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白と闇の境界
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目を覚ましてから、何時間が経ったのか分からなかった。
窓の外はもう暗く、街の灯りがぼんやりと滲んでいる。
病室の時計の針が、かすかに動くたびに、時間だけが淡々と過ぎていった。
奏多は、浅く呼吸をしていた。
胸の奥に何かが詰まっているようで、眠れない。
閉じようとした瞼の裏に、時折“あの時の映像”が焼きついて蘇る。
——闇の中、手首を掴まれる感覚。
——誰かの声。
——「壊してやる」という囁き。
その瞬間、身体が勝手に震えた。
右足の感覚が鈍くなり、冷や汗が滲む。
奏多「……っ」
息を詰めた瞬間、ベッド脇の椅子が音を立てた。
桐谷が顔を上げる。
桐谷「起きてたのか」
低い声が、闇の中で柔らかく響く。
奏多はゆっくりと視線を向けた。
桐谷の目の下には深い影が落ちている。
眠っていないのは、彼も同じだった。
奏多「……眠れなくて」
桐谷は「……そうか」
短い沈黙。
桐谷が立ち上がり、窓際に歩く。
その背中を見つめながら、奏多の心は波打っていた。
桐谷が背を向けたまま、呟くように言う。
桐谷「……無理に眠らなくていい。怖い夢、見そうだろ」
奏多「……はい」
返事をした声が、自分でも驚くほど小さかった。
桐谷は静かに振り返る。
そして、何も言わずベッドの横に戻ってきた。
手を伸ばして、シーツの上で奏多の手に触れる。
その瞬間、胸の奥に波が走った。
現実か、夢か。
わからない。
ただ、その温もりだけが“確か”だった。
奏多は桐谷の手を見つめながら、ゆっくりと指を絡める。
その感触に、涙が滲んだ。
奏多「……桐谷さんの手、あたたかい」
桐谷「……おまえが冷たいだけだ」
奏多「ふふ……そうかも」
少し笑ったけれど、すぐに視界が滲んだ。
奏多「でも、夢みたいです。
こうして……また、桐谷さんと話してるの」
桐谷「夢じゃねぇよ」
桐谷の声が、低く震える。
奏多「これは現実だ。
おまえは、ちゃんと戻ってきた」
奏多「……でも、時々、わからなくなるんです」
奏多の声がかすれる。
奏多「目を閉じると、あの場所が浮かぶ。
……如月の声がして、身体が動かなくなる。
今も、時々、ここが……」
胸のあたりを押さえる。
桐谷の眉がわずかに動いた。
そして、その手を握る指に力を込めた。
桐谷「大丈夫だ。俺がいる」
奏多「……」
桐谷「ここには俺しかいねぇ。誰もおまえに触れねぇ」
その言葉に、涙が溢れた。
ゆっくりと流れ落ちる涙を、桐谷が指で拭う。
奏多「……ねぇ、桐谷さん」
桐谷「ん」
奏多「もし、俺がまた……壊れたら」
「……」
「それでも、側にいてくれますか」
短い沈黙のあと、桐谷は答えた。
桐谷「あぁ、ずっと側にいる。」
その声に、救われるように息が漏れた。
手を強く握る。
桐谷の手の温度が、確かに現実を繋ぎとめていた。
——この温もりだけは、夢じゃない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜が更けた。
病室の灯りは落とされ、代わりに機械の明滅だけが天井に小さな光を描いていた。
奏多は目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返していた。
眠ろうとしても、眠りに落ちきれない。
耳の奥で、何かがざわめいていた。
(……奏多)
誰かが呼ぶ声。
桐谷の声、のはずだった。
けれど、その響きの奥に、もうひとつ別の声が混ざる。
(どうして置いてったの)
(わたしをひとりにして)
母の声だった。
一瞬で血の気が引く。
まぶたの裏の黒が、じわじわと赤く染まっていく。
