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約束②
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数日後――。
マシにはなってきたものの治療の副作用は波のように襲ってきて、心も体も削られ続けていた。
桐谷がいない時間。
病室に残る静けさ。
薬の匂い。
胸の焼印と右目の傷跡が、
澄んだ鏡にくっきり映った。
(……なんで、こんな身体なんだろう)
胸の奥が重く沈む。
桐谷と約束した。
「もうしない」って言った。
あのときの桐谷の震える手も、
泣きそうな瞳も覚えている。
覚えているのに――。
指先に残るザラつきを誤魔化せなかった。
痛みは、ほんの一瞬だけ
“わからなくしてくれる”気がした。
ほんの少しだけだった。
ほんの少しだけのつもりだった。
けれど、その少しが薄く深い肌に色を残した。
カッターよりも厚い刃だからなのか、血がボタボタと落ち、猛烈な痛みが襲う。
けれど何故か快感が奏多を包み込む。
何か分からなくなるまで、もっと、ぐちゃぐちゃにしたい、、
ただとち狂った思いだけが病室に血の匂いと一緒に残った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして後日――。
何も考えず汚れたシャツの着替えをしていたその瞬間だった。
桐谷「……え?」
背後から、落ちてきたような声。
振り返ると、
そこには桐谷が立っていた。
スーツのまま、
手には水と栄養ドリンクの袋。
“いつも通り”のはずの顔が、
その瞬間に固まった。
視線は奏多の胸元と手洗い場のまだ洗ってないハサミで止まっている。
包帯の隙間から、
赤く新しい切り傷がのぞいていた。
空気が、壊れる音を立てる。
袋がゆっくり床に落ちた。
缶が倒れてカランと転がる音だけが響く。
桐谷「……おい、奏多。」
声が低い。
確実に何かが切れている声だった。
奏多はとっさに袖で隠そうとした。
だが桐谷は、その手を掴むより早く近づいてきて、腕を両手でそっと、しかし逃がさない力で押さえた。
桐谷「これ……どういうことか説明しろ。」
言葉が喉に貼りついて出てこない。
(バレた……
どうしよう……怖い……)
声が震える。
奏多「……違うの……ちょっとだけで……
ほんとに……止められなくて……」
桐谷の眉が動く。
桐谷「約束破ったのか。」
奏多の胸の奥が痛む。
桐谷はしばらく沈黙した。
怒っている。
でもそれ以上に、
悲しんでいる表情だった。
桐谷「俺――
お前が約束してくれたから、
安心したんだぞ。」
押し殺した声が零れる。
桐谷「頼むからって……言ったよな、俺。
約束して、お前も頷いただろ。」
奏多の目から勝手に涙が落ちる。
奏多「ごめ……ごめん……なさい
でも……」
桐谷「でも、じゃねぇよ。」
新しく切られた傷跡は生々しく赤く、
まるで“叫んで”いるように見えた。
桐谷はしばらく、その胸元を見下ろしたまま動かなかった。
空気がぴん、と張りつめている。
奏多は泣きながら、その視線に耐えきれず肩を震わせる。
桐谷の影がゆっくり動く。
奏多「ごめんなさい…、、ごめ、ふぅ、はっ泣」
言葉は震え、涙は止まらず落ちていく。
桐谷は一つ、長い呼吸を吸い込んだ。
その呼吸の深さだけで、
どれほど抑えているか分かった。
桐谷「……もういい。」
奏多「…えっ、」
見当もしなかった言葉に奏多が泣きながら顔を上げた。
奏多「やだ、まって、ごめんなさい、行かないで…!」
奏多が桐谷の袖を掴もうとした瞬間だった。
桐谷「もういいって言ってんだろ!!」
空気を裂く怒鳴り声が、
病室全体に響き渡った。
奏多は反射的に身体を縮こまらせ、
心臓が跳ねるように痛んだ。
桐谷の拳が震えている。
怒り、悲しみ、無力感がごちゃ混ぜになった震え。
桐谷「何でだ……?
