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11:記者会見
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8月に入り、不快指数マックスの真夏日が続いた。
航平は海上幕僚幹部の防衛課で、諸外国との防衛交流を担当している。
自衛隊と外国軍の間で、司令官同士の会談をしたり、共同訓練をしたり、互いの艦船や航空機を寄港させあったりして、相手国の海軍との関係を強化するのが目的だ。
航平が広報室のオフィスを覗くと、昼休み直前だというのに、ざわざわと騒がしい。
何かあったのかと思いながら、自席でパソコンを操作していた武井3佐にファイルを渡した。
「武井3佐、お疲れ様です。フィリピン海軍との高官協議の日程が固まったんで、プレスリリース案のチェックをお願いできますか」
「お疲れさま。公表日はいつにする?」
「来週月曜日の1500でお願いします」
「了解。室長の決裁が取れたら連絡するわ」
「お願いします。今日、なんかあったんですか?」
複数の室員が集まってパソコンのモニターを覗き込んでいるのを指すと、武井はしぶい顔になった。
「さっきの防衛大臣の記者会見が荒れに荒れたらしくて」
「荒れるような案件ありましたっけ」
最近の海上自衛隊は、記者が飛びつくような良い話も悪い話も出ていないはずだが。
「海自(うち)じゃなくて、陸自さんの案件よ」
武井は人差し指で床を指してみせる。
防衛省のメインビルは、上から航空幕僚幹部、内部部局と呼ばれる防衛省本省、海上幕僚幹部、陸上幕僚幹部が数フロアずつ占めているので、陸幕は海幕の下にある。
「そういえば、昨日のニュースで、陸自の入札で談合があったとかなんとか報じられてましたね」
「隊員が十数万人もいるだけあって、陸は事件事故事案が多いからね」
組織は人で、人は人間だ。血気盛んな人間が数十万人働いているのだ。何もない方がおかしい。
現に航平も、上司が暴力沙汰を起こしたり、部下が痴漢で逮捕された苦い経験がある。
武井がパソコンの画面を操作し、件の会見の動画を見せてくれた。
防衛大臣の記者会見は、防衛省本省の広報課が担当しているので、武井のような陸・海・空の幕僚幹部の広報室は、後から録画で内容を確認するのだという。
「今般、陸上自衛隊中央補給処の基地整備に関する役務調達において、同補給処と複数の契約先の間でいわゆる官製談合が疑われるとして、公正取引委員会から勧告を受けました。本談合は、5年前から一部の職員により継続的に実施されていた可能性があります。細部については、現在調査中でございますが…」
画面では、演題に立った国光文明防衛大臣が、不機嫌そうに手元の資料を読み上げている。
「冒頭発言は以上です。各社、質問をどうぞ」
大臣の発言が終わり、本省広報課が挙手した記者を順番に当てていく。
どの記者の質問も詰問口調だ。
「時報通信の藤井です。大臣、先ほど、今回の陸自補給処の基地整備の役務契約を巡る問題で、契約先に陸上自衛隊から複数の元将官が再就職していると言われています。実態として、自衛官の天下りが談合を招いたとお考えでしょうか? また、再就職者の人数を教えてください」
「本件の詳細は、再就職との関係も含めて調査中です。契約先企業への再就職の人数等についても調査中ですので、いずれもお答えを差し控えます」
「再就職した人数程度、すぐに調べられないんでしょうか」
動画では記者席は映っていないが、記者の声色から苛立ちが伝わってくる。
「現在、事務方で調査中です。次、帝都さん」
「帝都テレビの有馬です。関連です。本件官製談合について、陸自補給処の職員が、OBの将官から再就職先企業との契約を暗に強要されたという内容の書き込みをしていたそうですが、事実関係を教えてください」
「有馬だ」
思わず声が出た。武井が少し音量を上げてくれる。
