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しおりを挟む「あー恋がしてえ」
白魔術師ルキアーノは2杯目のビールを一息に飲み干すと、カウンターに突っ伏した。
「47歳のゲイのオヤジが何中学生みたいなこと言ってるのよ。恋がしたいなら、街に出なさい」
マスターのロレンツォは、3杯目のビールを注ぎながら冷たく言い放つ。
ルキアーノは受け取ったビールをぐびりと飲んだ。
「だからこうして出てきたんじゃないか。なのにこの酒場と来たら、いい男の1人もいないときた」
ルキアーノの今日の服装は、下ろしたてのデニムパンツに赤チェックのシャツを合わせ、ネイビーのシングルジャケットをさらっと羽織っている。足元はお気に入りのピンクのスニーカーだ。
一見滅茶苦茶な配色だが、そこを着こなすのが腕だ。
自分でもかなりイケてるオヤジファッションだとご満悦で酒場に出向いたものの、好みの男がまったくいない。
「うちはパーティを探す冒険者のための酒場なのよ。彼氏探しなら、出会い系酒場に行ってちょうだい」
「そういう店で男探してるヤツとは付き合いたくない」
「呆れるわね」
「俺はほらあれなんだよ。めちゃめちゃ好みの凛々しい系美青年と、カフェで持ち帰りのコーヒー取り違えたりしてさ。で自然に仲良くなるわけよ。
距離が縮んでって、そいつはノンケなんだけど、段々俺のこと好きになってくれて。男とか女とかじゃなくて、あんたが好きなんだよ、とか言われてみたいわけよ」
妄想爆裂で語るルキアーノに、ロレンツォは憐みの目を向ける。
「あんた、その手の薄い本読みすぎなんじゃないの?」
カウンター越しにピクルスを差し出し、ロレンツォはウィンクをした。
「アタシで良かったらいつでも相手してあげるわよ」
ルキアーノはロレンツォの顔をまじまじと見る。
甘めの顔立ちに、長めの髪はオールバックにしている。細身だが、腕なんかはきちんと男のもので、肌も滑らかだ。
が、いかんせん、中性的すぎる。片耳ピアスにハイヒールを履いているのも射程圏外だ。
「オネエは好みじゃない」
「まーっ、憎らしいわねえ」
ロレンツォは大袈裟に泣きまねをしている。
そう、俺の好みは、もっと男っぽい男だ。
鍛えた身体をしていて、硬派でストイックな男。
そういう男をめちゃめちゃにして泣かせてみたい。
「変態かな、俺」
ルキアーノは苦笑する。
同じパーティにルシオという武闘家がいる。無口で真面目でサムライのような男だ。
引き締まった身体をしていて、顔つきも凛々しい。
ドストライクだったので、どうにかして口説けないかと狙っていたのだが、同じパーティ内の弓使いの小娘と付き合っていることを知り、あっけなく撃沈した。
まったく、小娘のクセに、美味しいとこも持っていきやがって。
いや、弓使いマルタは良い女の子なのだが、あのルシオとベッドを共にしているなんて羨ましすぎる。
色々想像してしまいそうになったので、ルキアーノは3杯目のビールを開けると、勘定を支払った。
「もう帰るの?」
「ああ。来週からまた旅だから、準備もあるしな。次はセレスだ」
セレスは光の大陸の西方にある天女の里だ。
アンデッド系モンスターが大量発生してセレスを襲撃しているため、掃討作戦のクエストが発表されたのだ。
セレスは小国だが、大国のひとつである草原の国グラシールトの庇護を受けている。
今回のクエストの賞金もグラシールトから拠出されており、なかなかの高額クエストである。
ルキアーノの説明を聞くと、ロレンツォは笑った。
「それはあんたには辛いわね」
「だな」
ロレンツォの言葉の意味が分かったので、ルキアーノも笑った。
天女は女系一族で、つまり里には男がいない。
「無事に帰るのよ」
出口まで見送ってくれたロレンツォが言った。
その顔は優しく微笑んでいる。
冒険者は常に死と隣り合わせだ。
いつどこで命を落としても不思議はない。
だから、冒険者を見送る時は必ず笑顔で。それが、この世界のマナーだ。
「ああ。必ず戻るさ」
ロレンツォは力強く頷いた。
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