戦闘機乗りの劣情

ナムラケイ

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風紀を乱さないでね@農林水産省宿舎

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 6歳の航一郎は、散々直樹にじゃれついた後、直樹の腰にしがみつくようにして寝てしまった。
 胡坐の上で力尽きた航一郎をどう扱っていいのか分からないのだろう。
 困った顔をしている直樹が面白くて、近間は笑った。  

「おまえ、子供苦手って言うわりに子供に好かれるよな」
「苦手ですけど、でも航一郎君は可愛いです」
 確かに、甥っ子の航一郎の可愛らしさは目に入れても痛くない。
 目がくりんと大きくて子ザルのようなのだ。
 すやすやと眠る航一郎の頭を、直樹は優しく撫でた。
「布団に連れていきましょうか?」
「ああ、いいのよ。私がするから、直樹君は座ってて」
 みちるは言うなり、細腕で航一郎を軽々と抱き上げた。
 20キロはあるだろうに、母親は凄い。

 近間家長男、陽一郎の官舎の居間にはホットプレートが置かれ、お好み焼きが焼ける匂いが香ばしく満ちている。
 座卓を囲むのは、陽一郎、三男の行人、近間と直樹だ。 

 てんでにビールを飲みながら、既に豚玉、えび玉、ネギ焼きを平らげて、2ラウンド目の焼きに入っている。
 お好み焼きのサイドでは、野菜や厚揚げ、イカが単品で焼かれている。

「これ、もういいんじゃないか?」
 調理を仕切っていたみちるがいなくなったので、陽一郎がヘラを取り、調理中の豚玉をじゅうっと押さえつけた。
「陽兄、ぺしぺしすんなって」
 近間はすかさず制止する。
 普段料理をしない男はこれだから駄目だ。
「なんでだ?」
「叩くとふわふわ感が無くなるんだよ」
「あ、俺やりたいです」
 航一郎のお守りから解放された直樹が参戦する。
 お好み焼きを焼くのは初めてだと言っていた割に、器用にヘラを使ってひっくり返している。
「直樹君、上手いな」
 陽一郎が悔しそうに感心しているのが面白い。
「陽兄もみちるさんにばっか頼ってないで、料理しろよ」
 ねぎ焼きを肴に黙々と酒を飲んでいた行人が茶々を入れる。
 行人は肉も魚も食べないが、酒にはめっぽう強いのだ。
 今も、一人で日本酒に切り替えている。
「行人には言われたくないな。今更だが、直樹君はお好み焼きで良かったのか? みちるが腕を振るうって張り切っていたから、もっとご馳走でも良かったんだが」
 案ずる陽一郎に、直樹はにっこり笑った。
「十分ご馳走ですよ。俺、家でお好み焼きしたことないので、楽しいです」 

 シンガポールを出国する直前、みちるから、直樹君は何が食べたいかしらと事前にリサーチがあったのだ。
 直樹がたこ焼き器に異様に興奮していたのを思い出して、お好み焼きを提案して正解だった。
「なら良かった。保と市子ちゃんがシンガポールにお邪魔した時、行く店行く店オシャレだったって騒いでたから、お好み焼きってどうかと思ってたんだ」
「二人が折角来てくれたので、あの時が特別だったんですよ」
 嘘つけ。おまえ、やたらスノッブな店とか高そうな店に俺を連れて行きたがるだろ。
 卒のない直樹の応答に内心で突っ込みを入れていると、行人がぼそりと呟いた。
「マックだって行くしな」
「いや、それはたまには行くけど」
 近間は首を傾げる。
 実際昨日の昼はマックで待ち合わせをしたが。
「なんで行人が知ってるんだ?」
「内緒」
 いつもクールな行人がくつくつと楽しそうに笑っている。
 そういえば、行人は正月に会った時よりも明るくなった気がする。


「あら行人君、もう日本酒開けてるの?」
 航一郎を寝かしつけたみちるが戻ってきた。
 飲んだくれる男連中から菜箸とヘラを奪い取り、焼きあがったお好み焼きをてきぱきと銘々皿に取り分けてくれる。
 さすが主婦だ。
「いただいています。美味いですよ、これ」
 行人の横には、「御所泉吟醸原酒」の四合瓶が畳に直接置かれている。
 みちるは一旦台所へ戻ると、更に一升瓶2本を持ってきた。ラベルには「宗玄」と「十代目」とある。