いつもは柔らかいトーンで話す有馬だが、流れ出る音声は固く厳しい。
「その書き込みについては承知していませんし、ツイッター上での個人の書き込みに逐一コメントは致しかねます」
「大臣、今ツイッターとおっしゃったということは、書き込みは確認されているんですよね。警務隊に発信源を特定する調査を命じるおつもりはおありでしょうか」
「警務隊の調査については、事柄の性質上、お答えは差し控えます」
「それでは質問を変えます。大臣、今回の官製談合について、当該契約先企業で顧問を務める元陸将の方とお電話でお話されたというのは事実でしょうか」
差し控えますの一点張りの防衛大臣を、有馬は更に舌鋒鋭く追及している。
ここで初めて、資料を読み上げるばかりだった大臣の顔が凍り付いた。
画面越しにも、会見場の空気が変わったのが分かる。
「君、誰から聞いたのかね」
大臣が逆に問い質した。
有馬は答えない。記者が情報源を死守することくらい、航平でも知っている。
「事実なんですね」
「ここでのお答えは差し控える」
「後の予定がありますので、これで終わります!」
大臣が苦々しく答えると同時に、広報の担当者が会見を打ち切った。
動画が終わり、航平は知らずに止めていた息を吐きだした。
「会見って、バトルなんですね」
「いつもはもっと穏やかだけどね。調査中とはいえ、もう少しは情報開示しないと記者も収まりつかないから」
「記者って、こっちが発表した内容を淡々と記事にするだけかと思ってました」
航平が言うと、広報部署の勤務が長い武井は、当たり前だろうと手を腰に当てた。
「記者は事実を詳らかにして国民に知らせるのが仕事よ。下手な記事を書いたらデスクに採用されないし、購読者や視聴者はすぐにクレームを送ってくる。特ダネを落としたら降格ものだし、公私の区別はないし、泥臭い。記者は、根性と図々しさがないと務まらない職業よ」
「有馬さんみたいなスマートなタイプの記者は珍しいんですかね」
「有馬サマは特別だもの」
「有馬サマ?」
なんだその呼び方は。
復唱すると、武井の方が怪訝そうだ。
「はぴモニの時も思ったけど、あなた、有馬サマのこと本当に知らないのね」
航平は海上幕僚幹部の防衛課で、諸外国との防衛交流を担当している。
自衛隊と外国軍の間で、司令官同士の会談をしたり、共同訓練をしたり、互いの艦船や航空機を寄港させあったりして、相手国の海軍との関係を強化するのが目的だ。
航平が広報室のオフィスを覗くと、昼休み直前だというのに、ざわざわと騒がしい。
何かあったのかと思いながら、自席でパソコンを操作していた武井3佐にファイルを渡した。
「武井3佐、お疲れ様です。フィリピン海軍との高官協議の日程が固まったんで、プレスリリース案のチェックをお願いできますか」
「お疲れさま。公表日はいつにする?」
「来週月曜日の1500でお願いします」
「了解。室長の決裁が取れたら連絡するわ」
「お願いします。今日、なんかあったんですか?」
複数の室員が集まってパソコンのモニターを覗き込んでいるのを指すと、武井はしぶい顔になった。
「さっきの防衛大臣の記者会見が荒れに荒れたらしくて」
「荒れるような案件ありましたっけ」
最近の海上自衛隊は、記者が飛びつくような良い話も悪い話も出ていないはずだが。
「海自(うち)じゃなくて、陸自さんの案件よ」
武井は人差し指で床を指してみせる。
防衛省のメインビルは、上から航空幕僚幹部、内部部局と呼ばれる防衛省本省、海上幕僚幹部、陸上幕僚幹部が数フロアずつ占めているので、陸幕は海幕の下にある。
「そういえば、昨日のニュースで、陸自の入札で談合があったとかなんとか報じられてましたね」
「隊員が十数万人もいるだけあって、陸は事件事故事案が多いからね」
組織は人で、人は人間だ。血気盛んな人間が数十万人働いているのだ。何もない方がおかしい。
現に航平も、上司が暴力沙汰を起こしたり、部下が痴漢で逮捕された苦い経験がある。