(お前の壊れる瞬間を見たい)
(グシャっ)
不意に右足に激痛が走る。
——ここは病室だ。
——桐谷さんが隣にいる。
——これは現実。
何度もそう繰り返しても、映像が勝手に流れ出す。
白い天井が、薄暗い浴室の壁に変わる。
手のひらに冷たいもの。
母の顔。
歪んだ笑み。
奏多「……やめて」
声を出したつもりだったのに、息しか出ない。
視界の端が滲み、
ベッドの感触が消える。
代わりに感じるのは、
誰かの手のひらが頬を掴む感覚。
——あの時と同じ。
身体が跳ねた。
奏多「っ、やだ……やだ……!」
桐谷がすぐに動いた。
桐谷「奏多!」
肩を押さえる腕。
暴れる身体を包み込むように抱きしめる。
奏多「離してっ!……やめて……!」
桐谷「違う、俺だ。桐谷だ!」
その声で、ようやく呼吸が止まった。
腕の中で、奏多が小さく震える。
桐谷の胸の鼓動が、早い。
桐谷「……おまえ、ここがどこかわかるか」
奏多「……ぁ……」
桐谷「病院だ。おまえは安全だ。俺がいる」
何度も、何度も繰り返されるその言葉。
まるで呪文みたいに。
奏多は、ゆっくりと顔を上げた。
視界がぼやけて、桐谷の輪郭が滲んでいる。
だけど——その声だけは、はっきり聞こえる。
奏多「桐谷さん……?」
桐谷「ああ。俺だ」
奏多「……夢じゃない……?」
桐谷「夢じゃねぇ。ここにいる。ちゃんと、触れてるだろ」
桐谷は手を握り直した。
その手の温度で、
やっと、少しずつ世界が戻ってくる。
奏多の唇が震える。
奏多「……怖かった」
桐谷「わかってる」
奏多「また……戻っちゃうかと、思った」
桐谷「戻らせねぇよ。何度でも引き戻す」
その言葉に、涙が落ちた。
桐谷はその涙を拭わず、ただ受け止めた。
病室には、また静寂が戻る。
機械の音が、遠くで一定のリズムを刻む。
奏多の頭の中では、まだ断片的な声が響いている。
母の声も、如月の笑い声も、まだ消えきらない。
それでも、
“桐谷の声”がそのすべてを上書きしていくように、静かに、確かに、響いていた。
窓の外はもう暗く、街の灯りがぼんやりと滲んでいる。
病室の時計の針が、かすかに動くたびに、時間だけが淡々と過ぎていった。
奏多は、浅く呼吸をしていた。
胸の奥に何かが詰まっているようで、眠れない。
閉じようとした瞼の裏に、時折“あの時の映像”が焼きついて蘇る。
——闇の中、手首を掴まれる感覚。
——誰かの声。
——「壊してやる」という囁き。
その瞬間、身体が勝手に震えた。
右足の感覚が鈍くなり、冷や汗が滲む。
奏多「……っ」
息を詰めた瞬間、ベッド脇の椅子が音を立てた。
桐谷が顔を上げる。
桐谷「起きてたのか」
低い声が、闇の中で柔らかく響く。
奏多はゆっくりと視線を向けた。
桐谷の目の下には深い影が落ちている。
眠っていないのは、彼も同じだった。
奏多「……眠れなくて」
桐谷は「……そうか」
短い沈黙。
桐谷が立ち上がり、窓際に歩く。
その背中を見つめながら、奏多の心は波打っていた。
桐谷が背を向けたまま、呟くように言う。
桐谷「……無理に眠らなくていい。怖い夢、見そうだろ」
奏多「……はい」
返事をした声が、自分でも驚くほど小さかった。
桐谷は静かに振り返る。
そして、何も言わずベッドの横に戻ってきた。
手を伸ばして、シーツの上で奏多の手に触れる。
その瞬間、胸の奥に波が走った。
現実か、夢か。
わからない。
ただ、その温もりだけが“確か”だった。
奏多は桐谷の手を見つめながら、ゆっくりと指を絡める。
その感触に、涙が滲んだ。
奏多「……桐谷さんの手、あたたかい」
桐谷「……おまえが冷たいだけだ」
奏多「ふふ……そうかも」
少し笑ったけれど、すぐに視界が滲んだ。
奏多「でも、夢みたいです。
こうして……また、桐谷さんと話してるの」
桐谷「夢じゃねぇよ」
桐谷の声が、低く震える。
奏多「これは現実だ。