「すごい量だな」
「全部金沢の酒ですね。近間さんのご実家からですか?」
 ラインナップを見た直樹がみちるに訊いた。
「そう。みんなで飲んでってお義父さんが送ってきてくれたの。うちでは飲み切れないから、恵ちゃんも直樹君もどんどん飲んでね」
 みちるは、各自の前にお猪口を3つずつ配った。
「東京なんだから、地方の酒でも何でも手に入るって言ったんだけどな。まあ、有り難く頂こう」
 陽一郎は行人から酒瓶を受け取ると、お猪口に注いでいく。
「その酒、希少なもので、東京では売っていませんよ」
 直樹が、陽一郎の持つ「吟醸原酒」の瓶を指した。
「え、俺くいくいいっちゃってた」
 一人で2合は飲んでいた行人が慌てている。
「小さな蔵元なので年間1万本しか作っていなくて、地元にしか卸していなかったと思います」
「行人、おまえはもう飲むな」
 直樹の説明に態度を翻す陽一郎に、行人が、もう1本あるからいいだろと反抗している。
 兄弟の掛け合いを、直樹はおかしそうに見ている。
 直樹が屈託なく笑っている様子に、近間は心底安心する。

 昨日、数年ぶりに父親と再会した直樹は、元気そうに振舞っていたが、精神的な疲労は隠せていなかった。
 余程緊張していたのだろう。
 家族と会うのに疲れるなんて、胸が痛む。
 話を聞く限り、父親と茗子と過ごした時間は、良い方向に向かったらしい。
 それは本当に直樹の頑張りだ。

 昨夜、直樹は珍しく早い時間にベッドに潜り込んだ。明け方に少しうなされていたが、朝には吹っ切れた顔をしていた。
 目覚めるなり圧し掛かってきて求められ、それに応じてしまったので、まだ腰が重い。
 朝から抜かずの3発は勘弁してほしかったが、それでもまあ、心身ともに元気そうで何よりだった。 

 兄夫婦と弟と直樹が、楽しそうに喋っているのを見て、胸がじんわり温かくなる。
 男同士の自分たちだ。
 こんなのは、奇跡に近い。
 じっと見ていると、直樹と視線が合った。
 酒で目元が少し赤くなっている。
 目を細めて、愛おしいものを見る目で微笑んでくれる。
 こいつの視線からは、いつもちゃんと愛が伝わってくる。好きだ。 
 近間も同じように微笑みを返すと、みちるがぱんと手を打ち鳴らした。

「はいはい。ここでいちゃつくの禁止。風紀を乱さないでね」
「いや、いちゃついてないし」
 近間は咄嗟に抗弁する。
 そもそも、テーブルを挟んで斜めに座っているので、手さえ触れようがない。
「恥ずかしいくらい甘い視線を絡ませてたから有罪。市子ちゃんに報告しないと」
 なんだその報告体制は。
 みちるも酒が入っているので、いつもよりテンションが高い。
 そのあとは大人5人で深夜まで酒盛りだった。


 官舎では男3人が追加で寝る場所はないので、タクシーを呼んでホテルまで戻った。
 ホテルの廊下を直樹に引きずられるように歩き、ベッドになだれ込む。
「んー、もう無理」
 身体が熱くて、くらくら、ふわふわする。
「近間さん、飲みすぎですよ。あんた、日本酒弱いんですから」
 そういう直樹は既に顔の赤みも引いて、平常モードだ。
「だって、疲れてたから。回るの早かったんだよ」
「疲れてるってなんで。あ、すみません」
 そうだよ、おまえが朝からあんなにサカるからだろ。
 靴と靴下を脱がされ、ベルトが抜かれた。
「なおき、うえも」
 それだけで要望を理解した直樹は、コットンシャツの胸元をくつろげてくれる。
 火照った身体に空気が触れて心地よい。
 朝の情事で汚してしまったシーツは、取り替えられてさらりとしている。
「あー、きもちいー」
 吐く息には酒気と熱が混ざっている。冷たいシーツに頬を擦りつけて堪能する。
「ほら、水飲んでください」
 直樹がペットボトルを差し出してくるが、受け取る気力もない。
「飲ませろよ」
 唇を開いてねだると、直樹が大きな溜め息をついた。
「近間さん」
「なに?」
「お願いだから、絶対に、他の人の前でそんな風に酔わないでくださいね。前科ありなんですから」
「うん、おまえだけ……」
 囁くと、直樹が覆いかぶさってきた。
 キスをされ、同時に冷えた水が口の中に溢れた。
 夢中で飲み下すが、追いつかなくて顎を濡らす。

「ん、もっと」
 濡れた唇を開くと、またキスが降ってくるが、水ではなく舌が入り込んでくる。
 熱い舌は日本酒の香りがして、酔いが深まる。
「や、なおっ、水は?」
「後であげます」
 口の中のいいところ、上顎をぬるぬると舌で擦られ、腰にしびれが走る。頭がぼうっとして、ふわふわする。
 静かな部屋にくちゅくちゅと水音が響く。
 一度唇が離れ、汗ばんだ額の前髪を掻き上げられた。
「本当、可愛い。愛してます」
 言うなりまたキスをされる。
 直樹の顔もとろけていて、多分、こいつもまだ酔っている。
 気持ちいい。気持ちよすぎて、もう全部どうでもよくなってしまう。
 近間は、直樹の首に両腕を回した。

 大切なものは沢山ある。家族も仕事も。
 でも今は、一番大切なものだけに溺れさせて。
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