、わかった」
イリスの頭を優しくなでるマオの視線が、ふと背中で止まる。「先ほどからずっと気になっていたのだが、その背負っているものは……」
「あ! そうですそうですそうでした! ママがミニゲームでゲットしてくれたんです! おばあちゃんみたいで、とってもかわいいですよね!」
そういえば、ずっとタコリュックを担いだままだった。せっかく思い出したので、ついでに触手をうねうねと動かしてみる。マチネが簡易模倣具だと言っていたが、どうやらイリスが念じると勝手に動く仕組みになっているらしい。
イリスの言葉に「ああ」とうなずくマオの隣で、ソワレが「うんうん、やっぱりそれ取れたんだー! じゃあこっちで正解だったね、マオくん!」と笑いながら、近くのベンチにスノードームを置いた。ごとんっという重い音と、ぎゃあっという悲鳴が上がったことも気にせず、あらかじめ置かれていた白い袋を開け始める。大丈夫かな、水晶くん。
「はい、イリスくんにプレゼント!」
「えっ」
「あ」
イリスと一緒に、ユラも驚きの声を上げる。ソワレから袋から取り出して差し出してきたものは、小さな白い羽がついたピンク色の――そう、なんとあの天使リュックだった。
「え、どうしたんですか!? これって、あのボール投げの景品ですよね?」
「そうそう! 難易度『極楽』とはいうけど、それなりに難しいコースを三回連続で成功させたんだよ! ――マオくんがっ!」
「えっ」
ボクは途中で失敗しちゃったんだよね、と言いながらソワレがマオに顔を向けたので、イリスも同じようにマオを見上げる。目が合うと、小さく頷いてくれた。
「悪魔のリュックは勇者が手に入れるだろうと思った」
「ふあっ! ありがとうございます! これもすごくかわいいと思っていたので、とってもうれしいです!」
言いながら、リュックを全力で抱き締める。柔らかすぎる感触を顔面で堪能しながら「日替わりで使います! どっちも大事に使います!」と、もごもご叫んだ。
両親それぞれからの贈り物に前後を挟まれるなんて、滅多にできない経験だ。イリスの昂る気持ちに反応したのか、天使の羽と悪魔の触手がそれぞれパタパタニョロニョロと忙しく動き始める。
――そんなご機嫌なイリスは、気づかなかった。何やらソワレがこそこそと近づいてきて、耳元でそっとささやこうとすることに。
「そういえば、マオくんね。ほかにプレゼントを買ってたよ」
「えっ」
「なんかねなんかね、故郷で帰りを待ってるひとに渡すんだって!」
「えっえっえっ?」
あまりの衝撃で、ソワレの言葉が左の耳から右の耳に光速で抜けていく。え、なに? なんていったの? プレゼントを? なんで? どうして? っていうか、っていうか!
「だ、だ、だ、だ、だれなんですかそのひとーーーー!!」
思いっきりのけぞったせいで仰向けに倒れそうになったイリスの背中を、タコリュックの足が地面を押し返しながら支えてくれた。
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