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いってらっしゃい
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カーテンの隙間から、朝の光が差し込む。
白く薄い光が、部屋の中をやさしく包んでいた。
奏多はゆっくりと目を開けた。
天井を見つめたまま、しばらく呼吸の音だけが静かに響く。
昨夜のことが夢だったのか、現実だったのか、
まだ頭の中がぼんやりしていた。
隣を見ると、
大きな龍の刺青が入った胸元がみえた。
その横顔は穏やかで、
どこか「安心している」ようにも見えた。
奏多はしばらく、ただその姿を見つめていた。
胸の奥があたたかくて、
けれど少しだけ痛い。
“もう離れねぇから”――
昨夜の桐谷の声が、まだ耳の奥に残っていた。
そっと立ち上がって、台所に向かう。
冷蔵庫を開けると、卵と牛乳が少し。
何か作ってあげよう、と思った。
ただそれだけのことが、
こんなに意味のある行為に思えたのは初めてだった。
コンロに火をつけ、卵を割る音が響く。
その小さな生活音に、桐谷が目を覚ます。
桐谷「……おい」
奏多「おはようございます」
振り返った奏多が、
少し照れくさそうに笑った。
桐谷「何してんだ」
奏多「朝ごはん、作ろうと思って。
ずっとお世話になってるから、せめてこれくらいは」
桐谷は髪をかきあげ、
眠そうに目を細めながらも、
口の端を少しだけ上げた。
桐谷「……変なこと言うな。おまえがいるだけで充分だ」
奏多「そんなこと言われたら、余計に頑張っちゃいますよ」
そう言って笑う奏多の声は、
ほんの少し震えていた。
でも、それは悲しみじゃなかった。
二人で向かい合って、
小さな食卓を囲む。
湯気の立つ味噌汁と、焼きすぎた卵焼き。
どれも完璧じゃないのに、
“これが幸せなんだ”と、桐谷は気づいてしまった。
桐谷「……うまい」
奏多「ほんとに? ちょっと焦げてますけど」
桐谷「そういうのがいいんだよ」
桐谷は箸を置き、
ふと真面目な声で言った。
桐谷「こういう朝もいいな。」
奏多の手が止まる。
目を伏せ、ゆっくりと微笑む。
奏多「……はい、僕もそう思います」
窓の外では、
夜の雨が嘘みたいに晴れて、
透き通るような青空が広がっていた。
この日常が、どれだけ脆いものか、
二人ともどこかで知っていた。
それでも――
今だけは、何も考えずにこの時間を信じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
靴を履く桐谷の背中を、奏多はじっと見つめていた。
朝の光が差し込む玄関は、やわらかいのにどこか冷たくて、
その光の中で、桐谷の黒いスーツだけがやけに現実的に見えた。
桐谷「昼には戻れねぇ。夜になる」
桐谷はネクタイを整えながら、
いつもの低い声でそう言った。
奏多「……危ない仕事、じゃないですよね?」
桐谷「…あぁ、まあ大丈夫だ」
苦笑まじりの言葉に、奏多は小さく眉を寄せる。
でも、怒る気にはなれなかった。
この人は、いつだって自分のために動いてくれている。
そのことを、もう何となく感じているから。
奏多「……帰ってくるまで、ちゃんと待ってます」
桐谷「そうしろ。ちゃんと飯食べとけよ」
奏多「ふふ、わかりました」
桐谷「あと、俺が帰ってくるまでは絶対に外に出るな。わかったな?」
奏多「…?はい」
少し疑問にも思いながら
奏多は小さく笑って、靴箱の脇に寄った。
心臓が静かに跳ねている。
“言葉じゃなくて、ちゃんと伝えたい”――
その思いだけで、身体が勝手に動いていた。
桐谷がドアノブに手をかけた瞬間、
奏多はそっと彼の袖を掴んだ。
奏多「……桐谷さん」
振り向いたその瞬間、
奏多は背伸びをして、桐谷の唇に軽く触れた。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬が永遠のように長く感じた。
唇が離れたあと、
奏多は少し顔を赤らめて俯く。
奏多「……いってらっしゃいのキス、です」
桐谷は目を見開いたまま、動けずにいた。
その沈黙の中で、鼓動だけが響く。
次の瞬間、彼は低く笑った。
桐谷「……そういうの、教えた覚えねぇけどな」
奏多「すみません、勝手に////……」
桐谷「謝んな」
桐谷はそっと奏多の顎を指で上げ、
もう一度、今度はゆっくり唇を重ねた。
桐谷「……これが、俺からの“いってきます”だ」
息が混ざり、
世界の音が一瞬だけ遠ざかる。
奏多「……気をつけてくださいね」
桐谷「ああ。おまえは、ちゃんと家で待ってろ」
桐谷が玄関の扉を開ける。
靴音が遠ざかり、
扉が静かに閉まる音だけが残った。
そのあと、奏多はしばらくその場から動けなかった。
指先に残る感触を確かめるように唇を押さえ、
小さくつぶやく。
奏多「……いってらっしゃい、桐谷さん」
