龍の檻と青年

はる

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夜風

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数日後。

奏多は桐谷の個人事務室で、彼の補佐として静かに仕事をしていた。

書類の確認、口座の照合、報告書の再整理。

外から見れば地味な作業の連続だが、ミスは許されない。

桐谷「ここ、印鑑が違う。こっちは親組の式印」

桐谷の声が後ろから落ちる。

奏多「あ……はい、すみません」

奏多は慌てて書類を戻し、正しいページを開き直す。

指先が少し震えるが、あの日のような眩暈や息苦しさはなかった。

桐谷がふと立ち上がり、彼の後ろに立つ。

無言でその手が伸び、震える手にそっと重なる。

桐谷「自信がないときは、こうすればいい」

桐谷は自分の手で、奏多の手を導いて印鑑を押した。

その手は熱くて、重みがあって、奏多の心をそっとなだめる。

桐谷「分からなくなったらとりあえずこれを押しとけ。なんとかなる笑」

奏多「……笑笑ありがとうございます」

桐谷はそれ以上何も言わず、再び席に戻った。

静かな空間に、キーボードの打鍵音と書類をめくる音だけが響く。

息が合ってきた。隣にいても、怖くない。

(“頼っていい”って、こういうことなのかな……)

それでもまだ、完全に信じきることはできない。
けれど――

桐谷「……奏多」

名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が少しあたたかくなった。




桐谷「今日は、もう仕事いい。飯行くぞ」

突然そう言ったのは、夕方の事務所だった。

奏多が書類をまとめていると、桐谷が立ち上がりながら言った。

奏多「……え、でも」

桐谷「行くって言ったら行く。文句あるか?」

少し不機嫌そうに言いながら、実は心配してくれてるのはわかっている。
奏多は小さくうなずいた。

奏多「……ないです笑」

連れて行かれたのは、この前とはまた違う、目立たない路地裏の小さな定食屋だった。

派手な内装もなく、地元の人間しか来ないような場所。

桐谷は慣れた様子で味噌カツ定食を頼み、奏多は生姜焼き。

二人で黙って並んで座る。妙に落ち着く空間だった。

桐谷「……ここ、昔、親父に連れられて来た」
桐谷がふと呟く。

桐谷「小学生の頃、まわりのやつらにバレないように、普通の親子っぽく飯食ってた」

奏多は驚いて桐谷の横顔を見る。
彼にも“そういう時間”があったのか、と。

奏多「桐谷さんにも、そういう頃あったんですね」

桐谷「‥‥あぁ。」

奏多「お父さんは今は組長さんなんですか?」

桐谷「あぁ、そうだが今は色々あって療養中だ。代わりに俺が今組をあずかってる。」

曖昧な答えに疑問を感じたものの、桐谷の静かな答えに心が少しだけ温まる気がした。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

店を出て、夜風の中を並んで歩く。

何かを言いたくて、でも言葉が見つからなくて、奏多はふいに口を開いた。

奏多「……薬、飲むの……これから、少しずつ控えようとと思います」

桐谷が足を止めた。

桐谷「……大丈夫なのか?」

奏多は小さくうなずいた。

奏多「今日、朝から……少し、怖くなかったんです。桐谷さんのそばにいたからだと思います」
「依存するのはダメだって思ってたけど……誰かに頼るのも、悪くないのかもって」

桐谷はしばらく黙っていた。
それから、柔らかい声で言った。

桐谷「いい判断だ。……でも、無理はするな」
「薬に頼ることが決して駄目なわけではない。
薬に頼らないことより、お前がちゃんと生きてることの方が、大事だ」

奏多の胸がじんと熱くなる。

桐谷の言葉は、いつも深い。
理屈ではなく、どこか心の底に届いてくる。

奏多「……ありがとうございます」
奏多は、小さくそう言った。

初めて、何かを“信じてもいい”と思えた夜だった。

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