武井がパソコンの画面を操作し、件の会見の動画を見せてくれた。
防衛大臣の記者会見は、防衛省本省の広報課が担当しているので、武井のような陸・海・空の幕僚幹部の広報室は、後から録画で内容を確認するのだという。
「今般、陸上自衛隊中央補給処の基地整備に関する役務調達において、同補給処と複数の契約先の間でいわゆる官製談合が疑われるとして、公正取引委員会から勧告を受けました。本談合は、5年前から一部の職員により継続的に実施されていた可能性があります。細部については、現在調査中でございますが…」
画面では、演題に立った国光文明防衛大臣が、不機嫌そうに手元の資料を読み上げている。
「冒頭発言は以上です。各社、質問をどうぞ」
大臣の発言が終わり、本省広報課が挙手した記者を順番に当てていく。
どの記者の質問も詰問口調だ。
「時報通信の藤井です。大臣、先ほど、今回の陸自補給処の基地整備の役務契約を巡る問題で、契約先に陸上自衛隊から複数の元将官が再就職していると言われています。実態として、自衛官の天下りが談合を招いたとお考えでしょうか? また、再就職者の人数を教えてください」
「本件の詳細は、再就職との関係も含めて調査中です。契約先企業への再就職の人数等についても調査中ですので、いずれもお答えを差し控えます」
「再就職した人数程度、すぐに調べられないんでしょうか」
動画では記者席は映っていないが、記者の声色から苛立ちが伝わってくる。
「現在、事務方で調査中です。次、帝都さん」
「帝都テレビの有馬です。関連です。本件官製談合について、陸自補給処の職員が、OBの将官から再就職先企業との契約を暗に強要されたという内容の書き込みをしていたそうですが、事実関係を教えてください」
「有馬だ」
思わず声が出た。武井が少し音量を上げてくれる。
いつもは柔らかいトーンで話す有馬だが、流れ出る音声は固く厳しい。
「その書き込みについては承知していませんし、ツイッター上での個人の書き込みに逐一コメントは致しかねます」
「大臣、今ツイッターとおっしゃったということは、書き込みは確認されているんですよね。警務隊に発信源を特定する調査を命じるおつもりはおありでしょうか」
「警務隊の調査については、事柄の性質上、お答えは差し控えます」
「それでは質問を変えます。大臣、今回の官製談合について、当該契約先企業で顧問を務める元陸将の方とお電話でお話されたというのは事実でしょうか」
差し控えますの一点張りの防衛大臣を、有馬は更に舌鋒鋭く追及している。
ここで初めて、資料を読み上げるばかりだった大臣の顔が凍り付いた。
画面越しにも、会見場の空気が変わったのが分かる。
「君、誰から聞いたのかね」
大臣が逆に問い質した。
有馬は答えない。記者が情報源を死守することくらい、航平でも知っている。
「事実なんですね」
「ここでのお答えは差し控える」
「後の予定がありますので、これで終わります!」
大臣が苦々しく答えると同時に、広報の担当者が会見を打ち切った。
動画が終わり、航平は知らずに止めていた息を吐きだした。
「会見って、バトルなんですね」
「いつもはもっと穏やかだけどね。調査中とはいえ、もう少しは情報開示しないと記者も収まりつかないから」
「記者って、こっちが発表した内容を淡々と記事にするだけかと思ってました」
航平が言うと、広報部署の勤務が長い武井は、当たり前だろうと手を腰に当てた。
「記者は事実を詳らかにして国民に知らせるのが仕事よ。下手な記事を書いたらデスクに採用されないし、購読者や視聴者はすぐにクレームを送ってくる。特ダネを落としたら降格ものだし、公私の区別はないし、泥臭い。記者は、根性と図々しさがないと務まらない職業よ」
「有馬さんみたいなスマートなタイプの記者は珍しいんですかね」
「有馬サマは特別だもの」
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