なんで、俺がどれだけ心配してるか分かって……なんでまだ自分を壊すんだよ!!」
奏多の喉が震える。
涙が止まらず、声も出ない。
桐谷は胸の奥を押さえるように、
乱暴に息を吐いた。
桐谷「お前……
俺にどうしてほしいんだよ……」
その声は怒鳴り声よりずっと痛かった。
奏多は弱く首を振るしかできない。
奏多「ちが……違うの……
本当に……ごめ……っ……」
桐谷「謝るなよ!それもずっとやめろって言ってるだろ!!」
また怒鳴られる。
桐谷「謝って済むなら、お前はこんな身体になってねぇんだよ!!
謝られるたびに……俺がどれだけ怖くなるか……
分かってねぇだろ……!」
奏多は泣きながら口元を押さえた。
桐谷は目をそらした。
いつも強い瞳が、今は濁って揺れている。
桐谷「――今のお前を見てると、
俺まで壊れそうなんだよ。」
静かな声だった。
怒鳴り声よりずっと、胸を刺す声。
その言葉をきいて奏多の何かがピシャリと音を立てて崩れた。
そして桐谷は、ゆっくりと後ろを向いた。
桐谷「……仕事に戻る。」
足音は重く、
怒りと苦しさを混ぜたような強さで床を踏む。
奏多は手を伸ばした。
「桐谷さん……!!
いかないで……やだ……っ」
桐谷は立ち止まる。
けれど振り返らない。
背中は硬く強張り、
拳は固く握られていた。
桐谷「……今はお前の顔を見たくない。」
奏多の身体が固まる。
そして――
――バンッ!!
ドアが勢いよく閉まり、
病室が一瞬、震えるほどの音を立てた。
残された奏多は、
伸ばしかけた手をゆっくり下ろし、
涙だけを静かに零し続けた。
胸の奥がきしむように痛い。
呼吸が苦しいほど、
心が潰れそうだった。
(いやだ、いやだ、いやだ、、、)
桐谷の言葉がぐるぐると頭の中で回っている。
布団を握りしめて顔を伏せた。
静寂の中、
桐谷の怒鳴り声の余韻だけが
まだ耳の奥で燃えていた。
マシにはなってきたものの治療の副作用は波のように襲ってきて、心も体も削られ続けていた。
桐谷がいない時間。
病室に残る静けさ。
薬の匂い。
胸の焼印と右目の傷跡が、
澄んだ鏡にくっきり映った。
(……なんで、こんな身体なんだろう)
胸の奥が重く沈む。
桐谷と約束した。
「もうしない」って言った。
あのときの桐谷の震える手も、
泣きそうな瞳も覚えている。
覚えているのに――。
指先に残るザラつきを誤魔化せなかった。
痛みは、ほんの一瞬だけ
“わからなくしてくれる”気がした。
ほんの少しだけだった。
ほんの少しだけのつもりだった。
けれど、その少しが薄く深い肌に色を残した。
カッターよりも厚い刃だからなのか、血がボタボタと落ち、猛烈な痛みが襲う。
けれど何故か快感が奏多を包み込む。
何か分からなくなるまで、もっと、ぐちゃぐちゃにしたい、、
ただとち狂った思いだけが病室に血の匂いと一緒に残った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そして後日――。
何も考えず汚れたシャツの着替えをしていたその瞬間だった。
桐谷「……え?」
背後から、落ちてきたような声。
振り返ると、
そこには桐谷が立っていた。
スーツのまま、
手には水と栄養ドリンクの袋。
“いつも通り”のはずの顔が、
その瞬間に固まった。
視線は奏多の胸元と手洗い場のまだ洗ってないハサミで止まっている。
包帯の隙間から、
赤く新しい切り傷がのぞいていた。
空気が、壊れる音を立てる。
袋がゆっくり床に落ちた。
缶が倒れてカランと転がる音だけが響く。
桐谷「……おい、奏多。」
声が低い。
確実に何かが切れている声だった。
奏多はとっさに袖で隠そうとした。
だが桐谷は、その手を掴むより早く近づいてきて、腕を両手でそっと、しかし逃がさない力で押さえた。
