ペンと羅針盤

ナムラケイ

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12:記者という人種

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「どういうことっすか?」
「自民党政務調査会長の有馬静臣って知っているでしょ」

 首を傾げる航平に、武井は与党の政治家の名前を口にした。
 航平は記憶を巡らせ、何度かニュースで見たことがあるロマンスグレーの紳士を思い出す。

「一応。前に外務副大臣やってましたよね。あ、まさか有馬って」
「有馬記者は有馬静臣先生のご子息よ」

 有馬の立ち振る舞いから、金持ちの息子なんだろうな、くらいにしか思っていなかったが、与党の大物政治家の息子だったのか。
 そういえば、あいつの愛車は、1千万円以上するベンツのGクラスだった。

「有馬家は明治時代から代々政治家を輩出している家系よ。一族全員が幼稚舎から大学まで慶應義塾。有馬記者のお母様は五和自動車の社長令嬢で、お兄様は弁護士兼父親の政策秘書、妹さんは脳外科医の卵」
「あいつ、そんな華麗なる一族の登場人物だったんですか」
「防衛省内でも結構有名な話よ。有馬記者は家柄とあの容姿に加えて、オックスフォードの院も出たインテリで独身。政治記者になる前は「サンデー・プライム・ニュース」の看板キャスターだったから。ついたあだ名が有馬サマ。防衛省の番記者になってしばらくは、女性職員が記者クラブの周りをうろついて大変だったもの」

「サンデー・プライム・ニュース」
 毎週日曜午後8時から放送される帝都テレビのニュース番組だ。
 航平も夕飯を食べながら流し見することがある。

「だから、見覚えがあったのか」

 ダーウィンで最初に会った時の既視感の謎が今更解けた。
 有馬も有馬だ。何が普通の会社員だ。テレビに出るような会社員なら、最初に言えっつうんだよ。

 航平の驚きぶりに、武井は呆れた様子だ。

「十波、何も知らずに有馬記者と仲良くしてたのね」
「仲良くっつうか、週1くらいでメシ食ってるだけです」
「それを、仲良いっていうのよ。ま、自衛官として出世したいなら、有馬家との人脈もいつか役に立つかもしれないし、大事にしたら」

 悪気はないのであろう武井の発言に、しかし航平は苛立つ。
 出世とか人脈とか、違うだろう。
 有馬の家のことなんて知らなかったし、知ったからといって航平には何の関係もない。

「別に、関係ないですよ。俺は、有馬がニートでもホームレスでも、普通に一緒にメシ食いますよ」
「十波らしいわね」

 航平の反発をさらりと受け流して、武井は付け加えた。

「有馬記者だけど、最近、番組だの特集記事の執筆だので忙しそうにしてたから、次にごはん食べる時は労ってあげなさい」



 防衛大臣の定例記者会見終了後、記者クラブでは不満が大爆発していた。

「ったく、役人が作った原稿丸読みしてんじゃねえよな」
「そーそー。不祥事会見開くんだったら、もっとネタ集めてから開っけつうの」
「あんな会見じゃあ、記事におこせないよなー」

 記者という人種は、貪欲で、押しが強く、恥を知らず、正義感に溢れ、しかし保身も大事。一癖も二癖もある人種の集まりで、語彙が豊富なだけに口の悪さも一級品。
 記者が集まれば、そこは動物園と化す。
 記者たちは悪態をつきながらも、猛スピードで記事を書き上げていた。

 有馬も、ICレコーダーで録音した会見の音声を聞きながら、ニュース原稿を作成する。
 ニュースはスピードが命だ。
 自分の書いた文章が一瞬で全国果ては全世界に拡散されることに、入社当初は感激した。そして今は、慣れた。
 瞬時に拡散された情報の多くは、消費され、消滅する。それでも、溢れかえるニュースの中のたったひとつが世界を変え、人を救うこともある。

「有馬さあ、今回の官製談合、前から目えつけてたりした?」

 隣席に座る時報通信の藤井は既に原稿を書き上げて配信したらしく、有馬に探りを入れてくる。
 同じ記者でも、紙媒体を持たずに記事を契約先に電子配信する通信社の藤井と、番組キャスターやホームページ掲載用のニュース原稿を書くテレビ局の有馬では、仕事のスピード感も意識も異なる。

「それなりにはね。藤井だって、公正取引委員会が動いてるのは耳に入ってただろ」
「ツイッターの件はともかく、電話の件は俺は初耳だったなあ」
「そう? でも大臣がノーコメントなら、「大臣は答えを避けた」としか書けないしね」
「有馬って、談合とか贈賄とか、不正系のネタにはしつこいよな」

 藤井の指摘に、有馬はすっと目を細めた。

「僕、権力ある者の不正って、絶対に許せないんだよね」
「政治家の息子なんだから、たまには酸いも甘いも嚙み分けろよ」
「嫌だ」

 子供の時から大人達の政治の世界の匂いを嗅いでいた。
 だからこそ、逆に許せないものができたのだ。

 真っ向から反論して、書き上げた原稿をメール送信した時、スマホが震えた。
 スマホは記者の命綱だ。
 通知音は絶対に逃さないし、電話だろうがメールだろうがすぐに確認してリプライするのが習慣になっている。

「お疲れ。週末って仕事か? 空いてたら、花火見に行かねえ? 神宮のやつ」

 航平からだった。
 有馬は身震いしてスマホを握り締める。
 これは何のご褒美だ。いや、何かのフラグなのか。

「有馬? なににやついてんの。キモいんだけど」

 藤井とは大学のゼミからの付き合いなので、発言に遠慮がない。

「意中の彼から花火の誘いが来た」
「仕事中に何やってんだよ。まあ、良かったな」

 ついでに藤井は有馬の性的嗜好も知っている。

「神宮球場のアリーナの予約って今から間に合うのかな」
「知んねえけど、おまえんち、青山だろ。家から花火見えんじゃねえの」
「見えるけど、いきなり家に呼ぶのって警戒されない?」
「警戒って、相手、男だろ? 女子じゃねえんだから、嫌なら抵抗できっだろ」
「気は強いんだけど、押しに弱いというか。押し切られると、すぐにぐずぐずになりそうなタイプなんだよね」

 キスの時の航平の、最初はがちがちに固いのに段々ゆるゆるになっていくのを思い出して、思わず笑みが漏れた。
 藤井は大袈裟に両耳を塞いでいる。

「うわー、それ以上聞きたくねえ。あれ、っつうか、まだヤってねえってこと? 手が早いお前にしては奇特じゃん」
「うるさい。キスはしてるし。ノンケだから、ゆっくり攻め方を考えてるんだよ」
「ノンケでキスはさしてくれるって。それってタチ悪くね」

 その意見には全く同意だったので、有馬は深く頷いた。

「うん。すごく、タチが悪いんだよ」

 でも、好きなんだから仕方ないだろ。
 怒ったり怒鳴ったりしながら、それでも受け入れてくれるところが、可愛くて堪まらないんだから。
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