龍の檻と青年

はる

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小さな幸せ

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奏多「……ねぇ、桐谷さん、それ焦げてます」

桐谷「うるせぇ、火が強ぇだけだ」

キッチンの中で、フライパンの中身がジリジリと音を立てる。

いつもは手を出さない桐谷が、珍しく朝食作りを手伝っていた。

奏多は腰エプロン姿で、彼の横からひょいと覗き込む。

奏多「それ、裏返すタイミングもう少し遅いです」

桐谷「だから、言うなら早く言えって」

奏多「だって、桐谷さんが“俺に任せろ”って言ったじゃないですか」

桐谷「……ああ言えばこう言うな」

二人とも笑ってしまう。
焦げたベーコンの匂いが漂うけれど、
それすらも愛おしく感じる時間だった。

桐谷「失敗したな」

奏多「でも、こういうのも美味しいですよ」

奏多はそう言って、桐谷が焼いたベーコンを箸でつまみ、

一口食べて、笑う。

奏多「……うん。桐谷さんの味です」

桐谷「どんな味だよ」

奏多「ちょっと焦げて、でもちゃんとあったかい」

桐谷は苦笑して、頭を軽く撫でた。

桐谷「おまえ、そういうこと言うの、ずるいな」

奏多「だって本当のことです」

二人で向かい合って食卓につき、
なんでもない話をしながら、
平凡な朝をゆっくりと味わった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昼過ぎ。

ふたりはスーパーの袋を下げて、
近所の桜並木を歩いていた。

奏多「桜、もう終わりですね」

桐谷「そうだな。花見の時期、逃したな」

奏多「来年は行きたいです」

桐谷「……おう」

その会話のあと、しばらく沈黙が続く。

けれど、不思議と気まずくはなかった。

同じ歩幅で並んで歩くだけで、
世界が少しやさしくなる気がした。

信号待ちの間、
奏多はふと、桐谷の手を見た。

大きくて、節くれだった指。
無意識に、その手に自分の指を重ねた。

桐谷は一瞬だけ目を見開き、
すぐに何も言わず、握り返す。

桐谷「……人前でこういうの、珍しいな」

奏多「恥ずかしいですけど、離したくないです」

桐谷「……意味わかんねーよ」

桐谷はそう言いながらも、
その手を最後まで離さなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

部屋の明かりがあたたかく灯り、
外では小雨の音がしていた。

ソファで寄り添いながら、
テレビのどうでもいいバラエティ番組を眺めている。

奏多「……笑いすぎて涙出てますよ」

桐谷「おまえが横で変なタイミングで笑うからだろ」

奏多「じゃあ僕のせいですか?」

桐谷「そうだ」

そう言いながら、桐谷は奏多の頭を自分の肩に乗せる。

その仕草が自然で、あまりにも優しかった。

やがて、テレビの音が遠くなっていく。

奏多は桐谷の胸に顔を寄せ、
目を閉じたまま、小さな声で呟いた。

奏多「……こうしてると、眠くなります」

桐谷「寝ろ。今日はよく笑っただろ」

奏多「はい……でも、桐谷さんがいなくなると、
 また怖くなるかもしれません」

桐谷はその言葉に少しだけ息を止め、
ゆっくりと抱き寄せた。

桐谷「大丈夫だ、いなくならねぇよ」

奏多「……ほんとに?」

桐谷「ほんとだ。」

奏多は微笑んで、桐谷の胸に手を当てた。
奏多「……約束ですよ」

桐谷「ああ。……約束だ」

外では雨がやみ、
街の灯りが窓の外に滲んでいた。

二人の呼吸が重なって、
部屋の中は、ただ静かなぬくもりで満たされていく。

それは、誰にも奪えない“穏やかな夜”。
彼らがようやく掴んだ、
ほんの小さな――でも確かな幸せだった。

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