桐谷「これ……どういうことか説明しろ。」
言葉が喉に貼りついて出てこない。
(バレた……
どうしよう……怖い……)
声が震える。
奏多「……違うの……ちょっとだけで……
ほんとに……止められなくて……」
桐谷の眉が動く。
桐谷「約束破ったのか。」
奏多の胸の奥が痛む。
桐谷はしばらく沈黙した。
怒っている。
でもそれ以上に、
悲しんでいる表情だった。
桐谷「俺――
お前が約束してくれたから、
安心したんだぞ。」
押し殺した声が零れる。
桐谷「頼むからって……言ったよな、俺。
約束して、お前も頷いただろ。」
奏多の目から勝手に涙が落ちる。
奏多「ごめ……ごめん……なさい
でも……」
桐谷「でも、じゃねぇよ。」
新しく切られた傷跡は生々しく赤く、
まるで“叫んで”いるように見えた。
桐谷はしばらく、その胸元を見下ろしたまま動かなかった。
空気がぴん、と張りつめている。
奏多は泣きながら、その視線に耐えきれず肩を震わせる。
桐谷の影がゆっくり動く。
奏多「ごめんなさい…、、ごめ、ふぅ、はっ泣」
言葉は震え、涙は止まらず落ちていく。
桐谷は一つ、長い呼吸を吸い込んだ。
その呼吸の深さだけで、
どれほど抑えているか分かった。
桐谷「……もういい。」
奏多「…えっ、」
見当もしなかった言葉に奏多が泣きながら顔を上げた。
奏多「やだ、まって、ごめんなさい、行かないで…!」
奏多が桐谷の袖を掴もうとした瞬間だった。
桐谷「もういいって言ってんだろ!!」
空気を裂く怒鳴り声が、
病室全体に響き渡った。
奏多は反射的に身体を縮こまらせ、
心臓が跳ねるように痛んだ。
桐谷の拳が震えている。
怒り、悲しみ、無力感がごちゃ混ぜになった震え。
桐谷「何でだ……?
なんで、俺がどれだけ心配してるか分かって……なんでまだ自分を壊すんだよ!!」
奏多の喉が震える。
涙が止まらず、声も出ない。
桐谷は胸の奥を押さえるように、
乱暴に息を吐いた。
桐谷「お前……
俺にどうしてほしいんだよ……」
その声は怒鳴り声よりずっと痛かった。
奏多は弱く首を振るしかできない。
奏多「ちが……違うの……
本当に……ごめ……っ……」
桐谷「謝るなよ!それもずっとやめろって言ってるだろ!!」
また怒鳴られる。
桐谷「謝って済むなら、お前はこんな身体になってねぇんだよ!!
謝られるたびに……俺がどれだけ怖くなるか……
分かってねぇだろ……!」
奏多は泣きながら口元を押さえた。
桐谷は目をそらした。
いつも強い瞳が、今は濁って揺れている。
桐谷「――今のお前を見てると、
俺まで壊れそうなんだよ。」
静かな声だった。
怒鳴り声よりずっと、胸を刺す声。
その言葉をきいて奏多の何かがピシャリと音を立てて崩れた。
そして桐谷は、ゆっくりと後ろを向いた。
桐谷「……仕事に戻る。」
足音は重く、
怒りと苦しさを混ぜたような強さで床を踏む。
奏多は手を伸ばした。
「桐谷さん……!!
いかないで……やだ……っ」
桐谷は立ち止まる。
けれど振り返らない。
背中は硬く強張り、
拳は固く握られていた。
桐谷「……今はお前の顔を見たくない。」
奏多の身体が固まる。
そして――
――バンッ!!
ドアが勢いよく閉まり、
病室が一瞬、震えるほどの音を立てた。
残された奏多は、
伸ばしかけた手をゆっくり下ろし、
涙だけを静かに零し続けた。
胸の奥がきしむように痛い。
呼吸が苦しいほど、
心が潰れそうだった。
(いやだ、いやだ、いやだ、、、)
桐谷の言葉がぐるぐると頭の中で回っている。
布団を握りしめて顔を伏せた。
静寂の中、
桐谷の怒鳴り声の余韻だけが
まだ耳の奥で燃えていた。
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