おまえは、ちゃんと戻ってきた」
奏多「……でも、時々、わからなくなるんです」
奏多の声がかすれる。
奏多「目を閉じると、あの場所が浮かぶ。
……如月の声がして、身体が動かなくなる。
今も、時々、ここが……」
胸のあたりを押さえる。
桐谷の眉がわずかに動いた。
そして、その手を握る指に力を込めた。
桐谷「大丈夫だ。俺がいる」
奏多「……」
桐谷「ここには俺しかいねぇ。誰もおまえに触れねぇ」
その言葉に、涙が溢れた。
ゆっくりと流れ落ちる涙を、桐谷が指で拭う。
奏多「……ねぇ、桐谷さん」
桐谷「ん」
奏多「もし、俺がまた……壊れたら」
「……」
「それでも、側にいてくれますか」
短い沈黙のあと、桐谷は答えた。
桐谷「あぁ、ずっと側にいる。」
その声に、救われるように息が漏れた。
手を強く握る。
桐谷の手の温度が、確かに現実を繋ぎとめていた。
——この温もりだけは、夢じゃない。
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夜が更けた。
病室の灯りは落とされ、代わりに機械の明滅だけが天井に小さな光を描いていた。
奏多は目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返していた。
眠ろうとしても、眠りに落ちきれない。
耳の奥で、何かがざわめいていた。
(……奏多)
誰かが呼ぶ声。
桐谷の声、のはずだった。
けれど、その響きの奥に、もうひとつ別の声が混ざる。
(どうして置いてったの)
(わたしをひとりにして)
母の声だった。
一瞬で血の気が引く。
まぶたの裏の黒が、じわじわと赤く染まっていく。
(お前の壊れる瞬間を見たい)
(グシャっ)
不意に右足に激痛が走る。
——ここは病室だ。
——桐谷さんが隣にいる。
——これは現実。
何度もそう繰り返しても、映像が勝手に流れ出す。
白い天井が、薄暗い浴室の壁に変わる。
手のひらに冷たいもの。
母の顔。
歪んだ笑み。
奏多「……やめて」
声を出したつもりだったのに、息しか出ない。
視界の端が滲み、
ベッドの感触が消える。
代わりに感じるのは、
誰かの手のひらが頬を掴む感覚。
——あの時と同じ。
身体が跳ねた。
奏多「っ、やだ……やだ……!」
桐谷がすぐに動いた。
桐谷「奏多!」
肩を押さえる腕。
暴れる身体を包み込むように抱きしめる。
奏多「離してっ!……やめて……!」
桐谷「違う、俺だ。桐谷だ!」
その声で、ようやく呼吸が止まった。
腕の中で、奏多が小さく震える。
桐谷の胸の鼓動が、早い。
桐谷「……おまえ、ここがどこかわかるか」
奏多「……ぁ……」
桐谷「病院だ。おまえは安全だ。俺がいる」
何度も、何度も繰り返されるその言葉。
まるで呪文みたいに。
奏多は、ゆっくりと顔を上げた。
視界がぼやけて、桐谷の輪郭が滲んでいる。
だけど——その声だけは、はっきり聞こえる。
奏多「桐谷さん……?」
桐谷「ああ。俺だ」
奏多「……夢じゃない……?」
桐谷「夢じゃねぇ。ここにいる。ちゃんと、触れてるだろ」
桐谷は手を握り直した。
その手の温度で、
やっと、少しずつ世界が戻ってくる。
奏多の唇が震える。
奏多「……怖かった」
桐谷「わかってる」
奏多「また……戻っちゃうかと、思った」
桐谷「戻らせねぇよ。何度でも引き戻す」
その言葉に、涙が落ちた。
桐谷はその涙を拭わず、ただ受け止めた。
病室には、また静寂が戻る。
機械の音が、遠くで一定のリズムを刻む。
奏多の頭の中では、まだ断片的な声が響いている。
母の声も、如月の笑い声も、まだ消えきらない。
それでも、
“桐谷の声”がそのすべてを上書きしていくように、静かに、確かに、響いていた。
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