近間家の人々

ナムラケイ

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藤森×坂井編

It’s my day.

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「It's not my day」の続きです。

***
 男は坂井匠と名乗り、子供の方は冬馬だと紹介した。
 そして今、藤森は何故か、坂井家のリビングで晩酌をしている。
「それは災難でしたねえ」
 坂井は白ワインを片手にふわふわとした口調だ。なんだか綿菓子みたいな男だなと思う。
「だろ? なんのバチが当たったのかと思うぞ」
 藤森は応じるが、ここは居心地がよく、酒も入ったので苛立ちはすっかり消え失せている。
「そういう日もありますよ。何か、おつまみ出しましょうか?」
「いや、もう腹はいっぱいだ」
 藤森は腹をさする。家庭料理のカレーなんて久しぶりに食べた。

「子供も通るので公園で飲酒は良くないですし、良かったらうちで夕飯食べていきませんか?」
 坂井の誘いが社交辞令なのか何なのか判断がつかず藤森が躊躇していると、その袖を冬馬がぐいぐいと引っ張った。
「おじさん、早く! 今日カレーだよ。それまでマリカーやろ」
「この子もこう言っているので、どうぞ」
 引きずられるようにお邪魔した坂井家は父子家庭で、決して汚くはないが日々の生活の様々な物で溢れている。
 キッチンボードにピン止めされた料理のレシピと保育園のプリント、リビングにはゲームソフトとアニメのキャラグッズが並び、トイレにはアルファベット表が張られている。
 3LKの一部屋は室内干しの服がそのままだし、藤森が座っている布張りのソファーには、冬馬がジュースでも溢したのか丸いシミが出来ている。
 父と子が生きている匂いだ。
 同じ間取りなのに、寝に帰るだけの藤森の部屋とは随分違う。
 料理は得意ではないという坂井の作った甘めのカレーとサラダを食べ、冬馬がスイッチで遊ぶのに付き合い、最後は肩車とお馬さんごっこをせがまれた。
 疲れ切った冬馬が電源が切れるように寝落ちた後、坂井がもう少し飲みませんかとワインを出してきた。

「藤森さん、本当に僕のこと知らなかったんですね」
「あんたどころか、同じマンションの住民なんてほとんど覚えてない」
「住民総会も欠席してますしね」
「苦手なんだよ、ああいうの。俺が行くと、雰囲気悪いだろ」
「そうですか?」
 首を傾げる坂井は本当に疑問そうだ。
「バーの入店断られるキナくささだぞ」
「ははっ。でも、藤森さん意外と人気なんですよ。マンションの奥様方の間で、怖そうだけど苦み走ったいい男がいるって」
「嬉しくない」
「ふふ。やっぱり、何か出しますね」
 坂井は冷蔵庫から、キュウリの漬物を出してくる。
 初対面だというのに気さくで話しやすい男だ。
 塩と唐辛子だけで自分で漬けたという漬物はあっさりして美味く、藤森は箸を進めた。


 坂井は酔うと饒舌になるのか、よく喋った。よく喋るが、アナウンサーのようなアルトの声で柔らかく話すので、ちっとも耳にうるさくない。
 年は藤森と同じ31歳で、妻とは離婚したという。
「僕も悪いし、妻も悪い。だからおあいこなんです」
 理由は性格の不一致だと説明し、坂井は話題を変えた。
「藤森さん、お仕事は何されてるんですか?」
「消費者金融」
 職業を聞かれたら正直に答えることにしている。
 坂井は、ああなるほどと納得顔だ。納得されても困るが、見た目通りなのだろう。
 教育に悪いのでお帰りくださいとでも言われたらすぐに立ち去ってやる。
 そう身構えたが、坂井は何故かおかしそうに笑っている。
「じゃあ僕たち、水と油ですね」
「つまり、坂井さんは銀行員とか警察とかそっち系?」
「いえ、弁護士です」
 それは確かに水と油。いや、寧ろ天敵だ。
「過払い専門とか」
「残念ながら。今は法務省で働いてます」
「公務員」
「はい」
 公務員と聞くと、どうしても行人を思い浮かべる。行人は兄弟全員が公務員だ。
 今頃、金沢の実家で美味い酒でも飲んでいるのだろう。
 酩酊した行人の痴態が脳裏に蘇り、俺も諦めが悪いなと藤森は自嘲する。
 坂井はいかにも真っ当で、優しそうだし真面目そうだし、顔だって男前の部類に入る。
 そんな男でも離婚するのだ。
 男同士で添い遂げられることができたら、それはきっと奇跡だ。
 行人と空乃にそうなってほしい。兄のためにも。切に。


「んあ」
 目覚めと同時に頭痛に襲われた。
 二度と酒なんて飲まないと誓いたくなるような、それでいて喉元過ぎれば性懲りもなくまた飲んでしまう程度の気持ち悪さ。二日酔いだ。
 布張りのソファの上で藤森は右腕を上げた。オメガは午前5時過ぎを射している。
 自分以外の部屋で目覚めるのは久しぶりだ。起き上がると、子供用のスーパーマリオの毛布がずり落ちた。坂井がかけてくれたのだろう。
 窓の外は白み始めていて、青白い気配が部屋を薄明るくしている。
 ローテーブルには空になったワインボトルとグラスが出しっぱなしだ。その横には坂井が突っ伏すように寝ている。
 日付が変わるまで何時間も喋って飲んでいた。初めて言葉を交わしたのに、話題は尽きることなく、飲みすぎるほどに楽しい夜だった。
 頭は痛いが、昨夜の記憶に心が弾んでいる。最悪な一日が最悪なまま終わらなくて良かった。
「さんきゅーな」
 起こさないように小声で呟く。
 朝の始まりの光が坂井の頬に射し、産毛が光っている。薄そうな瞼を縁どる睫毛は黒くて長い。思わずその頬に触れそうになり、藤森は慌てて手を引っ込めた。
 正直そそられたが、相手はノンケで子持ちだ。
 それに、男は後にも先にも行人だけにしておきたい。
「泊めてくれて助かった。ご馳走様。お礼はまた改めて」
 名刺の裏に走り書きをして、ワイングラスの下に滑らせた。借りていた毛布を坂井の背中にそっとかける。
 マリオとルイージが仲良くジャンプしているのを見て、藤森は口元を緩めた。
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