彼の背中を想いながら、
胸の奥で温かく疼くものを、
奏多はまだ名前にできなかった。
白く薄い光が、部屋の中をやさしく包んでいた。
奏多はゆっくりと目を開けた。
天井を見つめたまま、しばらく呼吸の音だけが静かに響く。
昨夜のことが夢だったのか、現実だったのか、
まだ頭の中がぼんやりしていた。
隣を見ると、
大きな龍の刺青が入った胸元がみえた。
その横顔は穏やかで、
どこか「安心している」ようにも見えた。
奏多はしばらく、ただその姿を見つめていた。
胸の奥があたたかくて、
けれど少しだけ痛い。
“もう離れねぇから”――
昨夜の桐谷の声が、まだ耳の奥に残っていた。
そっと立ち上がって、台所に向かう。
冷蔵庫を開けると、卵と牛乳が少し。
何か作ってあげよう、と思った。
ただそれだけのことが、
こんなに意味のある行為に思えたのは初めてだった。
コンロに火をつけ、卵を割る音が響く。
その小さな生活音に、桐谷が目を覚ます。
桐谷「……おい」
奏多「おはようございます」
振り返った奏多が、
少し照れくさそうに笑った。
桐谷「何してんだ」
奏多「朝ごはん、作ろうと思って。
ずっとお世話になってるから、せめてこれくらいは」
桐谷は髪をかきあげ、
眠そうに目を細めながらも、
口の端を少しだけ上げた。
桐谷「……変なこと言うな。おまえがいるだけで充分だ」
奏多「そんなこと言われたら、余計に頑張っちゃいますよ」
そう言って笑う奏多の声は、
ほんの少し震えていた。
でも、それは悲しみじゃなかった。
二人で向かい合って、
小さな食卓を囲む。
湯気の立つ味噌汁と、焼きすぎた卵焼き。
どれも完璧じゃないのに、
“これが幸せなんだ”と、桐谷は気づいてしまった。
桐谷「……うまい」
奏多「ほんとに? ちょっと焦げてますけど」
桐谷「そういうのがいいんだよ」
桐谷は箸を置き、
ふと真面目な声で言った。
桐谷「こういう朝もいいな。」
奏多の手が止まる。
目を伏せ、ゆっくりと微笑む。
奏多「……はい、僕もそう思います」
窓の外では、
夜の雨が嘘みたいに晴れて、
透き通るような青空が広がっていた。
この日常が、どれだけ脆いものか、
二人ともどこかで知っていた。
それでも――
今だけは、何も考えずにこの時間を信じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
靴を履く桐谷の背中を、奏多はじっと見つめていた。
朝の光が差し込む玄関は、やわらかいのにどこか冷たくて、
その光の中で、桐谷の黒いスーツだけがやけに現実的に見えた。
桐谷「昼には戻れねぇ。夜になる」
桐谷はネクタイを整えながら、
いつもの低い声でそう言った。
奏多「……危ない仕事、じゃないですよね?」
桐谷「…あぁ、まあ大丈夫だ」
苦笑まじりの言葉に、奏多は小さく眉を寄せる。
でも、怒る気にはなれなかった。
この人は、いつだって自分のために動いてくれている。
そのことを、もう何となく感じているから。
奏多「……帰ってくるまで、ちゃんと待ってます」
桐谷「そうしろ。ちゃんと飯食べとけよ」
奏多「ふふ、わかりました」
桐谷「あと、俺が帰ってくるまでは絶対に外に出るな。わかったな?」
奏多「…?はい」
少し疑問にも思いながら
奏多は小さく笑って、靴箱の脇に寄った。
心臓が静かに跳ねている。
“言葉じゃなくて、ちゃんと伝えたい”――
その思いだけで、身体が勝手に動いていた。
桐谷がドアノブに手をかけた瞬間、
奏多はそっと彼の袖を掴んだ。
奏多「……桐谷さん」
振り向いたその瞬間、
奏多は背伸びをして、桐谷の唇に軽く触れた。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬が永遠のように長く感じた。
唇が離れたあと、
奏多は少し顔を赤らめて俯く。
奏多「……いってらっしゃいのキス、です」
桐谷は目を見開いたまま、動けずにいた。
その沈黙の中で、鼓動だけが響く。
次の瞬間、彼は低く笑った。
桐谷「……そういうの、教えた覚えねぇけどな」
奏多「すみません、勝手に////……」
桐谷「謝んな」
桐谷はそっと奏多の顎を指で上げ、
もう一度、今度はゆっくり唇を重ねた。
桐谷「……これが、俺からの“いってきます”だ」
息が混ざり、
世界の音が一瞬だけ遠ざかる。
奏多「……気をつけてくださいね」
桐谷「ああ。おまえは、ちゃんと家で待ってろ」
桐谷が玄関の扉を開ける。
靴音が遠ざかり、
扉が静かに閉まる音だけが残った。
そのあと、奏多はしばらくその場から動けなかった。
指先に残る感触を確かめるように唇を押さえ、
小さくつぶやく。
奏多「……いってらっしゃい、桐谷さん」
彼の背中を想いながら、
胸の奥で温かく疼くものを、
奏多はまだ名前にできなかった。
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